07
その後美智に、嫌というほど説得、もとい説教された俺は、セイと会うことを止めた。元々、同じ大学といっても学部は異なり、意図的に会おうと思わなければ会えないような存在だったのだ。偶然に偶然が重なって出会った俺たちだけれど、元々は、住む世界の違う人間。共通点と言えば、どちらもスウィーツが大好きという、たったそれだけ。
セイもセイで、あの眼鏡の友人に諭されたのか、あれからもう連絡が来ることはなかった。きっと、ゲイで、色んな男を誑かしていると噂の俺とは、近づきたくないと思ったのだろう。悲しいとは思ったけれど、これは、自業自得だ。自分の悪い噂を、否定もせずに放置した、俺自身のせいだ。
多分、ほんの少しだけだけれど、好きになりかけていたのだと思う。過ごした時間は僅かだし、俺はセイのことを何も知らない。でも、セイならばちゃんと恋人になれるんじゃないかと、心のどこかで俺は、勝手に思っていたんだ。その恋の蕾は、綻ぶことすらせずに、呆気なく地に落ちてしまったけれど。
◆ ◇ ◆
つらいこと、悲しいこと、気分の落ち込むようなことがあった時は、甘いものを食べるに限る。桃慈はどんな時だって関係なく、甘いものを食べてるじゃない、と、美智には言われたけれど、要は、どんな時でもスウィーツは俺に、元気を与えてくれるのだ。俺の気分がプラスの時だろうがマイナスの時だろうが、関係なく。
今日の店は、最近店主が復帰したばかりの、例のチョコレートケーキの店だ。どこに行こうかと考えた時、真っ先に浮かんだのがこの店だった。セイと最後に会ったあの日から、もう二週間ほどが経っただろうか。長いようで短い時間の中で俺は、セイとのことは、出会う前に戻っただけなのだと割り切ることにした。けれど、そんなにすんなりと上手く割り切ることもできなくて、ふと、思い出してしまうのだ。あの日一緒に食べたシュークリームは、今まで食べたどんなスウィーツよりも、一等美味しかったような気がしたな、なんて。
休止前は、そこそこ有名な店だったのだが、再開の知らせを取り上げるメディアがほとんどなかったせいもあり、すんなりと店内に入ることができた。案内された窓際の席に腰を下ろし、水を運んできたウエイターに軽く会釈しながらメニューを眺める。チョコレートケーキ以外にも美味しそうなものがたくさんあって、今日は奮発していくつか頼んでしまおうかと、内心うきうきしながら考えていた、その時だった。
「桃慈……?」
聞き覚えのある、俺を呼ぶ声。一瞬浮かんだ顔を、まさかと打ち消してから、ゆっくりとメニューから顔を上げる。すると、可能性を打ち消したばかりの顔が、そこにはあった。隣の席に案内される、セイの姿が。
「っ!」
目が合った瞬間、思わず立ち上がり、鞄を掴んだ。心に浮かんだ感情は、また会えた嬉しさと、それとは相反する恐怖だった。なんでもない振りをして、自分に嘘を吐いてきたけれど、俺はずっと、怖かったのだ。目の前で、セイに否定されるのが。気持ち悪いと言われるのが。軽蔑の目を、向けられるのが。なんでもなくなんかない。セイだけじゃない。いつだって俺は、否定されるのが怖かった。怖かったけれど、その感情から目を背けることで、なんとか立って、立ち続けることができたのだ。そんな臆病な俺は、今、セイときちんと向き合うことなんて、できるはずがない。