09
「あたし、すっごい美味しいパスタのお店知ってるからさ、一緒に行こうよ」
「だから、人を待っているんだと言っているだろう」
「だったらその人も一緒に連れて行けばいいよ。ねぇ、だめ?」
「だめだから断っているんだろ? さっさと他を当たってくれ」
「じゃあ、せめて連絡先だけでも、」
「しつこい女だな……っ、桃慈! 遅かったな、早く行こう!」
「え?」
明らかに逆ナンされている様子に、どうしたものかと立ち尽くしていたところ、俺を見つけたセイに声をかけられた。そして気付けばそのまま腕を掴まれ、どこかへと連れられて行く。
「ちょっとぉ!」
「おい、セイ!」
「しつこくて困っていたんだ。助かった」
「助かったっておまえ……それより、もう帰ったんじゃなかったのか?」
「……この近くに、美味しいジェラートの移動販売が来てるんだ。桃慈の分も奢るから、よかったら付き合ってくれないか?」
「ジェラートって、そんな突然、」
「嫌だったら、今すぐ腕を振りほどいて逃げてくれて構わない。でも、できれば一緒に来てほしい」
「セイ……」
早足で前を歩くセイの顔は、俺には見えなかったけれど、その声には、先ほどと同じ必死さが滲んでいた。どうしてセイがこんなことをするのか、俺にはわからなかった。でも、今ここで逃げたらきっと、もう二度とセイには会えない、そんな気がした。だから俺は、そのままセイに従うことにした。
ジェラートが販売されているという公園の広場に着くまでの時間は、実際には五分もかかっていないはずだが、俺には十分にも、三十分にも感じられた。顔を見ることも、言葉を交わすこともなく、その真意を探ることができないまま過ごした時間は、あまりにも長かった。知らず知らずのうちに全身が強張っていたようで、目的地に到着してやっと、肩の力を抜くことができた。
宣言通り、ジェラートを奢ってくれたセイは、人通りの多い場所から離れ、公園のはずれにあるベンチへと俺を連れて行った。二人並ぶ距離は近いけれど、互いの顔が見える対面でないことに、俺は少しほっとした。
俺がミルク、セイはぶどうと、どちらも定番の味を選んだ。セイが薦めるだけあって、うんと甘いのにしつこさがなく、さっぱりとした味わいのジェラートは、非の打ち所がないほど美味しかった。けれど緊張からか、先ほどのケーキ同様、素直にその美味しさと、それにより与えられたしあわせを、噛みしめることはできなかった。
終始無言で食べ進め、俺が最後のひとくちを食べ終わり、少しした頃、ようやくセイが口を開いた。
「俺のこと、あの友達に聞いたんだろ?」
「……噂は、いくつか」
前置きもなく唐突に切り出されたのはまさしく本題で、動揺した俺は自分を落ち着けるためにひとつ、深呼吸をしてから返事をした。大した付き合いじゃないけれど、単刀直入に聞いてしまうのは、良くも悪くもセイらしいと思った。
「幻滅したか?」
「全部、本当のことなのか? 人の彼女を寝取ったとか、そういうの」
「正直に言えば、半分嘘で、半分本当。俺は、わざわざそんな面倒なことをする性格じゃない」
「そう、か」
「で、どう思った?」
「……正直に言えば、」
「正直に言えば?」
「……どうでも、よかった」
「……は?」
「あいつ、俺の友達から聞いた『藤咲』のことも、それが『セイ』のことだと聞かされてからも、正直俺は、どうでもよかった。俺、薄情なんだ。どこかで誰かが傷ついているのだとしても、それが他人なら興味がない。だから、おまえがどんなに最低なやつだとしても、俺は別に構わなかった」
「じゃあなんで連絡を寄こさなかった? もう、関わりたくないと思ったんじゃないのか?」
「それは……怖かったから」
「怖かった?」
「セイの方こそ、俺に連絡してこなかっただろ」
「それは、俺だって、」
「幻滅、したんだろ? 気持ち悪いって思ったんだろ?」
「そんなことない。そんな、気持ち悪いなんて、」
「無理しなくていい。ゲイだ魔性だなんて言われてるようなやつと、普通だったら、一緒に居たいと思うはずがない」
「だから、そんなことないって言ってるだろ!」
突如荒げられた声に、びくりと肩を跳ねさせる。セイは、こんな風に怒るのか、などと感心している場合ではなかった。
「俺の目を見ろ。ちゃんと話を聞け。俺はそんなこと、一言も言っていないだろう?」
肩を掴まれ、無理やり体をセイの方へと向けられる。まっすぐ俺を見つめる目には、確かな怒りの色が見えていて、俺の言葉に、セイが憤っていることをはっきりと示していた。