何もかも終わった後では前世の記憶が役立ちません
"美しい容姿も振舞いも
勿論彼女の魅力だけど
こんなにも惹かれるのは
何故だろう
纏う空気が――愛しい"
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入園式前日になって漸く面会が受け入れられ、公爵家へ向かう。
――オクタール公爵、リリアルの父上に。
婚約は破棄されるだろうと思っていたけど、どうしても諦めたくなくて。公爵に謝罪と懇願に。
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物凄く怒られた。
冷たくもう関係ないとか、又は仰々しく建て前を並べて断るのだろうと思っていたのが……更に申し訳なくなるくらい。
顔を真っ赤にして"儂の目の黒い内はーー赦さん!"
……と言う公爵に疑問を感じたのは、言い回しにか、リリアルと同じ瞳の色にか。
とにかく、温かい人で良かった。夢の中の"リリアル"はあんまり家族と上手くいっていない様に思えたから、安心してしまったーー
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夢の中で俺が想い人にしていた"土下座"をしようとしたら青ざめて会話にならなくなってしまったので、また後日改めて来ることにした。
――土下座は危険行為なのか。
ポロン、とピアノの音が聴こえる。
(ああ、彼女の音だ)
心が落ち着く優しい音色に聞き入って、つい、部屋の前まで来てしまう。
(会わない方がいい)
ーー婚約破棄した相手になど会いたくないと思うから。
扉の前で葛藤すると、曲の途中で音が途切れた。
(?)
思わず室内を窺うと、リリアルが右手を見詰めて困り顔だ。
(もしかして)
自分の左の頬に触れる――もう殆ど赤みはないけど指の痕が微かに残っている筈だ。
(彼女の右手も?)
傷めてしまっているのかもしれない。考えていると。
(視線が、絡む?)
気付かれてしまった……。
「――殿下」
リリアルが急いで立ち上がる。此方に向かって走ろうとして、危ない――
ぽすん、と私の胸に彼女の頭。なんとか支えることが出来て、良かった。
申し訳ありません、と謝るリリアルの頬が赤く色付いて――私にも移る。
「すまない」
もう何度目になるか判らない謝罪の言葉を伝えて立ち上がる。手を取ろうとして、先程の光景を思い出す。
「少し、我慢していて貰えるだろうか?」
そう言って彼女の右手をそっと包む。もう無詠唱で怪我くらいは治せる。これもリリアルのお陰だと思う。
平手打ちで目を覚ましてくれた、彼女の。
ふと、彼女の口から告げられる。
婚約破棄の件ですが――、と。
いよいよ、"三行半"だと覚悟する。
「私からは、致しません」
ーーえ?ーー
どうしてと聞くと、
「それは、破棄して欲しいと言うことですか?」
そう言われて、首がとれそうなほど横に振った。
良かった、と言うリリアルが一瞬笑ったように見えて。覗き込んでしまうと、彼女が立ち上がろうとするのが同時で。
――触れてしまった――
「べっち―――――ん!」
三度目の平手打ちでも、やっぱり痛い・・・・・・
リリアルへの想いの対処法など夢の中にも在りはしない。
"俺の記憶"は、役立たないね・・・・・・・・・