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34 お土産屋にいる場合じゃない。

 わたしが答える前に男性は立ち上がり、逃げ出します。すぐさま追おうとした泉原さんを引き止めてとある物を渡しました。


「ネームタグ……あの人の!?」


 乗務員なら皆が胸元に留めているネームタグです。

 頭突きをした時にむしり取っておきました。今頃気づいて血の気が引いているでしょうね。

 実行犯というには遠い人へ興味はありません。先生を焼いたなら話は別ですが、先生ではない人だったので頭突き以上の報復は無駄です。

 なのでタグは用済み、ゴミとして捨てるより泉原さんに渡した方が良いと判断しました。

 ……あと、彼が逃げ切れると思っているのかは知りませんが。まあ、そう思って逃げたのでしょうから、希望を持つのは良いことです。

 それで、話の続きです。わたしが中断された会話を再開するのは珍しいことなんですからね。


「許す許さないは先生が決める。彼が被害を被ったんだ。わたしはそれまで手出しはしない」

「柏尾さんにに生殺与奪の全てを任せるのずるいよ。罪があるのは弾丸じゃなくてトリガーを引いた人なのに」

「先生は安全装置だ」


 泉原さんが不可解げにわたし達の会話を聞いていました。

 こんな話でわたしが暗殺者とバレるわけはありませんけど、手短に済ませたいですね。


「わたし、指示がないと誰も彼も手をかける悪癖がある」


 誰を殺すか、ではなく。

 誰を生かすか、が分からない。

 天野さんは理解できたのかどうか、それ以上何も言いません。


「あの…天野さん? 花園さん?」


 泉原さんがおずおずと聞いてきました。

 今、怖い顔になってはいないかとムニムニと頰を揉みます。


「なんの話をしているんですか?」

「ひよこを密閉した試験管に入れてすり潰した時、質量の変化はあるのかって話をしていたよ」


 マジでなんの話をしているんだ?

 ひよこに罪はないでしょうに。

 当然ながら泉原さんも「なに?」って表情をしていました。


「そんなのはいいんだ。あの人は放置でいいの?」

「はい……。名前も分かりましたし、次の寄港で逃げられなければいいかなと……」


 ずいぶんふわふわですね。もう少し、積極的に動くかと思いましたが。


「それでいいの?」

「今は……オーナー様のことを、なんとかしないと……」


 目を伏せつつ彼女は言います。そちらの比重が大きいのですね、なるほど。

 思考の半分以上はそのことでいっぱいみたいです。


「そういえば、井草とは誰ですか? お二人、何か知っているようでしたが」

「え? 秘書さんだよ」

「秘書……? いえ、その名前の方はいないはずですよ」


 ど――、


「どういうことだ……?」


 ぱちくりとしながら泉原さんは答えます。


「どういうことと言われましても…彼女には個人付きの秘書は居なくて、秘書課があるんです。三人ほどいますが、井草という方はいません」

「この船に秘書さんはいるの?」

「いますが男性です。……私、最初天野さんに話を聞いた時にその人だと思い込んでいました……」


 そういえば天野さんは『秘書さん』という役割名しか言っていませんでした。

 まさかこんなことになるとは……。


「僕のミスと相手の嘘が重なって、まさかここまでになるなんてね」


 わずかに疲れたような息を吐いて天野さんは呟きます。


「井草さんは今も僕たちをみて笑っているのかな」


 天野さんは天井を仰ぎ監視カメラを探すそぶりをしました。

 本当に防犯カメラを探しているのではなく――歪んだ表情を隠そうとしているように、わたしの目には映ります。

 顔を下げた時、そこにはいつもの爽やかな笑顔がありました。


「ところでさ、お土産を買いたいんだけど売店ってある? 事務所の人に頼まれたのを思い出したんだ」


 今、このタイミングで?

 今…このタイミングで!?

 だって今の今までかなり真剣な話をしていましたけれど、なんですかお土産って!?


「天野さん…ご自分で第三の事件が起きるって言っていましたよね?」

「うん」

「ど、どんな神経していればお土産を選べるのですか!? 頭おかしいのではないですか!?」


 こんな神経です。

 泉原さんがかなりどぎついことを言いましたけど天野さんはどこ吹く風です。

 その鋼のメンタル欲しい。


「事件以前に僕たちにも僕たちの用事があるからね。全ての時間を使って事件に集中することはしないよ」


 確かに、一理あります。

 ひとつのことに集中しすぎるのは良いことではありません。どこかで根詰まります。

 一度考えているそのものから離れた方が良いこともありますから。

 天野さんがどこまで考えているかは知りませんが。多分誰かに言われた言葉なんでしょうね。


「…お土産持ったまま事件のある場所へ行く気ですか?」

「さすがにそれはしないよ。なにがあるか見るだけ。色々終わったら買おうかと」


 マイペースすぎません?

 泉原さんも諦めたのか呆れたのかそれ以上言うことはやめたようで、代わりにため息をつきました。


「二階にあります」

「ありがとう。じゃあ行こうか」


 ここまで来て別行動はないですが、今すごく別行動したい。


 わたしは【走る! めありぃ号くん!】というミニチュアの船に車輪が付いているストラップを眺めていました。

 先生、こういうの好きですかね。あの人すぐ鍵をなくすのでこのぐらい大きいほうがいいかもしれません。

 …それより、めありぃ号って男性名詞なんですか? 船は女性名詞をつけられると聞いたことがあるのでこれはどうなのでしょう。

 隣を見ると【泳ぐ! めありぃ号ちゃん!】という水に浮かばせるおもちゃがありました。

 ああ……なんか、あんまり真面目に考えるのもバカバカしいやつでした。

 ちらりと横を見上げると泉原さんがムッスーとした表情で立っていました。お腹痛い。

 向こうの方では天野さんがウーンと悩んでいました。もっと別のことでも悩んでほしい。


「海花さーん、何がオススメ?」

「……クッキーです。デフォルメされためありぃ号が印刷されているんですよ」


 答えてあげるんだ……。大人だ……。

【震える! めありぃ号ぬいぐるみ】という紐を引っ張るとブルブル震える意図が掴めないぬいぐるみを触っていると、泉原さんの業務用携帯に電話が入りました。

 通話相手の名前を見て、彼女は顔を強張らせます。わたしが覗き込む――『支配人』とディスプレイに表示されていました。

 わたしは天野さんに手招きをします。彼はすぐに近寄り、発信者名を見ると「外に」とだけ言いました。

 訝しげなレジのおばちゃんの視線を浴びながら、わたしたちはお土産屋さんを飛び出しました。

 ランドリールームに入ります。人気のない場所で近いのがここでした。


「で、出た方がいいのでしょうか…?」

「待って。一度無視しよう」


 携帯を見下ろしながら天野さんは冷静です。


「支配人から電話が来たことは?」

「まったくありません。わたしの業務内容は、オーナー様から直接指示が出るので」

「なるほど。内容は予想できる?」

「いいえ……」

「そっか」


 着信音が止まりました。

 少しだけ泉原さんはほっとした表情になります。


「支配人が海花さんをどういう立ち位置で見ているか、なんだよね。探偵ごっこをしている僕たちと一緒に行動しているから、真相に気づかれているのではと支配人が危機感を持っているかもしれない。そうしたら君には良くない状況だ」

「何が良くないのですか?」

「犯人が支配人だとバレているようなものじゃないか。そうなると君は邪魔になる」

「邪魔って……」


 天野さん、そこまでにしましょう。

 頼むから。


「分かりやすく言おうか。呼び出して殺すつもりなんじゃない?」


 もー!!

 天野、天野ォ!!

 分かりやすく言うな!

 あー! もう! そういうこと! オブラートに! 言って! せめて! オブラートに!

 泉原さんを恐る恐る伺うと、


「うぅ」


 泣い……え? 泣いちゃった……。

 唇を噛んでぼろぼろと涙を流しています。

 わたしは頭が真っ白になりました。

 そりゃ泣きたくもなります、でもわたし泣いてる人をどう慰めればいいか分かりません。


「う、うぅー……」

「泉原、待っ、あの、」

「私ぃっ、私、いっぱい人死んじゃって怖いし、ぐす、お母さん、死んじゃうとかいうし、こわっ、怖いんですよぉっ!」


 は、鼻水出てる! ティッシュどこにしまいましたっけ!?


「い、いいい、いずみはら…大丈夫だから、ね? な、泣くな?」

「お母さん死んじゃうの、うぐ、やだし、私も、死にたく、ないのぉ」

「分かる、生きたいよな? 大丈夫だ、泉原、な? 泣かないで?」


 必死に宥めすかしますが泣き止む気配がありません。

 というかわたし、慰め方が下手くそすぎではないですか?

 ええっ、どうしよう……。先生助けて。

 そんなことしているうちに二回目の着信が入りました。

 このまま無視というのも怪しまれますね……。とにかく内容を聞くだけ聞いて、誤魔化して切るしかないのでは?


「やだぁー、こわいー」


 べそべそと泉原さんが拒否しました。


「でも出ないとまずくない?」


 元はと言えばあなたが泣かしたんでしょうが! ばか! あほ!

 仕方ありません、久しぶりすぎて出来るか不安ですが……。


「んっ、んん」


 喉の調整をします。

 暗殺者時代、男性声は苦手で出来ませんが、女性声は短時間ならどうにか出来ました。頼む、どうにかなってくれ……。


「天野、どうだ」

「海花さんの声だ。そんなこと出来たの?」


 泉原さんも驚いてぽかんとしています。どうにかなっているみたいです。

 あとはまあ、電話だからなんとか誤魔化せるでしょう。うう、気持ち悪くなってきた。


「……はい。お疲れ様です、泉原です」

『私だ。周りに人は?』

「いません。どうされましたか?」

『……いや。また放送で流すが、スカイデッキの照明がショートしていてね。私はこの後用事があるから、そこでの指示を君に引き継いで貰いたい』


 ……うーん、ちょっと強引な誘い方ですね。

 レディを誘い出すにはいささかロマンがありませんよ。

 まあいいでしょう。わたしもそろそろ喉が痛いですし。


「承知しました」

『ああ、あと天野陽月という青年――彼もスカイデッキに連れてきてほしい』

「天野さま、ですか?」

『指輪が見つかったから渡したいんだ』

「了解しました。天野さまも一緒にお連れしますね」

『頼むよ』

「お疲れ様です。失礼します」


 電話を切り、泉原さんに渡します。


「……聞こえたか?」


 声も問題なく戻りました。

 よかった〜。


「うん。無いはずの指輪が見つかるなんて、彼は魔法使いかな?」


 まあよくそんな人畜無害な笑い方が出来ますね……。あなたも危ない身だというのに。

 吐き気を沈め、わたしは額に浮かぶ汗をぬぐいます。

 他人のフリして話すという芸当、わたしにはキツすぎますね……。できれば避けたいものでしたが、チャンスを逃すと次がないケースもあるのでやってしまいました。

 ぐったり壁にもたれかかっていると軽やかなメロディがスピーカーから流れました。


 《船内放送です。ただいま、スカイデッキの電灯に不具合が生じたため、点検作業を行なっております。そのため一時的に封鎖をさせていただきます。お客様にはご不便をおかけしますが――……》


 時刻は十五時四十分。

 舞台が整ったようです。

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