4 口止めをされました。
まごついている場合ではありません。
大の苦手である仲裁をしなくては! 毛虫の味よりも苦手なんですよね、ほんとに。
「待て」
からからの声を絞り出してわたしは言います。
ぴたりと二人の動きがとまり、視線が集まります。冷汗が一気に吹き出ました。
「こいつと、わたしは、ここに来るまで、何人かの目に触れて、いる。そこで、わたしが、消えたら、真っ先に疑われるのは、彼だ。人の目を、気にするそぶりは、なかった。だから、わたしを殺す気はないと信じる」
我ながらもったりした話し方とガバガバすぎるアリバイですけど、言わないよりはマシです。
あと日常でも先生以外は信用してませんが、それはそれとして。
思わぬ方向からの援護射撃に泉原さんはへなへなと腕を下ろしました。
「では、その人は犯人でないと?」
「それは分からない」
「違うよ」
別に信頼はしていません。
知らないフリして実は先生焼いたかもしれないし。
「……そうなんですか」
納得できない顔をしていましたが、思ったよりもあっさりとした態度で怒気をひっこめました。
物わかりが良すぎる。
それとも熱しやすく冷めやすいタイプの人なんですかね。
「泉原」
わたしは呼びかけます。うそ、なんで呼び捨てにしたの自分。
緊張のあまりポンコツムーブをかましました。
ここは泉原さんって言うべきでしょうに、呼び捨てにしたら偉そうな態度と思われてしまうのでは!?
慌てて言い直します。
「……泉原さん」
「泉原で結構ですよ」
時すでに遅し。もういいやなんでも。
「僕の事も天野で良いからね」
横でなんか言っている人がいる。あなたはなんなんですか本当に。
気を取り直して質問をします。
「先生は――柏尾はいま、どこに?」
「…はい。ひとまず、静かな場所へとご移動させていただきました。そのご報告と…もうひとつ、言付けをあずかっておりまして…」
「?」
先生の扱いがついでのようなのは何故ですか。わたし、これでも身内を無くしたばかりの人間なのですが。
もっと悲しそうな表情をしていれば、もっと気を使った対応してくれるのかな……。そう思わなくもないです。
「船長からです。お話があるので応接室へお越しくださいと」
……。えっ、何それこわい。
無理です。
無理無理むーりー!
なんでみんなわたしをそっとしてくれないんですか!
死者を悼む時間ぐらいください!
――とは言えず、引きずられるように応接室に連れていかれました。
乗務員さんと別れ、ドアを開けた先。そこには暗い顔をしたおじさまが二人、女性がひとり。うわ怖。
制服を着ているところから見て、おじさんたちは船長、副船長のようですね。
ではこの高級そうなスーツ姿の女性は…誰でしょう? 色付きの眼鏡に、マスクを着けているせいでいまいち表情が分かりません。
「突然のお呼び出し、申し訳ありません。…その男性は?」
おじさんの一人が不審げに天野さんを見やります。まあそうでしょうね。
というか彼はどこまでわたしについてくる気なんですか。「来るか」と聞いたのはこちらですが。
「知り合い。同席、許してくれ」
許してもらえなかったら即座に帰る、そんなオーラを出しながら答えます。
知らない人だらけで混乱したわたしは、多少会話をした人でも同行を許すぐらい気が動転していました。
唯一の親しい人が死んで知らない人たちの中に放り出されたとか無理でしょこんなの。
「まあ、良いでしょう……」
ここまで付いて来た人に帰れとは言えないのか、おじさま方は早々に折れました。女性はただ黙って微笑んでいるのみです。
ゆるゆるプライバシーというよりは、天野さんに構ってられる余裕がないのではないかと思います。閉じられた空間なので天野さんが何かしでかしてもまだ対処しきれそうですしね。
すすめられてわたしたちはソファに座ります。
「さて、話なのですが……」
多分このヒゲモジャさんが船長ですね。
「陸に着くまで……いえ、この旅が終わるまで、柏尾様が亡くなられたことを黙っていてくださいませんか?」
「……は?」
「え?」
わたしと天野さんは同時に疑問を口にしました。
「どういうことだ」
「どういうことですか?」
「オーナーからの言付けですの」
女性が穏やかに口を開きます。
同時におじさんたちは畏縮したように見えました。
「『この船で起きたことは、陸地まで他言無用』――と」
……なんですか、それは。
人が死んだというのに隠しておけだなんておかしいことではありませんか。
言いたいことはたくさんありますが、喉につっかえて出てきませんでした。自分の内向的な性格が悔しくなります。
「ところであなたは誰ですか」
首を傾げながら天野さんが聞きます。
「失礼いたしました。わたくし、オーナーの秘書をしている井草と申します。オーナーは体調不良で、わたくしが代理に来ています」
「そうですか」
どこか低い声で天野さんは返しました。
不機嫌、というのが正しいでしょうか。今の言葉に気分を害するようなことが含まれているようには思いませんでしたが。
それにしてもオーナーさんが体調不良ですか。昨日の歓迎パーティーでスピーチしていた時は元気そうでしたけれど。
ああ、でも確か、酸素チューブなるものを鼻に付けていました。身体のどこかが慢性的に悪いのかもしれません。船に乗ってて大丈夫なんですかね……。
「あなた方の疑問は分かります。ですが、どうしても――聞き届けて頂きたいのです」
「もし嫌だと言ったらどうしますか?」
えっ、ちょ、天野さん!?
どうして当事者のわたしを脇に勝手に話を進めているんですか!?
だらだらと冷汗をかきながら井草さんをちらりと伺います。
黙って、眼鏡越しでも分かるぐらいわざとらしくほほ笑んで、わたしたちを、じいっと、見つめているだけです。
怖っ!
やだもう……。
でもこの機会にわたしも発言しましょう。黙って流されているのは癪です。
「……わたしの、身内が、死んだんだぞ」
「存じております」
「だというのに」
「心中お察しいたします」
言葉にかぶせないでほしい……。お察ししていないでしょこれ。
この秘書の人も大概デリカシーがないですね。オーナーさんも苦労しているんじゃないですか。
わたしがいろんなことが起きて思考停止状態でなければ一発殴りに行ってますよ。
批判や、疑問や、様々なことが頭を駆け巡りますが結局わたしの口からは何一つ出てきませんでした。何を言っていいのか分からなくなったのです。
それにたぶん、このことは確定事項なのでしょう。わたしたちの許可などはなから求めておらず、ただ伝えるために呼んだのが正しい認識ではないかと。
下手に拒否をして先生の死体が雑に扱われるのも嫌ですね……。ここは要求を表だけでも飲んでおいたほうがいいかもしれません。
「……分かった」
わたしの吐き捨てた言葉に、船長さんたちは悲痛そうな表情をし、井草さんは「ありがとうございます」と柔らかく笑いました。
「この船に防犯カメラが設置されていますが、そこから犯人が誰なのか分かりませんか?」
「ええ、確認しましたが顔を隠していて、なにぶん解析度も悪くて……確認するには時間がかかるかと思います」
確認する術はあるんでしょうか。
天野さんは短く息を吐きました。顔をそっと伺うと目をわずかに細めています。何が気に入らないのでしょう……。
「では、犯人はいまだ船内をうろついていると。危険な状態ですよね?」
ぴりぴりしだす空気におじさま方とわたしは身を縮こまらせます。
天野さんと井草さんは平然とした表情をしていますが、腹の探り合いをしているのか真正面から視線を合わせています。
「そうですね。こちらでも見回りを増やして警戒を高めておきます」
井草さんは頬に手を当てて、言いました。
「この船に、事件を解決してくれる探偵が居ればいいのですけど――」