30 気になる中身は。
もはや馴染みとなった多目的ルーム。
今日は人がそれなりにいます。吐きそう。終日クルージングの日なので、のんびり過ごそうという人が多いのでしょう。
わたしたちはお決まりの部屋の隅でカモフラージュに図鑑を開き、それを囲みながらヒソヒソと話します。
「聞き込みの結果です。やはりストロベリーリキュールは頼まれていませんでした。つまり、非公式に持ち込まれていたということですね…」
「そっか。データ取引の目印として使われていたのかな」
「それで、例の二人ですが」
泉原さんはさっと周りに目を走らせます。
「何事もなくミーティングに参加していました」
「むしろいなかったら怪しいもんね」
「……人を殺したのに、あんな普通の顔をして……」
めらりと泉原さんの目の奥に怒りが見えました。
わたしもこのぐらいの感情を覚えたほうがいいのでしょうか。大量に人を殺しておきながら、人殺しに怒りを覚えるって巨大ブーメランが突き刺さってきそうですけれど。
それにしても、怒りに任せて土壇場で彼女が無茶なことをしないといいのですが――。
「あとは?」
泉原さんの感情の揺れに気づいていないというように、天野さんは先を促しました。
こういうところで相手の情緒を理解しないというのは本当に強いですね、彼。わたしはいつも他者の表情や感情を伺ってしまってしまうので、同じ立場なら黙ってしまったでしょう。
足して二で割ればお互いもう少し社会になじめるのではないでしょうか……。それができれば苦労はしませんね。
「……乗務員でひとり連絡が取れないものがいるようです」
「おや、それは初耳だ」
「客室清掃係の男性、麻場勝という方なのですが……。二日目の朝から持ち場にも部屋にもいないと」
二日目の、朝……。
先生 (仮)の死体が見つかったあの時です。
「どんな人かは覚えはある?」
「そんなに特徴のある方ではありませんでした。ただ……そうですね、給料がいつ出るのかとかそういう話は多かったような…」
150人もいる従業員のなかで一人を思い出せるってすごいことではないですか。泉原さんの記憶能力が天才的なのか、印象に残るほどの方だったのか。両方というのもあり得ますね。
それで、給料日を気にしていたと。お金に執着が強い人というわけですか。
「その人かもね」
「何がです?」
「この船の倉庫で眠っている人の正体」
天野さんは指先を下に向けました。
未だ誰なのか不明の、焼けただれた死体。そのことを指しているのはすぐに分かりました。
そういう考えもあるという納得をするに留めます。まだ確定されたわけではないので、そう思い込むことは危険です。けして天野さんが間違えているわけではなく否定的な意見を持つことも時には大事なのです。って先生が言っていました。
「もう一度見に行く? もしかしたらまた別の視点で観察できるかもしれない」
カジュアルに死体を見に行こうとしないでください。
わたしは首を振って、テディベアを掲げます。ふたりの視線をクマに集め、腹の部分にある不自然な縫い目を指さします。
「それは?」
「知らん」
「えっ、知らない!?」
泉原さん、声が大きい! これから知るんですよ!
周りがなんだなんだとこちらを見てきます。吐きそう。天野さんが人の好い笑みを振りまいて場を収めていました。
落ち着いた頃になってわたしは彼に手を出します。
「ボールペンあるだろ。貸してくれ」
「これでいいなら」
黒のメタルカラーのかっこいいボールペンでした。というかコレ血液が付着してるーッ!
いえまあ予想はしていましたけど、ここまで予想通りだと逆にびっくりしますね。拭ったり洗ったりしなかったんですか……。
ボールペンで縫い目を引っ張ると、玉止めが甘かったのかするりと解けました。それをちくちくと抜いていくと、テディベアの腹がパカリと開きます。
その中に指を差し入れてまさぐります。ワタが若干はみ出ました。
「……まあ、これは……」
「メモリーカード、だね」
小さなメモリーカードが、わたしの指先に摘ままれていました。
わたしたちはそれをじっと見つめます。
電気屋や都会のコンビニで普通に売られているなんの変哲も無い、16GBのものです。
示し合わせたように、三人で空いているパソコンブースを確認しました。
「……これ、中身見てみますか?」
泉原さん、仕草からして好奇心が押さえきれていませんよ。天野さんも一も二もなく頷いています。
わたしはあまり中身を見たくありませんね……。内容によってはさらに面倒なことに巻き込まれてしまうではありませんか。
と言う前にメモリーカードをわたしの手からあっさり取り、天野さんはスリープモードのパソコンを開きます。ちょっと! 怒りますよ!
カチンとカードを差し込むとフォルダが表示されました。
クリックし、数秒の待機画面の後に出たのは――
【フェイクです。バーカアーホウンコ】
たった一行でした。
「は?」
「え?」
「あ?」
絶対先生です。
こんなことするの先生しかいません。
なにしてんですかあの人。
「ど、どう言う意味でしょう?」
「分からないが見つけ次第わたしは先生を殴らなければならないらしいな」
「落ち着いてください花園さん!」
こんなまどろっこしいことして、たった一行の子供じみた罵倒文だけしか送ってこなかったなんて……莫迦ですか!
もっとなんか、なかったんですか!?
この文を入力したということは多目的ルームに訪れたか、潜伏先にあるのか……。しかもフロントに渡しに行ってもいますからね。
わたしにちょっとぐらいは会いにきても良くないですか!? 会えない事情があるとしても無事ぐらい教えてくださいよ! むきー!
「確かに内容はふざけているけれど、考えなしにこれをノバラさんに渡したわけではないはずだ」
こんなクソみたいな内容を前に真面目に彼は文字を指先でなぞります。
「これと同じものがオリジナルとして柏尾さんの手元にあるんじゃないかな」
「だとするならこのカードは何ですか? 売店でも売っているので珍しいものではありませんが……」
「言葉通り『フェイク』だよ。レプリカ」
「どうしてこんなことを……?」
わたしはため息をつきます。
「……もともと、これの、せいで、先生、狙われた。なんというか……わたしに、犯人の目、逸らしたい、だろう」
「オリジナルを柏尾さんが今も持つ意図は……思いつきますか?」
「どうだろう」
面白いからとかそういうくだらない理由が八割ぐらいありそうです。
あと、この二人ならなんとか普通に話せるようにはなりましたけど、周りにいる人が多くて(十人ぐらい)緊張してしまいます。
吐きそう。すごく吐きそう。
「隠れるの、飽きたんだろ」
飽きやすいですからねぇ。あと先生がわたしを陽動に使うのは慣れっこです。
何か考えがあるのでしょう。一度本当に理由もなく陽動に使われて散々な目に遭い、抗議としてみぞおちに頭突きを食らわせ呼吸困難にさせて以来は意味のない行為は控えてくれていますし。
「あちらも動いているということですか?」
「期待は、するな」
美味しいところだけ持っていくのが先生ですから。
わたしたちを助けるつもりは一切ないはずです。
「エサをチラつかせて魚を釣れってことかな。釣った後はどうすればいいか分からないけど――そこは柏尾さんがなんとかしてくれるといいね」
「一番大事なところを柏尾さん任せでいいのですか…?」
「だって僕、真犯人が誰か以外は特に興味ないし」
さっぱりしていますね。そういえば初対面の時も「犯人探しがしたい」しか言ってませんでしたし、軸はブレていないわけですか。
ふむ、と天野さんは手で口を覆い何かを考えた後ーー言いました。
「エサになろっか、ノバラさん」




