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3 泉原海花

「……は?」


 なんて?


「顔は念入りに焼かれていたのは見たよね。だからこそ聞くよ。あれは先生だった?」


 いつだったか、先生も同じことを言っていました。

 本人と断定できないなら、二つ考えろと。一つは、本人。もう一つは、成り済まされた他人――……。


「少なくとも……今はそう思う」


 腕時計は、先生のものでした。服は焦げていましたし背丈もおそらくは……。

 確かに怪しむべき箇所がありますが…。


「そうなんだ」


 天野さんは難しい顔で黙り込みます。

 わたしはなんとなく彼が考えていることを察しました。


「……おまえの考えは、先生はまだ生きていて、そしてあの人が殺人犯というものなんだな?」

「ん?」


 あ。

 うわあああ! どうしてわたしはオブラートに包んでモノが言えないんですか!

 ただ聞きたかっただけなのに喧嘩腰みたいな口調になっていました!

 天野さんは瞬きをしてわたしを見ます。


「ごめん。そういう可能性もあると思って」

「怒ってはいない。だけど、先生はそんなことをしない」


 いくらクズでゲスでお金に汚くて人使いが荒くて殺しにくるような人間が多数いるような、どうしようもない人ですが、人殺しだけはしないと堅く信じています。

 だからこそわたしは先生を信頼し、ついていくのです。


「僕も失礼なことを言ったね」


 本当にそう思っているのかなあ?

 なんかこのままだとわたしの部屋までついてきそうなので、逃げるようにサンデッキまで出ました。潮の香りがします。

 はるか下の海上を眺めながらふと思いました。

 なぜ先生は焼かれたのでしょう?

 死体が見つかりたくなければ海に捨てればよかったのに。なぜあんなことを……?

 このめありぃ号は乗客添乗合わせ500人を乗せられます。ただ一人消えたぐらいではすぐに犯行は発覚しないはず……。

 理由があったのでしょうか? 今のわたしには分かりませんが……。

 首を捻っている傍らで、天野さんはまだ話しかけてきます。


「君の雇い主さんのことを何度も聞いて悪いのだけど」


 本当に悪いと思っているのかなあ?

 とりあえずそう言っておけばいいやみたいな雰囲気が感じられます。

 などと胸の中でぶつぶつと小言は言いますが、実際に言うほど私のメンタルは強くもないのでただ黙って先を促します。


「この船の中で、特に恨みを買っているような人とかいる?」

「知らない。それに、殺すほど恨みを持っているやつらはごまんといる」


 いやマジで。先生はトラブル王選手権があるなら確実に十位には入ります。

 わたしも人が苦手ながら頑張って何度か頭を下げましたし、何度か相模湾や東京湾に沈められかけたり内臓売られかけました。

 命に関わる危機のうち、一割はわたしの口調がこのように不遜だったからというのもあるので全てが先生のせいとは言えないのですが……。いえ大体先生のせいだコレ。あの人譲りですもん。


「じゃあ、雇い主さんの知り合いが乗っているとかは分かる?」

「知り合いは、居たようだが…」

「どこの部屋にいるかは?」

「おまえは、興味ない人の、部屋、把握できるのか」


 んもおおお、わたしはどうして素直に『分からない』と言えないのでしょう。しかも質問を質問で返してしまいました。

 あと天野さん、鈍いのかぜんぜん態度変えませんけど怒ってもおかしくないですよね。実は心の中で激怒していたらどうしましょう……。


「できないね。それに、調べるツテもない。陸地ならもう少しなんとか出来たんだろうけど、こういうクローズドな環境下だとねぇ」


 わたしの心配とはよそに、平然と彼は言葉を並べていきます。

 ほっとする反面、天野さんになにか大切な情緒が失われているような気がしてなりません。大丈夫なのかなこの人。


「……わたしも、詳しくは知らないんだ。同業者がいるとは言っていたが」


 ちょっとつんけんした態度を取ってしまい反省したので、情報を開示しました。

 わたしの言葉に対して天野さんは何度か首を振りながら「同業者ね」と独り言ちます。

 役に立つ情報だったのでしょうか。まあ、いいでしょう。


「どこから辿ればいいんだろう」


 それはわたしも聞きたいぐらいです。

 うーん、というか、わたしそんなに天野さんのそばにいる意味ないのでは?

 ただの情報提供者Aみたいな立ち位置ですし、わたしは推理もひらめきもできませんから、逆に足手まといになりそうな気がします。

 ここは二手に分かれて犯人を捜したほうが得策ではないでしょうか?

 そうですよ、そういう理由で天野さんと離れることが出来る! 天才ではないですかわたし!

 そうと決まればあとは決心だけです。

 自分から話しかけるの怖い、でもやらなくては!

 いーち、にーい、


「ここにいた!」


 女性の声がわたしたちの耳朶を叩きました。

 えっ、まさかの新しい登場人物ですか!?

 声の方向を見れば、サンデッキと室内通路に繋がる出入り口に女性が立っていました。

 先ほどの味のない紅茶を淹れてくださった客室乗務員の方です。

 天野さんはきょとんとした表情を、恐らく私は表情こそ変わっていませんが内心はちゃめちゃ動揺していました。

 や、やめてください! 一度に出て読者が把握できると言われている登場人物は8人、そしてわたしが対応できるのは1人までです!

 2人以上はキャパシティを超えてしまうんですよ! 思考回路はショート寸前どころか火花が散る有様ですから!

 無理! 無理!

 いっそ海に落ちたい!

 ごめんなさい嘘です海は怖いので落ちたくないですそれ以外の方法でこの場を脱したいです。


「あなたは――先程の乗務員さん」


 いいぞ! 天野さんが応対してください!


「はい。女子B客室を担当している、泉原海花です」


 怒り顔のまま自己紹介してくれました。真面目な方なのでしょう。


「花園さんが心配で、探しにきました」

「心配って?」


 たしかに天野さんが応対してくれと思いましたけど、全部の言葉に反応するつもりですかあなたは。

 わたし、この場にただ立っている人でしかないんですよね。今。


「ええ」


 泉原さんは睨みつけるように天野さんを見ます。


「こんなところで、そちらのお嬢さんと何をしているのですか?」

「なにって。見ての通りお話をしただけだよ」

「どのような? 身内の方を無くされたばかりの女性に近づいて、何をしているのです?」

「……」


 天野さんは察したようでした。


「ええと、つまり、傷心した少女に近づく嫌なヤツだと?」


 まあ事実ですね。現状の振る舞い、嫌なヤツですし。

 言い逃れは出来ないでしょう。

 ぼんやりと聞いていたわたしは、次の泉原さんのセリフに目をむくこととなります。


「いいえ……あなたが殺人犯でしょう?」


 えっ。

 え!?


「そして花園さんも口封じで海に落とすつもりだった!」


 泉原さんは推理ドラマよろしくビシッと天野さんを指差します。天野さんは固まっています。

 う、う、うわ、うわあああああ!! ややこしくなったぁぁ!!

 先生ー! 先生助けてー!

 そもそもそれが事実だとしたら天野さんvsわたし・泉原さんになり、ステージはこのデッキですから下手すれば口封じで海にドボンです! それ考えているんですか!?

 あっ、これは考えてないですよね! 目がマジだもん!

 先生ー!! お願いします何でもしますから生き返ってください!


 そもそも海は好きではないんです。数年前に海外に出荷されたことがあるので。いや、海外から出荷されたのほうが正しいですね。

 船酔いと劣悪な環境はまさに地獄でした。

 うう、これまで先生の世話をしている間は良かったのですが、今になってじわじわとトラウマが蘇りました。

 船怖い。海怖い。吐きたい。

 でも弱音を吐いている場合ではありません、なんとかしなければ…!

 世の中には『時間が解決してくれる』というものがありますが、今の状況は一秒ごとに拗らせて大変になるパターンのものです。

 甚大ではない被害を食らう前に止めなくては。ああもう。なんでわたしがこんな役目を!


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