11 仲良く行動中です…。
朝食後、わたしたちは甲板にいました。
意味はなくて…なんとなく歩いていたらたどり着いたといいますか…。というか本当についてきたぁぁ…。
――これより一時間後、港に寄港します。
犯人が逃げるならこの時でしょう。張り込んでいれば見つかりますかね。
いや、わたしもちゃんと顔は見れていませんから……。あ、居なくなった人が犯人なのでは?
偽名なら捜索は難しくなりますが、出来なくはないでしょう。……そのためには膨大な伝手とコミュニケーションが要りますけどね…。
ああー、ダメです。探偵ってなんでこんなに人と関わらないといけないのですか?
わたしには一番向いていない職業ですよ。
「ノバラさんは観光しないの?」
あの、むしろ焼死体を見たばかりか犯人も身内も見つかっていないのによく観光に行けると考えられますね…。
悪気なしに聞いてくるからなおさらタチが悪いです。
わりと、いえかなり無神経ですがここまでよく生きてこれましたね。それともこれが世の一般なのですか?
ならこんな世界破壊したいぐらいですね。前の職場もそんな思想のところでした。染められてる。
「天野さんこそ、勝手にいけばいいでしょう」
泉原さんもつんけんしないで。むしろ仲良くふたりで観光してきてください。そしたらみんなハッピーでは?
わたしはため息をついて答えます。
「考えていない。下船したところを狙われるのもめんどうだ」
泉原さんは目をまん丸にします。
「花園さん…けっこう好戦的ですよね」
えっ、そうですか?
戦うのあまり好きではないのですが。
「怖がるどころか、歯牙にもかけないというか」
まあ、わたしの中では先生の行方だけですからね。気になるのは。
もしこの寄港を狙い脱出するなら声をかけてもらいたいですけど……。犯人に襲われてもどうにかできるでしょうし。まあマシンガンとか持ち出されたら嫌ですけど。
一番最悪なパターンとして、置いていかれたら泣いちゃう。
港の様子を見ようと人が集まりだしたのでわたしは戦術的撤退をします。
やっぱり二人ともついてきます。わたしはカルガモのお母さんではないのですよ?
どこに行けばいいのかとうんざりしながら歩いていると、通路の角で誰かとはちあわせしました。
「……ひっ!」
なんで悲鳴を上げられなければならないのですか――って、おや。
昨日わたしがインタビューした人でありませんか。ひとりです。あの特徴のない人がいれば良かったのに。
今は……騒ぎになるのは嫌ですね。喚かれてことを大きくするのは得策ではありません。
わたしは素知らぬふりで通り過ぎていきます。A客室から出てきたことから、このエリアにいることが分かりましたし。
天野さんは首を傾げながら「ねえ」とわたしに問いかけました。
「今の人は知り合い?」
さすがに人の顔を見て悲鳴を上げる人と知り合いではないです。
ちょっとお話を聞いただけの関係です。
「なんか見たことある。なんだったかな」
「現代アーティストの方です。抽象画を専門に描いていて、名前は確か…石谷さんのはずです」
「詳しいね」
「この船の支配人がファンで懇意にしているのですよ。船内にも飾られています」
「へえ。海花さんから見てどうなの? その絵は」
「…少々理解が難しいです」
大人な感想ですね。
しかし、その画家の石谷さんが何故オーナーのアレルギーである苺を使い、話を聞くに大切なものが詰まったデータを誰かに渡そうとしていたのでしょう。
謎は謎を呼ぶと言いますが、何一つ解決していないのめちゃくちゃ増えていきますね。勘弁してください。
「聞いた話だと、今はスランプ状態だそうですよ。息抜きに支配人が招待したのかもしれません」
そしてわたしに脅されたと。
「そっかあ」
人と話さないで済むなら芸術家になりたいですね。まず才能がありませんけれど、わたしには。
それにパトロンに出費を頼むケースもあるらしいですし、そうなると話術が必要になりますね。…パトロンですか。
あの画家がデータの受け渡しなんぞしてなんの得があるのか考えるのは無理だと思ってましたが…仮に、お金がもらえるなら?
それもよっぽどお金に困っていたなら――犯罪の一つ二つ、こなしてしまうでしょう。人間というのは金が絡むと本当に醜い争いが繰り広げますから……。
「ねえ」
ふいに天野さんが海花さんを見据えます。
嫌な予感がする。
「どうして君はそこまで知っているの?」
確かにそれはわたしも思いましたけど!
どことなく、泉原さんは支配人に近い立場なのかなって思いましたけど!
ちょっとワンクッション欲しかったなーって!
ハラハラとしているわたしの内情とは反対に、泉原さんは冷静な表情をしていました。
「興味があっただけですよ」
「何に対して? 画家に対してかな?」
「はい」
「泉原さんは熱心なファンではないみたいだね」
「え?」
「名前はすぐに出なかったし、彼の描いた絵もいまいちみたいだから」
「…それがどうしたと?」
「だというのに、顔は知っていた。支配人と知り合いであることも」
私は思わず息をのみそうになります。
――天野さんが、本領発揮している。
「私だって人間です。特にゴシップが好きなタイプですから、知りたいことは知ろうとしますよ」
「本当に?」
「…何が言いたいんですか?」
わたしには、分かります。天野さんは、泉原さんがどこまで嘘をついているかを知るために質問責めにしているのです。
この青年が危険人物だと改めて認識しました。
殺しの力は皆無でしょう。ですが、打算的に、計算的に、下手をすれば相手が自分に向ける感情すら利用して、本質を探ろうとする。
どこまでが演じていて、どこからが彼なのか――わたしには分かりかねます。
苛立つ泉原さんを前に、天野さんは穏やかに言い放ちます。
「海花さんは支配人と近い関係で、そのつながりで石谷さんのことも知っていたのかなって」
「……」
泉原さんは口を閉ざして天野さんを睨みます。
触れられてはいけないところだったようです。そして、その態度が天野さんの仮説を確立させてしまっています。
どういう関係なんだろう。
「話を変えようか。海花さんは、ノバラさんを警備しにきたんだね?」
「はい、そうですが」
「それだけ?」
「…他に何があると?」
そっか、と天野さんはうなづきました。
「もしかして、ノバラさんとのそばにいるよう言い含められてるんじゃないかなって」
――どういうことでしょうか?
天野さんは言葉が足りないと感じたのか、付け足します。
「つまりさ。僕らの動きを監視しに来ているんだろ?」
泉原さんの瞳孔がわずかに開きました。
……これは、図星か?
先ほどの画家に関わる質問で彼女の冷静さが剥がされているのが目に見えて分かります。
天野さんの誘導するような語りも相まって、泉原さんの反応が単純になっていました。
まさか、こうなることを考えて質問をしていたのですか? 流石にそれは出来過ぎですね。意識して行っていたなら恐ろしいことです。
「そうでなかったら、どうして僕はノバラさんのそばにい続けられるんだろうね。こんなにしつこくて、害しかないような振る舞いの僕を安全面で放置するかな」
自覚あったんだ。
うそ!? 自覚あったんですか!?
え、すごい怖い。ホラー映画を見ても特に何とも思わないわたしですが、これはすごく恐怖です。
客観的な視点を持っているのか、それともすべて演技?こわいよー! 先生ー!
泉原さんは、言葉を発しません。
ただ天野さんの次の言葉を待ち続けます。
「君はずいぶんと僕がノバラさんのそばにいることを拒否している。分かるよ、女の子のそばに知り合いでもない男が近寄るなんて」
いや、それ以外の要素もあると思いますけれど。
「当然、上に言ったはずだ。花園ノバラのそばにいる天野陽月をどうにかした方がいいと。敵意を持って僕に接触した君だから、恐らく、うん。だいぶ厳しく訴えたんじゃないかな?」
彼は言葉尻に苦笑いを混ぜました。
「だけどそれは退けられた。しかも上はノバラさんと僕の組み合わせを良しとした。理由は分からないけど――その方が、益になるからかな?」
わたしは、そっと天野さんの表情を伺います。
人当たりの良い笑みを浮かべていました。
関係が崩れかねない、いや悪化しかねない言葉を吐きながら。この人、人間です?
「だから君は、僕に直接ノバラさんから離れるようには言わない。いや、言えないんだ。どうかな。一割はあっていると思うんだけど」
その問いに、泉原さんは――唇の端を釣り上げました。
決して良い感情を抱いているとは言えない表情です。
「……付いてきてください」
彼女は大きくため息をついた後、くるりと背を向けて歩き出しました。
ここでは言えない話をするつもりなのでしょうか? わたしは天野さんをちらりと見ます。
泉原さんを信用するな――と言う言葉を真っ向から信じていませんが、おそらく密室に案内されるので何か起きた時のための味方が欲しいなと思いました。いえ、天野さんを味方にカウントしていいものなのかは複雑ですが。
わたしもなんとなくきな臭いと感じていましたし、先生もハナから楽しいクルーズにはならないだろうと仰っていました。
嫌な予感が当たった、ということでしょうね。
厄介ごとは苦手ですが、恐らくこれを避けるとさらに面倒になると思います。まさに乗りかかった船、です。