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21 外へ来ました。

 天野さんについていくこと十数分、わたしたちは隠れ家的な喫茶店に入りました。

 つややかな木材で出来たテーブルと椅子が並び、頭上には花を模した照明、店内には静かに音楽が流れています。

 客はまばらでひんやりとした雰囲気のお店でした。

 ほう…と泉原さんが息をつきます。お気に召したようです。

 店内の一番奥、窓側の席にわたしたちは通されます。

 わたしはそっと外が見える椅子に座ります。ふたりは何も気づいていない様に空いている椅子に腰を落ち着かせます。

 …敵の来襲がすぐ分かる席なので。暗殺者時代に教え込まれたことです。通りに背を向けてはならないと。

 まったくもって莫迦莫迦しいことなのは理解していますけれど、身に沁みついたものはなかなか取れません。


「クリームソーダだって。いいね。ノバラさんどうする?」


 メニューを開きながら天野さんがのんきに聞いてきます。

 泉原さんは紅茶を選んでいました。待って、みんな決めるのが早い。

 焦りつつわたしは「それでいい」と答えます。ついオレンジジュースにも目が行きましたが、船で飲んだものがとても美味しかったので今は他のものにしておきましょう。

 天野さんが手を上げて店員さんを呼びます。


「すみません。紅茶のレモン、クリームソーダ、それとコーヒーをそれぞれ一つずつお願いします」


 いや、クリームソーダ頼まんのかい!

 確かに天野さんは頼むとは一言も言ってませんでしたけど! でもなんか頼むような口ぶりだったじゃないですか!

 一人だけお子様みたいな感じになってる! やだ! 先生これどう思います!?

 胸の内でどったんばったん暴れ回ります。文句の一つも言ってやりたいぐらいですけれど、多分のらりくらりとかわされるんだろうなあ……。それ以前に、わたしには文句を言う度胸がありませんが。

 しばらく待つとそれぞれの飲み物が運ばれてきます。

 コーヒーと紅茶は置き場所に迷ったようなのに、クリームソーダはノータイムでわたしの前に置かれたのは納得いきません。

 あっ、さくらんぼ乗ってる。あとソフトクリームにカラースプレーチョコがまぶされてる。かわいい。


「――……それで、私が、オーナー様や支配人様とどのような関係なのか、ですよね」


 沈んだ顔でレモンを摘まみながら泉原さんは口を開きます。

 そうでした、クリームソーダにテンション上がっている場合ではありませんでした……。


「私…実は、大葉舞子の養子なんです」

「養子」

「元々は従伯母なのですが――分かりますか?」

「うーん」

「いとこおばなら?」

「なんとなく。でも説明してもらってもいい?」


 わたしもです。

 泉原さんはテーブルに備え付けられているペーパーナフキンを一枚とり、そこにさらさらと家系図を描いていきます。


「私の父の父の兄――私からすると祖父の兄。その方が大伯父さまです。ここまではいかがですか?」

「うん、大丈夫」

「その大伯父さまの娘。それが大葉舞子さまです」

「彼女から見て、海花さんは?」

「従姪ですね。五親等で、親族と言えば親族です」


 血筋としては遠くもなく近くもなく、と。


「支配人様は舞子さまの弟です。従伯父となりますね」

「きょうだいなんだ」


 家族経営をしているんですね。興味がなくて深く調べていませんでした。

 彼は船の支配人とのことなので、印刷会社には関わりがないのでしょうか。ダブルで業務をこなすとんでもない人かもしれませんけど、そのことは今は関係ありませんから会話に集中します。


「私が中学生のころ、両親が不慮の事故で命を落としました。おじおばを最初は頼っていましたが、あちらも忙しくて…」


 困ったような顔をする泉原さんは「重い話ですみません」と謝りました。

 正直こんな深刻な背景話があるとは思わなかったのでちょっと困惑しています。どういう顔をして聞けばいいのだろう……。


「そしたら舞子さまが私を養子として迎えると言ってくれて。それから、ずっとここまでお世話になっています」

「なるほどね。そういえば、大葉さんの旦那さんはどこにいるの?」

「いた、が正しいですね。今はもう離婚しています。私を引き取ってから、こう、ふんわりと消えました……」


 へえ……。自分のことを棚に上げますけど、人付き合いが難しそうですもんねあの人。


「あれ、大葉家に引き取られたんだよね? 君はどうして泉原と名乗っているの?」

「…これ、秘密にしていただいていいですか? とはいってもこの話すべてシークレットですが……」

「他言はしないよ」

「約束する」


 泉原さんは注意深くあたりを探った、ひそりと伝えてきました。


「諜報員なんです――乗務員の勤怠を見張るための」


 スパイですか…。

 わたしは少し遠い目をします。

 スパイ、ですか…。

 前の職場にもありました。人を殺す仕事はあまりない代わりに、情報を盗み出したり動向を監視する特殊な班でした。

 そこに当初はわたしも入る予定だったのですが、いかんせんコミュニケーション能力がとんでもなく低かったので暗殺犯にまわされました。味方ともろくに意思疎通できないから仕方ないと言えば仕方ないのですが。あの組織潰れてないかな。

 あっ、いけない。ちょっと昔のこと思い出していました。


「勤怠を見張るにしても、何人従業員いるの?」

「従業員は150人ほどですね」


 いやあ……だいぶそれはキツイのでは?


「それを、何人で?」

「私だけです」


 キッツ。


「特にひどい人を見るという感じかな?」

「いえ、全体的に見るようにと…」


 ……なおさら、キツイ仕事ですね。

 一人で150人の勤怠を把握? どれだけの負担をかけているつもりなのでしょう、上の人間たちは。

 わたしは少し眉を顰めつつ、クリームソーダのアイスを口に含みます。冷たく甘い味が口の中に広がりました。

 天野さんが横目で見てきていますけど仕方ないじゃないですか、アイスが溶けそうなんだから……。


「ダンバー数というのがあってね」


 天野さんはまっすぐ泉原さんを見つめます。

 居心地悪そうに彼女は顔を背けました。分かりますよ、その気持ち。


「人間が安定的な社会関係を維持できるとされる人数なんだけれど、それが150人と言われている」

「え、はあ…そうなんですね」


 知らなかったです。そういうの調べる人いるんですね。

 わたしは…150人も知り合いがいない……。

 だいたいみんな死にましたから。


「ただそれは『友人』としてのくくりなんだ。共に話し、笑いあうぐらい気軽な関係である人間の数の限界が、150人」

「それが…?」

「働いているのかどうなのか一目で判断するのは難しいものだよね。ただいるだけでは駄目だ。話をできる関係として接し、その上で評価していくと思うんだけど」

「…はい」

「上下関係、横のつながり、親密な関わり。職場とはそういう複雑な絡み合いでできているんだろう? 海花さんがキャパオーバーになってもおかしくない」

「……」

「友人でもない人たちを150人管理するのは、無謀だよ」


 ね? と天野さんはわたしに同意を求めてきました。

 この人、わたしを連帯責任に巻き込む気か。


「それをたった二週間で。なにかおかしいと思わなかった?」

「おかしいとは、思いました……。でもオーナー様はきっとちゃんと理由を考えているはずです。だから私は……」

「でもスパイからあっさりノバラさんの護衛になるよう言われた」

「それは、確かにそうですが…」


 まずい。

 天野さん、これはきっと無自覚です。無自覚でひどいことを口にしようとしています。


「なんでかな」

「だってお客様の安全が一番だから…」

「殺人事件隠蔽しているのにね」


 彼の足を机の下で蹴飛ばしましたが、効果はありませんでした。

 人への共感性がないことはここまでの付き合いで非常によくわかりました。ええ、非常に!

 だから天野さんは人の触れてもらいたくない場所を勝手に触り、抉ろうとするのです。だって人の痛みがわからないのだから痛まないようにするわけないではありませんか。


「……」

「少し、仮説はある。だけどその前に質問していい?」

「なんですか……?」


 わたしは天野さんの口に手を伸ばしましたが、届きませんでした。


「海花さん、大葉家で扱いに困られてない? 厄介者扱いされてないかってことなんだけど」


 なんでそれを言うの!!

 やめて!  莫迦! ほんと莫迦!!


「……」


 泉原さんは据わった目で立ち上がり、天野さんを見下ろします。そして彼の頬を引っ叩きました。

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