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14 医務室にて。

 足音が二人分、男子トイレに入ってきました。

 清掃道具入れを過ぎ、個室を開ける音がします。


「うーわ、汚い殺し方をしたもんだな……で、データは無かったと」

「ない。所持品にもない」

「靴の中は見たのかよ。カバンが二枚底ってのもあるぜ」

「あー……」


 くぐもった声なのでマスクか何かをしているのかもしれません。顔をか隠すのが目的か唾液の飛沫を防いでいるのかは不明ですが。

 物音。靴を脱がしているのでしょう。

 死体の扱いが雑ですね。犯人だとバレたいのかそうでないのか…。

 それともそんなことに気を取られている暇ではないほど、美味しいエサが目の前にぶら下がっているのでしょう。


「ねえな。本当にこいつでいいんだな?」

「ああ。ちゃんと確認した」

「昨日、人死にが出たんだろ? こいつに関わりがある奴だったのか?」

「下っ端には分かんねえよ。もしかしたらあるかもしれないけど」

「じゃあ死体漁りに行こう。なんか持ってるかも」

「うええ、マジかよ」


 再び足音がして、遠ざかります。

 人が出払っていると思ってペラペラしゃべる莫迦どもで助かりました。

 ずいぶんと若い人たちみたいでしたけれど…。

 あの口ぶりだと次は先生 (仮)の安置されているところへ向かう気ですかね。

 死者への尊厳だとかそういうものがまったくないのが気に障ります。先生の死体だったら八つ裂きにしているところです。

 …あまり人のこと言えないのですが。

 元暗殺者のわたしはともかくとして、ホトケサマを信じている国の人がこんなに無造作に死体を扱うのはちょっと驚きます。

 この国に来る前に元上司に教えられたのは死体を解体するなどして遊ぶなという事でした。逆に戦意を増させるからと。まあわたしは死体で遊んだことはありませんけど、やっちゃう仲間がいたので……。

 や、死んだ懐かしい人たちの記憶に浸っている場合ではなく。


「もういいよ」


 天野さんが呟いた瞬間、泉原さんが膝から崩れ落ちます。

 密着していたわたし、天野さんもドミノ倒しのように連鎖的に倒れてしまいました。

 これバレてないですよね? ……よかった、バレていないようです。


「海花さん?」


 ばたばたと起き上がろうとするわたしの下で、天野さんが冷静に泉原さんに声を掛けます。

 あなた、下敷きになった状態でも質問するんですか!? まずこのくんずほぐれずな体勢をどうにかしません!?

 人肌を感じてわたしはだいぶ気分が悪いんですけれど!?


「い、いまの、今のは…」

「知り合いだったの?」

「B客室の、乗務員です……! あの二人が……そんな……」


 画家殺しの犯人は、船の乗務員だったということですか?

 しかもまだ登場人物はいそうですね……。

 天野さんがもっと聞こうとしたとき、泉原さんはふぅっと意識を失って倒れました。

 抱き付くような姿勢でわたしに絡んでいるので、身動きが取れないぞ…

 とはいえいつまでもこうしていられません。多少強引にですがわたしばたばたともがいて、気を失った泉原さんからどうにか抜け出します。

 揺さぶってみましたが起きる様子はありません。

 何も言わないままに天野さんは彼女を抱えると立ち上がります。意外に筋力あるんですね。

 ……いや。

 なんですかその持ち方。

 米俵担いでいるみたいな運び方するんじゃありませんよ女の子を。


「もっと…人間らしい持ち方してやれ」

「なんか変だった?」


 うーん、見た目を気にしなければ別にこれでもいいんでしょうけど…。

 いいのかな? お尻の位置に手が当たりそうですけど。配慮してか偶然か触ってないのが幸いですが。

 行動は正しいんでしょうけど、天野さんの動きにいちいち人間味がないのがなあ……。ロボットみたいと言うか……。

 ちょっともやもやしたままわたしは彼らについて行きました。

 

 ――医務室。

 出迎えた看護師にここまで起きたことを話すと、顔を真っ青にしてどこかへと連絡していました。上の人間であることには間違いないです。

 今頃急いで死体が片づけられているころでしょう。

 …ふたりの犯人については言いませんでした。天野さんと話し合って、船側に捕まるよりも先にこちらで接触して聞きたいことがあるので。

 なので説明は、死体を見て泉原さんが気絶した――としました。


「余裕がなかったと思いますが、血液が頭に上るような運び方をするのはあまり良くないですよ」


 医師にフォローされつつ苦言を呈されました。ぐうの音も出ません。

 天野さんはにこやかに「そうですか」と返しました。お前のことやぞ、反省しろ。


「それで、彼女はどうでしょうか」


 あっさりと話題を移しました。

 その技術と大胆不敵さ、見習いたいです。

 医師は話にならないとばかりにため息をついた後に話しはじめます。


「事前に出されている健康診断の結果から見ても、泉原さんには持病がありません。感情ストレスによる失神でしょう」


 説明を受けながらわたしは、カーテンで隔離されたスペースを横目で見ます。

 泉原さんはその中のベッドで眠っています。


「血がいっぱい出ていましたし、びっくりしますよね」


 なんだその子供みたいな感想。

 要因はそれ以外にもあると思うのですが…。血だまりの死体はもちろん、殺人犯が同僚の中にいたという恐怖もあるでしょうし。

 そういえば泉原さんも焼死体はみていたはずですが、あれは大丈夫だったのでしょうか?

 思い出してみましたが一見するとマネキンみたいでしたし、現実感がなくてそんなにショックを受けなかったとか。いえ、わたしがいたからこっちのほうに意識を向けていたのもあるでしょうね。

 医師は「なんだこいつ…」という目をしましたがそこはプロ、口には出しませんでした。できれば顔にも出さないほうがいいですが。


「彼女は安静にさせたほうがいいでしょう」

「分かりました」

「あの、」


 わたしは声帯を調整しつつ、いつもより少し高めの声を出すように心がけます。

 横で天野さんが二度見してます。やめろやめろ。


「わたし、泉原さんが起きるまで傍にいてあげたいのですが……かまいませんか?」


 長い文章だったので一瞬で息が切れました。

 何もないようにわたしは続けます。


「あんなことが起きた後では不安でしょうし……。お願いします」


 冷汗が出てきました。

 わたし、こういうのが全然うまくないから暗殺班に入れられたんですよ。ハニートラップとかまず無理です。

 客だから無碍にも出来ないと思ったのか、医師は少しの逡巡の後に頷きました。


「良いですが……お静かに願いしますね」

「ありがとうございます」


 どう頑張ってもこのメンバーで騒ぐの無理だろうなとおもいました。

 カーテンの内側に入ると、寝息を立てる泉原さんがいます。看護師さんが椅子を二つ用意してくれたのでそれに座りました。

 少しだけ彼女の寝顔を見てから、彼はぽつりと言います。


「ノバラさんは、死体を見て何とも思わないの?」


 含みのある言葉に、わたしは彼を見ます。


「…思うところは、ある」


 どういう方向に転がる話でしょうか。警戒しながら返します。

 何も思わないというか、鈍ってしまいました。

 色んな死に方を見てきて、与えて、されかけてきましたから。


「そっか」

「…天野はどうなんだ?」

「なんにも」


 その瞳には、悲しいだとか辛いだとかの感情は一切ありませんでした。


「嬉しい、悲しい、怖い――昔から、そういう感情が薄いんだって、僕」


 な、え、なに?

 どうしてこのタイミングでそんな爆弾並みの破壊力を持った打ち明け話をされるのですか?

 わたしはどういう態度でこの話に臨めばいいのでしょう? 先生助けて。


「深く考えないで。ある程度親しくなった人に話す定型文みたいなものだから」

「話してどうする?」

「どうもしない。相手が僕から距離を取るならそれでいいし、僕に興味を持つなら僕は迎えるだけだよ」

「……」

「互いに互いの腹を探るのは時間の浪費だからさ、こちらから手札を見せたほうがその後楽なんだ」


 去る者は追わず来る者は拒まずといいますけれど、ここまで感情を排した人は初めて見ました。

 いえ、感情がないからこそここまで淡々としていられるのでしょうか。

 あと会って二日しか経っていないのに親しい認定されていることもちょっとしんどいです。わたしはまだ知り合い程度にしか思っていなかったのですが、わたしたちの認識にずいぶん誤差がありますね。


「さっきの話に戻るけれど、死体を見ても特に何もなかった。普通の人ならどういうことを感じるのかなって疑問に思った、それだけ」


 わたしを普通の人だと思っていたのですか……。

 どう考えても普段はまったく喋らないのにいざ口を開くと不遜無礼な言葉しか吐き出さない女は普通ではないと思うんですけれど。

 それだけ彼がズレている――ということなのでしょうか。


「お前は何故…探偵ごっこをしようと思った?」


 その様子では被害者に同情もないでしょうし。理由が分かりません。


「探偵なんだけどねえ、僕」


 のほほんとした態度で彼は言います。

 わざとなのか、自然体なのか、わたしにはもう分かりません。

 天野さんの話はどこからどこまで本当なのか――。


「僕、あの時レクリエーションにでも参加しようと移動していたんだけど――A客室の一部屋に人が集まって騒いでいたから何かあったんだろうなと覗いたんだ。そしたら、あの焼死体と君がいた」


 そんなペットショップの犬を見に行くような気軽さで来たのですか。

 となるとこの人は犬に語り掛けるような気持でわたしに話しかけたんだ……。


「そしたら君はさ、泣いてもいないし取り乱してもいない。冷静に死体を観察していた。もしかしたら、同類かなって」

「同類?」

「感情がない人だと思った。同類なら、この事件をどう動くのだろうと興味を持って――ノバラさんに近づいた。これが探偵ごっこのきっかけ」


 アリの巣の研究じゃないんだから。


「最初は犯人捜しが目的ではなくて、単純にノバラさんがどう行動するのか見たかった」


 朝顔の観察じゃないんだから。


「でも同類ではなかった。ノバラさんは、感情が表に出ないだけで胸の内ではけっこう感情豊かなんだね」


 …まあ。多分、そうなんだとは思います。

 天野さんはにこりと笑いました。それは本心からでしょうか?


「…どうする? わたしはお前の思ったような人間ではなかった。探偵ごっこを続けるか」

「手を引くわけにはいかないよ」


 その言葉の裏にあるのはきっと正義心ではないです。

 悪いとは思いません。

 わたしだって、突き詰めればただ犯人に制裁を与えたいだけなのですから。


「次に狙われるのは、恐らくノバラさんか僕だから」


 そうですよね、次に狙われるのはわたしか――え? わたし?

 よっぽど変な顔をしていたのでしょう。


「君だよ」


 と念押しのように繰り返してきました。やめて。現実を突きつけるんじゃない。


「あの乗務員らしいふたりが偽の柏尾さんの死体漁りをする。ノバラさんが確認した限り、データはなかったんだよね?」

「ああ」

「欲しいものを見つけ出せなかったふたりは当然考えるはずだ。――どこにあるのか? 目星は? 心当たりは?」


 天野さんはすっとわたしを指さします。


「すぐには気付かないかもしれない。でも、いずれはたどり着くはずだ。柏尾さんと共に乗船した花園ノバラ、君の存在に」


 彼が言わんとしていることが今ようやくわたしにも理解できました。

 つまり――


「わたしがデータを持っていると、連中は考えるわけか」

「そうなるね。憶測でしかないけれど、僕は間違えてはいないと思う」


 ちらりと泉原さんに目をやるとわずかにまつ毛が揺れています。

 これまで顔を直視できませんでしたけど、まじまじとみると綺麗な造形の顔ですね。


「だが、何故天野まで?」

「ノバラさんと一緒にいるからねえ。その関係でデータを渡されている可能性だってあるだろう?」


 確かにそうです。

 相手はわたしのことなんかこれっぽっちも知らないはずなので、出会って短時間の男にほいほいデータを渡すような女と見られていてもおかしくはありませんし。

 しかし仮にも探偵助手でありながらこの可能性を考えつきませんでした。うわ恥ずかしっ。

 わたし、自分でいうのもなんですが根が脳筋と言いますか、襲ってくれば殴ればいいとしか作戦らしいものはないので……。

 しかしデータですか…わたしが事件に巻き込まれることとなった全ての元凶。

 今更ながらそもそもどんなものなんでしょうね。イメージとしてはデジカメに入れるようなメモリーカードなのですが。

 そこそこ大きい苺だったので小さいモノなら細工して入れることが出来そうですね。

 そしてどんなことがデータとして眠っているのか……。

 人がすでにふたりも死んでいます。そのことに見合うような内容なのでしょうか。


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