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29 近づく危機、です。


 ○


「おはようございます」


 扉を開けたら二秒で泉原さんでした。


「…どうも」


 昨日は朝イチで朝食会場にいたので、今日も同じだろうという予測でわたしのいる部屋にお迎えに来たのでしょう。

 周辺警護しますって張り切っていたのでこうなることも想定内でしたが、それにしたって行動の自由がないのが息苦しいです。

 ……いやまず、事前に伝えて?


「よく眠れましたか? 昨日は色んなことがありましたから……」


 色んなことより、そのあとに吐いた方がわたしには問題だったりします。

 疲れるんですよね嘔吐って……。


「……おまえは、寝てないな」

「……」


 泉原さんは何も言わずに微笑みます。

 化粧で誤魔化していますが、充血した目とうっすらとしたクマが休めなかったことを示しています。

 やっぱり画家さんの死が強すぎたのでしょうね……。

 わたしは昨晩帰って着替えて数秒でスヤスヤしていました。こういうときは寝た方がいいのです。布団の中での考えごとはろくなことを思いつかないので。

 というか最近は気が抜けるとすぐ眠たくなってしまうのですよね。赤ちゃんかな。

 ――護衛するなら自身の体調管理だってしっかりしておくべきだ。

 わたしはそう言いかけて、やめました。多分間違えたことは言ってませんけど……きっと泉原さんを責める言葉になってしまうので。

 そうそう危ない目にも合わないでしょう。合わないといいな。合わないよね?


「天野さんは、もう先にいるでしょうか?」


 それ、わたしに聞かれても知りません。

 確かに一緒にいましたけど互いのことを熟知した関係とかではないので。

 わたしはあいまいなポーズをします。


「そうですか……。分かったことがあるので情報提供したくて」


 そういえば昨日の全体ミーティングの話をちゃんと聞いていませんでしたね。

 泉原さんが戻る時間が遅く、夕飯やらなんやらでバタバタした後解散したので。

 思うところはありますが、天野さんが推理力ナンバーワンなのも事実なので情報提供するのは賛成です。

 朝食会場に入り、とりあえずは摂取するごはんを選びます。

 今日は白米にしましょうか。のりとシャケと、あ、温玉もいいですね。ソーセージとスクランブルエッグも食べちゃお。

 胃が痛いけど食欲に負けました。絶対後で痛みが増す。


「ノバラさんってわりと大食だよね」


 ウワァ――ッ!

 思わず手に持っていた皿を落としかけました。

 後ろに天野さんが立っていました。声かけてください。あ、今のがそうなのか……。


「……別にいいだろ」

「小柄だし細いから少食なイメージがあってさ」


 それを言ったら天野さんもですけど。

 わたしは細いというか筋肉質なのでそう見えるだけでしょう。

 ……というか、血の匂いがしますね。料理から発されるものではない、生臭い匂いが……。

「天野さん、おはようござ――」


 気づいた泉原さんが天野さんを見て言葉を止めます。

 それまで手元しか見ていなかったわたしもつられて彼の顔を見ます。


「……天野?」


 額と頰にカットバンを貼った、痛々しい姿でした。

 わたしたちが呆然とする中で彼は何事もないように料理を取り分けています。


「ど、どうしたんですか、それ」


 泉原さんは震える声で尋ねます。


「ん? ああ、これ? 座ってから話すよ」


 話してはくれるのですね。

 ちょっとだけ早めに動いてわたしと泉原さんは席に着き、後から天野さんが遅れてやってきます。マイペースか。


「部屋を出て移動してる最中に、後ろから殴られてね。この傷はその時倒れて、引きずられかけた時にできた跡」

「引きずられかけた、とはどういう……」

「ちょうどデッキだったから――いや、デッキだからこそかな――そのまま海に落とされそうになった」


 びっくりしたー、とにこやかに言いながらトーストを食べています。

 天野さんに感情がないから平然と話してますが、それ普通に殺人未遂ですよね。


「持ってたボールペンで闇雲に刺したら犯人逃げたけど。顔も隠していたし服装も今頃変えてしまっているだろうね」


 ああ、だから血の匂いが……。


「だいぶ僕らはいいセン行ってるみたいだね。わざわざ手を出してきたということは、あちらも焦っているということだろう?」


 天野さん、自分の命が大切ではないのでしょうか? 死にかけたことに何かしら思いがあってもよくないです? しょっちゅう死にかけているなら話は別ですが。

 というかボディーガードつけるなら天野さんですよね、これ。

 彼はわたしたちの神妙な面持ちも雰囲気も気づいていないというように、パンにバターを擦りつけます。つけすぎじゃないですかそれは。

 本当に、何でもないように振る舞うものですから冗談だったのではないかと勘ぐってしまうぐらいです。


「逆に、天野が、誰かを、海におとそうとして、返り討ちに、あったわけでは、ないよな」

「花園さん!?」


 泉原さんがびっくりしていますが、この男はやりかねないので……。

 わたしの言わんとしていることが分かり、天野さんは笑います。


「信用度低いよねえ」


 だから信用してるの先生だけですってば。


「仮にやるならノバラさんに頼むよ」


 にこにこにこ~っと。天野さんは輝かんばかりの顔でわたしを見ました。

 腹立つ……。言うじゃねえか……。大金吹っかけますよ。

 泉原さんは会話についていけずハテナマークがたくさん頭に浮いています。知らなくても大丈夫です。


「まあ、悠長に構えている場合でもなくなったってとこだね。二人も気をつけるんだよ」


 あなたも気をつけてほしい……。

 一回始末しそこねたら次は確実にとどめを刺しに来ますよ。

 わたしなら、します。もっとも、失敗したことはありませんけれど。


「……天野さん、これが早い解決につながると信じて昨日の全体打ち合わせのことをお話ししたいのですが……」

「ノーバーラーちゃーん」


 突如乱入してきた声にむせました。

 そちらを見ると……げぇっ! ルームメイト!


「なんだぁ、一緒にいる人いたんだ。そっちのイケメン誰?」

「え、あ、その……」

「たまたま会った人ですよ。おはようございます」


 女性ウケしそうな顔をして天野さんはわたしの代わりに答えます。

 きゃーっとルームメイトたちははしゃいでいました。朝から元気ですね!


「あ、そうだ。ノバラちゃん、さっき部屋の電話がかかってきてね、緑のテディベアの忘れ物があるから好きな時にフロントに来てって」

「忘れ物……?」


 緑のテディベア?

 泉原さんは「こんな時間に電話?」と不思議そうな顔をしています。

 口の動きだけで天野さんはわたしにとあることを指示してきたのでその通りに聞きます。


「声は?」

「男の人だった。超イケボだったよ」


 はぁ……そうですか。まあいいでしょう。

 天野さんが二言三言交わしてルームメイトたちは去り、元どおりの三人に戻りました。

 今のですごく疲れた。


「まだ六時半なのに……。早朝から忘れ物連絡だなんておかしいですね」

「備え付けの電話は発信源出ないからフロントからとは限らないよ。個人が電話してきた可能性がある」


 つまり……花園ノバラの部屋を知る人物からってことですよね!?

 えぇ、怖い。誰だろう。

 そわそわとしはじめたわたしに気づき、泉原さんが言います。


「話は後でもできますから、まずは花園さんの用事を済ませましょうか」


 き、気を使われている……。


 豪華客船めありぃ号の顔でもあるエントランスホール。豪華なシャンデリアやカーペット、磨かれた階段はいつ見てもため息が出ます。

 そこを横切るとフロントです。スーツをビシッと決めた男性が受付をしていました。

 泉原さんは少し離れた場所で待機します。職場の人にプライベートな部分をあまり見られたくないようです。


「おは…おあ……」

「おはようございます」


 呻くわたしの横でさらりと天野さんが男性に話しかけます。


「おはようございます。どうされましたか?」

「わたっ、わたしに、忘れ物、あると、緑のテディベアの……」

「お名前をお伺いします」

「花園、ノバラ…」

「花園さまですね。少々お待ちください」


 後ろの棚に置かれていた小さな袋をわたしに見せました。


「こちらで間違いないでしょうか?」


 たしかに緑のテディベアです。キーホルダーサイズのものでした。

 右の足裏には「Oct」、左の足裏には「27」と刺繍されています。この日付は…。


「はい」

「よかったです」

「これ、いつ、どなたが?」


「昨日の夜、男性からお預かりしました。名乗られませんでしたが……『直前まで話していたから名前は知っていた』とのことでした」


 まさか……。


「分かりました。ありがとう、ございます」

「いいえ。良い一日を」


 わたしたちは泉原さんのところに戻ります。

 テディベアを見て彼女はぱちくりとしました。


「あら、バースデイベア。かわいいですね」

「これバースデイベアって言うの?」

「そうですよ。自分の誕生月と誕生日が同じ子を記念に買ったりだとか、送ったりとか…。お土産さんによくあります」

「ふぅん。ノバラさんはそれを落としたの?」


 わたしは首を振ります。

 持っていなかったものを落とすわけありません。


「間接的に、送られたんだと思う」


 10月27日。花園ノバラとしての誕生日。

 そのことを知る人は、この船ではわたしともう一人だけ。


「先生……」


 ワタで出来ているテディベアの身体の一部分に、不自然な縫い目があります。

 そこを撫でながらわたしはテディベアを見つめていました。

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