何もかも魔法頼みじゃ愛しい彼女は振り向きません
"名の呼び方など些細なのに
彼女がとなると話は別で
嫌われている身の上でも
乞いたくなる
特別な――言葉を"
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きっちりと、綺麗に畳まれた手巾を、懐にしまって部屋を出る。
明日には連休も終るけど、会いたくて。
白い小花の刺繍が清楚な"リリアルに似合いの手巾"は、
彼女が以前巻いてくれたもの。
サリドマイドの土魔法を砕いた後。
治し忘れて出血していたのを気付いてくれていて。
優しい気持ちが、嬉しい。
血液汚れが落ちなければ、新しい物を贈ろうと考えていたのに。
まさかの新品同様になって手元に届いて。
"会いに行く口実"
思い立ったら、止まらなくて。
また泣かせてしまったから、私の顔など見たくは無いかもしれないけど。
会って貰えなくても行こう。
――声だけでも、聞きたいから。
「王子様に取り次ぎをお願いしたいんだけど」
回廊を歩くと、聞き覚えのある声が聞こえる。
――サリドマイド?
「丁度良く王子様の御出座しだね」
声に出ていた様で、サリドマイドが私に気づく。
どうして此処に? 私に会いに?
自室に招き、人払いをして問いかけると、
「切りっぱなしとか。そんな半端な仕事はしない主義なんだよね」
調子はどう? と聞かれて納得がいく。
そう、私の髪を整えたのは彼。サリドマイドだから。
"謀事"の、あと一人の協力者は彼の幼馴染み。
友人を止められなくて気に病んでいたと言う。
その人の取り計らいで、サリドマイドに散髪をして貰う事になった。
……あのまま帰るわけにはいかなかったから。
「特に不便は無いかな。皆、王室御用達の仕事だと信じて疑わないし」
辺境育ち故なのか、自分の髪すら切れると言うだけあって。
サリドマイドの腕は一流と言っても良いくらいだった。
叔父上も褒める程だから、間違いなく。
(切っている最中は悪態ばかりだったけど)
そう、とサリドマイドが"当然"と言う風に目を細めて。
「問題無いなら大丈夫だね」
その直後には目を閉じて。口許には、笑みを浮かべて。
「これから王弟殿下――監察官様に呼ばれてるからさ」
そう言うと、
「じゃあね」
元気でね、王子様――
片手を挙げて背を向けて、私の部屋を出ていった。
(本当に、私の髪の調子だけを見に来たのか……?)
少し引っ掛かるものを感じながらも、
私も部屋を後にした。
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陽が傾いて――夕日が染みる。
結局。すぐには出掛けられなくて、こんな時間になってしまった。
公爵家の前で、返答を待つ。
「急にお見えになられましても、お嬢様の用意が整いません」
ベルクアードが微笑みにのせて"迷惑だ"と言ってくる。
(この執事は本当に……)
「――タキ」
無礼ですよ。とリリアルが出てきて執事を窘める。
言おうとした事を代弁してくれたとか、会えて嬉しい気持ちとか。
全てを押し退けて頭の中を占めるのは、驚愕。
(今、この執事の事を何て――?!)
"ベルクアード・タキニン"
執事がそう名乗っているのは知ってはいるけど。
リリアルが親しげに"タキ"などと呼んでいたとは知らなかった……。
私は"殿下"でベルクアードは"タキ"
ーー親密度が、雲泥の差なんだけど……?!
リリアルに抗議を、と瞳を合わせようとして戸惑う。
直視出来ない。夕日のせいか?
数日振りに会うリリアルが……眩しくて。
屋敷の中に案内されて。応接間。
リリアルと向かい合わせに座る。
「……」
二人とも無言のままで、気まずい。
そうだ、手巾をと思い出して取り出す。
「美しい手巾を汚してしまって、済まなかった。綺麗になったと思うんだが……」
咳払いで沈黙を誤魔化して。"ありがとう"と感謝も加えて手渡す。
「この為に、わざわざお越し下さったのですか?」
リリアルが、元来少し吊りがちの目を丸く大きくさせて驚いている。
ずっと見つめていたい位に愛らしい様子に。
先刻の当惑感が、少し薄らいで行くようで……。
(言えそう、かな……)
何とか気力を振り絞って"本題"を切り出す。
「それだけでは……無い。先日の件も、謝りたくて……」
言い淀んでしまう私に、
「殿下は……」
謝罪の必要など、お考えでは無いのでしょう?
リリアルが、そんな事を言ってくる。
「リリアル?」
何がそう思われたのか、と悩む間にも話が進んで。
――私も、解っているのです。と。
「解っているのに――受け入れられないのです……」
悲しげな、声。何かを耐え忍ぶように手を握り込んでいて……。
――今日のところは御容赦ください――
頭を下げられると、引き留めることも出来なくて。
結局何も言えないまま、面会は終わってしまったーー
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リリアルは、ベルクアードの事を……なのだろうか?
嫌な考えが過ってはーー
それなら、疾うに婚約は破棄されている筈だ。
そうやって自分に言い聞かせる。
帰りの馬車の中。
自問自答を繰り返しては落ち込むばかりで。
「受け入れられない、か」
その意味を思う。
(入ったのに――その座間なの?)
私の髪を整える。サリドマイドの声が、ふと蘇ってくる。
(魔力持ちがやる"まじない"なんて可愛らしい訳ないじゃん――馬鹿なの?)
そんな風に言われても……名前ですら呼んで貰えない身の上なのに。
更に、拒絶としか取れない言葉まで告げられて。
少し良いところを見せたくて頑張ればーー
噴水広場の二の舞で。
親しげに呼んで欲しいなどと願ったらーー
また、泣かせてしまうのだろうか。
ーー恋の魔法など、彼女相手に効きはしない。
やはり私では振り向いては・・・・・・貰えないのかな・・・・・・・・・





