23 お呼ばれしました。
「え、なんですか? 天野さん、花園さんに居なくなってほしいのですか?」
おっと、そういう話はわたしのいないところでやってください。
「そういうことではないよ。相棒としてとてもすてきだと思うし」
相棒?
マジで? そういうふうに見られていたんですか?
相棒……相棒!? 千年パズル解いた覚えないんですけど……。腕にシルバー巻くか……。
「……何が言いたい?」
「うん。このまま推理が行き詰まったら、打開策としてノバラさんに刺客が放たれるかも。それこそデータを持っているとか吹き込まれてさ」
「なぜ」
「物語を盛り上げるには起爆剤が必要だろう?」
罪悪感も悪気も一切なしに、彼は笑います。その笑みはきっと、「必要だからしている」だけであって本心ではないのでしょう。
本心は、凪のように揺らぎがなく、なにも思っていないのではないでしょうか。
「でもノバラさんに死んでもらうのは困るし、僕だって特別なわけではない。探偵役は後にもわんさと控えているから」
だから自分も死ぬ可能性がある、と。
「ならば、どうするんですか?」
「あっちがシナリオを動かしたいなら、こっちはシナリオを崩してしまおう」
「どうやってだ」
「んー、それはまだ考えていない。いつまでかは分からないけど、思考する時間はまだある」
……なるほど。「面白くない」と言っていたのは、そういうことですか。
誰かの筋書きに沿い、楽しませなくてはいけない役だと気付いて面白くないと思ったのでしょう。
わたしの安全を守るためではなく、顔の見えない誰かの鼻っ面を潰すために彼は動こうとしている。
いやいやほんと――驚くぐらい人でなしですね、この人。守られたいとは思いませんけど、せめてそこは目の前の人のために動くよぐらいのポーズとってくれてもいいのに。
「さて、長居しすぎたね。気分転換にちょっと散策でもする?」
手元のクリーズソーダに目を移すとめっちゃアイス溶けてあわあわしていました。
それと気分が重くなっているのは天野さんのせいなので!
「あの」
わたしはさくらんぼを突きながら小声で主張をします。
「…ドラッグストア、寄りたい」
「うん? いいけど。何買うの?」
胃薬です。
さて、軽食も買いわたしたちは豪華客船めありぃ号に戻ってきました。
まだ旅の始まりで体力を残しておきたいのか、ラウンジにはそれなりに人がいてめいめいに楽しげにお話しをしています。
そのうち一人が天野さんに気づくとにこやかに手を振ります。
「やあ、天野さん。神戸は楽しかったかい?」
「ええ。いいところですねえ」
ほぼ観光してませんし、ちゃんと行ったの喫茶店とドラッグストアとコンビニですよね。
少なくともわたしは楽しくなかった……。
「そちらのお嬢さんがたは?」
「この子と二人で旅行しているんです。天野さんとはたまたま目的が一緒でしたので」
泉原さんはにっこりと笑いながらわたしの肩に手をおきました。「合わせろ」と無言の圧力――いえ、はちゃめちゃ圧力を感じます。怖い。
しれっと、しれしれしれっと、驚くほど軽やかに嘘をついていますね泉原さん。いや、目的はたしかに一緒ですけど。
かなりスムーズに言葉が出てきているので、もしかしたら考えていたことなのかもしれません。わたし? なんにも対策してませんでした。
「両手に花とは羨ましいね」
「ははは」
そのうち片手の花に引っ叩かれていましたよその人。
適度なところで天野さんは話を切り上げ、客室へ続くエレベーターに向かっていきました。
呼び出しボタンを押し、少し待ちます。
「今の方は?」
「乗ってからね」
エレベーターが来ました。
幸運なことに誰もいません。乗り込むと密閉空間になります。
苦手なんですよねエレベーター……。知らない人と乗り合わせるのが嫌で極力階段を使うタイプです。
あと逃げ場がないから襲撃に遭うとどうにもならないので……。
「パーティーで会った人。探偵ではなく、純粋にお客さんとして乗り込んだ人だ」
「すごいですね。そういう人とも話題を合わせてお話しできるなんて」
泉原さんけっこう切り替え早いですよね。いつまでも天野さんに怒っていないで普通に会話出来てます。
あのビンタの強さからしてもう少し長引くものかと予想していましたが。
そこまで引きずらないタイプ――というよりは、溜めているのでしょうね……。爆発しないことを祈ります。
「世界を広げるのも大事って言われたからいろんな人に話しかけているだけだよ。これから関係が続くかは知らないけど」
天野さんは通過する階数の表示を見ながら言います。
うーん、自分の意思というより他人に言われたことを課題としてこなしているみたいなドライさがありますね。
旅立つ前に誰かに「いろんな人と話しておいで」みたいなことを言われたからその通り実行しているみたいな。
そうこうしているうちにエレベーターが止まりました。ここで天野さん降りて、次はわたしです。
しかし彼は下りません。開いたエレベータードア、その向こうの通路を無言で眺めています。
訝しむわたしたちへ、振り返らないままに天野さんは口を開きました。
「僕の部屋来る?」
は?
なんて?
「三人入れないほど狭いわけではないし、それぞれの部屋で昼食とってからまた集まるのも手間じゃない?」
あ、大真面目なんだ天野さん的には。
「いえ、殿方の部屋に入るのは……」
「客船案内には部屋の利用者以外連れ込むなとは書いてなかったから大丈夫だと思うよ。女子客室に男性客はご遠慮くださいってあったけれど」
ちゃんと目を通してあるのですね。確認というか、抜け道を探している感じですが。
まあ、あと、泉原さんが言いたいのはそういうことじゃない。乙女の心を察してほしいですが……駄目か。
「わたしもやだ」
「この近くなんだ、僕の部屋。ノバラさんの部屋はもう二階上がるし、海花さんは乗務員専用の場所ならかなり遠いよね?」
そこで彼はこちらに振り向きます。
ね? と有無を言わさぬ爽やかな笑みで泉原さんのためらいとわたしの拒否を一掃しました。
やっぱり苦手だ、この人……。
「……いいでしょう。時間がもったいないですしね」
「わたしはやだ」
「なら決まりだね。ついて来て」
「わたしはやだ」
ふたりとも、わたしの話を聞いて?
天野さんがキーを解除して先に入ります。その次に泉原さん、最後にわたし。
泉原さんの背中から見た部屋の内装は先生のいた部屋と大差ありませんでした。両方A客室なので当然と言えば当然ですけど。
……それにしても、なんか、妙にさっぱりしているというか……。
「天野」
思わず、名前を呼んでしまいました。
「うん?」
「おまえ、ここで生活しているんだよな」
人が生きている部屋って感じがしないのですが。先生はたった三十分ではひどく散らかしていたので、なおさらそのギャップがすごいと言いますか。
印象としてはモデルルームみたい、と言ったほうが合っているでしょうか。
ベッドメイクは都度しているらしくシワが少し目立つぐらい、机の上には館内案内のファイルとカップ、わずかに開いたクローゼットの隙間から覗く青色のスーツケースが宿泊客の存在を教えてくれています。
生活感がないですね、ここ。
「あはは、さすがに他の部屋で寝るようなことはしないよ」
特に面白くないなら棒読みの笑いをしないでください。
「床で寝ているのか」
「ノバラさん、僕をどんな風に見ているの?」
パーソナルスペースが非常に狭くて、社交性はあるけど社会性はなくて、歩く嘘発見器の人でなしだと思っています。
わあ、すっごい悪口……。
天野さんも内心わたしのことをパーソナルスペースが非常に広くて、社会性壊滅的で、コミュニケーションがろくにとれないとか思っているかもしれません。やばい全部事実だ。
やめましょう、勝手に被害妄想を肥やしてどんよりするのはわたしの悪い癖です。
「すごく部屋を綺麗に使ってくださっているのですね」
泉原さんが率直な意見を言ってくれました。
「使いきれていないだけだよ。僕にはこんなに広い部屋もったいないぐらいだもん」
「そうですか?」
泉原さん? それは謙遜ですよね?
この部屋だけで、現在わたしと先生が住むマンションのリビングと押し入れとバルコニーぐらいあります。多分住んでいるところが狭いのでしょうけど。
「借りているところ、1Kのロフト付きだから。ここに何部屋はいっちゃうんだろね」
「えっ、1Kって住めるんですか」
い、泉原さん? それは冗談ですよね?
ナチュラルに天野さんに喧嘩売ってますよ。言われた方はほほ笑みで応じるにとどめていました。感情無くて良かった……。
いや、大葉グループの養子ですからご令嬢ですし、ちょっと庶民とずれていてもおかしくないです。実家が豪邸でもあり得る話ですもの。
買い物は常識的だったので大金持ちの子供って感じはなかったのですが、そこらへんは良識ある振る舞いを教えられたのかもしれません。
「とりあえずご飯食べようか」
ということで天野さんがベッドの上、泉原さんは椅子、わたしはもう一つある椅子に座ってもそもそと昼食タイムが始まりました。
どうでもいいですけれど封を開けた瞬間に空気清浄機が作動するのには罪悪感を覚えてしまいます。あとサンドイッチのハムが欠片当然でしょんぼりしました。
泉原さんはコーヒーだけでした。どうしてなのか天野さんが購入時聞いたところ「トイレでの一件で食欲が……」という返答でした。
怒涛の展開が続いていたから遠い出来事のように感じていましたけど、石谷さんが死んだのは今朝です。
他殺体見たら食欲なんて消し飛んでしまいますよね……。
天野さんとわたし、がっつり食べているけど人間なのでしょうか。人間ですよ。ええ。
「食べながらでいいから聞いてほしい」
ペットボトルの蓋をあけながら天野さんは言います。
「そろそろここまで何が起きたかを整理しよう」




