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目の前には、ふっくらとした、通常の三倍、いや、五倍はあるかというほどの厚みのあるパンケーキ。三重に積み重ねられ、てっぺんにはアイスのような半球状のバターが乗せられたそれは、皿を動かせばぷるぷると揺れる。柔らかさ故に、一番下のパンケーキは重みで徐々に押しつぶされ、みるみるうちに、半分ほどの厚みとなってしまった。その様子に少し焦りながらも、上からふんだんにシロップをかけてから、パシャリと一枚写真を撮る。これは単なる記録だけれど、綺麗に撮れたそれに満足しながら、ポケットにスマホを仕舞った。甘いものを食べるときに、余計な情報は、いらない。
ふんわりとした生地にナイフを入れ、ひとくちサイズに切り取り、口へと運ぶ。バターとホイップを絡ませたそれは、口の中に入れた途端、一瞬で溶けてしまった。あとに残るのは、うんとやさしい甘さだけ。二口、三口と、丁寧に切り取り、ひとくちひとくち、ゆっくりと味わっていく。
俺は、スウィーツが好きだ。幼い頃から甘いものは好きだったけれど、高校生になりバイトを始めて、自由に物が買える様になってからは、さらに甘いものが好きになった。昔は、特別な日にしか食べることのできなかったケーキ。食べてしまうのがもったいなくて、ひとくちひとくち、ちまちまと食べる俺を、家族はよく笑っていたけれど、ゆっくり、時間をかけて食べるのは、好きな時に好きな分だけ食べられるようになった今でも変わらない。
俺にとってのしあわせは、スウィーツを食べているこのひとときだ。誰だって、しあわせな時間は、長ければ長いほどいいだろう?
今日の店は、雑誌やテレビで取り上げられることもある、比較的有名な店だ。何度か足を運んでいる店でもあるが、メディアに露出した直後は混み合うため、できるだけ避けるようにしている。普段でもそこそこ混んでおり、並ぶこともよくあるけれど、人気なだけあり、味は確かだ。なにより、見た目が美しい。香り、食感、味、そして見た目。人間はすっかり視覚情報に頼り切って生きているため、見ているだけで食欲をそそる見た目というものはものすごく重要だ。たまに、見た目は悪いが味はいい、などという文言を見かけるが、味が同じで見た目に差があるのならば、綺麗な方を選ぶのは当然だろう。だから、俺がスウィーツを選ぶ上で、見た目の美しさというのは大きな判断基準だった。
ふんわりとしてくちどけの良いパンケーキを、ひとくちずつ、ゆっくりと味わっていると、隣の席にカップルが腰を下ろした。この店の客層は、女性やカップルとみられる男女がほとんどで、俺のように男一人で席に付く強者はいない。しかし、特にこそこそとすることもなく、俺は堂々とパンケーキを食べ続けた。周りの目など、気にはしない。
世の中には、甘いものや可愛いものが好きな男性はいくらでもいるが、その多くは自分の趣味を、恥ずかしいから、と、隠しているらしい。俺にだって、以前はそういう気持ちもあった。けれど、もう面倒になってしまったのだ。好きでいることを、隠すのは。
ふと、隣の席のカップルの、彼氏らしき方と目が合った。偶然、というよりは、相手の方がこちらを見ていたような気がした。大方、二人掛けの空いた席が気になったのだろう。どう思われたかは知らないが、俺は彼に用はないので、そのまま目を逸らした。それにしても、一瞬だけ見た顔は、ちょっといないくらい整っていた。