何もかも終わった後では前世の記憶が役立ちません
「ぱあぁぁぁん!」
鼓膜が心配になる音と共に、目の前にチカチカと火花が散る。
――ものっそい痛い。
傍で誰かが「きゃあ」とか「酷い」とか言ってるけど、それどころじゃない。
恨みをこめて目の前の相手を睨むと、黒髪の女の子が瞳に涙を溜めていた。
「・・・っっ」
女の子はくるりと身を返すと走り去ってしまう。
――横顔がくしゃりと歪むのを、これまたしっかりと見てしまった。
胸がざわつく。泣かせてしまった罪悪感か?
あんな顔をもう、させたくなかった。
「!?」
頭を抱え、混乱する思考を抑えようとしていたら、近くにいた友人――騎士団長子息――が女の子を追い掛けようと走り出した。
まずい。このままでは彼女、俺の婚約者が罪人として捉えられてしまう――そう、俺のせいで。
頭の整理は諦めて全力で追いかけよう。本気でいかないと追い付けないから。
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見てなかったから、どこに向かったかわからないんだけど。どうしたものか。
"自分の責任だから"と言い包めて追跡を止めさせたものの。
説得している間に姿が見えなくなってしまった。何処に行ったのか。
彼女――俺の婚約者。
10歳で決められた、形ばかりの俺の、いや、私の。第一王子の婚約者。
なんだかさっきから、自分なのに自分でないような感覚が涌いてくる。
あんなに嫌悪感でいっぱいだったのが嘘のように。
先刻の涙が……苦しい。
自分から婚約破棄を口にしておいて、どの面下げて会えばいいのか。
しかし、今行動しないと駄目だ。何故かそうわかる。
いつも冷静で、自分の意見など言わなくて。
感情の全てを殺してーー傍にいる彼女に、息苦しさを感じて。
学園に入学してからは、碌に会いにも行かなかった。
彼女も、用が無ければ会いに来なかった。
私が他の令嬢と話をしていても、手を繋いでいても、手の甲にキスをしていても、何も言わない。
腹立たしさに抱き寄せてみたら、相手に本気にされて――気がついたらその令嬢を傍に婚約破棄宣言していた、と。
我ながら拗らせている感が凄い。
その令嬢は元々平民で、養子縁組で男爵位を得た元庶民で。
第一王子の私の目には珍しく、純粋で真っ直ぐな考え方に感銘を受けて、好ましく思っていたことは確かだった。
「しかし……」
何故だろう。あんなに好ましく感じていた、彼女の庶民らしくも正義感のある考えや行動を、今はあまり魅力的だと思わない。
むしろ、正義感があるならなぜ愚かな王子を止めてない?
どう考えても、公衆の面前で婚約破棄を言い渡すなんて愚の骨頂。
"第一王子は大馬鹿者です"と宣言したようなものだ。
「それに……」
婚約者の、涙。
感情が無いのではないかと思っていた。この婚約も不本意で、破棄されても気にも止めないのだろうと……。
――風が動く。
当てもなく歩いていたはずなのに、何故か確信を持って此方だ、と思った。
そこに、彼女はいた。