04
それから俺は、新たにできたスウィーツ好き仲間のセイと、連絡先を交換した。あの時、確かセイと呼ばれていたことを思い出し尋ねてみれば、「成」と書いてセイと読むのだと教えてくれた。呼び捨てで構わないというセイに、だったら俺も、と、下の名前を名乗ったため、呼び名だけはすっかり、仲の良い友達のようになった。
「何かいいことでもあったの?」
「どうして?」
「ちょっと、嬉しそうな顔してたから」
「そうか?」
「俺以外は多分気づかないと思うけどね」
そう言う美智も、心なしか嬉しそうに見えた。美智が俺を見る目は昔から、兄や父親のそれのようで、さらに、その過保護っぷりといえば親バカクラスだ。自分を想ってくれることは嬉しいけれど、今年でもう成人する年になるというのに彼は、幼い子どもを見るような目で俺を見守り続けている。不満を訴えたところで、やめる気など、さらさらないようだけれど。
「そろそろ出ようか」
「ああ」
食堂は人でごった返していて、席を探す学生もちらほらいる。食事が済んだら長居をせず、なるべく早く離席するのが暗黙のルールだった。すっかり軽くなったトレイを手に持ち、立とうとしたところで、隣のテーブルから、俺の名前が耳へと飛び込んできた。
「……でさ、その加賀見ってやつとそのオトモダチ、デキてるらしいんだよね」
「いっつも一緒に居るもんな。でも、夏嶋って彼女いなかったっけ? 狙ってたのにーって女子が嘆いてたの、見たことあるけど」
「カモフラージュじゃない? 女子の誘い断るにしたって、彼氏いるんで、じゃあ、ちょっとね」
「ま、確かにな」
「でも、元々ノーマルだったのを加賀見が引きこんじゃったって感じじゃない? 魔性の男らしいよ、彼。来るもの拒まずって感じで、手あたり次第食ってるとか」
「まじ? 大人しそうな顔してる癖に……人は見かけによらないってやつ?」
立ち上がった美智が、今尚、うわさ話で盛り上がるテーブルに割って入ろうととするのを、強く名前を呼んで制した。
「美智」
「でもっ!」
「俺はいいから。美智が自分のことを好き勝手言われるのが嫌なら訂正するのは勝手だけど、俺のために怒ろうとしているならやめてほしい。できれば、騒ぎにはしたくない。悪目立ちするし」
「……わかったよ」
「じゃ、行こう」
眉間に皺を寄せ、下世話な会話を続ける男子生徒たちを睨み付ける美智に、心の中で礼を言う。自分のために怒ってくれる人間が、この世にどれだけいるだろうか。俺は、随分と恵まれている。
男子生徒たちが話題にしていたのは、他でもない俺たちのことだ。彼らが面白おかしく話していたように、俺はゲイだ。ただ、元々男が好きだったというわけではなく、男に告白され、流されるまま付き合っていたら、いつの間にかそうなっていた、という感じだろうか。ただ、女性に恋愛感情を抱いたことはなく、むしろ苦手意識を持っていたくらいなので、そうなる素質は持っていたのだろう。
まともそうな相手であれば、請われるがままに付き合ったし、身体の関係だって持った。恋人となった相手に対し、それなりに好意だって芽生えたけれど、最終的にはいつも、相手の方から振られてしまう。自分を見ていないとか、話をしていてもちっとも楽しそうじゃないとか、その理由のほとんどは、俺のせいだった。付き合ってくれと言ってきたのは相手の方なのに、人間とは、なんて理不尽な生き物なのだろうと思ったけれど、多分、彼らが言うように、恋人という関係で顧みれば、俺の方に非があるのだろう。だから、彼らに、俺はどうこう文句を言える立場じゃない。
しかし、あまり長続きしないせいか、傍から見ると俺がとっかえひっかえしているように見えてしまうらしく、それを知った人間が、先ほどのように面白おかしく話のネタにすることは、一度や二度ではなかった。俺をネタにして盛り上がるのは別に構わないけれど、できれば俺の目の届かないところでやってほしかったし、できれば美智を巻き込むのもやめてほしかった。俺のせいで嫌な思いをさせてしまうから、というよりは、本人以上に怒りを覚えるこいつを止めるのは、なかなか骨が折れるからだ。素直にありがたいとは思うのだけれど。
「さっき、眼鏡でちょっと釣り目のやつ、いたでしょ」
「いたか?」
「いたよ。確かあいつ、藤咲と仲いいって聞いた」
「へぇ」
「類は友を呼ぶってことだよ。ろくでもないやつの周りには、ろくでもないやつしか集まらないんだ」
「あいつらにとってみれば、俺たちだってそう見えてるさ」
「桃慈!」
「卑下でもなんでもない。ただの事実だ。俺は気にしてないから、おまえもあまり気にするな」
「……桃慈は、優しすぎるんだ」
「興味がなさすぎる、の、間違いだろ」
自分と、数少ない友人である美智。あとは俺の家族たち。それだけを気にかけ、大切にして生きていれば、それでよいのではないだろうか。自分とは関係のない人間のことをいちいち気にしていたら、心が疲れてしまうじゃないか。そんなことに時間を取られるなんて、無駄にもほどがある。こんな風に考えてしまうから俺はきっと、冷たい人間だと言われてしまうのだろう。