12 オーナーにも危機が?
わたしたちが通されたのはリネン室でした。真っ白なシーツが並び良い匂いがします。
こういう清潔なところは好きです。
「シーツに触らないでください」
注意され天野さんは手を引っ込めます。子供ですか。
とはいえ人前でなかったらわたしもしていたので笑えません。
「椅子もなくて申し訳ありません。会話を聞かれないためには、ここぐらいしかないので」
扉に鍵をかけると背を預けて泉原さんは天井を睨みつけます。
わたし、出入り口が封鎖されると不安になってしまうのですが……。そんなことを言える空気ではないので黙っています。
「先程天野さんの推理ですが」
「うん」
「ほぼ正解――です」
えっ、嘘。本当に?
「あなた方なら良い『探偵』の働きが出来ると、期待されています」
……? 言っている意味がわからず、首を傾げます。
期待されている?
天野さんも同様の疑問を持ったようでした。
泉原さんはそんな私たちを前に、ひとつ質問を投げかけます。
「世の中で探偵と言われ、思い浮かべるものはなんですか?」
「……メガネの小学生」
アニメはたまに見てます。あと、先生と週刊誌を回し読みしている関係で漫画も読んでいます。
あの万能グッズほしい。
「なら、僕は異様に学校での事件が多い高校生かな」
「それ以外には?」
「……」
わたし、あんまり詳しくないんですよね……。
「シャーロック・ホームズかな、有名どころは」
「ええ」
「エルキュール・ポアロ。フィリップ・マーロウ。ミス・マーペル。エラリー・クイーン。ネロ・ウルフ。…このぐらいでいい? 日本人もいれる?」
何語だ?
「いえ、ありがとうございます。彼らにはとあるイメージがありますよね。探偵が殺人事件を解決する――そういう、イメージ」
含みのある言葉にキン、と耳鳴りがしました。
「まさか、殺人事件が起きることが"織り込み済み"だったのか」
泉原さんは沈黙します。つまり、そういうことなのでしょう。
「探偵なんて実際は地味な仕事だし、ましてや殺人事件なんて解決できないよ」
「平時ではそうですよね。警察も来ますし、何より現場で死体漁りして素人推理なんかしたら公務執行妨害です」
平時では。だったら、今は?
海上、密室。航海中なら警察もすぐには来ません。――『探偵』が推理をするには、うってつけの状況です。
「…事件を、探偵に解決させるつもりなんだな」
「まさか最初から仕組まれていたの? 探偵を多く招待したのは――そのために?」
泉原さんは目を閉じます。
「他所では絶対に言わないでください」
船の揺れか、めまいか。わたしは浮遊感に襲われます。
なんとなく、分かってしまいました。先生 (仮)の死体の処理が迅速だったのは、想定していたからでしょう。
誰かが死ぬことを。静かに、彼女は言いました。
「これから殺されるオーナー様の犯人探し。その推理を行ってほしいのですよ。探偵の皆様に」
なんと言った? 殺される?
オーナーが?
「……これから殺される?」
天野さんは怪訝そうに聞き返しました。今までで一番感情がこもっているように聞こえました。まったく予想のできなかったことなのでしょう。そんなのはいいとして。
わたしも、そこが一番気になっていました。まるで確定事項のようではありませんか。
「どういうこと? それが分かってるなら、対策も取れるはずじゃないか」
そうですよね。そもそも船に乗らなければ回避できそうな話ですし。
「その通りなのです。でも、私にはどうしようもありませんでした……」
多分反対したけれど話を聞いてもらえなかったのでしょう。悔しげな表情です。
……泉原さん、実は客室乗務員ではないですよね?
天野さんも昨日言っていましたが、恐らくわたしを味方につけるための一言と思って真面目に捉えていませんでした。
だけども、話している内容からしてどうも『支配人やオーナーに近い立場』な気がしてなりません。そして、あまり聞いてもらえてはいないようですが、面と向かって意見できる立場でもあるみたいです。
さすがに泉原さんがオーナーとは思いませんが。本人だったらこんな客観的に「殺される」とか言ってられないと思うので。
「どうしてオーナー様が殺されると分かって乗ったのか、誰が命を狙っているのかも不明です」
手を強く握りしめながら彼女は言います。
絶望がこもっていました。その様子を見てわたしはすこし、胸が痛みます。
「いや、あるはずだよ」
天野さんはのんびりと、今にも破裂しそうな空気のなかは発言します。
「ノバラさんの先生殺しの犯人がオーナー殺し予定の犯人とまったく違うとは思わない」
先生死んでませんから。
「その犯人を早急に取っ捕まえればいいはずだ。未然に防げるなら防ごう」
あらあら。天野さんカッコいいこと言うではありませんか。色々難ありですけど。
「しかし私たちはまだその犯人ですら見つける手かがりがないんですよ!?」
「ある」
わたしは口を開きます。あんまり喋りたくはないのですが、人の命がかかっているなら仕方ないです。
「さっき、画家……岩谷と、会ったな?」
「は、はい」
「あいつ、昨晩、誰かと、密会していた。怪しいと、思う」
「え? どうしてノバラさんが知っているの?」
あっ。
うう。まあそうですよね。
天野さんがわたしをじっと、じっと見ます。ひぃっ……。
「夜の散歩してたらたまたま聞いた」
嘘はついてません。マジで。
天野さんは納得したらしく「そっか」とだけ呟きました。まさか襲撃したなんて言えないのでほっとします。
「彼が有罪か無罪かはまだ決めない。とりあえず、岩谷さんの様子を見に行こう」
「…接点ないのに、ですか?」
「僕らはファンですって言えばいいんだよ。創作者っていうのはファンと感想に弱いからね」
なんですかその、何?
まあいいでしょう。方向性は決まりました。
「さあ行こうか。泉原さん、ノバラさん」
………。
え?
わたしも行く流れ?