25 密会です(不本意)
逃げ出そうにもここから動くなって言われているし……。別にそれを守る必要はないのですが、約束破ると信用度が目に見えて下がるではありませんか。わたし、アレに耐え切れないのですよ……。
せめて何分かかるか聞いておけばよかった……! 天野さんと泉原さんが会話してくれるのでわたしは喋る必要ありませんでしたが、これでは無視も出来ない……。
「大葉グループのおさらいでもしようか」
抑揚のない声で、彼は口を開きます、
泉原さんといたときの笑みはなく、表情が浮かんでいませんでした。
たぶん、これが本当の彼。仮面をかぶらない素の天野陽月。
まずいなぁ……。わたしのこと、親しい人認定進んでますよね。こっちはそうではないというのに……。
「大葉舞子。三人きょうだいの長女。オーナーと名乗っているけれど、オーナーではない。入退院を繰り返している。『殺される』と自分で言っている」
「……」
「大葉暁人。三人きょうだいの末っ子。支配人。姉二人とは仲が悪い。画家と従業員、それぞれと繋がっている」
「……」
「大葉愛子。三人きょうだいの真ん中。不明。姉とは仲がいいが、本心は知れず」
そして、と天野さんはドアを横目で見ます。
「泉原海花。もしくは、大葉海花。大葉舞子の養女。いいように手のひらで転がされているという印象が強いね」
「…そうだな」
「誰も胡散臭い。海花さんを除いてね。ノバラさんはここまでで何か考えた?」
胡散臭い人に言われましても。
ひとりでぐるぐる考えるのも面倒なので、吐き出してしまいましょうか。
「支配人が、犯人ではないのか? 先生では、ない人を、殺させ、更に、石谷も、手にかけさせた。自分の手を、汚してはいないが、立派な、犯人だろう」
「やっぱりそう思うよね。僕も大葉暁人が犯人だろうとは思っている。だけれど――おかしくない?」
「何がだ」
「データを躍起に探し回っている。でも、そのデータは誰からのもの?」
そうですよね……誰が、何のためにあのデータを?
「大葉舞子は自分を『被害者役』と言った。弟にこの船で殺されると予想している? どうやら弟は秘密裏で進めているつもりらしいけど、被害者本人にバレバレだよ」
「……」
「そして最後。海花さんはあの人を大葉舞子と信じているみたいだけど、実際には違う。そこでなんだけど、ノバラさん」
「……なんだ?」
両手の人差し指を立てて、天野さんはわたしに見せてきます。
「これは今から調べてみるけど――もし大葉姉妹が年が近く、また似た容姿であったなら、なにが起きるかな」
それは――。
ミステリーでは、お約束のもの。
先生とそういった類の話をよく見ていました。
「…入れ替わり?」
「うん」
天野さんは手をクロスしました。どうやら入れ替わりを表現しているようです。
「入れ替わりをして……どうするんだ」
「さあ? そこまでは当人に聞いてみないと分からない。意味なんかなくて、戯れでしかないかもね」
座り直した時、わたしはカーディガンのポケットに固い感触を感じます。
何を入れたか考えて――そういえば昨晩、井草さんに貰ったものだと気付きました。
『私も妹も食べないから、貰って?』
オーナーと同じぐらいの年でした。顔は半分が隠されていましたが……。
雰囲気も……いえ、それは今記憶が書き換えられただけかもしれません。
妹……。秘書というオーナーに近しい立場。
あの人は井草道子ではなくて――大葉舞子だとしたら?
この考えの正誤を、確かめる術はあるのでしょうか。
……ひとつあります。
「……天野」
わたしは何度も生唾を呑みこみながら、彼の目を見ます。
「夜、会えないか」
◯
『やっほー06、元気?』
気さくに04は言います。
それは今のわたしの呼び名ではありません。わたしが暗殺者だった時の『名前』です。
暗殺者や諜報員を育成する組織で、数少ない友人だった少女が目の前で笑っています。
…人生の大半を施設で過ごしておきながら、あの場になじむことはついに出来ませんでした。
苦しかった。
逃げたかった。
周りはみんな組織に忠誠を誓っているのに、その中で逃げられるわけない。しかも、上層部にも睨まれているのに。
下手に動いたら殺されてしまう。
『自由の対価は犠牲だよ、06。壊さないで自由は手に入らない』
……。
『06。何が欲しい? そのために、何を犠牲にする?』
あなたは、組織を脱走するほどの勇気があった。わたしはその勇気が欲しかった。
でも、その勇気を潰したのはわたし。大事なあなたを一発の銃弾で肉塊にした。
04、殺してごめんね。
◯
てくてくと乗客が寝静まった深夜の通路を歩きながら先ほど仮眠で見ていた夢を思い返します。
待って、どんな状況の回想なんですかこれ。
あんな面と向かって真面目なことを言う子ではなかったんですよね。夢補正かも。
ただ、自由の対価は犠牲というのは04から聞いていたのでそれが影響していたのでしょう。
今していることはまさにそれですから。
何故そんな夢を見たかというのは――天野さんと夜に会うことを約束したからです。
まさかあんな驚く顔するとは思いませんでした。
いや、わたしも自殺行為だと分かっています。わざわざ人と会う約束をするなんてめちゃくちゃ珍しいことなんですよ。先生が聞いたらひっくり返るのではないですか? ふふふ。
ともかく――そろそろ、限界なんですよね。
犯人が見つからない限り天野さんたちと顔を突き合わせ、情報収集をし、話し合って……というようなルーチンが続いていくことでしょう。
正直に言いましょう。
やだ!
疲れた!
人が苦手なのに、しかも会話も嫌いなのに、ずっと推理が続いているではありませんか……。わたし、過労死しますよ。
さっさと犯人突き止めてボコして先生に安全ですよって出てきてもらい、平穏な生活に戻りたいのです。
そして、自由を手にするためには――今、自分の平穏を犠牲にしなくてはならないと悟りました。
天野さんを最大限に利用して早期の解決を目指さなければならないという考えに至ったのです。
吐いても泣いても喚いても、それしか道がないなら、もう、やるしかないじゃありませんか!
……それが夜の密会でした。
泉原さんがいる状態で大葉家に接触するのはかなりリスクがあるので外しました。いた方が天野さんと喋ってくれるから楽なんですけどそうも言ってられません。
密会の目的は、天野さんと井草さんを引き合わせることです。
井草さんに再びあの場で出会えるとは期待していません。あれだってただの偶然、二回目が起きたなら奇跡でしょう。
だけどもう賭けるしかないのです。一晩天野さんと二人きりという考えるだけで死にたくなる状況になったとしても。
嘘発見機の天野さんに井草さんが大葉舞子か確かめてもらえれば、真相が掴めるのではないか――と、わたしは天野さんに提案しました。
どうするかと思いましたが彼は簡単に許諾してくれました。
むしろなんか考えてくれたのかなあの人。
後半の返答、ほとんど反射っぽかったんですが。とりあえずOKしとこう、みたいな。
わたしたちは夜に分かれ、時間まで自室にいました。ルームメイトが話しかけてきて地獄でした。観光、楽しそうで何よりです。
そんな感じでふらふらとラウンジにつくと、まだ天野さんはいませんでした。
……もし彼が来なかったらどうしよう。約束を破る人なのかもちゃんと分かっていませんからね……。
わたしはドリンクバーから冷たいお茶を選び、一人がけソファに沈みました。
紙コップにじんわり水滴が滲んできた頃――天野さんが顔を見せました。ちょっとだけ安堵します。
「お待たせ」
なんか手に持ってる。
「待ち人が来るまで暇だろうから、トランプ借りてきたんだ」
何してんのこの人。




