077 ― Часть 4:На бедного Макара все шишки валятся(Part 4:弱り目に祟り目) ―
「くッ、農民上がりの紛い物め。戦力差で劣るくせに思った以上に粘る……」
クラフトフに反抗していた側の代表格の一人であり、今回のいざこざの発端でもあるグルピェーツは苦々しげにその整った表情を歪めた。
彼の言うとおり、彼我の戦力差はグルピェーツの側が優位ではある。
しかし実戦経験においては全くの皆無。その点においては農民出身でありながらも、戦場帰りであるクラフトフの方に軍配が上がっていた。
「おい! 向こうの陣営の右翼に火力を集中させろ! こうなったら自分が上の立場だと勘違いしている訓練官を直接叩くんだ! 教本にだってそう書いてあったじゃないか!!」
「無茶言うな! こっちは向こうからの【法撃】を防ぐだけで手一杯なんだよ!」
「―――ッ! だったらもっと高威力の【法術】を使って、あいつらに攻撃の隙を与えなければいいだろ!!」
苛立ちを隠せないグルピェーツは、自分の出した指示に異を唱える同期の訓練生に悪態をつく。
(くそッ! どいつもこいつも無能の集まりめ! そんなお前らと一緒くたにされるなど、俺にとって屈辱以外の何物でもない……!)
そもそも、自分たちはついこの間、今使っている【法術】の上位版である【中位法術】を講義にて習い、さらに訓練場での実技演習では上位入賞を修めたほどの好成績を残したばかり。
そんな【シンビオフスク連邦】の栄えある【上級民】たる自分が、あんな【下級民】出の農民上がりからここまでいいようにあしらわられる事自体、彼の自尊心をひどく傷つけたのだ。
「グルピェーツ、これ以上の火力の集中は無理だ! お前なら分かるだろ!?」
「……ッ」
とはいえグルピェーツとて分からず屋の石頭というわけではない。冷静時にはきちんと物事の良し悪しや引き際を見極めることができる逸材であった。
さらに本音を言えば、現状を鑑みたとしてもこれ以上の火力で押し切ることは困難であると、頭では徐々に理解し始めてもいた。
「癪に触るが、今回は降参した方が丸く収まるんじゃ……」
だが、別の同期訓練生が発した言葉が起爆剤となり、グルピェーツの心で燻っていた『【上級民】の矜持を傷付けられたことへの怒りの炎』が一気に爆発してしまった。
「ッ……揃いも揃って俺の邪魔ばかりしやがってぇえええッ!! だったらッ!! この俺が手ずから見本というモノを見せてやる!!」
偶然か、はたまた【アースフェイル】の創造主たる女神の采配か。
ちょうどグルピェーツのいる場所からそう遠くない位置で、つい先ほど向こうの陣営に突撃を仕掛けた『勇敢な親友のドゥラーク上等兵を一方的に痛めつけた妾腹の女訓練生』が、他の訓練生たちを率いて地べたに散乱したゴミらしき物をかき集めている姿が目に入った。
これ幸いと思ったグルピェーツは、手にしている訓練生用の【法杖】に、自身の保有するありったけの【法力】を注ぎ込でゆく。
「『風よ、風よ。吹き荒ぶ風よ。……』!!」
彼が口にし始めた一連の言葉に、周囲の訓練生たちがギョッとした表情となる。
「の、【霊詞】!? おい、グルピェーツッ! それは流石にやり過ぎだ! 相手は同じ訓練生だぞ!?」
「黙れぇッ! 俺はお前らみたいな半端者とは違うんだよ! 『何物をも切り裂く刃となりて我が敵を瞬断せよ』……!!」
「まずい……! おい、レオナヴナ上等兵、それと他のお前たちも! 全員、今すぐ地べたに這いつくばれぇッ!」
「ぇ、ちょっ、ウソでしょ!? 全員、匍匐姿勢っ!!」
グルピェーツ側に与していたとある同期の訓練生が必死の形相で張り裂けんばかりの大声を出してくれたことで、レオナヴナ率いる第三分隊はその異変に気付くことができた。
「【旋風鋭刃】……、うわぁッ!?」
だが、ここで予想外の出来事が起きてしまう。
グルピェーツが思い描いていた術は発現こそしたものの、それそのものが一つの構文で成り立っている【霊詞】の間に余計な会話を挟んだことで、術式に余計な負荷が加わり『出力過多』という名の暴走を引き起こしたのである。
「きゃああああぁッ!!」
「ぐうぅッ!」
「ひいぃいッ!?」
本来であれば横一線となって飛翔するはずにもかかわらず、グルピェーツの操術不足と暴走状態が重なったことで軌道と軸を大きく乱しながら飛翔する荒れ狂う風の斬撃。
その威力はすさまじく、硬い樹皮を纏った大木も薄紙のように切り裂き、降り積もった雪を頭に乗せたそこら辺の岩石すらもやすやすと両断せしめる。
(女神様、女神様、女神様!! どうぞ貴女様の信徒を御守りくださいっ……!!)
レオナヴナを含めた第三分隊は、朽葉が水気を吸ってビチャビチャとした泥濘と化した地面で泥まみれになることも厭わず、ただただ這いつくばって自分たちの無事を女神に乞い願うほかなかった。
そして暴走状態のまま放たれた【旋風鋭刃】が、射線軸上にあったあらゆる物をがむしゃらに切り刻む音が聞こえなくなったのを皮切りに、レオナヴナはきゅっと閉じていた眼をゆっくりと開けておもむろに上半身を起こす。
這いつくばったせいで衣服が地面の水けを吸い上げ、身体にまとわりつく煩わしさこそあるが、今は自分も含めた第三分隊全員が無事であるという事の実感のほうがはるかに勝っていた。
だが同時に、一歩間違えば自分たちはグルピェーツの放った【中位法術】によって真っ二つとなり、辺りに臓腑をまき散らしながら四散していたかもしれないという恐怖がゆっくりと足先の方からのぼってくるのも感じていた。
「ほ、本気で撃ってきた……。あたし達を殺す気だったってこと!?」
彼女が先の【法術】を発動させた張本人であるグルピェーツの方に目を向けると、あろうことか彼は先ほどレオナヴナたち第三分隊に危険を知らせてくれた訓練生を【法杖】の柄頭で力いっぱい殴り飛ばしていた。
「ぐっ!?」
【法杖】には【法術】の発動を有利に行なうため、【法租石】が鳥籠のような金属製の格子でガッチリと固定されているため思いのほか重量がある。
これは万が一、【法術士】が【法術切れ】や何らかのアクシデントに見舞われて【法術】が使えなくなり接近戦を強いられた場合、緊急用のメイスの代わりとして機能させるためである。
実際、そんなもので顔を殴られた訓練生の頬には大きな青あざができ腫れ上がり始めていた。
「このマヌケめぇえええッ! 敵に【法撃】を知らせるバカがどこにいるぅうううッ!!」
「敵!? バカな事を言うな、グルピェーツ! 我々は同じ【連邦】を支える同志じゃないか! それを敵だなどと!?」
殴られた訓練生は、思いもよらない単語を口にしたグルピェーツの正気を疑う。
「いいや、『敵』だッ!! 【上級民】たるこの俺に杖を抜いたあの野蛮な農民風情も、何の非もないドゥラークを一方的に痛めつけてきた暴力的で卑しい血の混ざり物だるあの女もッ!! 選ばれた民であるこの俺には向かった奴は、誰であろうと皆敵なんだよッ!! ははは、はひゃはははははっ!!」
そこにはもはや、いつもの精悍な顔つきは消え失せ、【法力切れ】の副作用である極度の疲弊状態からくる血走って焦点のあっていない目と、口の端から泡を飛ばしつつ味方を罵倒する常軌を逸した状態となった、ただの憐れな男の姿があった。
「そうだ、敵だ! 敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だッ!! 『戦場では男も女もない。殺すか、殺されるか』、そうあの農民上がりが常日頃から言っているではないか! だったら役立たずの無能はさっさとくたばってくれた方が【連邦】のためだろうが!!」
完全に我を忘れ、かつあまりにも自己中心的なグルピェーツの言動は、彼に与していた側の訓練生たちの士気と戦意を大きく低下させる一番の要因となった。
―――しかし、それすら些末なことにすら思える出来事が彼らを襲った。
『グフルゥガアアァアアッ! グフルォゲソグルルォゴオオォオオッ!!』
今まで聞いた事もない、まるで心臓を鷲掴みにされるかのような怖気の走る怪音に、その場に居合わせた訓練生たちの全身が硬直する。
「な、何だ。今のは……!?」
先ほどまで独りよがりな講釈を垂れていたグルピェーツですら肩を竦ませ、今まで怒りで紅潮していた表情が一瞬で青ざめさせてはしきりに辺りを見回している。
そして両陣営が硬直してその場で動けなくなっていた最中、唯一、第一分隊を率いてグルピェーツ陣営と抗戦しつつ、【体躯増強】という身体能力を強化する【法技】を使うことに集中していたクラフトフだけが、レオナヴナ上等兵のいる第三分隊のいる位置に倒れてくる巨木にいち早く気付いた。
「第三分隊ッ! 倒木だ、散開しろッ!」
慌てて彼が声を張り上げるが、レオナヴナたち第三分隊が行動を起こすよりも、メキメキと音を立てて倒れ込んでくる巨木の速度の方が格段に勝っていた。
「―――ッ!!」
第三分隊は――男勝りな性格のレオナヴナ上等兵でさえ――自分たちの末路が脳裏によぎったのか、その場から動くことができずに手をかざしたり、目を瞑って縮こまってしまっていた。
「…………?」
しかしいつまで経っても、第三分隊めがけて倒れてきているはずの大木が、彼らの身体を押しつぶすことはなかった。
不思議に思ったレオナヴナ上等兵がそろりと片目を開けると、そこには綺麗に真っ二つに裂けた巨木が、第三分隊の上に倒れる一歩手前の角度のまま空中で静止していたのだ。
「何、なの。これ……?」
「い、一体どう、なって……」
目の前で起きている非常識な現象に彼女たちが困惑している最中、巨木のてっぺんであったらしき程よい大きさの木片が、真っ二つとなっていた倒木の真ん中へとバラバラと落ちてくる。
しかし、その木片の一部は地面へと落ちることなく、何もないはずの空中で一回、ゴンッという音を伴ってバウンドした。
『ゲ、ゲジュボ~ッ』
「「「ッ!?!?」」」」
刹那。
先ほどと同様の聞きなれない音が聞こえたかと思った矢先、不自然な角度のまま空中で静止していた巨木の根本辺りの空間がユラユラと陽炎のように揺らぎ、紫色の電光が走り始める。
どの訓練生たちも眼前で起こっている出来事を受け止めきれずにいた。
なぜならその紫電を纏いながら、向こう側まで見えている何もないはずの景色の中から、異形の姿をした『ナニか』が徐々に浮かび上がり始めたのだから。
その『ナニか』はまさに異界の存在と呼ぶに相応しかった。
自分たちが今まで生きてきた中でおおよそ目にしたことのない、まるで自ら蠢いているかような気味の悪い光沢を放つ異質で奇妙な形状の鎧を身に纏う、二五〇シール、いや、もしくはそれ以上の身長はあろうかという、圧迫感を抱かせるほどの容貌魁偉な体躯。『筋肉の塊』そのものとも感じ取れる身体には、いかなる刃物も貫通させることは困難だろうという考えを見る者たちに想起させた。
そしてそのメリハリある体躯からニョッキリと突き出ている合計四本の両腕と、それぞれの腕の末端にある五本の指が、硬いはずの巨木にくっきりと爪痕を残すほど深く喰い込んでいることで、十数メールはあろう真っ二つに裂けた巨大な針葉樹をガッチリと掴んで空中に縫い留めている。
極め付けは臀部からニョロリと伸び、鞭のようにうねりを繰り返す尻尾。尖端には山刀のように鋭利な外殻のようなものが付いており、まるで尻尾だけが別の意思を持っているかのようにユラリユラリと動いているのだ。
この場にいる訓練生たちは皆、本格的に戦場へと送り出されても支障がないよう【醜小鬼族】や【醜豕鼻鬼族】といった、ヒト型のモンスターたちとこれまで幾度となく戦い勝利を収めてきた。
それは【シンビオフスク連邦】における、生死のかかった戦いを乗り越え、かつ【普人種】に近いモンスターとの戦闘をこなすことで、いつの日か【普人種】を殺す際に発生する心の傷、いわゆる『兵士のジレンマ』を軽減させようという狙いからであった。
だが、理性にて己を律することができている者たちは、自分たちのいる場所に突如として現れた奇怪な存在を前にして、精神が……否、『心の箍』とも取れる『生物的本能』が警鐘を鳴らしていることを自覚していた。
―――眼前の【普人種】ならざる存在と敵対してはならない、と。
恐怖に晒されたことで硬直し、鳥肌の立たない者など誰一人としていなかったものの、ただ一点、奇跡的に『恐怖に支配された生物が、捕食者に対して身体を硬直させて生存する確率を高める』という動物本来が持つ習性をその場にいた誰もが無意識下で行なっていたことにより、これといった被害は出ていなかった。
そしてそれは、先ほどまで第一、第二分隊の弱卒にも満たない訓練生たちをそれぞれ指揮して奮闘していたクラフトフですら例外ではなかった。
実際、この状況下において彼は恐怖で戦慄きながらも、心のどこかでは冷静に目の前の現実を素直に受け止めていた。
―――あぁ。やはり『ヤツ』は生きていた。あの地獄はまだ終わっていないのだ、と。
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