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046 ― 極秘並行作戦、再開 ―

その日、一介の文官あがり【法術士】にすぎない私の常識は、音を立てて一気に崩れていった。


『進め進め進めぇッ! 帝国の敵は残らず蹴散らしてくれるのじゃあぁぁッ!!』


異様な姿をした甲冑のような兵装に身を包んだレアテミス陛下のお声と共に、かつて破壊不可能といわれて兵舎の隅で(ほこり)を被っていたはずの超硬金属で作られたとされる模擬戦用の標的が、文字通り頭上から両断され、爆砕する音が辺りに鳴り響く。


あの武器は一体なんだ?


武官たちが使う戦斧(せんぷ)のようだが大きさも形状もまるで桁が違うし、そもそも斧刃(ふじん)や刃先の部分が、炉から取り出したばかりの金属のように赤々とした色をしている。


「……ふむ。『溶断破砕戦斧(ヒーテッド・アックス)』での近接格闘性能は良好、と。とはいえ【排斥する者(スプリガン)】側の出力が突出している感が否めない、か。あれじゃあ武器の方が早々に壊れるかもしれない……」


私達が唖然としている最中、手元の羊皮紙になにかを書き込んでいる人物がポツリと呟いた。


その人物こそ我々の常識を打ち砕いた張本人、リーパー殿その人である。


当初、先のドヴォクザーク先帝陛下の【退位の儀】と、レアテミス新帝陛下の【即位の儀】が同時に行なわれた際にしかその姿を見ることがなかったこの人物のことを、誰もが(いぶか)しんでいた。


こう言ってはなんだが、素性の分からない相手の言うことを何から何まで信じるほど、我々、帝国国民の中でも抜きん出ている謳われている仕官の目は曇っていないという自負があった。


しかし現実はどうだ?


本来、【法術士(ほうじゅつし)】が【石鳴(いしな)り】といって忌避(きひ)する【法振石(ほうしんせき)】を使った遠方への伝達手段。


現存している防壁の独創的な改良案と、モンスターの素材と【法石】と稀少金属を使った未知の武装機構。


さらにそれらの詳細な図面を空中へと立体的に浮かび上がらせた謎の技術。


そしてそのどれもがアースフェイルに生まれた者にはなし得ないような力の産物であるということに、ただただ驚きを隠せないでいた。


「レアテミス嬢! 今度は中距離攻撃および遠距離砲撃の演習に移行する! 機体基部をアンカーで固定後、武装を変更し指定しておいた別の標的を任意に攻撃! どうぞ!」


『こちらレアテミス、了解なのじゃ!』



――ガキィンッ!



――ガキィンッ!



固い岩盤でできた地面に金属の杭を打つ音でハッと我に帰った我々の目に、十数メール(メートル)先に【醜鼻鬼族(トロール)】の腕ほどの太さがあろうかという木製の杭が映った。


次の瞬間。



――ズドンッ! ズドンッ!



――ズドドドドドドンッ!!



先ほどの戦斧を持っていた腕がクルリと背中側に移動したかと思うと、両脇の下から別の腕らしきものが一対現れ、そこから【法術】で作られたらしき礫弾が勢いよく飛び出したではないか。


「あ、あれは【礫錘弾(ギムレット・ショット)】か……!?」


ここにきて、自分たちの領分である【法術】を目の当たりにしたことで、ようやく私は絞り出すように声を出すことができた。


「流石は陛下お墨付きの【鉱亜人種(ドヴェルグ)】の【法術士】殿。お察しのとおり、あれは土属性の【法杖】そのものを()()()()()()()()()()()()()()()


「【法杖】を腕の代わりに……!?」


「そうだ。そうすることで今まであなた方(【法術士】)が行なってきた、杖を掴み、引き抜き、構え、対象へと杖の先を向け、詠唱を行なうことで術を発現させる……といった一連の動作を大幅に短縮することができた」


何でもないかのような口調で説明を始めた彼の言葉に、私を含め、背後にいた仲間の【法術士】たちが一気にどよめいた。


【法術】の撃ち合いにおいて、いかに相手より速くリーパー殿が述べたような初動が取れるかどうかで、戦局は大きく変わるとさえいわれているからだ。


「私とレアテミス嬢はアレを便宜上【法杖腕(ウォンド・アーム)】と呼んでおり、【法術】の最長射程距離はおよそ三百メール(メートル)。あなた方【法術士】の技量や、対象(ターゲット)を一撃必中で仕留めることを考慮した場合、有効射程距離は約六分の一(五十メートル)位になる」


「そ、それでもそんなに遠くまで届くのか……」


「とはいえ、今回我々が相手にしなければならないのは陛下が破壊の限りを尽くしている『動かない(まと)』ではない」


彼の言葉を耳にしていながらも、この常識外の光景に理解が追い付いていない私たちの目には、陛下の【法術】の犠牲となって四散した的の無残な姿が映っていた。


本来であれば、あれほどの巨木を演習目標とするなら、【法術士】並びに彼らの技量に見合うだけの戦士が集団陣形(パーティー)を組んで複数で対処する必要がある。


にもかかわらず、結果はご覧の通り。


まさに開いた口が塞がらないといった状況だ。


「本番はもっと高い練度が必要となる……っとそろそろ時間だ」


「? 時間とは?」


私の言葉に羊皮紙へ何かを書き足していたリーパー殿が顔を上げる。


「この演習の大トリだ、……レアテミス嬢! そろそろ予定時間に近付いている! 最後の攻撃目標の撃破へ移行してくれ!」


『何じゃ、これからがイイところじゃったのに……。こちらレアテミス、了解じゃ!』


若干遠くにおられたレアテミス陛下のお声が木霊して聞こえてきたと私が思った矢先、不意にリーパー殿が、どこから取り出したのか何やら大きな頭陀袋(ずたぶくろ)をいくつか担ぎだしたのが目に留まった。


「リーパー殿、ソレは一体?」


「うん? あぁ、これは昨日、宮中の料理長に頼み込んで譲ってもらった肉の塊だ」


「すると昼休憩を挟む、ということですか?」


この時の私は、この常識外な出来事の連続に思考が追い付かないということもあって、無意識的に休憩があると思い込んでいた。


「はははっ。本来なら私もそうしたいところだが、残念ながらこれはさっき私が言った『演習の最終攻撃目標』だ」


リーパー殿は苦笑いをしながら口を開きつつ、頭陀袋(ずたぶくろ)を三つ担いだまま、彼自身を軸にして独楽(こま)のような回りだした。


「ぬううぅぅぅんッ!! せりゃああぁぁッ!!」


その掛け声と共にリーパー殿が手を放すと頭陀袋(ずたぶくろ)は空中で弧を描く。


そしてそれぞれが別々の方向へと飛び出し、ドサリという音を立てて地面へと落下した。


「よし。こちらリーパー! 最終攻撃目標の設置が完了した! レアテミス嬢は機体を『遠距離投射形態』に移行させたのち、目標との相対距離の把握に努め、こちらの砲撃許可がおりるまでその場で待機! どうぞ!」


『了解じゃ! これより遠距離投射形態に移行する!』


レアテミス陛下とリーパー殿が会話をし終えると、陛下が身に纏っていた武装が変化をはじめた。


先ほど閉まった戦斧とは反対の背中から、二つ折りになった筒のようなモノがせり出してきたのだ。


そしてその筒は何かに引っ張られるようにググッと起き上がり、一つの長い筒へと姿を変えた。


「あれはなんだ?」


「もしや火砲では?」


「しかし砲弾になる鉄球を積んでいるようには見えなかったが……」


さまざまな憶測が飛び交うなか、こめかみに手を当てていたリーパー殿が再び口を開く。


「リーパーからレアテミス機へ! これより遠距離投射形態による『()()()』の最終演習に入る! 使用できる弾頭は『特殊塗料内蔵弾』が六発、『例の弾』が五発の計十一発! 使い方は覚えているな!?」


『もちろんじゃ! 最初に色の付いた弾で相対距離を見極めて、そのあと()()で滅却すればよいのであろう?』


「よし、そこまで理解できているなら問題ない! 塗料弾、投射開始!」


『了解じゃ!』



――パシュッ! パシュッ! パシュッ! パシュッ! パシュッ! パシュッ!



リーパー殿とレアテミス陛下の会話から、先ほど以上に何かとんでもないことが起こると思っていた我々の耳に、なんとも間の抜けた音が聞こえてくる。


しかも発射された弾本体が何やらブヨブヨとしており、目標に設定された肉塊に届くどころか手前に落下して弾けたり、逆に遠くに飛びすぎたりしたせいもあって、なんとなく肩透かしを食らったかのように思えた。


「こちらリーパー、修正射確認! 各攻撃目標の平均誤差半径は予行演習とほぼ同程度と判断! 続いて効力射撃に移行せよ!」


『ヌフフフッ! 皆の者、とくと見るがいい! これが対【死肉喰鼠(モルグラット)】戦で真価を発揮する代物よ!!』



――パシュッ! パシュッ!



――パシュッ! パシュッ!



再び聞こえてきた覇気が感じられない音とともに、今度は妙な色の液体が入ったガラス容器のようなものが撃ちだされる。


しかし今度は目標にほぼ確実に目標に設定された肉塊の入った三つの頭陀袋(ずたぶくろ)に命中し、ガラスの容器が衝撃で砕けたせいか、中に入っていた謎の液体が袋に降りかかる。


だが次の瞬間、私たちは驚くべき光景を目の当たりにすることになった。


「な、何だあれは!?」


「袋が、袋が溶けてゆくぞ!?」


謎の液体が降りかかった袋は、煙のようなものを上げながら跡形もなく溶解してしまったではないか。


さらに辺りには何やら異臭が漂い始め、私は思わず手巾(ハンカチ)を取り出し口元を押さえる。


「リ、リーパー殿。これは一体……!?」


「これこそ、対【死肉喰鼠(モルグラット)】戦における【鐵角同盟(てっかくどうめい)軍】の切り札。その名も『有機物(ゆうきぶつ)滅却処理(めっきゃくしょり)(だん)』」


「それは……威力と名前から察するに、生き物に対して有効な力を持っている武器と判断しても?」


服の袖で自身の顔を覆っている武官出身の【法術士】がリーパー殿に対して質問を投げかける。


「その通り。この道具は【角鬼亜人族(オーガ)】の砦のある階層を流れている特殊な川の液体を採取し、濃縮したのちガラス容器に封入。着弾と同時に容器が砕け、中に封入された溶解性の非常に高い液体が【死肉喰鼠(モルグラット)】に付着することで、その部分から体組織のほぼ全てを溶解・腐食させる。さらに副次効果として、彼らの身体の表面を住みかとしているあらゆる雑菌も死滅させられることができると、アレを試験的に投てき武器として使ってもらっているウォラたちから報告が上がってきている」


「「「おおぉ……!!」」」


既にこの武器の有用性が証明されているということに我々は驚嘆の言葉を上げる。


「とはいえこの道具も他の武具と同様に欠点が存在するのも事実だ」


「リーパー殿、それはもしや先ほどの遠距離兵装のことを言っておられるのか?」


私が手巾で口元を押さえながら質問する。


「そうだ。先の演習を見て分かってもらえたかと思うが、アレに使われている液体は文字どおり、()()()()()()()()()()()()()()()()。使用者はその使い方次第で戦神にも悪鬼にも成り得る、まさに禁断の道具といえるだろう」


―――禁断の道具。


私はその言葉を聞いた自らの背に怖気が走ったの感じた。


(た、たしかに……。もしアレが味方陣営で暴発などすれば、否、それ以上に非道に手を染める者の手に渡ったりなどすれば、我々【鉱亜人種(ドヴェルグ)】の信用失墜は確実……!!)


私と同様の考えに至ったのであろう他の何人かの【法術士】たちも神妙な面持ちをしていた。


「だが、だからこそ私はこの道具を敢えて、私を信頼してくれたあなた方の良心を信じて渡すことにした。あなた方ならこの道具を決して悪いようには使わないだろう」


「……ッ!」


彼のその一言に私は脱帽した。


彼は、リーパー殿はレアテミス陛下と交流し、我ら(帝国)の置かれた状況を(おもんぱか)った上で我ら【鉱亜人種(ドヴェルグ)】を信頼してくれているのだと理解したからである。


『何じゃ、もう説明は終わってしもうたのか?』


突如、ガラガラという何枚もの金属の板が地面を踏みしめる音が聞こえてきたかと思うと、そこには先ほどの武装を収納しながら戻って来られたレアテミス陛下のお姿があった。


「まだ道具の性能と危険性の話をしたにすぎない」


『なるほどのぅ。では演習も終わった事じゃし、(わらわ)からも一言付け加えねばなるまい』


陛下はリーパー殿とそのような会話をしながら、『排斥する者(スプリガン)』なるモノから、お乗りになるのと逆の順序で我々の前に降りて来られた。


「皆のもの。見てのとおり、こヤツ(スプリガン)は既存の技術を圧倒的に凌駕する代物じゃ。使い方を誤れば、(わらわ)たち【鉱亜人種(ドヴェルグ)】の名は最悪の形で後世に残り受け継がれてゆくじゃろう」


その通りだ。そのような事になれば、我々の代まで多くの誉れを残していった祖霊の顔に汚泥を塗るのと同義。


陛下のお言葉を一言一句聞き逃さないよう、我々は今まで以上に真剣な眼差しで聞き入っていた。


「それゆえに先ほどの武装はもちろん、この『排斥する者(スプリガン)』そのモノの製造や運用はすべて最重要国家機密とする。こ奴の搭乗者は莫大な財をなすこともなければ、生涯の栄達が不動になるわけでもない。ただあるのは仲間同士の絆と、生還の暁には輝かしい誉れと礼賛を得るのみである」


陛下のお言葉に私は全身が打ち震えた。


我ら【鉱亜人種(ドヴェルグ)】にとって名誉と賞賛こそが最も価値あるものだからである。


「皇帝陛下ッ!」


気付けば私はその言葉を発したと同時に平身低頭、陛下の足元に這いつくばっていた。


「恐れながら我ら帝国臣民の一人一人の心は、陛下と同じ理想と志を持っていると確信しております! それゆえに何卒! 何卒この道具の使い方をご教授願いますよう、伏してお願い申し上げます!」


「わ、わたくしも同じにございます!」


「ぜひ小官もその末席に加えていただきたく存じます!」


私の行動に端を発した他の【法術士】たちも、一斉に拱手(きょうしゅ)の礼と共に跪くのであった。



◆◇◆◇◆



「……年甲斐もなく恥ずかしい姿を見せてしまい申し訳ない、リーパー殿」


さきほど地面にスライディング土下座を敢行した【法術士】が私に向かって頭を下げてくる。


「ね、熱意を抱くことは恥ずべきことではない。むしろ誇るべきだ」


(正直言うと、ちょっとさっきの行動には驚かされたけど、な……)


私は本心を隠しつつ、努めて優しい口調で彼に語りかけた。


「そう言っていただけるとありがたい。して、最後の課題というのを聞かせていただけるだろうか?」


【法振石】や『排斥する者(スプリガン)』に対して興奮が冷めやらぬ【鉱亜人種(ドヴェルグ)】達からも同様の視線を感じたため、私はプレゼンを再開することにした。


「最後の課題。それは道具の量産体制だ。コイツ(スプリガン)を増産するにせよ、優れた技術者がいなければ始まらないだろう」


だが先ほどの興奮とは打って変わって、私の言葉に対する彼らの反応は芳しくなかった。


「……リーパー殿。残念ながら現状の帝国でそれを打開するのは極めて難しいと思われます」


先ほどスライディング土下座をかました【法術士】の隣にいた武官らしき人物が立ち上がりながら口を開いた。


「というと?」


「兵士たちの強力な武器の製錬や、採掘用の優れた道具を生産できる工匠はもうほとんど我らの国には残っておらぬからです。現状、国内にいるのは(つち)(ろく)に振るえなくなった老人か、師の技術を見ることも盗むこともできず燻っている未熟な若者のみ……」


「……その件に関してはレアテミス嬢から詳しく耳にしている。なんでも、()()の名目で【シンビオフスク連邦】という国から戻ってこないとか」


ぶっちゃけて言えば、種族的優位性と武力にものをいわせた拉致兼反乱を抑えるための人質ってところだろう。


以前から他の【鉱亜人種(ドヴェルグ)】たちからも話には聞いていたが、良い印象の話題はひとつも出てこなかった。


「仰るとおりです」


彼の言葉に皆沈痛な面持ちとなる。


「つまり、その工匠たちが戻ってさえ来れば増産体制は整う、そう判断してよろしいか?」


「おそらく確実でしょう。しかし……」


「了解した。では増産体制の課題については現在行なっている作戦が完了次第、再開するとしよう」


「……は?」


俯いていた先ほどの武官がポカンとした顔をこちらに向ける。


「皆には言うておらなんだな。現在、リーパーには極秘の作戦を任させておる。これが成功した暁には忌ま忌ましい連邦の愚か者どもに一泡吹かせてやれることじゃろう!」


「「「おぉ……」」」


レアテミス嬢の言葉に他の【鉱亜人種(ドヴェルグ)】達は感嘆の息を漏らす。


とはいえ彼女から依頼されたミッションはそう容易くはない。むしろ難易度はエクストラを通り越してのヘルモード。


武器も装備も現地調達しつつ、自身の存在を気取られてはならない眼帯をつけた伝説の傭兵になった気分だ。


「ではレアテミス嬢。私はミッションを再開する。そちら(『スプリガン』)の詳細な説明は頼んだ」


「うむ! 存分に任せるがよい!」


私たちは――私のほうは彼女の背丈に合わせてかがみはしたが――お互いに出した拳をコツンとかち合わせた。

久しぶりの長文となってしまいましたが、ここまでご高覧いただきありがとうございます。

誤字脱字ならびにご指摘ご感想等があれば、随時受け付けておりますのでよろしくお願いいたします。

2020/10/14:誤字修正

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