鍋
呆気に取られていたフェイランにおばあさんが声を掛けた。
「よそから来たのかい」
「うん」
「ありゃね、山に住んどる子だよ。たまにああやって、食べ物とってくんだよ」
「はー」
「はい、たい焼き。中身同じかね」
おばあさんは抱えていた紙袋から二つたい焼きを取り出した。
「え」
「許してやってくれんかね。あんなでも村の守り神でね」
フェイランはたい焼きを受け取る。
「いいんですか」
おばあさんは頷いた。
「ありがとうございます」
モノも手を伸ばす。
「そっちのお嬢ちゃんも」
「ありがとう」
だが、一口かじって不満気に言った。
「中違う…」
「ああ、ごめんね」
「俺ととっかえよう」
「危なくないんですか。例えば人に怪我を負わせるとか」
フェイランの目をまっすぐ見て答える。
「ああ、絶対にないよ」
おばあさんはなにか確信しているように見える。
「村の周りによって来る魔物を追い払ってくれるのよ」
「いつもあんな感じで?」
「そう、どうにか見過ごしてもらえんかね」
「全然っ、いや別にいいですけど」
一つ気になったことがフェイランにはあった。
「神様なんですか」
「ちょっと、語弊があったわ」
なにか言いにくいことなのか。言葉を濁らせた。
「いや、ごめんね。忘れて頂戴」
「はあ」
「無理!」
「ああ、気にしないでください。謝罪に対して、突っぱねるのが今彼女の中ではブームなんです」
「それじゃあね、おばあさん」
「たい焼き、ありがとうございました」
「宿を貸してくれるところを探そう」
この村で一日滞在するつもりであった。夜遅く、おばあさんと別れた時には既に周囲は真っ暗であった。
「あら、泊っていくつもりなの」
不意に声を掛けられた。暗く顔はよく見えない。
「そうなんです」
「じゃあ、私の所に泊る?狭くて汚いところでもいいならだけど」
声色、シルエットから判断するに若い女のようだった。
「やだ」
「すいません。本当に嬉しいのですが、なにぶん真っ暗で顔が見えないもので…」
泊ってもいいよと相手側から持ち掛けてくれたことは初めてだった。嬉しいことなのだが、同時に不安でもある。
「ああ、顔が見えないんじゃ怖いわよね。大丈夫よ。こんな夜中なのに、この村に泊っていくって話が聞こえたから…とはいっても心配よね、うーん」
「そうだ。じゃあ…他のお家に泊っていいか頼んできて断られちゃたらうち来なよ。待ってるから」
親身になってこちらのことを考えてくれているようだった。
一、二軒ほどまわろう。
全て断られた。
「ありがとうございます。本当に助かります」
「いえいえ、上がって、上がって」
「ええー」
モノの耳元で小声で耳打ちする。
「どこも同じだよ」
村の宿に豪華の所は少ない。だいたいどこも同じようなものである。
「ええー」
気持ちもわかる。今日この日までずっと野宿だったからだ。毎晩、野宿のたびに、ああ、明日はベッドで寝ような、とお互いを励ましあっていた。
「綺麗…」
汚い汚いと本人は言っていたが、家の中は隅々まで掃除が行き届いているように見える。
「座って、座って」
隅にあった棚から来客用の座布団が出してもらい、二人は座った。
「これ、どうぞ」
モノが背負っていたリュックのカバンの中から、魔法紙に包まれた饅頭を8つ取り出す。
「私に?」
頷く。
「ありがとう」
「僕たちは今日みたいに泊めてもらうことが多いですから、こうやって前の村での土産を持って次の村に行くことにしてるんです」
「へえ、そうなんだ。旅してるって感じなの?」
「ええ」
「そういえばご飯って…」
「いえ、そこまで気を遣ってもらわなくて大丈夫ですよ!僕たちもう済ませてあるので。ね!」
「食べさせてくれるの?」
「さっき、食べたじゃん」
「よし、今日作ったのがあるのよ」
女は待ってましたとばかりに台所へ向かう。そして、白い、シチューだろうか鍋を持ってきた。小皿によそってもらって一口啜る。
「おいしい」
「でしょ」
「これ、何ですか」
「村の周りにいたナメクジの大物よ。溶かしたつもりだったんだけど」
「ひいぇ」
隣で情けない悲鳴が聞こえる。
「それはイノシシの目の玉。当たりね!」
闇鍋、いや楽しい夜だった。