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すれちがいキャンディ・アップル(1)

 

 ひどい裏切りだ。

 あたしはもう誰も信じない。


「ワカナは許さない、絶対に」


 あたしが低音ヴォイスでそう宣言すると、ミヨも力強く頷いた。


「ホントだよ! 三人で花火大会行こうって言ったのに!」


「女同士の約束を破っておいて『ごめん』だけってどういうこと? ごめんで済んだら異端審問官はいらない。ワカナは火刑に処す」


「ひゅーう、キョーコ過激ぃ!」


「ちょ、マジでごめんてば! でもしょうがないじゃん! 彼氏ができたんだから!」


 ワカナの反論はあたしとミヨにクリーンヒットした。


「っぐぅ……!」


「くそぅ……!」


 彼氏ができたら女友達は切り捨てるってか。なんて素敵な友情ですこと! 涙が出てくるわ。


「ホントごめんね! 今度埋め合わせするから! あと、二人にもいい出会いがあることを祈ってあげるから!」


「火刑じゃ!」


「火刑!」


 パタパタと廊下を駆けて彼ぴっぴの下へ行くワカナの背中をあたしたちは呪った。夏の終わりの、線香花火が落ちる瞬間に別れろ!


「まったく、信じらんない……どうする、ミヨ? 花火大会は二人で行く?」


「うーん、そうだね――え、何?」


 あたしとミヨが廊下の窓際で作戦会議を始めた矢先、同じクラスの清川くんが近づいてきてミヨの袖を軽く引いた。なんだぁ?


 あの、ちょっと話が、みたいなことをもごもご言いながら清川くんはミヨを連れ去っていった。ちょっと、今はあたしと話してたんですけど。


 一人手持無沙汰で窓辺に佇む。しばしのアンニュイの後、ミヨが戻ってきた。なんだか少しほっぺたが赤い。あと耳も。


「ミヨ、なんだったの?」


「あ、えーっと、うん」


 はにかむミヨ。え、なんなん?


「? あ、で、結局どうする? 花火大会」


 もじもじと目を伏せていたミヨはそこでバッと顔を上げた。そして、


「ごめん、わたしも花火大会一緒に行けなくなった!」


「はいぃぃぃ?」


 え、この一瞬で? 何、手品?


「あのぅ、ついさっき清川くんに告白されて……それで、付き合うことになって、初デートが花火大会になりました……」


 ふぅーん、ついさっき告白……って、さっき連れ去っていったのがそれか! え、そんなヌルっとやるもんなの、告白って!? 早業すぎて思いっきり見逃したわ! 何、前世は辻斬りか何かなの?


「というわけで、ごめんねキョーコ!」




 ――そして誰もいなくなりました。ミヨ、お前も火刑だ。


 ホント、女の友情って当てになんない。駅前で演説してる政治家の公約よりも中身がない。ぺらっぺらだ。あたしはもう誰も信じない。一生孤独に生きていく。


 とゆーか、花火大会どうしよう? せっかく浴衣買ってもらったのに。最悪一人で行くか…………いやそれは最悪だな。


「あ、あの……キョコちゃん」


 ふいに、窓辺でやさぐれるあたしを呼ぶ声がした。夏に鳴る風鈴のような可愛らしく涼やかな声と、『キョーコ』の伸ばす部分をほとんど発音しない独特な呼び方。そんなの、あたしの知る限り一人しかいない。


「あ、ハル。えっと、どうしたの?」


 そこにいたのはお人形みたいな女の子、ハル。あたしとは小学校からの付き合いだけど、中学に入ってからは一年の時も二年の今現在も違うクラスで、最近はめっきりと疎遠だった。たまに廊下ですれ違ったら挨拶を交わす程度。小学校の頃は毎日と言っていいくらい一緒に遊んでいたような気がするんだけれど。


 そのハルがわざわざ声をかけてくるなんて、珍しい。というかあれだ。なんか、どういう顔をすればいいのか、若干不明だ。あれー? ハル相手になんでこんな挙動不審なんだろ? なんて思ってから、多分ハルが可愛くなったからだな、と結論づける。


 小学生の頃はおかっぱ頭で洋服のセンスもおばあちゃんぽかったハルは、言ってしまえばコケシみたいだった。極めつけは大きな丸眼鏡。なんというか、そういうキャラクター的な愛嬌はあるんだけど世間一般でいう『可愛い女の子』とは違う方向性の可愛さだったのだ。


 けれど、中学生になってしばらく経った頃、廊下で『キョコちゃん』と舌っ足らずな声で呼ばれたあたしが振り向くと、そこにいたのはあたしの記憶の中のハルとはまったくの別人だった。


 残念なおかっぱ頭は前髪ぱっつんはそのままに全体的にゆるふわボブでお洒落感マシマシになっていて、あの野暮ったい眼鏡ではなくコンタクトにしたことで今まで隠れていたぱっちりとした瞳に見つめられて、女の子のあたしですら一瞬くらりとしてしまったほどだ。


 ハルってこんな美少女だったのか……。


 なんとなくあたしはショックなような、なんとも言い難い気持ちになったのだった。


 ぶっちゃけあたしは自分が可愛い方だという自覚があったし、小学校高学年の頃には告白だってされたこともある(その時は恋愛なんて何それ、って感じだったのでお断りしたけど)。


 対してハルはちんちくりんとしたコケシ的な可愛さが同性には受けていたけれど、男子からは全然人気なんかなくて、いつだってあたしの後をついて回っているような、そんな子だった。


 それなのに、中学に入ってちょっと見ないうちに、えーっと……ちょっと可愛すぎじゃない? ――間違えた、変わりすぎじゃない?


 まぁそんな感じで、それからというもの美少女に突然変異したハルを前にするとなんだか落ち着かなくて、前みたいに普通にしゃべれなくなったりしているあたしなのである。


 だってさぁー、眼鏡取って髪型変えたら超絶美少女でした、って! 漫画かよ! ってなるじゃん! そしたらあたしは何、モブA? あるいは通行人B? どっちにしろヒロインの女の子と仲良くしゃべる感じじゃない。


 そんなあたしの変化を感じ取っていたのか、ハルもあんまり声をかけてこなくなっていたのに、今日はどうしたのだろう?


「あ、あの、キョコちゃん、さっきちょっと聞こえたんだけど」


 小柄なハルと話すと自然と上目遣いで覗き込まれることが多くて、その潤んだ大きな瞳をあたしはどうも真っ直ぐに見ることができない。なんか気恥ずかしいのだ。ので、そっぽを向きながらぶっきらぼうな感じで「えー、何?」なんて言ってしまう。中学男子か!


「花火大会、一緒に行く人いないの?」


 こてん、と小首を傾げながら(あざとい! でも信じられないことに天然物なんですよ、これ!)そう訊いてくるハルにあたしは咄嗟に「ぅぁぐ」みたいな呻き声を出すことしかできなかった。


「そ、それなら、もしキョコちゃんさえ良ければ、わたしと一緒に行かない、かな? なんて」


 呻き声を肯定と受け取ったのか、ハルは両手の指先を口許でそっと重ね合わせて、そこに囁きかけるみたいにそんなことを言った。そんな仕草ですらやけに可愛くて画になる。


 なんだかそこはかとなく惨めだった。


 昔はいつもあたしの後ろからついてくるばかりだったハル。あたしがいないと人見知りを発揮してしまっていたハル。遠足とか修学旅行だって、班決めの前には絶対にあたしと一緒がいい、って泣きべそをかいていたハル。


 それが今やどうだろう。


 あたしは彼氏持ちの友達に約束をすっぽかされた哀れな独り身女子で。


 そんな可哀想なあたしに旧友のよしみで救いの手を差し伸べようとしてくれている超絶美少女がハルだ。


 時間って残酷だ。そんな三十路みたいなセリフがやけにしんみりと胸を衝く、十四歳、夏。


「あ……っと、その、あたし今年は行かなくてもいいかな、って」


 気づけばそう口走っていた。ハルの整った眉がふにゃり、と犬の尻尾みたいに垂れ下がる。それを見たらなんだか胸がきゅっとなって、あたしは何かに急かされるように言葉を継いだ。


「そのっ、ほら、浴衣、まだ買ってなかったし、毎年買うのもお金かかるから、今年はやめとこっかなー、って今ちょうど思ってたとこでっ」


 そんな言い訳を、あたしは必死に並べ立てていた。


 めちゃくちゃ嘘だった。


 浴衣は一週間前にはもうばっちり用意してあったし、毎年おねだりして買ってもらっているからあたしのお財布は全然痛まない。それなのに。


 あたしは、ハルと花火大会に行きたくなかったんだ。変わってしまったハルに、こんな手を差し伸べられるみたいにされたくなかった。だから、嘘をついた。


「そっか……」


 目を伏せるハルの唇から吐息混じりの声が漏れて、ちくり、とあたしの胸はまた小さく痛みを告げた。


 だって、あたしはいつだってハルに手を差し伸べる側だったんだ。これまでずっと。だから、だからあたしは――


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