044 ― 拠点防衛手段、構築 ―
ドリュアタイ地下帝国前皇帝、ヘルムート・ドヴォクザーク・ド・ヴェルグの葬儀は、国葬ながらもしめやかに粛々と行なわれた。
本来であれば国外にこの訃報を広めるとともに、各国の弔問団を受け入れるなどの政があったはずである。
しかしながら、ほかならぬ新生皇帝となったレアテミス嬢が、今は死者の弔いよりも生者の生存戦略を構築する方が急務であると判断した。
そのため、先帝の崩御には厳しいまでの箝口令が敷かれたのである。
こういった場合、旧体制の派閥との権力闘争が生まれそうなものだが、ドヴォクザーク先帝の代ですでに国内の基盤は盤石なものとなっていたようだ。
さて、そんななかでウォラたちと共に結成した【多種族混成使節団】はというと、先の宣言通り帝国のある地下階層よりも下へと伸びる階層で【死肉喰鼠】の対処に尽力していた。
当初、私は彼らが【鉱亜人種】たちに受け入れられるか懸念していたが、彼らの心からの謝罪とそれに見合うだけのひたむきな姿勢が【鉱亜人種】たちの心に届いたらしくむしろ好評価を得ているという。
また、その一連の行動が功を奏し、ウォラの砦には定期的に食料を積んだ荷車が往還するようになり、反対に砦からはそれまで鬼族からは重要視されていなかった【法石】でできた巨大な石柱や希少な鉱物資源などが提供されることとなった。
これでウォラが頭を悩ませていた食糧問題は、一時的にではあるが解消されたといってよいだろう。
そして、肝心の【死肉喰鼠】の侵入規模については、現状、こちらの予想の範疇内にあるものの、その個体数は日に日に増加傾向にあるという報告が上がってきている。
早急に害獣駆除へ全力を注げるようにならなくては【鉱亜人種】にとっても鬼族にとっても大きな痛手となるのは明らかであった。
◆◇◆◇◆◇
ところ変わって、ここは帝国が保有するとある地下階層。
「さて、皆に集まってもらったのはほかでもない」
相変わらず凛と澄んだ声で話し出したのは帝国の新しき女帝こと、ゾフィー・レアテミス・ド・ヴェルグ。
そして、彼女の言葉に耳を傾けているのはドリュアタイ地下帝国で活躍している【法術士】、その中でも土属性に特化した者たちであるとの事。
「知っての通り、現在地下帝国は未曽有の危機に直面しておる。それはひとえに人材の不足からくるものじゃ。だからといって衰退をただ待つだけなど愚の骨頂。ゆえにお主たちに協力をしてもらいたい」
「それは私共といたしましても願ったりかなったりにございます。ぜひとも我々の力を存分におふるいになってください」
彼女の言葉に深々と頭を下げながら【法術士】の代表者らしき人物が言葉を返す。
「うむ。ではまず最初にここにおるリーパーに【法術】がどのようなものか、実際に見せてやってほしいのじゃ」
レアテミス嬢の横に立っていた私は、話を振られたのに合わせて一歩踏み出す。
「今日は忙しいなか集まってくださったこと、感謝する。陛下の仰っていた通り、あなた方にはこれからいくつか【法術】を見せていただきたい」
「? それは構いませんが、見せるだけというのは、いったい……?」
私とレアテミス嬢の言葉にみな首をかしげている。
「まぁ物は試しと思って、ドーンといくつか見せてやってくれ」
皆一様に合点がいかない顔をしてはいたものの、レアテミス嬢の命に従い様々な土属性の【法術】を披露してくれた。
壁を構築するものや大小様々な瓦礫を生み出し飛ばすもの、地面に深い落とし穴を形成するものや泥のように地面を液状化するものなど、実に多岐にわたった。
そのどれもが一定の長さの呪文のようなものを唱えることでたちまち眼前で起こりうる様は圧巻の一言に尽きた。
またその中には、この星で最初に私と闘った人間らしき生命体が使ってきた術も見受けられたのだった。
【法術】というのは、どうやら土壌や物体の構成に作用して、術者のイメージした形への固形化や密度の強弱までかなり正確におこなえるようだ。
これならかなりのバリエーションが期待できる。
「それでリーパーよ。ここまでの事を踏まえた上で、お主の考えをここにいる皆に聞かせよ」
「了解した」
ひとしきり【法術士】たちが【法術】を披露してくれたのを確認したレアテミス嬢の言葉を皮切りに、この日のために用意してきた私のプレゼンが幕を開けるのだった。
(あ~、緊張で痛くないはずの胃が悲鳴を上げている。『向こう側の世界』以来だもんなぁ……)
とはいえ種の存続が掛かっている戦いに臨もうとしている彼らは私以上に緊張と焦りを感じているはずだ。間違っても私の緊張などおくびにも出すわけにはいかない。
私は腹に力を入れて口を開いた。
「まずここまでの話を聞いた上で私が考えた対策は全部で五つ。一つ目はあなた方には最終防衛線である首都一帯に敷設された防壁の改良を行なってもらう。この壁を、先程の【法術】を使ってこんな形にしてほしい」
私は近くにあった石を手に取ると地面に防壁の改良案を作図してゆく。土木関係の作図はしたことがないため、私が描いた図面はお粗末なものだ。
だが今は図面よりも説明に必要な資料の作成が一番の目的。多少のお粗末さには目をつぶってもらおう。
私は地面に作図した図面をスキャニングした後、【鉱亜人種】全員に見えるよう、壁面に光学情報化したものを三次元投影する。
「こ、これは【法術】の類か!?」
「……すまないがこれに関しては極秘事項だ。他言無用に頼む」
本当なら友好関係を結んだ相手に隠し事はしたくない。
しかし、この星の技術体系や文明レベルでの再現が不可能なものをおいそれと教えるわけにはいかない。
ようやく三輪車に乗り始めた子供に、最新鋭の宇宙戦艦を貸し与えるようなものだ。
それ抜きにしても、今は戦時。必要以上の情報は現場の混乱を招くことになる。
ゆえに隠し事の常套句を使うことで無理やりにでも納得してもらうほかあるまい。
「聞いたな、お主ら? 妾の友たっての希望じゃ、邪険にすることは妾が許さぬ。皆しかと心せよ」
レアテミス嬢も私の意を汲みとってくれたのか、凛とした声で配下の者たちに主命を下す。
「「「ぎょ、御意!!」」」
さて、私が投影した図面の壁は、横から見ると外側が平仮名の『つ』のような形をしているのが特徴だ。
着想としては『向こう側の世界』における『弥生時代』、その当時の知識を活かしたいわゆる『高床式建築に設置されたネズミ返し』、その防壁バージョンというところか……。
高床式タイプは垂直な柱に直角な板を取り付けることで鼠害から収穫物を守っていたらしいが、今回私はその機構に更に改良を加えた。
法術によって壁面を陶器のように滑らかに仕上げ、かつ垂直ではなく適度な反り返りを付けることで、多少の傾斜やデコボコでもよじ登ることができるという【死肉喰鼠】の走破能力を阻害させようというのだ。
「おおッ! これなら今ある防壁を取り壊す必要も、あらたに新設する必要もないし、さほど手間もかかりませんぞ!」
「うむ。それに土属性の【法術】ならば、我ら【鉱亜人種】の方が格段に優れておる」
どうやら一つ目の課題は問題なくクリアできそうであるため、次の課題の説明に移ることにした。
「二つ目は敵勢力の分散と進行能力の阻害だ。最終防衛線であるこの防壁に到達する【死肉喰鼠】の数は、侵攻経路上で可能な限り減らさなくてはならない」
「もっともな話じゃな。彼奴らがいくら来ようと、そもそもその数を減らせなくては意味がない」
「そこで各拠点へと辿り着く【死肉喰鼠】の数を可能な限り減らすための柵を新設したい」
「陛下、発言のご許可を……」
不意に、私とレアテミス嬢の会話に武官の一人が遠慮がちに手を上げながら意見してくる。
「許す。申してみよ」
レアテミス嬢の許しを得た武官が立ち上がって私を見やる。
「柵の新設は防壁ほど難しくはないため可能かと思われますが、構築に必要な資材には限りがあります。それに各拠点はもう十分すぎる程の柵で固めており、これ以上柵を増設する必要はないと思われるのですが……」
「確かにそれはもっともな意見だ。要所を守るための柵はこれ以上必要ない」
武官の意見に対し、私がうなずき返した。
「ではいったい……?」
「私が言っているのは『相手の移動速度を阻害するための柵』だ。こちらも【鉱亜人種】の持つ【法術】を使い、こういった柵を拵えて欲しい」
私は地面に先程と同様に概略図を描いてゆく。
直線的で構成された幅広な通路に、互い違いになるような柵を造る事で相手の移動を遅滞させる作戦だ。
さらにその柵に有刺鉄線のようなトゲを付与する事で、柵そのものに攻撃性能を持たせ、かつ相手が正面から向かって来させなくさせ被弾面積の大きい側面への攻撃が可能にもなる。
「な、なるほど……。たしかにそれなら有限な資材を消費する必要はありませんね。ありがとうございます」
武官は納得した顔で腰を下ろしてくれた。
「そして三つ目。【鉱亜人種】の各拠点、さらにその拠点を繋ぐ経路にいくつかの仕掛けを施す。そうすることで、仮に拠点の防衛が困難となり、拠点を放棄して撤退することになったとしても、その場所が彼らの新たな繁殖場所になるのを防ぐ事が出来る」
私が考えたのは、拠点を放棄することになった場合、『小規模拠点のある地下空間の上部と下部を意図的に崩落させ、敵もろとも排除する』というものだ。
各拠点間の移動は困難になるかもしれないが、人的被害と天秤にかけるならどちらが重要かを考慮してくれたようで、その事にも【鉱亜人種】達は理解を示してくれた。
さて、残るは四つ目の課題と今回のプレゼン最大の要のみである。
ここまでご高覧いただきありがとうございます。
誤字脱字ならびにご指摘ご感想等があれば、随時受け付けておりますのでよろしくお願いいたします。
2020/08/17…誤字修正




