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27 波乱がはじまりました。

 トランプをやる気がないて悟った天野さんは一人でタワーを作り始めました。フリーダムか。

 紙コップの外側から水滴が流れ、テーブルに水たまりを作り始めた頃――人の気配を感じました。


 わたしが身を起こすと、それを見た天野さんがほとんど完成に近かったトランプタワーを指で弾いて崩してしまいました。もったいない。

 時間を見れば、井草さんと出会った時とだいたい同じぐらいです。

 ゆったりとした足音がこちらへ向かってきました。


「――あら、まあ。また会えましたね」


 一波乱のあとにもう一波乱ですね。

 これほど長い夜は、いつぶりでしょうか。

 井草さんは、昨晩と変わらずマスクと眼鏡を着けていました。レンズ、曇らないのかな。

 わたしに気づいてぱぁっと表情を明るくした後に、天野さんを見て不思議そうな顔をしました。


「その方は……」

「こんばんは、ご婦人。改めまして天野陽月といいます」


 立ち上がり、にこやかに天野さんは頭を下げました。

 いっそ嫌味に思えるぐらい丁寧に。


「覚えていますよ、天野さん。どういう関係なの? お友達?」

「ゆ、友人では、ない」

「あら、じゃあ……恋人?」

 きゃって頬に手を当ててる場合じゃないですよ井草さん。

 わたしの心は急速に冷え切り、マイナス237度にまで到達しそうな勢いです。深部から凍り付いていく感覚が癖になる。ならないよ。


「……たまたま会った人」


 わたしはぴしゃりと関係性を修正しました。

 天野さんは「たまたま会った人かぁ」とちょっと残念そうにつぶやいていました。

 もしかして……傷ついている? 知人ぐらいのほうが良かったでしょうか? うーん、そんな気を使わなくてもいいとは思いますが……。

 わたしがなんとなく申し訳無さを感じ天野さんの顔を見ると、ケロリとした顔で飲み物を啜っていました。この人…。


「ふふふ、そうなのね。そういうことにしておきましょう」


 どういう風に受け取ったんですこの人?

 あ、いや恋人か……。わたしが照れ隠ししているとか思われているんですかね。もういいですよ今はそれで。


「僕はここで彼女と話をしていましたけど、井草さんはどうしたのですか?」


 緩やかに天野さんは話題の向きを変えます。


「今日の分のお仕事が終わったので、自室に戻るところでした。でも偶然ってすごいですね、またあなたに会えるだなんて」


 ――偶然ではなく会いに来たのですよ、あなたに。

 下げていた視線をあげてわたしは彼女の顔を見ます。

 ……考えすぎでしょうか。井草さんは……オーナーに、似ているような気がしました。

 ですが人の顔をろくに見れず、なかなか覚えることもできないわたしですから、あまりその勘には頼らないことにします。

 なにかと関連づけたいあまりに結論を急いてしまうのは良くありません。


「わたしも、思わなかった」


 本心からです。

 まさかうまく事が運ぶなんて。


「井草……さん。時間はあるか。話をしよう」


 誘い方が下手だね。天野さんがとても小さい声で呟いていました。やかましい、自覚はあります。

 井草さんは「まあ」と驚いた様子を見せながらも警戒もなくわたしの横に座りました。

 また!? また横に座ってきましたね!?

 距離感見誤っていますよ……。それともわたしが過敏なだけなのでしょうか。両方ですね。


「何かしら、かわいいお嬢さん」

「おま……あなた、秘書の仕事はどこでしている?」

「え?」


 あっ。もうだめだ。意味の分からないことを聞いてしまった。

 質問の段階ミスりました。


「ノバラさんが、昨日あなたに飴をもらったからお返しがしたいって気にしていたんですよ。いつどこで会えるか分からないからここで待っていたわけです」


 天野さんフォローしてくれてる!!

 でも待って! なにもお返しない! それはどうしようもない!


「ね?」

「……うん」

「そうでしたか。ここで待っていたのは良い判断でしたね。私、息抜きによくこの場所にいるので」

「秘書というのも大変そうですね。いつもどんなことをしているんですか?」


 わたし、完全にだんまりを決め込みます。

 いつもだんまりですって? そうですけど。


「スケジュール管理や来客対応ですよ」

「へえ。オーナーの代わりに重要なことを決定するというのも、秘書の仕事ですか?」


 あ、天野さんッ!


「あら、例えば?」

「殺人事件を隠匿するとか」


 うわああああ! 天野ォォォォォ!

 直球ストレートになんてこと聞いているんですか!? ここはもう少し変化球を見せないといけないのではないですか!?

 デッドボールですよ! デッドボール!

 特にわたしの胃が死んでいます!


「ふふ、これは一本取られたわ。だけど少し失礼という言葉を知るべきね」


 井草さんの目元から一瞬笑みが消えたのは絶対に気のせいではありません。


「申し訳ありません。『探偵』ってこういう詮索がクセなので嫌ですよね」


 あと天野さんは探偵のせいにするな。主語が大きい。

 ――いくらそのワードを入れたかったとしても、少々無理があるのではないですか?

 天野さんには井草さんと話したことをほとんど教えています。『探偵』というワードに強い反応を示したことも。


「まあ、探偵?」


 予想通り食いつきました。


「ようやく探偵と探偵助手が揃ったわけね?」

「あとは事件が起きれば完璧ですよ」


 なんでそうやって危ない橋を突っ走っていくのですか!?

 怒らせたらどうするんですか!?


「そうねえ、この船にはいろんな人がいるから、事件なんて実は身近な場所で起きてたりするかもね」


 なんだこのハラハラする会話。胃が痛い。

 ほわほわとした会話ですが、実際には心理戦です。探りを入れているこちらの腹が探られているかもしれないので。


「井草さんの周りで事件は? 柏尾さんが死んだ以外に」


 天野さん、お願いですから目の前に被害者の身内がいるってことを意識してください。

 まあ、先生の死体ではないらしいとはいえ…。いまだに先生と会えていませんし、あの死体と対面したとき本当に焦ったんですからね。

 井草さんは唇に指を添えます。


「まだかしらね」


 まだ――ですか。

 これから起きることは確定しているような、そんな物言い。

 天野さんに視線を送ると、彼はにこっとしたまま何も口にしません。ちょっとだけ待ってみましたが、何も変わりません。

 えっ。ま、まさかわたしが質問とかしないといけないのですか!?

 発声練習とか言ってましたけれど、本当の本当にわたしが喋らなくてはいけないのですか!?

 う、ううー。胃が痛い。吐き気がする。頭がくらくらしてきました。


「……"まだ"?」

「ふふふ、そうよ。"まだ"」

「な、なにが、ある、ですか?」


 カラカラの喉から声を絞り出しました。

 相手を刺激しないように言葉を選びつつ、脳をフル回転させます。

 泉原さんの言葉を思い起こします。『オーナーが殺される』……井草さんの"まだ"はこのことでしょうか?

 ……いえ、それじゃあ……この人もオーナーが殺されるということを黙認しているということになりませんか?

 ――駄目だ、ノバラ、結論を急ぐな。


「探偵にふさわしい事件、かしら?」

「ふさわしい……?」


 ふむ。わざと答えを外してみましょうか。


「人探しとか、ですか?」


 おそらく井草さんが描く探偵は、そういうリアルで地味なものではないのです。

 最初に会った時、「ワトスン役」と口にしていたことから見るに『創作上の探偵像』が色合いとしては強いはずです。


「うんん……もっと派手なものよ」

「派手……」


 天野さんにもう一度視線を送ります。

 間違えたらまたフォローしてください、という気持ちを込めて。


「それは、殺人事件……です?」


 井草さんは微笑みました。

 はっきりとは答えずに。


「ねえ、お嬢さん。今まで殺人事件に遭ったことは? ああいえ、柏尾さんのこと以外で」


 この空間、わたしに配慮をする人はいないんですか?

 もう、この人たちはこういう人だと諦めるしかありません。わたしばかりがピリピリしていても何も得はありませんから。

 それで、『殺人事件に遭ったことはあるか』ですか。うーん、前の職場ではわたしが殺人現場を作ってましたけれど…。


「ない、ですね」

「あらそう? 一つぐらいあるかと思ったのだけど」


 なんだろう、この言い方……探られている?

 めありぃ号でもうひとつ殺人事件があったことを知っているか聞くべきですか?

 もしバレたとしてこちらが困ることはたくさんありますけれど、井草さんには好奇心が満たされる以外のメリットはないはず。

 わたしは背中に汗が流れるのを感じます。もう限界です、腹の探り合いなんてわたしにはできません。気持ちが悪くなってきました。


「そろそろ真相に近づいてきたかなーって期待しているのよ」


 余裕たっぷりに井草さんはわたしに優しく告げます。

 なっ……。

 ……この人、最初から分かってた!?

 わたしたちが事件を解決せんと動いていることを、知った上で話していたというのですか?

 井草さんが秘書なら、泉原さん伝手で話を聞いていてもおかしくありません。わたしたちが。探偵ごっこをしていることもバレバレでしょう。

 だとしても、なぜわたしたちに接触をしたのか。そもそもこれは……偶然なのですか?

 もしかして――わたしたちが彼女を待ち受けていたのではなく、彼女がわたしたちを待ち受けていたのではないでしょうか。

 どこまでわたしたちはこの人の手のひらの上なんだ?

 嫌な汗が背中を流れ落ちます。


「真相ですか」


 ゆったりとした声音で天野さんは口を開きました。


「僕にはなんのことだか知りませんけど。船をあげてゲームをしているのですか?」

「そのようなものね」

「それは楽しそうです。僕も参加できますか?」

「うふふ。運が良ければ出来るわよ。でも、私にもいつなのか分からないから困りものね」


 ふと、わたしは彼の目を見ます。

 笑顔なのに一切笑っていませんでした。


「あなたの意思ではない、と?」

「ねえ、事件にはね、被害者と加害者が必要なのよ。そして動機と少しのきっかけ。すべてが揃う時がいつなのかは誰も知らないの」


 隠す気もない……。


「ずいぶん物騒なゲームです。いいのですか、開催しても」

「ご心配は不要よ」

「なるほど」


 天野さんはカードを集め始めました。裏表がぐちゃぐちゃに混ざっていますが、気にした様子はありません。

 早めの撤収をしたいようです。


「……お返し、忘れた。また会える、ますか?」

「お嬢さんが望めば」


 社交儀礼ですから本気にしないでください……。そもそもお返し、なにがいいんでしょうね。

 天野さんが立ち上がります。


「さ、そろそろ寝ようか」

「ああ」

「それでは井草さん、おやすみなさい」

「あら、もう行ってしまわれるの? 残念だわ。おやすみなさい」


 ラウンジから退出する直前、彼は一度井草さんを振り向きました

「それで、本当の名前と役職はなんですか?」


 わたしは息を止めて二人を見比べます。

 井草さんは、唇に描く弧を強くしました。


「良い夢を、お若い探偵さん」


 それだけでした。

 天野さんもそれ以上は問わず、頭を下げます。無表情の中に険しさが覗いていました。

 ――しばらく静かな通路を歩く中で、わたしはしばらく言えなかった事をおずおずと切り出します。


「天野……」

「なにかな、ノバラさん」


 わたしは立ち止まります。

 浮かぶ冷や汗を手の甲で拭いました。


「……吐いてきていいか?」

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