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すれちがいキャンディ・アップル(2)


 *



 結局、あたしは一人で花火大会にきていた。まさか中二でお一人様デビューするなんて思いもしなかった。


 いや、ホントは全然くる気もなかったのに、ママに「せっかく浴衣買ってあげたんだから行ってきなさい」と家を追い出されたのだ。


「一緒に行く子がいないんですけどぉー」


「そんなの向こうで誰かしらと会うでしょ」


 あたしの都合なんて知ったこっちゃないらしい。どうして大人はこうも無神経なんだろう、と腹が立ったけれど、扶養してもらっている立場では金銭が絡んでくるとどうも逆らえないのも事実で。


 はぁ、子どもは無力だ。

 なんてため息とともにアンニュイに空を見上げていたらお祭りの人混みで転びそうになった。はい、自業自得です。


 花火大会の会場は当然だけどひどく混んでいた。

 気温と人々の熱気が合わさって、息苦しい。いつもならそんなこと、全然気にならないのに。


 きっと今日は一人だから。


 肌にまとわりつくような蒸し暑さも、屋台の食べ物の匂いが混じり合った人いきれも、隣にいる誰かと笑って分け合って初めて、それは夏の思い出になるのだ。一人では、ただただ不快なだけだ。去年はワカナとミヨがいた。その前は――


 暑さでボーッとした意識は過去へと飛び去り、いつかの夏の残像を脳裏にちらつかせる。


 そうだ、中学に上がるまではハルと花火大会に行くのが当たり前だった。


 小さくて、人の多いところが苦手なハルも、その時だけは楽しそうにあたしの後を笑いながら追いかけてきて。あたしも笑いながら、その頼りない手をはぐれないようにぎゅっと握っていた。屋台のりんご飴とあんず飴を二人で買って分けっこして、花火が上がる時間には神社の境内の裏手に並んで座り、わくわくした気持ちで群青色の空を見上げていた。


 花火が上がる瞬間――赤、緑、金色、煌めく光で照らされたその瞬間は、この世界にあたしとハルしかいないような、そんな魔法をあたしたちにかけてくれて。


 そんな、夏の夜に一瞬だけ現れる世界は、これから先の夏もずっと続いていくのだと信じて疑わなかった。いつかの未来、大人になっても花火を見上げる時のあたしの右手にはりんご飴、左手にはハルの手があるのだと。


 けれど現実はまるで違っていた。いつかの未来、だなんてそんな時がくるまでもなく、あたしの左手からハルはいなくなって――ううん、きっと逆だ。ハルの右手を、あたしが離してしまったんだ。ハルは変わっちゃった、って。あの頃あたしが手を引っ張って歩いたあの子はもういないんだ、って。この手を、振りほどいた。


 だから今はこんなにも空っぽなのかな。前に後ろに流れていく人波の中で、誰とも繋がっていないこの左手は。


 帰ろうかな。もともと、くる気なんてなくなっていたし。あ、でもここまできたんだから、りんご飴くらい、買っていこうかな。


 そう考えて、りんご飴の屋台はどこか、と首を巡らせながら歩く。


 けれど、気づけばあたしの目は屋台じゃなくすれちがう人の群れにばかり彷徨っていこうとする。あたしよりも少し背の低い、黒髪の女の子を見かける度に心臓がばくり、と音を立てる。


 自分から離れたくせに、あたしはハルの姿を探しているんだ。なんて勝手な。それなら最初から誘いを受けていれば良かったのに。


 そう思ってももう遅い。こんなに大勢の人の中からたった一人の女の子を見つけ出すなんて無理だ。というか、ハルがここにきている保証もない。クーラーの効いた自室でゴロゴロしてるのかもしれない。むしろあたしがそのつもりだったし。


 ホント、何がしたいのか自分でもわけわかんない。

 自分の気持ちに対する答えは見つからないまま、りんご飴の屋台を見つける。


 りんご、あんず、みかん、透明の飴で包まれてとろりとした艶を放つ果物たちが、彩りも鮮やかに並んでいる。その宝石みたいな光景が、あたしもハルも好きだったな、なんて、あたしの心を包むのはそんな感傷。


 目に映るお祭りのきらきらした景色全部が、あたしのそんな感傷をかき立てるようで。


 屋台で飴を一つ手早く買うと、早足で人混みの中を縫って歩いた。思い出の温さと空寒い現実が、代わる代わるあたしの胸を叩いて息が詰まりそうだった。


 流れる人の波間で、あたしは一人溺れそうだ。空っぽの手で空を掻いてもどこにも全然進めない。そんな錯覚にわけもなく泣きそうになった。唇を噛んで涙を堪えながらただがむしゃらに歩いた。


 ホントは気づいていた。


 あたしはハルに置いて行かれた気がしていたんだ。

 振り返ればいつもそこにいて、縋るように伸ばされたハルの手を「もう、しょうがないなぁ」なんて言いながら引っ張ってあげる、そんな関係だと思っていたのに、いつの間にか振り返ったそこにハルはいなくて。


 野暮ったくて、頼りなくて、あたしがいないとダメダメな女の子の残像を探しているうちに、まるで蛹が羽化して美しい蝶になるように、軽やかに、ハルは飛んでいく。可愛くなって、全然あたしの知らない子みたいになって。変われないあたしを残して。


 それを認めたくなくて、目を逸らしていた。


 あの世界に戻りたかった――ハルと並んで花火を見上げていたあの頃に。でもそんなの叶わない願いだ。蛹は蝶になれるけど、蝶は蛹には戻れない。あの頃のハルはもう、返ってこない。

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