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41 なんでですか?


「ノバラ、起きろ。そろそろ飯行くぞ」


 先生の声でわたしの意識は浮上しました。

 ぼんやりと視線をあげると化粧台の前に誰か座っています。


「……先生?」

 それにしては若いような。でも眼差しは同じです。

 外に行くというのに前髪を下ろしているなんて珍しい。そうしていると天野さんに似ているんですね。

 ……ん? 天野さんに似ているというか、天野さんでは?


「……天野ッ!?」


 一気に目が覚めました。

 なんでーっ!? なんでここにいるの!?

 わたしが椅子から落ちそうになるぐらい驚いていると洗面所から先生がひょこりと顔を出しました。あ、オールバックにしてる。


「詫びに来たんだと」


 それだけ言って引っ込みました。ふたりにしないでぇ!

 わ、詫びってなんですか? 指でも詰めにきたんですか?

 たしかに非常に迷惑を――特に最後のあたりは迷惑しかかけられていませんでしたが。

 でもアレで指を詰めるなら先生はこれまでで100本ぐらい詰めていないといけないですよね。


 ……だいぶ話が脱線しました。この前先生とヤクザ映画観ていたのでその影響がずいぶん出てしまったみたいです。

 見れば化粧台にクッキーの箱が置かれていました。ああ、お菓子を持ってきたんですか……。


「ノバラさんよく寝てたね。僕が入ってきた時点で起きるかと思っていたんだけど」


 こちらの気も知らず、天野さんが指摘してきます。

 本心は無視をしたいですがこの狭い空間でそれをやるほどの度胸はありません。


「……先生がいたし、害意も殺意も感じなかった」

「あんまり警戒されていないってこと?」


 この人、爽やかスマイルでなんか言ってる。

 敵ではないと認識はしていますが、味方だとも思っていませんからね。わたしは。

 それにしても油断しすぎましたね。井草さん側がわたしたちを口封じに来る可能性だってあったのにすっかり眠りこけてしまいました。

 わたしは立ち上がって髪をいじりながら言葉を探します。

 どうして天野さんは自分の部屋みたいな態度でここにいるんですかね。できれば早くお戻りいただきたいのですけど……。

 一回わたしも自室に戻ることを考えましたが、医務室の後に着替えに戻ってここへ来ているために戻る理由がありません。そんなことしたら先生に置いて行かれそうですし。

 何か……何か話題はないものか……。


「スカイデッキで」

「ん?」

「おまえ、わたしが胸倉掴まれている時、間に入ってきただろ。自分で弱いって言っておきながらどうしてあんなことをした」


 戦闘力5とか言いながらずいぶん無謀なことをしていました。

 下手をすれば死んでいてもおかしくなかったのに。


「あの場でノバラさんが負けると僕たち絶対に殺されるじゃないか。だったら僕がリスクを冒してでもノバラさんを補助したほうがいいと判断したんだけど」


 ぐ。正しい判断だとは思うのでわたしは彼を責められませんね。

 確かにあの状況でわたしがピンチだと思ってもおかしくはないですし、逆の立場でも恐らく同じことをしたでしょう。なによりわたしが暗殺者だと知れどもどのレベルの強さなのか不明なわけですから、胸倉掴まれていれば不味いと思ってもおかしくありません。


「そうか……」

「さすがに死ぬかと思ったけど。――仮に僕が死んでいたらあの場の全員皆殺しにしていたの?」


 どういうノリで聞いているんですかこの人。

 わたしも返答に困るのですが。

 そうしかけたような記憶はありますが気のせいでしょう。うん。だって花園ノバラは普通の女の子なので。

 曖昧に首を振ると彼は「ふうん」とまったく感情の込められていない返事をしました。どんな答えが欲しかったんですか。


「天野、ああいうことはもうやめろ」

「トラウマになるから?」

「気分が良くないからだが……。なぜトラウマになるんだ? 死んだ人間は関わりが終わったということだ、思い出すこともない」


 自分で手にかけた人は少しは覚えています。両親、04、15、一緒に日本へ来た仲間たち。

 だけど周りで死んでいったチームメイトはあまりよく覚えてません。色々お話したかもしれませんが、死んだならそれまでです。


「そういうところが裏社会で生きてきた人って感じするね」


 む、もしやバカにされてます?


「じゃあ、あそこで僕が死んでいたらノバラさんはこれから先僕を思い出さないということ?」

「そうだが……」

 一瞬眉が下がったような。


「じゃあ頑張って生きようかな」

「はあ……」


 たかが数日の関わりなのにそんなに記憶に残りたいのですか? よく分かりませんね天野さん……。


「話は済んだか? 行くぞ」

「わっ待ってください、髪梳かしたいです」

「もたもたするな」

「僕もお暇しようかな。またね、ノバラさん」


 彼はわたしにひらりと手を振ると、先生に会釈してさっさと出て行ってしまいました。

 お詫びに来たにしては一切謝罪されていないのですがそれは。

 まあいいでしょう……。わたしもとやかく言うつもりはありません。

 わたしは丸テーブルに置かれた金具を直してもらったチョーカーを手に取ります。


「先生、食事が終わったらお土産屋さん行きましょう」

「なんか買うものがあるのか」

「あります! 知人さんへ謝りに行かないといけませんからその手土産に買わないと!」

「別にいらないだろ」

「人のパソコン壊した人は誰ですか?」

「あれ俺のせいじゃないし。あと怒られなかったから気にしてないだろうよ」

「そういう問題ではありませんが!」

「俺に借りがあるやつだったからこれでチャラにしてやったんだよ。相手も笑って快諾していたぞ」


 絶対に引きつった笑顔か苦笑いか、これで縁切れてくれないかなぁって感情が込められていますよ。

 どうして豪華客船に乗っても日常的なことをしなくてはならないのか……。

「知らない間にトラブル増やさないでくださいよ……!」

「トラブルメーカーだからな俺」

「ドヤ顔しないでください! あと自覚があるなら少しは自重してください!」


 もう、別料金のデザートでも頼んでやりましょうか。

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