表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/28

何もかも願った先には謝罪の言葉も見つかりません

 あの頃の私は暴君だった。

 碌に制御も出来ないのに、魔法を使って周囲を困らせて。

 リリアルに出逢うまでは、思いやりなど知らなかった。

 弟妹が生まれるまでは、譲り合いなど考えた事も無かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「拐われしを奪還せんと――その中将、単身海賊船に挑み()を殲滅す」


「せんめつ、ってなーに?」


「ちゅうじょう、って?」


 母と子の微笑ましいやりとりに、心が優しさで満たされて行く。

 しかし、殲滅とは穏やかではない。


「母上、その話は?」

 何処かで聞いたような物語について、母上――王妃殿下に詳しく聞こうとすると。


「あにうえ、じゅんばん!」


「にいさま、わたしが、さき!」


 私の両の膝の上座る、第二王子と第一王女に窘められる。


「そうだな、すまなかった」

 素直に謝罪して、二人の頭を撫でると嬉しそうに目を細めてくれる。

 双子の三歳児。目に入れても痛くない、年の離れた私の弟妹だ。


 弟の方は元々目が細いから、傍目には細めたとは解らないけど。私にはしっかりと判断できる。


「そうね、殲滅は悪い敵をすべてやっつけること。中将はとっても強い人の事よ」

 ふふふ、と微笑んで。弟同様細目の母上が弟妹に答える。


「でもね、中将は拐われた弟を護る為に、死んでしまったの。弟の命を盾にされて、武器を手離して……」

 今度は少し悲しげに語った。


「つよいちゅうじょうでもしんじゃったの?」


「おとうとは? わるいてきはすべてやっつけたんじゃないの? おとうとも、しんじゃったの?」


 弟妹から次々と飛ぶ質問に、物語の元となった人物を思い浮かべて。

「弟は無事だよ。強い中将の弟だから、弟も強いんだ」

 母上に代わり私が答える。


「でも、弟は誰より優しい心を持っていたから。兄や海賊達の死までも、自分のせいだと思ってしまうんだ」

 そうやってずっと、自分自身を責め続けている。


「にいさまが、いればよかったのにね」


「あにうえがいれば、きず、なおせたのにね」


「――そうね、そうかもしれないわね」

 長手袋を嵌めた腕が伸びて、弟妹の髪を順に愛しげに撫でる。


「そろそろおやすみなさいね」

 やだやだ、とくずる弟妹を宥めて――寝台へ運んで寝かしつける。


(新作、か)

 王家には昔起こった出来事を書物にして、幼いうちから読み聞かせる。という習わしがある。この物語もそのうちの一つだろう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ――数刻前――


「私が奪ったのは兄の命だけではありません。乗船していた数多の命を、私は……」

 奪ったのです、と続く言葉も力なく消えて。

 まるで彼自信がこのまま消えてしまいそうだ。


(そうだけどそうじゃない)


「フェネトール。兄を殺めたのは君ではないだろう? 君を護る為にその命を……目の前で兄を失った君は、魔力を暴走させて――」

  暴れる水魔法に船が沈められた――


「……全て私のせいなのです。全ては、私の不甲斐なさが招いた事……」

 "私がいなければ、失われる命など無かったのに"と罪の重さに嘆き苦しむ彼に、心が……痛む。


「自分を責めてはいけない。君が苦しむ事など兄も望んでいないだろう。それに、沈めた船は……」


「兄は……さぞ悔やまれた事でしょう。唯一の取り柄であった、魔法さえも使えなくなった――不出来な弟に、後を任せるなど……」

 船を沈めた事への正当性を語ろうとしたけど、上手く言えないでいたせいでフェネトールが更に苛まれてしまった。

 自責の念から無意識のうち封じ込めて。彼は今、魔法を使えなくなっていた。


「なぜ私が生き残ったのか……生きるべきは、兄上の方だ――」


 哀傷の様子に重なる記憶――過去の()も義姉を悲しませた。死ぬ間際も、きっと死の後も。


(そして今の私も弟妹を持つ身)


 どんなに心残りだろうか?

 同じ兄としても。可愛い弟だったろう、彼のこんな姿は見ていられない。


(でも、私に何が言える?)

 討伐依頼の出ていた海賊船だから、沈めたのは英雄だと? 称賛に価するものだと――自分は熊すら斬れない癖に。


「悔やまれるは、己の死よりも」

 何も言えなくなった私に代わる様に、カインが口を開いて。


「護りきれぬ故に。その、精神を」


「護りきれない……精、神――?」

 ……フェネトールがその難解さに戸惑っている。


「――、」


 ――ふぅ、とアークが息をついて

「……もう時刻も遅い。話しは後日改める」

 "解散"を提言する。


「それと、余り気に病まない事だ。騎士であるカインに免じて……な」

 ついでと言う様に、拝命の事実を添えて。


「騎士……様……?」

 騎士の称号を得るには実戦を要する。

 つまり、カインは命のやり取りを経験済みと言う事で……。


「そうですか……既にその()を任ぜられているのですね……」

 フェネトールはそれきり黙ったまま、俯いて思案げに目を閉じていた――


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「すぴ、すぴ、」


「すー、すー、」


 すやすやと眠る子供達。天使の寝顔を堪能して、そっとその場を離れる。


「今日は遅かったのね、リュイ」

 ――生徒会のお手伝いかしら、と続き部屋の奥から母上に呼ばれる。


「少し友人の……悩みを、聞いていたから……」

 悩みどころではないけど。本当の事を言ったら要らぬ心配をさせてしまうだろう。


「そう、リュイがお友達の悩みを――」

 随分と落ち着いたものね? と、ふいに懐かしげに口ずさむ。


 "南に指切る侍女あらば 行って 治して 涙され"

 "北に臥せる兵あらば 向かって 癒して 絶叫される――"


 ――実に耳の痛い、私の過去(昔ばなし)だ。


 フェネトールと比べて、自分が如何にどうしようもない子供だったか。



 ある時、侍女が皿を割って指を怪我してしまっていた。

 そこへ通りかかった私に見つかり餌食になる。

 私の出来損ないの治癒魔法で。

 彼女の爪は、にょきにょきと伸びて……止まらなくなった。


 ある日、負傷した兵士が城へ帰還したと言うので。

 "治療をする!"と張り切った私が魔法をかけると――

 彼の全身が毛むくじゃらになっていった……。


 悪気は無い、で許されるだろうか。


 人以外にも、飛べない小鳥や狩りの獲物の兎、烏に襲われた蛇など。

 私の犠牲になったものは数知れず。

 下手なくせに魔法を使いたがる、困った子供で。


 こんな悪さばかりの私が"少しでも落ち着くように"と。

 持ち上がったのが、リリアルとの縁談だった。


 その当時から、年に似つかわしく無い程冷静だった。

 彼女の表情を崩したくて、笑わせたくて。

 私はいつだって、リリアルの気を引くのに必死で。


(でも、リリアルは嫌だったんだ。私との婚約が)


 ふとした事から、彼女が"誕生日の贈り物代わりに婚約を白紙に"と、父親の公爵に願っていると知って――

 手作りしていた錠前付の小箱(怪力から部屋の鍵を壊し過ぎて。自作していくうちに錠前作りが趣味となった)を渡せないまま距離を置き始めて。

 更に、入園前に起きたある出来事でより一層疎遠になって行った。


 他に目を向けてみようともしたけど……彼女以上に思えなくて。私は好きだったから。

 ほんの少しでも望みが無いかと、悪足掻きして。


 ーー結果は惨敗。

 私の罪を知っても、義務だけで傍にいる彼女が苦しくて辛くて。

 もう解放してあげるしか無くて、婚約破棄を口にした。

 好きでもない男の元にいる必要など無いと、殆ど自棄(やけ)だった。


 結局は追い縋って……奇妙にも今も婚約は続行中。

 傍にいたいと言ってくれたのは勿論、嬉しいし有難い。


(でも……駄目だ)

 義理や同情では足りない。


 愛の無い政略結婚では背負えない。

 王族の義務はこなせても、罪までは負えない。


(奪う罪と留める罪とではどちらが重いのだろう)



「――リュイ、貴方も。今日はもうおやすみしなさいね」


 双子達にするのと同様に愛しげに、私の髪を撫で梳く細い腕。


 ーー二度と外す事の無い母上の長手袋ーー

 私の……罪。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ