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20 外へ行きましょう。

 そう話す彼には表情がありません。

 二人きりになってから、あまり表情が出なくなっているのですが…もしかしてカミングアウトしたから素で行くことにしたのでしょうか。

 わたしは別に気にしませんけれど、距離の縮め方があまりにも早すぎないです? それをいうなら最初からですけど。


「病気のことも嘘。酸素ボンベを持ち歩く他の理由が考えられないけど、少なくとも自分で言っていた肺が固まる病気ではない」


 それまで嘘なんて。

 理由が分かりません。もっとひどい病気だけれど隠しているとか、それとも――病気のふりをしているとか? 何故?

 頭がこんがらがってきます。


「嘘というのは、確かなのか」

「僕はずっとこの能力に振り回されてきたからねえ。『嘘が見える能力』が嘘でないのは僕が一番知っているよ」


 そう語る彼は、なんでもないような様子でした。感情が希薄になったのはもしかしてその能力のせいで……。

 いえ。関係ありません。わたしが知ったところで何もできません。

 いま大切なのは、情報共有を済ませてしまうことです。


「あいつの歓迎スピーチは、聞いたか」

「うん、聞いていたよ。でも不可解なんだ」


 天野さんは首を傾げました。


「確かに大葉舞子と名乗り、オーナーとも名乗っていた。だけど――それは本当だった」


 なにそれこわい。ホラーではありませんか。

 どういうこと?


「ノバラさんもスピーチを聞いていたんだね? どうだった? 声が違うとかあった?」


 おとといの、特に興味もない話に耳を傾けていたかと言われたらなあ……。

 ローストビーフがすっごく美味しかった記憶しか残っていないんですよね。あと先生と生ハムメロンで盛り上がったことぐらいですか。

 だめだ……。どうでもいいことしか思い出せない……。

 似ている気はするのですが、あまりにも曖昧すぎます。

 誤魔化すのも無駄なのでわたしは素直に首を横に振りました。


「分からない」

「そっか」


 彼は落胆するでもなく、ただそのまま受け入れる姿勢なのがちょっと気が楽です。

 わたしはある程度人間性の欠けた人といるのが楽なんでしょうね。同じ穴の狢と言いますか、類は友を呼ぶと言いますか。


「――そういえば酸素ボンベもなかったよね。一時的に外していたにしても、大きな息の乱れはなかった。なんだろうね?」


 なんでしょうね。


「まあ、ここで疑問をぶつけあっても仕方がないか。外に出て気分転換しよう」


 わたしはひとりでいたほうが気分転換になるんですよね……。

 会食恐怖はありませんけれど、人とごはんって気疲れして苦手ですし。


「僕は荷物を取りに行って来るよ、また後でね」


 そうしてわたしたちは分かれます。

 わあー、ひとりだー。

 とはいえ、満喫する時間はありません。なんだかんだで集合時間が近いです。絶対間に合わないこれ。

 早足でカーペットを踏みながら急ぎます。

 ……誰かが離れたところからわたしを見ていることには、気付かないふりをして。

 はあ……。天野さんとの会話は聞いていたのかどうかは不明ですけど、彼と分かれてからついてきていますね。

 害意を感じます。さっさと来てくれれば楽なのですが、今は様子見といったところでしょう。めんどくさいなあ、もう。


 その誰かさんは、女子B客室手前で気配を消しました。

 …バレたくないけれど、人気がないからわたしの傍まで寄れないのかどうなのかは分かりませんが。

 ひとつ分かるのは、先生ではないでしょうね。

 以前に依頼先で暴漢に後ろから襲撃された時、恥ずかしながらうっかり絞め殺しかけてしまったのを先生は見ていて、それ以来わたしの傍に近づくときは出来るだけ分かりやすく視界に入ってくるようになったので。先生の気配ぐらい分かるから大丈夫なんですけど、気遣ってくれているならそのままでもいいかなと何も言っていません。

 それに、先生ってあまり他人へ害意は向けない方なのです。他人から害意とか殺意はしょっちゅう向けられていますね。

 面倒くさいことが嫌いな人でもあるので、わたしと接触する、あるいは何かを言いにきたのならこんなまどろっこしい真似しないで普通に現れると思います。

 仮に……仮に、わたしに本当に害意を抱いていたのなら、こんなことしないでもっと回りくどく嫌がらせしてくるはずです。先生、そういう人なので。


 などと考えながら自室に入ります。当然のことながら誰もいません。

 わたしは予備のヘアピンで髪をまとめ直し、朝食の際にくすねてきたテーブルナイフを袖から取り出します。先生といるとたまに警察のご厄介になり、持ち物検査が行われるので武器の所持は一切できないのです。発覚したらしょっ引かれますので。今回もその要領で持ってきていませんでした。

 ですがさすがにこの状況、武器がないのは不安だったため持ってきてしまいました。ごめんなさいパントリーの人。

 わたしは服を捲りあげ、胸とブラジャーの間にナイフを仕込みました。刃が厚く、押しつぶして切るようなものなので簡単には肌は切れません。また切っ先も丸いので刺さる心配もないのです。元は暗殺を防ぐためにこのようにしたらしいですが、それを元暗殺者が護身用に持っているのは皮肉ですね。ふふふ。何が面白かったんだろう今。

 さて――準備はこのようなものでしょう。行きたくないけど、行きますか…。


 結局五分遅れで集合場所に着きました。

 なんとお二人はすでに居て、わたしを待っています。め、目立ってしまった……。


「すまない」


 目をそらしつつ言うと、天野さんは「いきなりだったしね」、泉原さんは「今来たばかりです」とそれぞれフォローしてくれました。その優しさが辛い。


「それで……行く当てはあるのですか? 私も客室乗務員ではあるのでお客様に聞かれた時の為にいくつかあげることはできますが……」


 周囲に目を走らせながら泉原さんは彼に小声で聞きます。


「事務所の人に教えてもらった喫茶店があるんだ。ご当地のものを食べたいなら話は別だけれど、話をするなら最適だと思って」

「事務所、ですか?」

「うん、僕、探偵事務所に勤めているから。今回も所長宛に来ていたんだけどせっかくだから行きなさいって譲ってもらったんだ」


 名義変更はもちろんしているよ、と天野さんは付け加えます。

 ……会社の勤め人だったんですか……。そっちのほうがびっくりです。いえ、なんだか天野さんってそんなイメージ無くて……。単独で動いてそうなので。

 仕事の時はさすがに不躾な態度は鳴りを潜めて……いるんですよね? さすがにね?


「そうだったんですね。――観光客が多いところだと乗客の方もいるでしょうし、穴場的な場所が話をするには安全かもしれないです」

「それじゃ、決まりだ。行こうか」


 行くしか、ないのでしょうね。


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