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2 天野陽月


 わたしは雑多な感じの部屋に通されました。どうも乗務員専用の休憩室のようです。

 焦げ臭いにおいは髪や服についているようで、鼻腔に未だ付きまといます。


「このようなところで申し訳ありません。すぐに用意できたのがこちらで……」

「いえ」


 彼女はわたしを気遣ってか暖かいお茶を出してくださいました。においを嗅ぎ、毒が含まれていないことを確認してから口に含んでみても味がしません。

 それほどまでにショックを受けているのかと小さく息を吐きます。

 先生はマジでどうしようもないクズでしたが、彼の淹れたお茶は優しい口当たりで好きでした。それももう叶いません。


「私、紅茶淹れるの本当に下手で……不味かったらすいません」


 あっ、感傷による味覚鈍麻ではなくただ無かっただけですか。

 なるほど。わたしは何を言えばいいかわからずひたすらうつむいていました。え? どうしたらここまで味を失くせるんです?

 あと、話したこともない人と二人っきりって気まずい。すっごい気まずい。どうしたらいいの。

 うつむき気味に色のついたお湯とにらめっこしていると、乗務員さんの持っている端末が着信を知らせました。


「申し訳ありません、私はここを出ますが……もう少しここで休まれますか?」

「いや……。大丈夫。自分の部屋に戻る」

「花園様のキャビンにですね? 畏まりました」


 名前は先ほど彼女に教えていたのでいいとして、どうして念を押すように聞いてくるのでしょう。

 乗務員さんはぺこりと頭を下げて退室します。

 ようやく一人きりになれました。お茶を飲み干したら、部屋に――これからの予定を考えているとふいにドアがノックされます。


「……どうぞ」

「失礼します」


 乗務員さんが忘れ物か何かして戻って来たと思っていたら、さきほどの青年が入ってきました。

 う……うわああああああ――!!

 なんで!? 怖い怖い怖い。

 まさかこいつが犯人ですか!?

 男性と二人きりとかなおさら駄目なんですが!


「ごめん、驚かせた?」


 めちゃくちゃ驚きましたけど!?


「なんの用だマジ」


 ああ、思わずつっけんどんに聞いてしまいました。

 いえ……この場合はこの態度で良いのでしょうか? 分かりません……。


「犯人を捜そうと思って。だから君にも協力してほしいんだ」


 前置きもなく突然何を言ってるのですかね。

 わたしは思わず眉間にしわを寄せます。

 もしかしたらヤバい人かもしれませんから、いつでも動けるように身体の位置をこっそりずらします。

 武器を持ってくればよかった。前の職場の時は常に持っていたのですけど、日本に来てからは有事以外は持ち歩いていませんから。

 わたしが黙っているのを見て、お兄さんは「言い直そうか」とつぶやきます。そういう問題ではないんですよね。


「豪華客船めありぃ号は、すぐには陸に向かえない孤立無援状態だ。これをどう思う?」


 なんでこの人こんなに親しげに話しかけてくるんですか? やっぱりヤバい人では?

 まだ会って数分もしていないはずなのですけど。

 ですが問われてだんまりもまた気まずいものなので渋々と答えます。


「殺人犯は、まだ、いる」

「そうだね。早期に解決しなくてはならない」

「どうする、つもりだ。警察も――探偵も、いないと、いうのに」


 今しがた先生は死にました。

 わたし? まさか、ただの探偵助手。推理なぞできるわけないのです。

 お兄さんは言います。


「探偵ならここにいる。僕だ」


 は?

 思わず目を見ます。すぐ逸らしました。

 ……冗談ではなさそうですね。


「野放しにしておくのは危険だと思うんだよね。とはいっても、自分だけでは情報も何もないから動けない」

「……」

「だから、被害者の身内である君の助けが必要なんだ」


 な、なんだこの思いやりとデリカシーのなさは!?

 今しがた目の前の少女の身内が焼け焦げているの見てましたよね!?

 先生ー! 先生助けてー! こんな知らない人と動けません!



 拝啓、天国の先生。ついでにわたしを売り飛ばした金で遊び暮らしたであろう両親。

 知らない人についていってはいけないのは百も承知ですが、知らない人が付いてくるのはどうすればいいですか?

 いえ、みんな天国じゃなくて地獄にいそうですね。先生に至っては三途の川でボートレースしてそうですけど。

 こそこそと休憩室から出た私たちはボートデッキを歩いていました。


「つまり、君も自分を拾った先生なる人のことを詳しく知らないと」


 案の定というか予想通り先生との関係を聞かれたので、嘘は言わなくとも本当のことも言わない、とてもあいまいな説明をしました。

 そしてお兄さんはわたしの少ない語句からそこまで読み取ったのは純粋にすごいと思いました。そして願わくばこのまま解散したいです。いつまで話しかけてくるのこの人。


「なんというか、すごいね。そこまで破天荒な人ってそうそういないと思う。君から見てもだいぶ恨み買われていたんだ」

「……ああ」


 ああああっ、だからなんで素っ気ない言葉にしちゃうんですかわたしは!

 お兄さんは神妙な顔をして黙りました。そのままわたしを一人にしてください、お願いします。


「話は少し変わるけど、きみはこれからどうするの? この豪華客船を降りた後は――」

「その詮索は、犯人探しに必要なんだろうな?」


 先のことを考えたくないあまりに強い口調になってしまいました。

 たしかにどうしましょう、

 生きていくにしたって頼るツテがないんですよね。

 先生の知り合い、ひっくり返せばみんな先生の被害者ですから部下であるわたしを受け入れてくれるかどうか……。


「ごめん」


 お兄さんは小さく謝って目を伏せます。なんというか……心からそう思っているような気がしないのですが。いえ、別にそれはそれでいいとして――この人の場合、無機質と言いますか。簡単にまとめると、怖い。

 しばらく沈黙が落ちます。

 そのうち何事もなかったように口を開きました。


「今更だけど名前を聞いてもいい?」

「……」


 ぜんっぜん、へこたれないなぁ! 

 つい反射で断りかけました。

 名前ぐらい教えても減るものではありませんし、これ以上冷たい対応していると人間関係にヒビが……そ、それだけは避けたいです。


「そっちが先だろ」

「それもそうだね。僕は天野陽月。 ヒは太陽の陽、ヅキは天体の月」


 滑らかな解説からするに、慣れてるんですね。


「…わたしは、花園ノバラ」

「苗字と下の名前、どちらで呼べばいい?」


 えっ……勝手に呼んでください。


「どちらでも」

「じゃあノバラさんで」


 どちらでもいいと言ったわたしにも非はありますが、天野さんめちゃくちゃ遠慮ないですよね?

 世の中ではフレンドリーと呼ばれる類なんでしょうけど、わたしにとっては距離の詰め方が恐怖でしかありません。

 相性が悪い人に目をつけられてしまった…。


「それで、ノバラさん。あの死体は本当に先生だった?」

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