38 ああもう!!
「僕らが真実に近づきそうだと慌てた支配人さんが僕を殺しにきたりとミニイベントもありましたね」
ミニイベントって。
ミニじゃないだろ。
「なぜ私だと知った……」
「いえ、犯人が誰かとかは考えていませんでした。ここに来て初めて知りました。足が痛そうだからもしやと」
「は?」
「興味なかったので、僕を殺そうとした相手のことは。それより朝ごはんが食べたかったので」
……。
えっ怖い。
犯人探しで腹は膨れないとはいえ、考えがズレてませんか?
「正直、どうでもいいんですよ。殺人事件の黒幕が支配人さんってことなんか。僕が嫌なのは、その後ろにいるあなた達です」
オーナーと井草さんを交互に指さします。
「本当の黒幕。僕たちで遊んだ感想はどうでしたか?」
彼はは人差し指と親指で自分の口角をあげます。そうでもしなければ笑えないとでもいうかのように。
作った笑顔で井草さんを見ました。
その様子を先生は変わらず黙って眺めています。
……いや。先生、何で黙っているんですか?
この人は結構おしゃべりが好きな方で、むしろ黙っている時はろくなことがない前兆なのですが……。
まあ口を開いてもろくなことはありませんけれど……。
「幕は下りていない、ですか。それはつまり――オーナーさんが死ねば終わるということでよろしいですね?」
「あら、そういうことを平気で言ってしまうの?」
「今更隠し立てすることもないではありませんか。引きのばすよりは賢いと思います」
「うふふ、情緒より時間を選ぶのね。あなたお友達が少ないタイプでしょう」
また言われてるこの人。
「支配人さんはこの通り戦意喪失しています。その他の人たちも動けないみたいですし」
「あなた気絶していただけじゃないの」
「はは、お恥ずかしい」
言葉のドッジボールやめてください!
お腹がキリキリします!
「私の計算違いだったのよ、そのお嬢さんがめっぽう強いだなんて予想もしなかったもの」
うわわたしの話題になった。やめて。
半袖を着ていれば多少は警戒されたでしょうね。なんせわたし、わりと筋肉がありますから。伊達に暗殺者として育てられていませんよ。
傷跡やケロイドが顔を除いて全身に散らばっているので露出が多い服を着ると目立つんです。そんな身体で先生の傍にいると虐待と勘違いされてしまうことがあるので……。
「ならどうするんです」
「どうしようかしら? ねえ愛子」
井草さんはオーナーに呼びかけます。
――オーナーの名前は大葉舞子。
名前を間違えている、と思うでしょう。次のセリフを聞くまでは。
「舞子……。それはあなたが考えるべきだろう?」
「は?」
「えっ」
支配人と泉原さんが困惑の声を出します。
「お母さん、だって、お母さんは舞子って名前じゃないの…?」
「海花には分からなかったかもしれないね。ただ暁人には気づいていてもらいたかったけれど――期待外れだったかな」
期待外れという箇所で支配人は顔を歪めました。
オーナーが言葉を選ばないから仲が悪かったりするんでしょうね、この二人。身内とて気づかいは大切だと思うのですが。
「学生時代は頻繁に入れ替わっていたよな、舞子」
「ええ。愛子は数学が苦手だったからね。たしか高校三年ぐらいで止めたのよね」
「舞子が自由に生きたいなんて言い出すものだからほとほと困ったよ」
傍から見れば、この状況を考えなければ、とても和気あいあいとした会話です。
だけど関わりが少しはある立場で、この状況で考えると、とても気が狂っていました。
「でも今回、入れ替わっていましたよね。歓迎パーティーで……元に戻ったというのかどうか。井草さんがスピーチしていました」
「あらっ! 分かったの? よかったわあ、せっかく探偵さんたちを呼んだのだからそういう遊びをしたかったの」
天野さんは二人の呼び名をそのまま変えないで行くのですね。ややこしいからわたしも倣いましょう。
……それより、遊びとは?
入れ替わりをして気づかれたかったと?
「パンフレットは愛子の写真、スピーチは私。秘書とボディーガードには明かしていたけど、他の人はぜんぜん気づかなかったわ。失礼よね」
どちらが失礼なんでしょうね。
「暁人はどうだった? もしかして気づかなかった? そうよね、連絡するのはもっぱらメールで顔なんてほとんど合わせないから」
嫌味てんこもりだぁ!
支配人ものすごい顔なんですけど煽るのやめてもらっていいですか。ここからでも歯ぎしり聞こえる。
そばで聞いているわたしがいたたまれなくなってきています。
天野さんは天野さんでそんなこと気にすることなくマイペースに続けます。
「あなた方は年の近い姉妹ですか? それとも双子?」
「双子よ。一卵性双生児。ウィキペディアに載っていなかった? あれ凄いわよね、私より私について細かく知っているの」
「なるほど、そうですか」
彼はわずかな時間、なにかを考えたようでした。
「では――どちらかが死んだら、残った方が成りすます事も可能なんですね。井草さんはオーナーさんが死んだらそのままオーナーさんとして生きていくつもりだったとか?」
ヒュッとわたしは息を呑みますが、井草さんはあっけからんと頷きます。
「まだ『大葉舞子』は消えるべきではないのですよ。大丈夫、これでもキチンと業務は行えますので」
「最後の入れ替わりというわけですか」
「そうよ? とびきりのものにしたかったの」
高齢者と呼ばれる年齢に入っているはずですが、井草さんはまるで少女のようにはしゃぎます。
人の死を、分かっていながら。
天野さんは真っ直ぐ井草さんを見据えました。
「僕は、オーナーさんをミュンヒハウゼン症候群だと思っていました。入退院を繰り返し、怪我をし、必要のない酸素ボンベを持っていることから判断しました」
「あら、なかなかコアな知識をお持ちね。でも確か映画であったからそうでもないのかしら?」
「だけど妙でした。殺されたいにしても、構ってちゃんにしても、どうにも意志が弱い。なにより僕はオーナーさんから直接『死にたい』なんて聞いていない。誤魔化した言葉だけです
思えばずっと、オーナーは曖昧な言葉を繰り返していました。
被害者役。死ぬということしか聞かされていない。そんな――他人事のような、自分の意思ではないことのように。
「だから、改めます。――代理ミュンヒハウゼン症候群。世間に認められたいがために身近な人をわざと傷つけ、その看病を献身的に行い、治癒したら再び傷つける……そんな精神疾患」
「医者とおんなじこと言うのねえ」
井草さんが、笑みを深めました。
「でももはや、そんなことはどうでもいい。井草道子さん。いえ、大葉――舞子さん。殺人事件が起きるように計らったのは、あなたですね」
……しん、とあたりが静まり返りました。
ワンテンポ置いて、井草さんは口に手を当てて笑います。
「ふふっ、うふふっ! 愛子を暁人に殺させようとしたらうまくいかないし、それどころか私が黒幕ってバレちゃうなんて。脚本家失格ね」
まったく反省していないように彼女は言いました。
「オーナーさんが嫌いなんですか」
「いいえ? 大好きよ。いつだって私の言うことを聞いてくれる大切な妹だもの。今回は最後のお願いだったのよ」
最後の……。
「『探偵に殺人事件を推理させたいからその被害者になってほしい』と、お願いを?」
「ええ」
オーナーの方を見れば苦笑いしていました。
「舞子はいつも突拍子がないことを言うから困るよ」
「どうなんですか、オーナーさんは。あなたは死ねと言われているようなものですよ」
「なら、私は死ぬだけだよ。舞子がそうしたいと望んでいるのだから」
……なんという、救いのない姉妹でしょう。
井草さんは妹を遊び道具にしか見てませんし、オーナーは井草さんにひどく依存しています。これは泉原さんが止めても聞かないわけです。
「だってさ、ノバラさん」
えっ、なぜ今わたしに話題を振りやがりますか。
「あの人のせいで二人も死んだし、オーナーさんも死ぬところだった。今回は失敗したけれど次もまたなんらかの手でオーナーさんを殺すよ」
にこにことしながら天野さんは囁きます。
「止めないと」
「……天野、わたしは……」
「これ以上誰かが死んでもいいの?」
別に構いませんけれど。先生が死ななければ。
「そんなに言うならお前がやればいいだろう」
「無理だよ。僕、身体鍛えてないし、護身術も習っていない。ボディーガードの真似事もできない」
……?
なんでしょう、天野さんは……わたしに言っていないような?
わたしではない誰かに言っているような……。
――誰に?
「オーナーさんを守らないと。井草さんを殺してでも止めないと。失う痛みは知っているからこそなおさら失ってはならないよね」
ゆらりと泉原さんが立ち上がりました。
その目は正気ではありません。焦りが滲み、視線が落ち着かずあちこちをさまよっています。
「お母さんが二回も死んでしまうのは、悲しいよね」
先生が天野さんの頭をぶん殴るのと、泉原さんが折り畳みナイフを出すのは、同時でした。
ふらふらと泉原さんは井草さんに近寄っていきます。
彼女の足元にいた、意識のある黒服たちは這いずって道を開けていきます。
「海花!」
オーナーが叫びますが、まるで聞こえていないように泉原さんは歩みを止めません。
「まあ、護身用にあげたナイフ、持っていてくれたのね。嬉しいわ」
命の危機が迫っているはずの井草さんは、逃げもせずに面白そうに彼女を待っています。
ああもう! 勘弁してください!
次から次へと厄介なことが起きますね!




