0 探偵と助手
ようこそ、豪華客船めありぃ号へ。
この船は横浜港を母港とする、国内もしくは近隣国を巡航するクルーズ客船であり、旅客・乗組員合わせて500人を超える大型船です。
部屋のグレードは三段階に分けられており、B級船室は四人部屋で非常にリーズナブルな値段で家族や友人同士の思い出作りの一つとして人気の秘密となっています。
個室で海が一望できるバルコニーが設けられたA級、プレミアムな設えときめ細かいサービスが受けられるS級をご用意しています。
イベントも豊富であり、7日間の旅を退屈させないように工夫されているのが、めありぃ号の自慢のひとつとなります。
――そのようなことが書かれたパンフレットを、乗船口から少し離れたところで少女がじっくりと眺めている。
キャリーケースがふたつ彼女のそばにあることと、片手に握りしめたチケットから少女もまた乗客なのだと分かる。
灰色の瞳を隠すようにつばの広い帽子を目深に被り、夏の汗ばむ気候下に長袖の白カーディガンを羽織っている。肩甲骨まで伸びた髪が蒸し暑い風でわずかに揺れた。
「ノバラ、予習は完璧か?」
オールバックの男が少女に話しかける。サングラスのせいでどことなくアングラな印象を与える。
少女は無言で男を見上げた。
「と言っても、俺たちは寝て食ってりゃいいんだよ。なにをどうするわけでもない、気楽な旅だ」
「……」
「ま、あの変な『依頼』が無ければの話だけどな。それ以外はせいぜい楽しんでやろうぜ」
聞いているのかいないのか、少女は終始無言のままだ。
乗船を呼びかけるアナウンスが流れると、男は「行くか」と呟いて手ぶらで歩き出す。少女もパンフレットとチケットをいったんしまうとキャリーケースをふたつ分両手に持ち、背中をついていく。
周囲は彼らを見て眉をひそめるが、男は平然としたものだ。少女もさして苦も無さげにキャリーケースを引っ張っている。
「いるなぁ、同業者」
男が視線だけ動かしながら呟く。
「もしかしたらうちの助手にならないかって引き抜かれるかもだぞ、ノバラ。そしたらどうする」
少女は――ノバラは強く首を振る。
足早に彼の横につくと、小声でささやいた。
「わたしは先生の部下、ですから」
「ははん、そうか」
なにがおかしいのか男は笑う。
「なら先生から有り難い指示だ。ノバラ、何があっても普通の人間らしく振る舞え」
「分かりました」
ふたりは幾多の人に揉まれて乗船口へ消えていった。