31 誘拐されます……。
「…えっ?」
「君が囮になることで犯人の目は必然的に君に集中する。そうすれば、オーナーの命はしばらく守られるだろうし、柏尾さんからも意識を逸らすことができる。悪くはないと思うんだけどな」
悪くないと思うのはあなただけでしょう。
わたしは分かりやすいように眉間にしわを寄せます。天野さんはどうせなんとも感じないとしても。
「それにこれまで推測でしかなかった犯人がはっきり分かるチャンスでもある。お話もできたらいいけど、それはあちら次第か」
あと一番卑劣なの、泉原さんの前でオーナーの命を持ち出してきたことですよね。
わたしの安全とオーナーの命を天秤にかけた場合、泉原さんがどちらを取るかなんて火を見るより明らかではありませんか。
さらには先生のことまで持ち出してきました。わたしの選択肢を狭めるため――いえ、一つに固定するためにでしょう。
なにより天野さん、昨晩『オーナー殺そう』とかそそのかした口で何言ってやがんだって感じですけどね!
びっくりするほど人でなし!
「何を求めている」
「誘拐されてほしいなって」
誘拐……。
醤油取ってみたいなテンションで言われましても。
「それ、花園さんが危ないですよっ!?」
泉原さんが人の心を持っていて良かった。
「そうだけど、これしか方法は考えつかないし」
「……女の子ですよ」
「うん。それがどうかした?」
「あなたは女の子を危険な目に合わすのですか」
「気を使うところはそこではない、そうだろう?」
ばっさりと、彼は切ります。
わたしの目の前で。わたしを認識しながら。
気を使うところでしょうがおばか。
「一刻を争う。モタモタしてたらまた次の事件が起きるはずだ」
「…っ」
「いつどこで誰がどうなるかなんて分からないだろう? 僕も分からない。だったらこちらからシチュエーションを指定すればいい」
ずいぶん真っ当な提案みたいに言いますね。
ここまでスラスラと回りくどく『ノバラさん犠牲になって』と言われるとムカつくを通り越して笑えてきます。
あなた、わたしが元暗殺者だからって遠慮なく使うつもりでしょう。それ以前に痛覚のある人間だから出来るだけ痛みは回避したいんですけど。
「僕が狙われた、というのはあちらも慌ててる証拠だ。ホップステップジャンプで行くところをもうジャンプまで飛ばしてるようなものだよ」
「だけど!」
「次は殴られるだけでは済まないよ。僕も、君たちも」
「天野さん…っ」
「泉原、もういい」
わたしは耐えきれずにストップをかけます。
これ以上続けたら天野さんは泉原さんのメンタルを壊しにかかるでしょう。
先生もなかなか話がうまく運べないと相手を追い込んでいくんですよ。わたしの周りそんな人ばかりです。
ため息をついて天野さんを睨みつけます。
「お前がエサになればいいものを」
「ノバラさんは僕に厳しいなぁ。僕、一回こんな目にあってるし、二度目は生存確率がかなり低くなるよ」
知らんがな。
アナフィラシキーショックかなにか?
「あとこれは柏尾さんに近い君が持っていた方が自然じゃないか」
天野さんはメモリーカードを取り出してわたしの目の前に置きました。
この人の指ごと折りたい。
わたしはメモリーカードを手に立ち上がりました。実行するしかないのでしょう。先生の目論見もこれに近い気がしますし。
「泉原」
「は、はい」
「あの二人が、普段、いる場所、どこだ」
「え……」
支配人も考えましたが、立場的にいきなり手は出してこないでしょう。
なら殺人をしたにも関わらず何の成果もない二人組をターゲットにしたほうがいいはず。何も考えず飛びついてくれそうですし。
◯
誘拐されるために誘拐犯 (予定)を探すって滑稽ですよね、冷静に考えたら。
ワンピースから着替えてブラウスにズボン姿のわたしはレクレーションルーム周辺を歩いていました。すごいですね、船の中にジムとかあるんだ。
後ろを少し離れた場所で天野さんたちがわたしをつけています。完璧ではありませんが、うまく気配をごまかせています。さすがは探偵と護衛ですね。
さて、あの従業員二人はこの辺りで清掃をしていると聞きましたが……休憩に入っていないといいのですが。
きょろきょろと周りを見渡せど、泉原さんから聞いた特徴を持つ人はいません。やっぱり休憩か、サボりか、他所に行っているのでしょうか。
諦めてデッキへのドアを開けた時です。喫煙していたのかかすかにタバコの匂いをさせた従業員さんとぶつかりそうになりました。
……あ。この人だ。
思わずぽかんとしてしまいます。サボってきましたねこれは。
一瞬迷惑そうにわたしを見たあと、二度見してきました。失礼な。サービス業としてもその態度はダメではないですか。
この様子から見るに顔は割れているようです。こちらは手探り状態なのに、あちらには筒抜けって嫌なものです。
「あっ……」
わたしはわざと足元にハンカチを落とします。
拾い上げる時に畳んだ中に入れておいたメモリーカードを見せつけるように床に転がします。一秒、間をおいて掴みました。
パッと顔を上げると、瞳孔を開いた目とかち合いました。
「失礼しました」
大切に手の中に持ち、わたしは早足ですり抜けます。
しばらく歩くと、展望デッキに出ました。今は船内でイベントごとがあるので人はいません。少しだけ下見した甲斐はあったということですね。
さて、演技のほどはいかがでしょうか……。あまり自信はありませんが、女優ではないのでこのぐらいで許してほしいものです。
わたしがしばらく遠い水平線を眺めていると背後で気配が蠢きました。ゆっくりとした足取り。ふたり分。ひとりだけまっすぐにわたしに向かっています。
天野さんや泉原さん、ましてや先生とは違いました。
振り返って正体を見たい気もありましたが、ここで失敗したくはありません。またあんな人の多い場所行くの嫌なんですもん。
ひた、ひた、と足音が迫ってきます。そして――
「!」
バチン、と甲高い音と共に背中に痛みが走ります。
うっそ、スタンガンを持ってきたんですか……!?
耐えかけて、そういえば誘拐されるんだと思い直してその場に倒れます。しかしこれだけで意識は失いません。次は一体何をしてくるのか……。
「気絶したか?」
ん?
「最大にしたんだ、さすがに気を失ってるだろ」
あ、マジで。スタンガンで気絶するって都市伝説信じてましたか。
しかも女の子にいきなり最大の電流を流さないでください。心臓弱いと最悪死にますよ。
まあ好都合です。わたしは目を閉じてぐったりしたフリをします。
「こいつどうする?」
「データに暗証番号とかあったら知ってるかもしれないし連れて行こうぜ」
え、そういう可能性もあるの。
人が来ないかを気にしてか、ビニール紐で乱雑に縛られて何か箱の中におしこめられました。
…ゴミ回収カートではないですかこれ!?
わたしの人権、息をしていないのですがどうすればいいんですか先生ー!
ゴロゴロとわたしは運ばれて行きます。
ううっ、トラックに詰められてターゲットの元へ届けられた暗殺者時代を思い出しました。めちゃくちゃ腰とお尻が痛かった記憶が蘇ります。
ドナドナされる子牛もこんな気分だったのでしょうか。具体的には惨めな気分です。かわいそうな瞳でお前らをガン見してやる。
エレベーターを下がったり角を曲がったりなんだかんだしている間にカートが止まりました。ここまであの二人付いてこれているでしょうか。喧嘩していないと良いのですが。
他の人のことはどうでも良かった、気絶した振りしなきゃ。
カートが横に倒されてわたしは襟首をつかまれてずるずると引きずり出されます。
そのまま柱らしきところに縛りつけられました。わたしこんなにガチガチに拘束される謂れありますか?
もうすこし世界はわたしに優しくあってもいいのではないでしょうか……。




