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076 ― Часть 3:Тише едешь, дальше будешь(Part 3:急がば回れ) ―

「わっ、分かった! お前を罵(ののし)った事は謝る! だから顔は、顔を殴るのだけは止(や)め、ほげぇッ!?」


バカの一人に妾腹(しょうふく)と侮蔑の言葉を吐かれた女の訓練生が無言のまま、最後の一発とばかりにヤツの鼻っ柱目掛け、渾身の鉄拳を見舞ってことで、鼻から盛大に鼻血を撒き散らして仰向けに倒れ伏した。


まぁ、あれだけ【法撃(ほうげき)】の無駄撃ちをしていれば【法力切(ほうりょくぎ)れ】にもなるだろう。


そうなれば後はいかに【法兵(ほうへい)】とて、『体力勝負』に勝てるかどうかで勝敗は決するわけだ。


「はぁーッ、はぁーッ! アンタ、自分が【連邦兵】であったことを幸運に思うことね。……ペッ!!」


そう言いながら彼女は、顔の輪郭(りんかく)をなぞるように零れ落ちる大粒の汗を顎の辺りで手の甲を使い、ぐいっと拭(ぬぐ)い取ると同時に、自らの顔を殴られた際に口内を切って出たであろう血の混じった唾(ツバ)を地面に吐き捨てたのだった。


彼女の強さ、タフネスさやバイタリティは下手な男よりも引けを取らないだろう。


むしろ、男の俺よりも『男らしさ』や『雄々しさ』といったものを彼女のその姿に見た気がした。


そして他の奴ら――まぁ、俺もその一人であったわけだが――が、彼女と同じ【シンビオフスク連邦】出身であるということを、改めて安堵したに違いない。


そうでなければ、彼女は間違いなく目の前で気絶しているバカの息の根を止めていた。


「ドゥラークッ! くそッ! 貴様ら、よってたかって我々をなぶるなど、連邦軍【法兵】として恥ずかしくないのかッ!!」


「そ、そうだ! そんな農民崩れよりもこちら側に協力すべきだろうッ!! 今ならまだ謝罪だけで許してやるぞ!!」


一方、もう一人のバカやそのバカに与している奴らは、今さらになって俺の側に回った同期の訓練生に対して調子の良いことを抜かしてきた。


「わたくしの大切な髪の毛をこんな風にした貴方が言って良い言葉ではありませんわ!!」


「「「そうだそうだ!」」」


「くッ! 商人上がりの子爵の娘の分際で……!」


なるほど、いくら腐っていても貴族出身。この部隊に選抜されるだけあって流石に耳聡(ざと)い。


俺や、このですわ口調の訓練生とその取り巻きだけじゃなく、先程倒れ伏したバカを気絶するまでド突き倒した訓練生についても事前に情報を持っていたに違いない。


(惜しむらくはその情報の使いようを間違えたことだな……)


「クラフトフ中尉! いい加減にこのバカ騒ぎを何とかしてくださいよ! これじゃあ下山どころかあの暗雲と一緒にやってくる『大嵐』を防ぐ手だてが……!!」


辺りで【法撃(ほうげき)】の爆光(ばくこう)が炸裂するなか、俺と同じように【瓦礫壁(シェービン・シチナー)】で周りの土を盛り上げながら身を守るための防壁を必死になって築いている『ジハチェフスキー准尉』が喚き散らしてくる。


間抜けが。『バカ騒ぎを止めろ』? そのバカ騒ぎを始めるきっかけを自分たちで作っておいて、今更ふざけた事を抜かすな。


「何言ってやがる。俺は訓練開始前の訓練兵舎であらかじめ行ったはずだろう。俺たちはハイキング(パホート)に来たわけでもなければ、お祭り騒ぎ(パポーィカ)をしに来たわけでもない、と。あくまで『【連邦軍】が行なう軍事訓練』の一環だ。あのいけ好かないヴォルク中佐が作るとか抜かしていた『新しい即応部隊』に編成される予定だからと言って周りの奴らは完全に履き違えてるんだ。現在進行形でな」


その言葉に苦い顔をしていた准尉がゆっくりと顔を上げて俺を見据える。


「……ですが彼らの暴発の誘因(ゆういん)を招(まね)いたのは、クラフトフ中尉。アナタじゃないですか」


「そのとおりだ」


准尉の言葉に俺は即答する。


「ッ! だったら……!!」


「だが俺一人の力なんてちっぽけなもんだ。【法兵(ほうへい)】の【法撃(ほうげき)】がまるで通じなかった『尻尾付きの怪物(ヤツ)』にとっては特にな。どっちにしろ、もうすぐ嵐が来ればバカ騒ぎどころの話じゃなくなる。こんな場所で体力や【法力】を無駄使いしている奴らは、その事をまるで分かっちゃいない」


何しろ、ここいら一帯は【シンビオフスク連邦】のなかでも『寒冷地』と称される針葉樹が生い茂っている密林(タイガ)のド真ん中だ。


【連邦】の中でも比較的暖かい気候に恵まれた政治と経済の中心地である首都(ユーク)とは違い、体を温める暖房器具があるわけでも風雪をしのげる建物があるわけでもない。


あのバカ二人が『火』と『風』の属性で反撃をしてきたもんだから、周りにいた部隊の連中の荷物の大半がその被害を被(こうむ)った結果、殆んどが使い物にならなくなってしまってる。


俺の側に与(くみ)している連中も似た状況、ここで野営(ラーゲリ)するにしても現段階での装備の防寒対策は無いに等しい。


「……尉、クラフトフ中尉ッ!!」


「ん? なんだ」


「なんだ、じゃないでしょう!? この現状で一番階級が誰よりも上であるアナタは、曲がりなりにも我々の隊長なんです! このままでは体力の消耗、飢えと寒さで部隊が全滅してしまいます!」


「ジハチェフスキー准尉の言うとおりです。我々にはアナタの『指示』が必要なんです!」


いつの間にかバカの片割れをブチのめした女の訓練生も、俺の傍で俺の命令が下るのを待っていた。


いや、この二人だけじゃない。


気が付けば、俺がやって見せたのと同じように自分達の周りに【瓦礫壁(シェービン・シチナー)】で塹壕を作っていた貴族の坊ちゃん嬢ちゃんが、俺の言葉を待っていたのだ。


「……ここにきてようやく、か」


「中尉……?」


神妙な顔で俺の表情を窺う准尉に、俺は顔の前で手を振った。


「ただの独り言だ、気にするな。それよりも、事態は一刻の猶予もない。これから言う俺の言葉を一言一句たりとも聞き逃すな、いいな?」


「「「イェッサー(ダー・スーべェ)ッ!!」」」


「よし、ではまず部隊を三つに分ける。それぞれを第一分隊、第二分隊、第三分隊と呼称する。第一分隊は俺と共にあのバカどもを無力化させる。第二分隊はジハチェフスキー准尉、お前が分隊長だ」


「じ、自分がですか!?」


「なんだ、自信がないのか?」


「い、いいえッ! そんなことはありません!」


「ならお前達には俺たち第一分隊と、第三分隊の援護に当たってもらう。要するに体(てい)のいい器用貧乏な便利屋だ、頼めるか?」


「イ、イェッサー(ダ、ダー・スーべェ)ッ!」


「いい返事だ。残る第三分隊は……」


「クラフトフ中尉! 第三分隊の分隊長は小官にやらせてください! 小官であれば中隊長の命令を必ずや遂行し、見事全(まっと)うしてご覧にいれます!」


俺の傍にいた女の訓練生が、これでもかといわんばかりに俺に進言してくる。


「安心しろ、元からそのつもりだ。第三分隊は使用可能物資の確保だ」


「なッ!? 我々だけ戦闘に参加するなと!?」


クワッと目を見開いた彼女の覇気に、内心ビビりながらも俺は返事を返した。


「最後まで話を聞け。第三分隊は、第一、第二分隊とあのマヌケ連中の攻撃の間隙を縫って、まだ使えそうなテント(パラートゥカ)や飲料水、医療品。暖を取るための枯れ木なんかを出来るだけ掻き集めてきてもらいたいんだ」


「つまり、下山せずにここで野営(ラーゲリ)する、ということですか?」


ジハチェフスキー准尉の質問に俺は頷いた。


「察しが良いな。物資があるとないとじゃ、あの雲が連れてくるであろう嵐の中で生存できる可能性は格段に変わる。極端な事を言えば、第三分隊の活躍次第でここにいる全員の運命は大きく左右される」


「私達の、活躍次第で……」


「はっきり言って極めて危険な任務だ。もしかしたら敵味方が放つ【法撃(ほうげき)】で負傷することになるかもしれん」


「いいえ! その任務、謹んで拝命いたします!」


男勝りな彼女の目には、絶対の自信と己の責務に燃える意志が垣間見えた。


「そうか。では幸運を祈る。あー……」


俺はこの時になって、彼女の名前を思い出そうとしていると、女の訓練生は慌てて自分の認識票を襟元から引っ張り出す。


「し、失礼しました、部隊長殿! 小官は『マリーヤ・レオナヴナ・ボカチョリーワ』上等兵であります!!」


「……ではレオナヴナ上等兵と分隊長として、第三分隊はこちらの合図とともに行動を開始。第二分隊も同様だ。何か異論は?」


「「「ノー、サー(ニェット、スーべェ)ッ!」」」


「よし、それでは行動開始! 各員、生き残るぞ……」


「「「イェッサー(ダー・スーべェ)ッ!!」」」


そうだ。今はとにかくこの尻に殻の付いたヒヨコ共を連れて最寄りの基地へと向かうことを最優先としなくては……。


俺は一抹の不安を拭い去るように訓練生たちを号令をかけたのだった。



◆◇◆◇◆



木から木へと跳び移りつつ火災現場、もといおっちょこちょいな【法術士(ほうじゅつし)】がいるであろう場所に到着した私の眼前では、全く予想外な光景が広がっていた。


なんと同じ服装を身に纏った【普人種(ニンゲン)】の【法術士(ほうじゅつし)】同士が数十人、二つの陣営に別れて辺りの様子などお構いなしに【法撃(ほうげき)】をぶつけ合っているではないか。


最初こそ何かの訓練や演習なのかと思ったが、とある三つ編み姿の女子が、対峙している相手側のイケメン男子の顔面に容赦のないグーパンチを見舞い、さらに彼の上に馬乗りとなって血反吐を吐くまで無言のまま殴り続けるといった惨憺(さんたん)たる光景を目の当たりにしたことから、これが単なる演習などではないことが理解できた。


「え、え? な、何、どういうこと?」


当事者でない以上、なぜこんな騒動が起こっているか私には皆目検討がつかないものの、現状で知り得る一切情報がないというわけでもない。


「両陣営とも同一の衣服に同一の装備。……ということは、彼らは特定の組織に所属する【法術士(ほうじゅつし)】。あぁ、いや……この場合は【法術兵士(ほうじゅつへいし)】だったか? そうなると内輪揉め? それとも脱走者の追撃、とか?」


数ヵ月前まで行動を共にしていた【鉱亜人種(ドヴェルグ)】の女帝ことレアテミス嬢から聞いた話によれば【法術士(ほうじゅつし)】はその特性ごとに呼び名が違うらしく、【法術兵士(ほうじゅつへいし)】というのは戦闘訓練を積んだ術者たちの総称とのこと。


つまるところ、目の前で様々な爆光を咲かせている【法術士(ほうじゅつし)】たちは【法術兵士(ほうじゅつへいし)】と呼んで相違ないだろう。


さて、そんな彼らの動向を巨木に張り付きながら観察していたところ、――発端こそ定かではないが――現在の状況が多少なりとも掴めてきた。


どうやら一方の陣営が『火と風』を使った【法術(ほうじゅつ)】を所構わずブッ放しているせいで、その火の粉が広範囲へと降りそそぎ、さらに乾燥した空気や周辺の可燃物が延焼に拍車をかけている、といった状況のようだ。


攻め手の陣営は人数こそ多いものの、行き当たりばったりの攻撃を乱雑に繰り返しているだけで統率力がまるでない。完全に数に任せた烏合の衆だ。


反対に、もう一方の陣営は少ない人員を三つに分散させ、一つ目の班と二つ目の班が相手の攻勢をとどめ、三つ目の班が遊撃に回りつつ何かを回収する素振りを見せながら、別動隊への攻撃を分散させようとうまく立ち回っている。


おそらく防戦を行なっている側にはきちんと統率が取れる指揮官か、それに準ずる人物がいるのだろう。


しかし、状況は悪化の一途を辿っている。山から吹き下ろす風の影響か、延焼がさらに広範囲へと拡大しつつあるのだ。


「まずいな。彼らはまるで周りが見えていない。このままだと自分たちの攻撃で逃げ道を塞ぐことになるぞ……」


仮に、いくら大雨が降ったとしてもこれほどの広範囲では自然鎮火での延焼は食い止められない。


早急に対処せねばならない。


(だがどうする? 思っていたよりも人数が多い。反撃を喰らう可能性があまりにも大きい……)


私の予想では、術者は一人かせいぜい二、三人だと思っていた。


だが現実はどうだ? その倍どころか桁数が一ケタは違う。


これではこちらが行なうはずであった、『私の姿をわざと見せて威嚇し、かつ【法杖(ほうじょう)】を破壊した上で術者に逃げ出してもらう』という『オペレーション・ブギーマン』は頓挫(とんざ)してしまう。


私が作成内容をどう変更しようか迷っていた時である。



―――ヒュウウゥゥ……



一陣の冷たく強い風が、私の頬を撫でながら通り抜けていった。


(まずい、完全に暗雲に追いつかれた!)


空を見上げると既に空色の部分は失われ、暗く重々しげなダークグレーの曇天へと変わっていたのである。


私の予測が正しければ、数分もしないうちに辺り一帯の天候が激変する。


(もしそうなったら彼らはどうなる?)


見るからに軽装な彼らに、これからやってくるであろうブリザードを防げるとはとてもじゃないが思えない。


私がいま取れるべき選択肢は三つ。



その一:ガンガン行こうぜ。あの乱戦に突っ込み、多少の反撃を受けてでも当初の予定であった作戦《オペレーション・ブギーマン》を遂行する。



その二:命を大事に。こちらの被害を最小限にしつつ、極力彼らに姿を晒さないで消火作業に専念(せんねん)する。



その三:我が身が大事。作戦《オペレーション・ブギーマン》は実行せずこの場から離脱、彼らを見捨てる。



本来であれば彼らと私は無関係。


しかしこれほどの大森林が大規模な火災に見舞われれば、予想を遥かに上回る二次災害を引き起こしかねないのも明白だ。


とはいっても、今さら数十人規模で消火作業を行なって鎮火できるほど火の勢いは弱くない。


「―――前(前世の私)だったら積極的に消火作業に参加するんだけど、な」


独り言(ご)ちりながら自身の手の平に目を落とす。そこにはかつての私とは似ても似つかない、爬虫類にも似た体表と化してしまった手の平が映るだけだった。


私が私(松本)として生きてきた経験上、『人間』という種族の大部分は中身よりも外見を意識する傾向が非常に強い生き物であった。


『向こう側(人間であった時)の世界』では人類の大半が、肌の色や体格、顔つきや言動といった取るに足らない部分へとわざわざ目を向けることで区別し、能力や素質で自己の優位性を確立することで優越感と自尊心を満たし、文化や思想、宗教の違いにいちいち隔たりを設け、時にはそれらを原因にして理不尽かつ不当な差別や偏見へと発展するさせてきた。


もしかしたら、否、かつての私も無意識的ではあるが、『その中の一人』だったに違いない。


『向こう側(人間であった時)の世界』であれだけの差別と区別を徹底していた生命体に酷似している『こちら側の世界』の【普人種(ヒト、またはニンゲン)】と呼ばれる種族が、異形の身となった今の私に対して友好的に協力してくれる、なんてことは天文学的な確率、いわば奇跡といって差し支えなく、『区別対象外 = ワクガイ』となった今の姿ではなおさら苛烈となるだろう。


「第一、最初の顔合わせ(ファーストコンタクト)なんか碌(ろく)な目に合わなかったし……。だからって見殺しにするっていうのも後味が悪いしなぁ。どうしたもんか、な……」


巨木に尻尾を巻き付け、二対の腕で器用に腕組みしながらうんうんと唸る。


こういう事になると、点で考えがうまくまとまらない。


なんというか。


例えるならそう、宙を舞っているような浮遊感というか、視界がゆっくりと横に流れ傾いていくよう、な……?


「ん!? 視界が傾いてる!?」


慌てて辺りを見回すも、時すでに遅し。気づいた時には私の胴回りの二倍はありそうな巨木が倒れ始めていた。


おそらく下方で戦っている【法術兵(ほうじゅつへい)】の誰かが放った高威力の【法術(ほうじゅつ)】が巨木の太い幹を地面に近い部分で破壊したのだろう。


しかも運の悪いことに、巨木の倒れ行く方向には分散した【法術兵(ほうじゅつへい)】たちの一部隊がおり、さらに最悪なことに彼らは自分たちに向けられた【法撃(ほうげき)】に気を取られ、倒木の存在に誰一人気が付いていない。


「……あぁもうッ! なんだって私はいっつもこんな目に遭うんだ!!」


自身の幸運値(ラック)に悪態をつきつつ巻き付かせていた素早く尻尾をほどく。


そうこうしているうちに巨木の傾斜はどんどんと大きくなり、私の頭上には曇天ではなく、ゴツゴツとした如何にも固そうな地面へと変わってゆく。


「ふおおおぉぉぉッ! はいだらあああああぁぁぁぁッ!!」


腹の底から怒声とも奇声とも取れる声が無意識に口から発せられる中、尻尾の先の鋭利な切っ先を持つ外殻、『万物(ばんぶつ)光子変換(こうしへんかん)鞭尾先刀(べんびせんとう)似鋭衝角(じえいしょうかく)』に備わっている能力を発動させながら、倒れ行く巨木の幹に足の鋭い爪を喰い込ませることで強引に重力に逆らい、私は地面側へと走り始めた。

ここまでご高覧いただきありがとうございます。

誤字脱字ならびにご指摘ご感想等があれば、随時受け付けておりますのでよろしくお願いいたします。

2021/07/25…誤字報告より一部修正

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