19 どんな関係ですか?
対人関係が非常に不得手なわたしですが、時にはそれを無視してでも振舞わないといけない時があります。
特に探偵助手として愛想よく依頼人とお話をしたりとか、先生と人前で話さなければならないとか。
わたしも大人です。社会人です。ええ。やれといわれたならやりますとも。ええ。
ただ、その後の反動がめちゃくちゃ酷いのですが。
洋式便器にたまった水を見ながら、わたしは喉元に指を突っ込みました。
そして―――
まあ…しばらく綺麗な花畑でもイメージしてもらいましょう。あとクラシックの音楽でごまかす感じで。
朝ごはんをすべて戻した後、ふらふらと手洗い場で口をゆすぎます。
酸っぱい味が無くなり、わたしはようやく顔を上げました。げんなりした女がこちらを見つめ返しています。
――褐色の肌に、灰色の目。ヘアピンが一本無くなったせいで黒髪がぼさぼさしています。
自分の血のルーツはそんな詳しくないのですが、ハーフではあるそうです。ちょっと目立つんですよね、この容姿……。
「はぁーあ……」
先ほどの一件により、ため込んでいた精神負荷が一気に爆発し、結果的に強い吐き気に変わりました。
とっさに天野さんの言動に合わせたのは我ながらファインプレーですけれど。
吐いたところで気持ちをリセットは出来ず、肉体的疲労も合わさってもう最悪です。これ以上ないってくらい最悪。
前の職場にいた時の、弾が少なくなりチームの半数が死亡し、救援は来ず、敵に囲まれていた頃みたいな気持ちです今。あれほんとどうやって切り抜けたのか記憶にないんですよね。
よろよろと女子トイレから出ると心配そうに泉原さんが寄ってきます。その後ろで天野さんはぼんやりと壁を見ていました。考え事ですかね。
「大丈夫ですか?」
「ああ…」
まったくこれっぽっちも大丈夫ではないんですよ、実は。
ですがここで弱音を吐くわけにはいきません。物理的には吐きましたが。
人に弱いところを晒すのは……嫌なので。
「それで……結局、どうするんだ。外に出るのか」
「正直なところ、残っているだけであんなに不審げな目をされるとは思ってなかったんだよね。一旦船を出たほうがよさそうだ」
それだけではないでしょうけど。
どのタイミングで石谷さんと密会していた相手が支配人の声と同じだったと言えばいいのだろう…。
問題は泉原さんの前で言っていいものかどうかなんですよね。あ、どんな関係なのか聞けばいいじゃん。頭いいわたし。
天野さんが聞いてくれないかなーとテレパシーを送りつけましたが不在通知でした。そもそもテレパシー使えたら黙っていてもコミュニケーション取る羽目になるだろうし心が死んじゃう。
「…泉原」
「はい、なんですか?」
「大葉や支配人とはどのような関係だ」
ぴしりと泉原さんの表情が固まります。
ああああ~! あああああ~! やっちゃったやつだこれ!
タイミングが悪かったのかな!?
「僕も気になってた」
あっ、天野さんが乗ってくれた。
そういえば昨日『泉原さんはただの乗務員ではない』と言っていましたもんね。
「親しい間柄みたいだけれど……親族?」
泉原さんが一歩後ずさりました。分かりやすい。
「し、親族というか…なんというか……」
「なんというか」
「……あー……。あの、外で話しませんか?」
周りを不安そうに見回しながら彼女は提案します。
船の中では言えない内容だということですね。
「いいよ。外に出るにしても僕、バッグ持ってきたいから十五分後に乗船口に集合でいい?」
「はい……」
わたしは頷きます。
焦り気味にぱたぱたと泉原さんがおそらく自室へと駆けていきます。
あなた一応わたしの護衛では……? まあいいのですが……。
そして、当然といいますか天野さんと二人きりになりました。もう一回吐きそう。
「ノバラさんはあの支配人になにか気づいた?」
「天野は大葉になぜ噛みついた」
質問のタイミングが被りましたね。わたしは内心死にそうになります。
天野さんはにこにこしながらこちらの答えを待っています。お前が先に言えってプレッシャーがすごい。しんどい。
ここで張り合っても仕方ないので人影がないか警戒しながら小さな声を出します。
「……昨夜、岩谷と話していた男の声と支配人の声が同一だった」
「ノバラさんは自分の耳に自信は?」
「あるほうだ」
「なるほどね。――確かに妙な感じはあった。僕たちがあそこにいることを怪しんでいる様子が見られたから」
まあ、やましいことがなくても、あそこで三人がこそこそ溜まっていたら怪しく映りそうですけどね……。
「とっさに誤魔化せたから良かった。架空の指輪だからどうしようって思ってはいるけど」
「マヒルって誰だ」
「僕の母さんの名前」
親、いたんだ……。
なんかいなさそうだなって感じしましたけど。そりゃいますよね、人間だし。
「指輪のことはどうでもいいとして。オーナーにどうしてあんな質問をしたか、だよね」
わたしは頷きます。
「自己紹介、全部が嘘だったから。あんまりにも気持ち悪くて、つい突っかかっちゃった」
――え?
自己紹介が嘘ですって? では、あの人はいったい誰だったのでしょう?
SPらしき人たちも「大葉さん」と言っていましたけれど…。どういうこと?
「大葉舞子という名前も、この船のオーナーという肩書も、嘘だ」




