何もかも終わった後では前世の記憶が役立ちません
(か、風が強い)
目の前の婚約者に、近づこうとすればするほど強くなる風圧。
(ど、どおゆうこと?)
学園の敷地内で塀に囲まれているはずなのに、風が強すぎて声すら掛けられない。立っていられない。
「ザッ」
膝をついて身を屈めると、男の足が視界に入った。
――嫌な予感は、当たるだろう。
「これは、クロムナード王子殿下。かようなところまで殿下自ら赴いて。リリアルお嬢様を捕らえにでしょうか? 御一人で?」
やっぱり、風の出所はこの男――婚約者リリアルの執事、ベルクアードだ。久し振りに見た容姿は相変わらず完璧だよ。
風が止んだので話しかける。
「君の怒りは最もだ。右手が動かせて口が利ける程度にしてもらえれば、好きにして構わない」
「――それでは、御言葉に、甘えまして」
執事ベルクアードが左手を掲げて風をおこす――利き手は左手なのか。
ぼんやりと風魔法の呪文を聴きながら脳裏に焼き付く泣き顔を思う。どうやって謝ればいいのか。そもそも償えるのか? 婚約破棄は失言だったと騎士団長子息に言ったものの、王族たるもの発言には責任が伴うことは解っているはずだったのに。
暴風が身を切り刻む――、はずが一向に此方に向かってこない。
不思議に思って首を傾けると、ベルクアードの後ろに何か、ヒラヒラしたものが見える。ドレス、だ。
「駄目よっ、この方は王族。貴方の首が、っ、飛んでしまう……っ」
――まだ涙声のリリアルが必死に執事を止めていた。
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「大丈夫です、お嬢様。言質は取っております」
危ないですから離れていて下さい、と言うやりとりをもう結構な時間繰り返している――いやもお、一発くらわせてスッキリしたらいいと思う。
「――命を捕るまでしないだろうし、光魔法で治せるから私は構わない」
止めないで欲しい。そう言うとリリアルがやっと執事から離れた。内心いつまでくっついているのかヤキモキしていたのでほっとしてしまった。裏切ったくせに嫉妬心だけは一人前だとか……情けなくて、辛い。
――と、リリアルが目の前に立ちはだかる――?
「殿下は私だけでなく、執事までも我が公爵家から奪うのですか?!」
本当に、消えてしまいたい――