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32 誘拐されてきました。

 身体を弄られてポケットからデータを取られます。死にそう。胃袋ひっくり返して吐きそう。あと分かりやすいポケットに入れたのに結局全身調べられた……。死にそう。


「ゲット」

「やっとかよ」

「いつ起きると思う?」

「分かんね」

「待っているのもだるいし起こすか」


 スピーディに話が進むのはいいですが……この人たちは警察が聞いたら血まなこで探し出すような重犯罪を犯しているのにどうして緊張感が今ひとつないのでしょうか。

 バレたらどうしようとか、うまくアリバイを作ろうとか考えないのですか?

 まあ、金目的で殺人をする人間はろくな人間がいませんしね。わたしだって賃金のために行なっていたから責められません。


「おーい」


 前髪を掴まれて顔を上げさせられます。

 うーん、どのタイミングで起きましょうか……。あまり素直に起きても怪しまれてしまいますよね。


「おい」


 スパァンと頬を叩かれました。

 おっと、これは許されない。

 わたしが暗殺者モードなら命ありませんでしたよ莫迦どもが。


「……こ、ここは?」

 舌打ちをこらえキレながらも目をゆっくり開くと、うわああああーッ! 知らない人が目の前にいる! 分かっていたとは言えキツイです!

 無理です! 親しくもない人に触られてますし! 気持ち悪い! 先生助けて!

 わたしのパニックをあちらには別の意味で捉えたらしく、ニヤニヤと彼らは笑います。

 攫われたことより触られた方が大問題ですよわたしにとって。


「おはようございますお嬢さま。実はお聞きしたいことがありましてね?」

「な、なんですかっ。わたしをこんな目にしてなにをするつもりですかー」


 ンクゥッ……セリフが棒読みになってしまいました。

 天野さんが作戦前の別れ際に「ノバラさん演技下手そうだよね」と抜かしていたことを思い出します。あの時はうまくやってやるわいと意気込んでいましたが、無理でしたね。

 しかしどうやら彼らはわたしがびびっているゆえにそういう声だと勘違いしているらしく、特に怪しまれません。わたしが言うのもアレですが大丈夫ですがあなた方。


「これなんだけど」


 メモリーカードを自慢げに見せつけられます。


「そっ、それは…!」


 中身の酷さを思うと、あまりに道化すぎて涙が出てきますね。

 あなたは今先生の幼稚な悪口をしたり顔で持っているのですよ……。


「この中身、知らないわけがないよなぁ?」


 というかあなたも知らされてなかったんですね。支配人からの信用、もしかしてゼロに近いのではないですか?

 わたしが黙っていることを秘密保守の沈黙ととったのか、首を掴んできました。

 ウワァァァ体温が! 相手からの体温が! わたしに! 感じる! 気持ち悪い! 人肌気持ち悪い!


「さっさと答えないと命はないからな?」


 ああ、なんてチープな脅し文句。

 縛り付けた女にそこまでしないと情報が奪えないのですか?


「石谷を殺したのは……あなた達ですね?」


 わたしは質問を無視します。締め付けられているせいで多少潰れた声になっているのはご愛嬌です。

 彼らは予想とは違う言葉に顔をしかめました。ああ、天野さんよりも分かりやすい表情の出方で安心しますね。


「誰に、そう言われたのですか? 違いますね……大葉暁人は、なんといって、石谷を殺すように命じたのですか?」

「どこでそれを」

「わたしが、聞いています」


 後ろ手に回された手、その片方をもう一方の袖に入れます。

 両面テープで貼り付けられた薄く固い感触のそれを摘みました。


「お嬢さまには関係ないだろうが。失敗したから殺せって、それだけだ」


 なるほど。失敗したから、ですか。

 わたしがあの時画家さんに話しかけなければ彼は生きていたのでしょうか? どうでしょうね。わたしには分かりません。

 幾多の選択肢がある世界で、全員がハッピーエンドなんて無理な話ですから。

 わたしにとってのハッピーエンドは、先生と再会することなので。


「――なら、おまえたちも、最後は口封じで殺されるだろうな」


 意識的に口角を上げます。


「何も教えてもらって、ないんだろう? 最初の事件も、データのことも、誰が死ぬかも、全部」


 トイレで聞いた会話。本当に、何も知らされていないようでした。

 だから、きっと彼らはただの駒。

 駒を庇う酔狂な人間はいません。波間に落としてしまえばいいのです。

 首にかけられた手に力がこもります。

 眼球が膨らむような感覚に襲われました。


「どうやら自分は危ない目に合わないとか思っているようだな……? あ? どうなんだ」

「はは、そもそもわたしを生かして返すつもりがないだろう」


 はっきりと顔を晒している時点で察していますよ。

 こんな閉鎖された空間、犯人だとバレても逃げ場所のない環境。

 では、誘拐した人間をどうしたほうが彼らは今後も堂々と船内を歩けるのか?

 決まっています。

 死人に口なし、殺せばいいのです。


「こいつ……!」

 勝手なことを喋りだしたわたしに苛ついた様子で、首を絞めていないもう片方の手を振り上げました。

 わたしは――その手を掴みます。

「あえ?」

 間抜けな声を出したその顔へ利き腕で拳を叩き込みます。倒れました。

 わたしは仕込んでいたカッターナイフの刃で残りのビニール紐を切っていきます。

 武器は持ち歩きませんが文房具カテゴリに入るものは一応持っています。なんせ、先生との旅は何があるか分かりませんからね……。

 わたしは立ち上がります。


「助けてくれても良かっただろ、天野」


 物陰から天野さんと泉原さんが出てきました。

 真っ青な顔の泉原さんとは対照的に、まったく変わらない表情を天野さんはしています。


「僕が助けられることなんてなにもないよ。そうだろう?」


 本当に腹ただしいというか、可愛げがありませんね彼は……。

 気絶していない方の従業員はわたしたちを見比べて――逃げを選択しました。

 逃がすか。

 わたしは追いかけてドロップキックをかまします。倒れ込んだ従業員を仰向けにし、みぞおちに拳を叩き込みました。これでしばらくは動けないでしょう。


「天野、手伝え。こいつら、入れる」


 野放しにするわけにもいかないのでゴミ回収カートに突っ込んでおきます。多分見回りに来るがいるでしょうし長時間放置はされないでしょう。


「箸より重いの持てないんだよね」

「あァ?」


 なにを言っているのでしょうか……?

 ストレスが溜まりすぎてドスの効いた声が出てしまいました。

 泉原さん担いでいたくせに今更箱入り娘のようなこと言わないでいただきたい。


「私が手伝います」


 慌てて泉原さんがわたしのもとに来てくれました。気遣いと空気が読める人、本当にありがたい。

 どうにかカートに入れたあと、彼女はわたしの顔をまじまじと見ます。それはやめてほしいですね。


「大丈夫ですか? スタンガンを当てられたり、叩かれていましたが…」

「どのあたりで着いた」

「花園さんが気絶から目覚めた時です」


 正確には気絶していませんが、重要ではないので流します。

 泉原さんはわたしの顔を触ろうとしてくるので回避しました。同性だといくらか抵抗感はないとはいえ、やはり出来れば触られたくないので……。


「平気。気にするな」

「でも、お綺麗な顔なのに腫れたりしたら…」


 ……あ、褒められました? 純粋に嬉しい。

 照れ隠しに前髪をいじります。


「暴力で解決するタイプなんだね、ノバラさん」


 てこてことのんきに天野さんが近寄ってきます。

 やかましい。あなたも少しはわたしの心配をしたらいかがですか。

 それと、暴力で解決するというか、それでしか手段を知らないのですよ。


「結局有益な情報は得られなかった。無駄骨だな」

「そんなことはないさ。支配人の名前を出して否定しなかった――つまり彼が黒幕だと明確に分かったわけだし、なにより戦力を減らせた」

「……やはり支配人様が犯人なのですね」


 あっ。泉原さんには黙っていたのでした。

 ドキドキしながら彼女を見ますが、至極冷静でした。これはこれで、まずい気がします。


「うん。ごめんね、言わなくて」

「いいえ、なんとなく感じていました。ショックではありますが……驚きはありません」


 額に手をやり、深々と泉原さんは息を吐きます。

 気の利いたことを言いたいのですが、何も言葉として出ません。なのでわたしはただ黙るしかありませんでした。


「彼の目論見を止められるのは僕らしかいないよ。いや――泉原さんしかいないかな」

「私が?」

「そう。君だけ。オーナーを守れるのは君だけだからさ」


 小さな子を説得するような、優しい声音で天野さんは言います。

 引っ掛かりを感じて頭の中で内容を反芻し、ぞくりとしました。どうして彼女に責任を背負わせようとしているんですか。

 泉原さんに……なにを吹き込もうとしている?


「天野」


 わたしは二人の間に割り込みます。


「泉原には荷が重い。すべて彼女に委ねるな」


 口に出したあとに、言い方を間違えたと後悔します。

 こんな言葉は彼女を意固地にさせてしまうだけなのに。どうしてわたしはうまく場を収められないのですか。ずっと昔から、穏便に事を済ませる事を言えた試しがありません。


「大丈夫です。だって私、オーナー様をお守りするって決めたんですから」


 その微笑には影がありました。

 自暴自棄の一歩手前だと直感的に感じました。……敵陣を突破するために自爆を選んだ仲間が浮かべた表情、それに似ています。

 わたしは首を振りながら必死で彼女を止める語彙を考えます。


「……一人で行くな」


 彼女は「はい」と返事をしました。…でもきっと、一人で行ってしまう。

 引き留める言葉を持ち合わせていない自分の無力さに唇を噛みます。別にオーナーがどうなろうが知ったこっちゃありませんが、なんの罪もない泉原さんが振り回されているのは見ていられません。

 結局最後まで事件を見届けなければならないようです。


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