何もかも魔法頼みじゃ愛しい彼女は振り向きません
"恋に悩む者はいつだって真剣で
だからこそ盲目で
時に誰かを傷付けたりする
それは皆に平等で
一度のみとは限らずに――"
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噴水広場の銅像の隣。
噴水に背を向けて硬貨を投げ入れる。
"ぱちゃん"
その音に心が踊る。……喜んでる場合か。
周囲を窺うと"王子もやるんだ"と驚いた様子で、皆がこちらを見ている。
ーー見せ場は整った、かな?
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「学園長の銅像が怖い」
投書が生徒会に寄せられて。
様子を見に来てみたら、笑顔で教鞭を振るう学園長の像の頭部にーー鉄扇が突き刺さっていた。……確かに怖い。
しかし、本当に恐いのはこうなった経緯だったけど。
以前から、噴水への異物投棄が問題視されていて。
私の代でも、生徒会で注意喚起はしていたものの……とうとう周囲を危険に晒す様な事が起こってしまった。
元は噴水へ投げ入れるのは硬貨。
後ろ向きで入れられると恋が叶うのだとか。
実に、可愛らしいまじないだ。
それがいつの間にかこんな物まで投げ込まれる事態に。
入らないからなのか、硬貨など少額は持ち合わせていないからなのか。
……金属であれば、何でも良い訳ではないだろう?
停学中のサリドマイドの後始末。
生徒会の仕事とアルミナ嬢への悪い噂をなんとかしよう、と。側近達に相談して、同時解決を思い付く。
必要なのは、見せ場と役者と信憑性。
それと協力者があと一人。
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私の背後の噴水に、何かが投げ入れられる。
噴き上げられた水に弾かれた"それ"が偶然吹いた強風に煽られて――
「ザシュ」
私の元へ斬りかかる。
「ぽとり」
落ちたのは、飾紐に括られた、私の髪。
甲高い悲鳴を皮切りに、どよめく周囲。
「殿下!」
カインに制止されながら叫ぶリリアルへ。笑顔で無事を伝えると、後ろを振り返る。
地面に突き刺さったそれ――鉄扇を引き抜いて掲げ、皆に問いかける。
「これは、噴水に投げ入れるのには向かない。と私は思うがどうだろう?」
周囲の空気が張り詰めても、こうでもしないと危険が伝わらないと思って。
「私は髪で済んだけど、次は皆の身を危険に晒すかもしれない。今後は、投げ入れるのは硬貨だけにしておいて欲しいな」
放課後のこの時間。
迎えの馬車を待つ人の波が収まるまでを、この場所で過ごす者も多い。
向かい側の中央棟の前にも、沢山の生徒達が列を成す。
風魔法に乗せて。そちらにも、届くように。
「恋に悩む気持ちは私にも解るが……」
役者達――生徒達に向けて、言う。
「アルミナ・ブローライト男爵家令嬢とリリアル・オクタール公爵家令嬢への噂は、知っているだろう?」
一人一人に、語り掛けるように。
「あの噂は、違うだろう?」
悪いのは、私だろう?
「全ては私の行いの悪さ故に起きた事だ。二人には何ら落ち度は無い」
皆に向けて懇願する。
「どうか"正しい事実"を、伝えては貰えないだろうか? 皆の口から、今この場へ居合わせなかった生徒達にも。噴水の件も、噂の事も」
王子が言っていた。それだけできっと充分だから。
信憑性ならこの髪で、足りるだろう?
喧騒はやや暫く続いたが、やがて迎えの馬車が到着した順に帰って行った。
(さて、リリアルに説明をしないと)
姿を探すと――へたり。座り込んで放心している?!
「リリアル!」
大丈夫かと傍に走り寄ると、
「また……無茶をなさったのですね」
はっと気付いたように言う。
「万が一軌道がずれていたら、お怪我どころでは済まなかったのですよ?!」
リリアルが、凡そ初めて見る必死な表情で私を叱る。
ベルクアードの風魔法だから、安心だったと信用していたと、そう言ったんだけど。
「殿下にとって私の言葉など……風より軽いものなのですね……」
そう言う瞳には涙が浮かんでいて。
身体を冷やしてしまうからと、抱き起こそうとする私の腕を振り払って。
リリアルは自力で立ち上がり、そのまま歩いて行った……。
追い掛けようとする私の前にはアルミナ嬢が。
「私が行きます」
止められてしまって。
(私はまた、間違えてしまったのだろうか?)
「だから、先に説明をしろと言っただろう」
溜め息混じりにアークが言う。
「刀身より出でし――錆び」
カインまでも、何か言っている。
ここまで怒ると思ってなかった。
魔法で皆を欺く様な事をしたからだろうか?
友人想いのリリアルなら許してくれるだろうと……甘えていた。
寒いのは短くなった髪のせいか、また嫌われてしまったと血の気が引いたからなのか。
リリアルが座り込んでいた場所に、暫く私も膝をついていたーーー





