26 殺し屋であったわたし。
天野さんはわたしの目前に腰掛けてトランプを見せてきました。
「ほら、スケルトンなのに裏のマークと数字は見えないんだ」
無邪気か?
「ノバラさん、何か知ってるゲームある?」
「……だいたいは分かる」
前職の仲間とよく遊んでいましたから。
擦り切れたトランプを使って。もう、傷で裏が分かるぐらいのものでした。
「ババ抜きもいいし、神経衰弱とか…あ、ダウトする?」
「…あれ、四人からだろ」
「出来なくはないよ。ノバラさん、発声練習もしとかないとだし」
余計なお世話です……。というか天野さんが喋ってくださいよ、例のおばさまと。
そんな文句も言い出せないまま、天野さんがシャッフルをはじめました。
……04、わたしこの人相手にすると気力が犠牲になってくよ……。
天野さんは軽やかな手つきでカードをシャッフルを始めました。
しばらく規則的な紙の擦れ合う音が響きます。
すごい、器用なんですね。落とすこともタイミングがずれることもないなんて。
「……そんなに珍しい?」
カードを切りながら彼は少しだけ表情を緩めました。
……自然体でほほ笑んでいる、と気づいたのはワンテンポ後です。
えっ……!? そんな顔が出来たんですかあなた!?
「ノバラさんもそういう表情するんだね」
えっ…!? どんな顔をしているんですかわたし!?
気づくと前のめりで見ていたので、何でもないように姿勢を正します。恥ずかしい……。
彼は苦笑のような笑いを一つ漏らした後、わたしと自分へ交互にカードを配り始めます。ひとり26枚ですか……。かなりの数になりますね……。
最後の一枚が天野さんの手元に落とされます。それを見て私は手持ちのトランプに手を伸ばしました。揃えるのも一苦労です。
うーん、なるほど。相手の手札も分かってしまいますね……。まあただの遊びですし気楽にやりましょう。
さすがに罰ゲームとかないですよね? あったら死んじゃいますけど……。もし確認したら「じゃあ罰ゲームいれよう」とか言われかねないので黙ってます。
「じゃんけんぽん」
せめてじゃんけんやるとか言ってくれませんか!?
とっさに出したのはチョキ、天野さんはパーでした。わたしが先攻みたいですね。
「……いち」
伏せたままAを出します。ちなみにAの残りの3枚、天野さんの手元なので三巡目初っ端からダウト確定です。ふたりでやるものではない。
「に」
天野さんがカードを出します。
「さん」
ぽいぽいとカードを載せていきます。さすがに一巡目、これといって何も起こりませんでした。
……楽しいのでしょうか、彼。わたしは楽しくないのですが。
時間つぶしにはいいですけど、盛り上がりに欠けているといいますか……。わたしにそれを求めるのは間違えているのでやめていただきたいですが。
開始して5分も経たないうちに二巡目が終わり三巡目です。
「いち」
2を出します。
「ダウト」
ですよねー。そりゃ分かりますよね。
積もりに積もったカードをかき集めます。……これ、終わるんですか?
再びぽいぽいと出していきます。
「ご」
天野さんがいいます。ふふふ。この大量の手持ちがあれば負ける気はしません。現状負けですが。
「……ダウト」
「バレるよね」
と言っても持っていくの4枚しかないではありませんか。わたしなんか26枚ですよ。いま最初の手持ち超えましたから。
彼、表情が特に変わらないので大人数でやるとかなり強いでしょうね。わたしも表情は固定されてる方なのでそこそこの勝率でした。
あと、天野さん、嘘が分かるから……。
ん!?
このゲーム、わたしに不利なのではっ!?
いや気づくの遅っ! バカバカ! うっかり屋! そんなんだから怖いお兄さんたちにコンクリ詰めにされかけたりするんです! 全員殴って逃げましたけど!
「……天野」
「ん?」
「おまえに有利なゲームだよな、これ……?」
どう弁解してくるかと思ったら、彼はあっさりうなづきました。
「あ、今気づいた感じなんだ。てっきり理解した上で乗ったのかと」
悪びれねえなこの人!!
天野ジョークみたいな感じの提案だったんですか!?
「ごめんね」
「その謝罪は本心からか?」
「あはは」
肯定も否定もしませんでした。いい根性してるじゃないですか……。
「どうする? 続ける?」
「勝敗が決まっているゲームをしたくはない」
「じゃあ普通のババ抜きにしようか」
やらないという選択肢はないのでしょうかね?
とはいえ黙って時間を過ごすのもかなりしんどいのでトランプするしかありません。
天野さんは再びシャッフルを始めます。
「ノバラさん、夜でもその……首輪? つけているんだね」
「チョーカーだ」
名称を知らないにしても言い方酷くありません?
「チョーカーって言うんだ。母さんは家だとアクセサリー類つけてないから詳しくなくて」
すごいどうでもいい情報を仕入れてしまった……。天野母情報、この先使う予定がない。
まあ、チョーカーを就寝時までつける人なんていないでしょうしね。わたしも流石に外しています。ルームメイトにバレないようにタオルを首にかけたりしながら。
「……別にいいだろ」
実のところ、前の職場でバーコードの刺青を首に入れられているのです。QRコードよりはマシですが、せめてチップ埋めるとか無かったのか疑問です。お金かかるから刺青にしたのかもですが。いやこれのが目立つ。
流石に目立つとのことで、先生からチョーカーを貰ったのでした。
日本では刺青に好感情がないので、若い女性でしかもバーコードなんてナンセンスなものが彫られていたら否応無しに注目されてしまうそうで。
「それもそうだね。僕も会話の糸口探してるだけだから気にしないで」
気にしますし、探さないでいいので。
てっきりバーコードがバレたのかドキドキしたではありませんか。
ふと、天野さんがカードを配る手を一回止め、わたしを見ました。
「あ、そうだ。これ聞きたかったんだけど――ノバラさん、人を殺したことある?」
ほんの一瞬、わたしの息が乱れました。
莫迦だなぁ。分かる人が見れば分かるような動揺をしてしまいました。
わたしは天野さんの手に収まるトランプを見つめます。そして、どうしたものか考えました。
ああ、胃が痛い。
興味本位で聞いているのでしょう――いえ、チョーカーはブラフで最初からこの話をしたかった? だとしたら、その目的は?
実は組織からの追っ手……ではないでしょうね。首にバーコードもありませんし、指には武器を扱って出来るたこもないので。
……。仕方ありません。
「わたしが殺人犯だと?」
「ん? 違うよ。仮に殺人犯なら今こうして僕とトランプしてないと思うし」
さあ、どうでしょうね……。トランプが終わったあとに殺すかもしれませんし。
ちなみにわたしはメンタルを無駄に傷つけたくないのでさっさと殺す方です。
「ただ純粋な疑問。前に誰か殺したことがあるのかなって」
「どうして?」
「だって、まともな目つきしていないんだもん。ノバラさん」
超失礼。
思わず自分の目を押さえかけましたがぐっと留まります。思うツボになるところでした。
「ノバラさん、柏尾さんとの関係で『家族に捨てられて、表には出られない場所で働かされて、逃げたところを先生に拾われた』と話していたよね」
――まずい。天野さんが嘘を分かると知る前の説明です。
本当のことは言いませんでしたが、しかし完全に嘘をついていないかと言われたらーー自信がありません。
「僕は『家族は今なにしてるの?』って確か聞いたはずだ。君はーー」
ああ……。そうか。
わたしは、誘導されていたのか。はいもいいえも言えない質問をされて。
「……『知らない』」
「うん、ダウトだね」
にこやかに彼は言います。
「――これは僕の勝手な憶測だけれど、ノバラさんは自分を捨てた親の場所に帰らないだろう? 恋しがって様子を見てきたなら別だけど」
「知ったような口を」
唸るように声を出しますが、天野さんは意に介さず続けます。
「焼死体も滅多刺しも平気だった。病気や老衰のような綺麗な死体ではないものに、ノバラさんは慣れているようだった」
「……」
「だから思ったんだ。君、柏尾さんに会うまでは人が惨たらしく死ぬ環境にいたんだよね?」
荒唐無稽な推理をよく言えるものです。
それが正しい場合、あなたの目の前にいるのは化け物なのですよ?
「だからもしかしたらって考えたんだ――ノバラさん、家族を殺したのではないかな」
……。
暗殺者として、弱点はなくさなければなりません。
例えば家族という、未練の残る場所。血の繋がった人間たち。誰かにとっては帰るところ。
銃を持たされて命じられたのは、両親を手にかけることでした。
わたしは冷たい雨の降る日に、ドアを叩いて出てきた男の眉間と、中にいた女の心臓に銃弾を撃ちこみました。
それだけの、話です。
「……天野、」
彼の瞳を真っ直ぐに見据えます。
「わたし、暗殺者だったんだよ」
きっと普通の人なら突拍子も無い冗談にしか聞こえないでしょう。
でも、彼なら。嘘が見える彼なら――わたしの言葉の意味が分かるはずです。
わたしたちしかいないラウンジに痛いほどの沈黙が落ちます。
天野さんは、瞠目してわたしを見ていました。
わたしは耐えきれずに目を逸らします。天野さんが何を言うか、未知数です。それがどうしようもなく怖くてたまりません。
人殺しの仕事など褒められたものではありませんから。非難や咎めが飛んできてもおかしくはないのです。
だけれどそこまでの推理力と洞察力を使い、確信を持ってわたしにそう言ったなら覚悟は出来ているでしょう?
わたしの積み重ねた罪を知ってしまうという覚悟を。
ああ、でも……拒絶をされたらどうすればいいのか。事件の真相を追っている今、絶交をされてしまったら……。
わたしひとりで、どこまで出来るでしょう?
ひとりぼっちで何が……。
「……ふ」
天野さんは口を覆いうつむきました。
どういう行動の前触れなのか分からずわたしは首を傾げます。
「ふふっ、ふふ、くっ、あーはははは! あははははっ!」
彼は、最初こそ抑えていましたがすぐに顔を上げて笑い始めました。
面白くて仕方ないという風で。
溢れる感情を制御できないというように、胸のあたりを自分で握りしめて。
「……は?」
「あははっ、ごめん、ふふ、だって両親のことだけだろうって、やったのは二人だけだって思っていたのにさ」
……あの。
笑うところ、ありました?
「まさか、生業だとはっ、ふふ、思わないよね? あはは、いやぁ、想像がつかなかった!」
「笑い事ではないだろ!?」
「ごめんごめん、でもほんと、おかしくてさ」
彼はまなじりに浮かぶ涙を指で払います。
「何人殺したの?」
おい天野ォ! デリカシーってもんをだなぁ!
真剣に考えたわたしが莫迦でした。この人でなし、わたしにあんな質問したのは興味本位でしかなかったんですね!?
先生ですら何人殺したかって聞きませんでしたよ! 組織と関わり合いになりたくないって! あ、わたしの心情は特に考えてなかったですね先生。
「数えていない……」
「どうして?」
「はぁ!? 別に数えなくても、仕事に支障はないだろ!」
生きている人間全員いなくなれば済む話だったので。
生真面目に数えていた仲間はいましたけど。
笑いのつぼが浅いところにあるのか、けらけらと彼は笑います。
「そっかぁ」
「おい。何故こんな質問をした」
「興味あったからさ。それに、これまで犯人に怯えるそぶりがないから、対策か自信につながる経験はあるんだろうと思ってた」
「……経験が、人殺しの有無だと推測したのか?」
「うん」
わたしが人殺しと思いながら一緒にいたんですか……? 怖ぁ……。
こっちが引いちゃう。
「でも良かった、ノバラさんを仲間にできて」
「待て、わたしは犯人を殺さないからな。多分。『花園ノバラ』は普通の民間人だ、そんな暴力で解決はしたくない」
言ってて自信がなくなってきてますが、それはそれとして。
「別にそんなことはしてもらわないよ。もし、犯人と対峙した時に命の危機に晒された場合、切り抜ける手札が欲しかった。僕も死にたくはないからね」
わたしの前で、わたしに対して、わたしを手札扱いですか……。めちゃくちゃ失礼。
「泉原もいるのに。あいつも少しは戦えるらしいぞ」
「どうなんだろうね、彼女」
技術や力に疑問を抱いているのかと思ったら、そうではありませんでした。
「もし大葉一族がすべての黒幕で、最終的に僕らが邪魔になったとき、始末しにきてもおかしくないでしょ」
……自分以外の人間になにも期待していませんね。先生と同じです。
だから、裏切られてもなにされても平然と出来る。期待していないから。ある意味メンタルが強い人。
「……」
「僕、戦闘能力たったの5しかないからさ。共闘はしない方向で頼むよ」
ゴミめって言われたいのかこの人。
どちらかというとクズですが。
わたしはすっかり疲れ果て、ソファに身を預けます。




