何もかも魔法頼みじゃ愛しい彼女は振り向きません
気を失ったサリドマイドをカインが医務室に運ぶ。
突如吹いた突風が、カイン像を巻き上げて。サリドマイドの上に落として行くとか、あり得ないことが……おきて。
(正確には手前に落ちて。石化が剥がれかけたカイン像の下敷きになった、だけど)
これはもう奴の仕業だろう。
……リリアルの仕返しか。
屋上にまで目を向けられるとは。末恐ろしいな、執事!
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アルミナ嬢はアークが送って行った。もう暗くなってきてしまったから。
リリアルが送りたがっていたけど、今日のところは私に付き合って欲しい。
ーー君の執事に、用があるから。
(あの時どうして間に入ったりしたのだろうか?)
珍しく気を利かせて、ベルクアードは御者側にいる。公爵家の馬車の中。言わなければならない事を思い出して、リリアルに問う。
「リリアル、どうしてサリドマイドとの対峙中に間に入ったりしたのかな?」
――危険過ぎるのに、と。
"どうして、と聞くのですか……"
彼女は呟いて。
「危険なのは、殿下もでしたわ。それに……」
"婚約者として、見過ごせ無かった"のだと言う。
「私なら光魔法があるから心配はいらない。でもリリアル、君が危険な目に遭うのは……駄目だ」
リリアルが怪我とか……無理だ。耐えられないから。
「でしたら私も。殿下が治して下さいますよね?」
リリアルが少し怒っている?……私の心配は迷惑なのだろうが。
「リリアル。治せるからと言う問題ではない。君が傷つくのだけは、いけない」
お願いだから、危険な行動は取らないで欲しい。
拝み倒しすしか無い私を、真っ直ぐに見据えて言う、彼女の眼差しには"揺るがぬ意志"が籠められていて。
「でしたら殿下も、無茶をなさらないで下さいませ」
……断固として譲ってくれない。
反論しようにも、美しい瞳にどうしようもなく心惹かれて……最早ぐうの音も、出なかった。
全く恋とは厄介なのだと、再認識させられた……。
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王城へ着くと待っていたアークとカイン。
二人に協力の感謝を告げ、別れる。
――が。
「クロム」
少し良いか? とアークに呼び止められた。
私も話がしたかったから、丁度良い。
外の空気が吸いたくなって、すっかり暗くなった庭へ向かう。
「……」
アークが視線を斜め下に流したまま黙り込んでしまったので、先に私から行かせて貰おう。
「アーク。これまでのことを謝罪――」
させて欲しい、と言おうとしたのに。
「やめろ」
遮られてしまって。
「クロム、本来お前が謝ることではない」
そう、否定された。
どういう事だろうとアークを窺う。
「俺がアルミナ嬢の心を繋ぎ留められ無かった事も、サリドマイドが彼女を振り向かせられなかった事も」
お前のせいでは無い。そう言って、
「俺の逆恨みが発端だがな」
と苦笑する。
俺がお前に逆恨みをしたせいで気に病ませたのは確かだが――
「俺は謝らない。だからクロム、お前も謝る必要はない」
貸し借り無しだと。
……果たしてそうだろうか?
私はアークに借りばかりなのに?
「……以前、王弟殿下の前で、アークが言ったことを私は覚えてる」
"嫉妬心から、リリアルを通じて復讐したかった"と。
「気づかないと思ったのかな?」
実際は自分が身を引いて、私とアルミナ嬢を応援していた。
私がアルミナ嬢にも気持ちを持っていると思ったから。
それなのに、そんなことを言った。
「私を庇っただろう?」
ずっとアークに聞いてみたかったことを――言えた。
「……記憶違いだ」
アークはそう言うと思ったけど。でも少しの間があったことが肯定だと示している。
「私の事を随分と想っていてくれて。とても嬉しいけどね?」
そう言いながら小首を傾げて、
「私にはリリアルがいるから……アークの気持ちには答えられないな」
可愛く言ってみた。
みるみる崩れていく、アークの表情が面白い。
「気色悪いことを言うな!!!」
貴様――! と叫ぶアークに安心してしまう。
やっぱり、アークはこうでないと。
――いつまでもからかい甲斐のあるアークでいて欲しい。
殴られたのは物凄く痛かったけど、ね―――





