10 ビュッフェにて。
『バイキングとビュッフェの違いはなーぁんだ』
『え…人肉が出るか否かですか?』
『おまえの前の職場はどんな嗜好者の集まりだったんだよ』
そんな昔の夢を見ながら目覚めました。前職はみんな狂っていたので…。
ほかのルームメイトはまだ寝ています。
寝息が聞こえるので、死ぬほど疲れているだけみたいです。
時刻は六時前。ビュッフェの開始時間になっていました。早い時間は人もまばらなのでわたしにはありがたいです。
というわけで身支度整えて朝食会場へと行きました。
うん、ガラガラです。人が来るまえに食べてしまいましょう。
スクランブルエッグとハム、それからパンをトースターで温めます。ジャムは…ブルーベリーで。
先生も早起きタイプなので普段と変わらず二人で食べていました。
今日は一人。寂しい気分です。というかまだ一日しか経っていないのですね。半年分ぐらい人と関わった気すらするのに。
コーヒーにミルクを入れていると、横から声がかかりました。
「ミルク入れすぎじゃない?」
思わず手元がブレました。
見れば、寝癖をつけた天野さんが立っています。
うわああああああ!!
うわああああああああああ!!
気まずい!!
せんせーい! 先生助けて!
おはようからおやすみまで暮らしを見守るタイプのストーカーだこの人!
泉原さんを召喚してぶつけ、その隙に逃げ去りたいです!
「……いいだろ、別に」
「いや、だって真っ白じゃんコーヒー」
知ってますけど?
コーヒーそのまま飲むと胃がひっくり返るんです。個人の自由です、個人の自由。
わたしは無視して窓側の席へ行きます。オーシャンビューなので景色が綺麗なのです。
そして当然のように天野さんもついてきます。つ、ついてくるなー! 散れ! 去れ!
「…なんのようだ?」
「一人のご飯は寂しくて」
話し相手は何人かできたけど誘うにはまだそこまでなんだよね、とわたしからすれば化け物コミュニケーション能力を口にしながら対面に当たり前のように座ります。
許可した覚えないんですけど。
この他者へのデリカシーのなさ、先生を想起させます。
天野さんのプレートを見れば和洋がごっちゃになっています。統一性がない。
「……わたしは。一人が好きだ」
フォークをハムに刺します。
「そうなの? どうして?」
「うるさい」
「僕が?」
「それ以外に、誰が」
うぅ、ハムの味がしません。緊張しすぎているのです。
『嘘を見抜く』という言葉、強すぎでしょう。いつボロを出してしまわないか気が気でなりません。
そもそもどういう感じで嘘と分かるのでしょう。
質問に対しイエスノーで答えるという嘘発見器みたいなものなら分かりますが、思い返す限り泉原さんに天野さんはそんなにイエスノーで答えられる質問をしていない気がします。矛盾点とか、そういうものを察しやすいのでしょうか?
ちょっと聞いてみたいですが、面倒な会話を繰り広げる気がしたのでやめておきます。
「僕は周りに誰かがいないと不安だな。自分が生きているかどうか心配になる」
なに言ってんですかね、この人。
「だから、そうやって頑なに一人でいようとする君の気持ちが分からない」
「分かったところで」
後の言葉は飲み込みます。
――分かったところで、理解してくれないでしょう?
スクランブルエッグにかけたケチャップがいつかの場面と被さります。
あんなにいた仲間が、減っていく。使い捨てられ、すり潰され、命の最後になにかに縋って死んでいく。
墓もなく、居た記しも遺されず、記憶だけ。それもいずれは薄れていきます。
現にもうわたしは仲間の声を忘れています。どんなイントネーションで話していたかも埋もれてしまいました。
わたしはフォークでスクランブルエッグをすくい取り、口に入れます。柔らかな食感です。
「おまえとわたしは、違う」
ただ冷たく突き放します。
人を殺したことも、友を手にかけたことも、ましてや先生を失った絶望を知りもしないのに。いえ、先生は生きてるみたいですが。
わたしの事情を分からないのに、わたしを知ったような口で言わないでもらいたいです。
「そうかなぁ」
冷めた気持ちと同時に頭を抱えるわたしもいます。
ちょっともう本当に失礼すぎたのではないでしょうかコレ!? ヤバイここで天野さんを怒らせたら今後部屋に閉じこもってカップ麺生活止むなしでは!?
どうしましょう。心象悪くしてしまったであろう相手にわたしは会いたくないので…。
今までよく生きてこれたな、と先生に言われるほどのチキン野郎です。わたしは女の子ですけども。
なんかこう、相手が自分をどう思っているのか不安なんですよね。だというのに口を開けば無礼なので、本当にコミュニケーション向いてませんね。仮にも社会人としてまずいと思います。
「ふぅん…」
と、天野さんはもぐもぐベーコンを食べてます。
待って、わたしがメンタル自滅している最中なのにベーコン食べるんですかこの人。
私の中で今かなりシリアスなムードだったのですが天野さんにとっては朝のニュースぐらいのノリでしかなかった……?
「まあ、別生命体だからねえ」
めっちゃくちゃポジティブですねこの人!? どんな思考回路してるんですか!?
えっ、逆にこの人は感情が存在するのでしょうか。怖。
「たしかに僕はノバラさんのこと何も知らないけどね。あ、ひとつあるか」
フォークの先っぽを唇に当てながら天野さんはわたしを見ます。
「ノバラさんは僕のこと嫌いみたいだけど、僕は君のこと好ましいと思うよ」
は? …は?
はぁぁぁ!?
はわわわ…!
思考回路はショート寸前、今すぐ先生に会いたいです。
呆然としているわたしに天野さんは平然と付け足します。
「そういう好きではなくて」
ではどういう好きですか!?
帰りたい…母なる大地に帰りたい…今は海ですけど。
海も生命の母とか言われてますし似たようなものでしょう。たぶん。いやでも海はいやだな。
「こう、嘘が少ないから落ち着くんだよ。君のそばは」
うわーっ! おま、お前、あって二日目の相手に!?
そういう距離感ゼロのことを言いますか!?
パーソナルスペースどころかわたしの人権が侵されているこの事実。
わたしは貝になりたい…。でもピンノが同棲してくる可能性もあるんですよね…。クリオネならいけますかね。何が?
別に神とか信じてませんが、今だけは強く神に祈ります。
天野さんかわたしのどちらかをボッシュートしてくださいますように。なんの前動作もなくこの場を去りたい。
「パン焼きたてでーす」という声が遠くに聞こえます。取りに行きたい…。
個人的にベスト10に入る絶望的な状況下に、声がかかりました。
「…待ち合わせでもしていたのですか?」
私服姿の泉原さんがいました。
これは救いか、絶望か……。絶望だなこりゃ。
「あ、泉原さん。僕らはたまたまです」
本当か?
「なるほど、そうですか」
泉原さんはスッとわたし達のそばに座りました。
「私もたまたま、ここで朝食を取ろうと」
ほ、本当か? 勘弁して?
確かに天野さんに泉原さんをぶつけることで対消滅を願いましたが、そこにわたしは含まれないのですよ。
なんか、わたしを、中心に集まってますよね? 渦中の人物になりつつありますね?
どうしよう…。早く食べ終えて、さっさと逃げるしか道はないです。
幸運にもわたしは食べ終わ「パンいかがですか?」朝食スタッフの方がわざわざパンを運びにきてくれました。
ふわっふわのパンが目の前に出されます。
……。
一個もらいました。ああわたしの意志の弱さよ!
もふもふと食べながら二人の会話を聞きます。
「乗務員さんもここを使うんだ」
「バックヤードが主ですが、禁止はされていません」
「へえ」
つっけんどんに泉原さんは言います。
天野さん、これでもへこたれないのですからすごいですね。鋼のメンタルをお持ちです。
「今日はおやすみですか」
「おやすみというよりは、上から頼まれまして」
なんだろうと思いながらコーヒーミルクを口に含みます。
「花園さんの周辺警備を」
みゃッ!?
な、な、な、なーにを言い出すんですかこの人は。冗談ですよね? まさかね?
「冗談だよな」
祈りとともに問うと、泉原さんは無情にも首を振りました。
「本当です。私のことは心配なさらず。そもそも、被害に遭われた方の身内の人のフォローが遅れてしまったことを謝罪いたします」
深々と彼女は頭を下げます。オーナーの秘書さんよりも誠実な態度だぞこれ。
確かに言われてみればそうなんですけど、そうなんですけどね……。反応に困ります。
「おかげで良くない虫もついてしまったようで…」
「大変だね」
「あなたのことです」
わーっ! やめてーっ! お腹が痛くなってきました!
ふたりでギスギスしているならわたしは構いませんが、なんせわたしを間に挟んでいます。つまり無関係を装えないわけです。やめて。
「…周辺警護。技量はあるのか」
話を逸さんと、わたしは慌てて話題を出します。こんな場面でなければ会話なんて振りもしないです……。
「ええ、一通りの訓練は受けています。さすがにプロが相手なら分かりませんが」
目の前に元暗殺者がいるんですよね。
「ご不便をおかけしますが、よろしくおねがいします」
お願いされたくないのですが…。ここでヤダヤダ言ってみたいですが、騒ぎを起こすのも嫌ですし変にマークされるのも嫌です。
何よりまだ船旅が続くなか、妙な行いをして注目を浴びるのだけは避けたいところ。
……わたしは渋々感を強く出しながら頷きました。歓迎はしてませんからね!
さーて、桃太郎よろしく仲間が増えていきます。お願いしますやめてください。先生助けて。
鬼ヶ島でも向かうんですかこの船は? きび団子なんて持っていないのにどうしてこうなった。