004 ― 連邦軍兵士、黄昏(たそがれ)に果(は)つ ―
怪物が咆哮したと同時に、私は自身の得意とする土属性の【法撃】を繰り出すべく、杖をやや下方に向けて振り抜く。
固い地面と周りの瓦礫が私の【法力】に反応して錐状へと瞬時に変化。
みるみるうちに、私の周りの地面はイガグリのような棘が出来上がる。
【礫錐弾】と呼ばれるソレは、【石礫弾】の上位互換【法術】である。
【石礫弾】のように岩石の大きさがマチマチ、かつ対象にぶつかった際に砕けて他の場所に加害を及ぼすソレとは違い、ある程度大きさ・質量を伴ったものだ。
密集度合や硬度も段違いであり、その名の通り、【石礫弾】よりややほっそりとしていながらも鋭く尖った四角錐の形をしている。
元々、土属性の【法兵】である私にとって、二つの【法術】を使いこなすことなど造作もないことだ。
ただ相手の能力があまりに未知数であったため、より攻撃力のある方を選択したにすぎなかった。
私は作り出したソレを、怪物めがけて撃ち出す。
無論、馬上槍のような形状のソレを一本ではなく複数、ほんの少しの時間差をつけて。
さらに撃ち出す際、本物の錐のように回転を掛けることで、空中での直進性を高め、狙った箇所へ命中精度をより高める。
(狙うは怪物の下半身、あの馬鹿げた機動力を削ぐ!)
この時の私は、なぜか初めに受けた『あの反撃』をされるだろうとは微塵も感じなかった。
そして怪物は私の予想通り、瓦礫で出来た角錐の槍を撃ち返してこなかった。
その代わり、自分に向かって来る【法術弾】(【法弾】)を、持っていた槍を振り抜くことで初弾を薙ぎ払い、ガラ空きになった胴体に迫る次弾を、左腕と膝を『竜の顎』のようにして上下から力を加えることで粉砕。
さらにその後に続く【波状法撃】すらも、躱し、往なし、打ち壊してみせた。
それも、今まで使っていた『あの尻尾』を一切使わずにだ。
―――まったくもって、一体コイツはなんなのだろうか。
突然戦場に現れたと思ったら、こちらの【法術兵】を悉く屠り壊滅させた。
そうかと思えばまるで理性があるかの如く、こちらの意図を汲むかのように決闘に応じる。
挙げ句、回避せざるを得ないようなこちらの【法撃】を、そのデタラメな攻撃力で迎え撃つ。
これを、『化け物』と謂わずしてなんだというのか……。
刹那、怪物の体が大きく沈みこんだ。
一瞬大きな落とし穴にでも落ちたのかと錯覚した。
(違うッ! この野郎、跳ぶ気かッ!!)
私の予感は的中した。
奇妙な唸り声をあげながら、怪物はその大柄な体躯に似合わず軽やかに跳躍してみせたのだ。
さらに空中で身体を捻って一回転を加えた後、手にした槍を両手でしっかと握り『突きの構え』のまま自由落下を始める。
数年に一度開催される世界的なスポーツの祭典である『オリンピック』に出場したら、あらゆる陸上競技において……否、全ての競技において常勝無敗だったことだろう。
そんな場違いな考えが頭をよぎるが、逆に私はそれを好機とみていた。
「ッ!! 喰らえええぇぇぇッ!!」
いくらヤツが驚異的な身体能力を保持しているとはいえ、鳥のように羽ばたけるわけもない生き物が空中において回避機動をとるなど不可能。
呪うなら翼のないくせに高々と跳躍した自分の浅慮さを呪うがいい。
私は惜しげもなく地上からの【法撃】を打ち上げる。
ここは競技会場でもなければ、相手はスポーツ選手でもない。
極端な話、我が偉大なる祖国である【シンビオフスク連邦】が制定している『連邦憲法』はもちろん、果てはこの【アースフェイル】における『戦時国際法』ですら、どの条文も『この怪物に関して』は当てはまることはないだろう。
つまり今のコイツは『法律の外』にいる存在であると同時に、『法律の庇護下にない存在』といえよう。
よって、どんな非人道的な攻撃や殺傷性の高い兵器をこの化け物に使用したとしても罪に問われることはない。
それゆえに、今の私はどんな残虐な行動をもとれるのである。
私は先程生成した【礫錐弾】に時間差で爆裂するような仕掛けを施したモノをいくつも作り出すと、怪物目掛けて何度も打ち上げてやった。
しかし敵もさることながら、初弾の爆発に巻き込まれはしたものの、次弾以降はその軌道を叩いて逸らし始めたのだ。
『グオオォォォッ!』
「チィッ!」
私は残りの【礫錐弾】にするための角錐の生えた地面をそのままにしてその場を飛び退く。
地面をそのままにしたのは、サボテンのようにトゲだらけとなった地面で串刺しになれば儲けものと考えたためだ。
だが、実際は違っていた。
『グガガア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛! グフルォゲソグルルォォ゛ォ゛オ゛オ゛ォ゛!!』
なんと怪物は着地の瞬間、突き出た角錐と角錐の間に槍を突き立てることで難なくそれを回避し、私とは反対側の地面に着地したのだ。
そして槍を両手でしっかりと握ると、身体をゆっくりと捻じり大きく背中側に持っていく。
私は背筋に言い知れぬ寒気を覚え、本能的に横っ飛びをする形で回避をしていた。
次の瞬間、怪物は槍をフルスイングさせて目の前に突き出たトゲの林をバラバラに砕き、私目掛けて吹き飛ばしてきた。
私が先ほどいた場所には大小様々に砕けた文字通りの瓦礫が高速で飛来し、土煙を上げる。
咄嗟に避けていなければ瓦礫の散弾を食らい、細切れになっていただろう。
つうっと、顔の輪郭をなぞるように汗が流れる。
「化け物め。少しでも傷付けば可愛げがあ、もの……を?」
――ぐらり。
自分の視界がフッと暗くなり、膝をついてしまった。
(しまっ……ッ!)
立ち上がろうにも、自分の身体ではないかのようにまったく立ち上がれない。
(クソッ! 言うことをきけッ!)
今ここで私が倒れたら、この怪物を解き放ってしまうことになる。
そうなれば連邦にとって。
いや、『人類』という種の存続すら危ぶまれるかもしれないのだ。
(神よ! 彼の者に我が身の力叶わずともッ! 願わくばヤツを、あの『悪魔』を打ち破らん『勝機』を与え給えッ!)
だが、どれ程乞い願ったとしても、今の私にこれ以上何ができるというのか。
既に息は絶え絶え、肉体はとっくの昔に限界を迎えている。
足腰に力は入らずガクガクと震えが走り、筋肉という筋肉が悲鳴をあげている。
もはや、自力で立ち上がることすらままならない。
そもそも、奴から受けた『最初の反撃』があまりにも大きい。
アレで利き手はおろか、利き腕そのものを欠損し、血を流し過ぎたのは大きな痛手であった。
それに何よりも重要な、【法術】を撃ち出す為の【法力】に至っては、大技をあと一発撃てるかどうか。
燃費の良いいくつかの小技に分散させ、仮に当てたとしてもその効果は望み薄だろう。
第一、怪物に当てなければ、それら全てはただの徒労に終わってしまう。
焦りと歯痒さばかりが私の心を満たしてゆく。
―――その時だ。
私の前に大きな影法師があることに気づいたのは……。
呼吸すら忘れ、私がゆっくりと顔をあげると、怪物が私を見下ろしていた。
『グルルルゥ……』
怪物はその暴虐的ともいえる拳で私を殴りつける訳でも、手にした槍を突き立てるわけでも、ましてや尻尾でバラバラに『解体』するでもなく。
まるで大地にどっしりと根を下ろした巨木のように、ただ悠然と、私の前に立って私を見下ろしていた。
「……ふふ」
自然と、私の口から笑みがこぼれていた。
『…………?』
その様子を訝しんだのか、怪物が少しだけ首を横に傾けた。
「ふふふはははっ! はっはっはっはっはっ!!」
その様子に可笑しさがこみ上げ、私は声をあげて笑っていた。
誰はばかることなく大声で。
「我が願いッ! ここに成就せりッ!!」
おお、神よ! 天上に御座します我らが母よ!
よもやこんなにも早く我が悲願を叶えて下さるとは!
貴方様はなんと慈悲深いのか! その寛大な御心に、感謝致します!
「名も知らぬ怪物よ! 如何にお前が暴虐の輩であろうと! この勝負、勝ちまでは譲らんッ!!!」
私は自身の内包する【法力】をすべて【法杖】に注ぎ込むと、最大火力の一撃を石突きに集め大地へと突き立てる。
「連邦に、勝利をッ!! 我が祖国よ、永遠なれッ!!」
過度に【法力】を注ぎ込まれた杖は暴走状態となり、地面を伝播して周りに突き立てられ置いていかれた仲間たちの【法杖】に作用して共鳴反応を始める。
「【激震】ッ!!!」
轟音と共に地面が揺れ、私の杖を中心に放射状に亀裂が入る。
亀裂は周囲に突き立てられた【法杖】へと伸び、今度はその【法杖】から別の【法杖】へと亀裂が次々に伝播していく。
『グルノォ、グルノォグルネェ!?』
この状況にさしもの怪物も驚いたのか、反射的に地面に槍と突き立て、よろめきながら辺りを見回している。
「フッ……。怪物のお前さんには『地下坑道』なんて言葉、理解できんだろう」
かつて、この『平原』の地下には連邦所有の地下鉱山があり、私の叔父が鉱夫として働いていた。
幼い頃の私はよく見学と称して叔父の働く場所へ足を運んだ。
そしてその都度、叔父からガス溜まりや落盤の可能性もあるから来てはいけないと、口を酸っぱくして言い聞かされた。
それでも子供に恵まれなかった叔父が、自分に会いに来てくれた私を邪険にすることは一度もなかった。
むしろ私が会いに行くと、とても嬉しそうな顔をしながら両手を広げて私を抱き締めてくれた。
鉱夫でありながら、幅広い知識を持っていた博学な叔父は私に様々な鉱物や動植物にまつわる話を聞かせてくれた。
もっとも、今では連邦がイェストリア連山に住む【鉱亜人種】の国を併合してからは人間が鉱夫となることはなくなった。
そして今の私は、その叔父がかつて働いていた場所を死に場所に決めたのだ。
やがて地面が轟音と共に崩落を始める。
怪物は飛び退こうとしているようだが無駄な足掻きだ。
私は、私の命を削る思いで絞り出した残滓のような【法力】で作り出した『土塊の手』を使って、奴の両足首をガッチリと掴む。
『ッ!?』
「逃がすわけ、ないだろうが……」
私の言葉が理解できたのか、怪物が慌てふためいた様子を見せるがもう遅い。
お前には、私と一緒に地獄の底まで付き合ってもらうのだから……。
『ガアアアアアァァァァァッ!!』
「ふふ、ざまぁ……み…」
怪物の断末魔を最後に、私の意識は途切れ、巨大な大穴が私たちを真っ暗な地底の闇の中へ引きずり込んだ。
◆◇◆◇◆
崩落した地面ごと長い縦穴を落下をすると暗やみだった。
目の前が真っ暗になった。
目蓋を開けても閉めても我が状況変化ならざり。ぢっと手を見る。
―――が、残念。
暗闇のせいでその手も見えない。
そんな昔の著名な文学者や歌人のように語ってはみたものの、現状が進展するわけもなかった。
どうも、真っ暗闇の中からこんにちは。
いや、さっきいた場所では夕方だったはずだから、こんばんはといった方が正しいか。
私の体内時計が内蔵されている『腹部』も、ちょうど夕飯時だよこちらが尋ねてもいないのに親切に知らせてくれている。
さらに『ググゥ~ッ』という音までつけてくれるなんとも親切設計だ。
こんな時でも『空腹感』を感じるのだから、『生命体の身体』というのはどんな世界においても存外厚顔無恥に出来ているのだなぁと、私は自分の身体ながらつくづく感心してしまったほどであった。
―――さて。いい加減、現実逃避するのはよして本題に入ろう。
もし誰かに「今どんな状況?」と尋ねられたら、とにかくもう辺り一面ただ真っ暗闇だよ、と返すしかない。
一筋の光すらない静寂と暗闇が全てを支配する空間。
さらに付け加えていうのなら、現在私は岩と岩の間に出来たほんの少しの隙間にいい感じにすっぽりと嵌っていて中々身動きが取れない状況でもある。
押しつぶされていないのことだけでも奇跡といえるだろう。
とはいえ、こういったパターンにおいて何の考えもなしに無計画に行動すると碌なことにならないということは、『こちら側の世界』にて長い生活をしてきた私は身をもって体験済みである。
なので今はこの状況打破のため、まずは我が身に起こったことをきちんと、順路立ててゆっくり整理するところから始めなければなるまい。
まず、ことの起こりは宇宙船がこの惑星に墜落する際、事故によって船外に投げ出されてしまったところからだろうか。
宇宙空間でも十分に活動可能な『特殊装甲』に身を包んでいたため、どうにか大気圏突入時の断熱圧縮熱で燃え尽きることはなかった。
が、不幸なことに現在の装備には高硬度落下に備えてのパラシュート的なものが何一つ内蔵されていなかった。
某コミックに登場するスーパーヒーローのように手足からエネルギーを噴射して、空を自由自在に飛びまわれるような特殊装甲であったならどれだけ良かったか。
しかし昔の人は『花は折りたし梢は高し』とはよく言ったもので、いくら無い物ねだりをしてもその時の私にはどうすることもできなかった。
頼みの綱の宇宙船は黒煙を上げてつつ、射線上にあった標高の高そうな山の尾根の一部を出力最小限に抑えたであろう『荷電粒子砲』にて消滅させ、その先にあった森林地帯に落着したのを最後に、交信が一切取れなくなってしまった。
(まぁ、それは今でもおんなじなわけだけれど、ね……)
唯一の幸運は、船の制御AIが遠隔操作で特殊装甲の『緊急生命維持機能』を作動させてくれたことであろう。
結局、私は減速らしい減速が出来ないまま地表へ激突するも、身体に走る激痛だけで九死に一生を得る事が出来たのである。
そして何度か地面とキスするハメになった挙句、ようやく五体満足――いや、尻尾も入れれば六体満足、か?――で生きているのだと安堵して立ち上がってみれば、なんとそこには見たことのある生命体、『向こう側の世界』でいうところの『人類』がいたではないか。
すわ、エイリアンの姿のままで出戻りか!?と思い、元の世界に戻ってこられたのではと期待半分、突然の帰還(?)に不安半分でいた私。
だが、残念なことに私が降り立った場所は『地球』でもなければ、彼らは『地球人』ですらなかったのだ。
言葉が通じないのは当たり前だと思っていた。
なにせ『こちら側の世界』に生を受け、さらに『地球人』であった時よりも長い時間を過ごした私にとって、『向こう側の世界』の言語など、もう数えるくらいしか思い出す事が出来なかったからである。
ただそれでもボディーランゲージでおおよそのコミュニケーションはとれるであろうと高を括っていたのも原因の一つであったに違いない。
近くで腰を抜かしていた青年に近づいた瞬間、彼は私の知りえない『未知の攻撃』を、少し変わったデザインの『杖』の先端から繰り出してきたのだ。
いくら私が別世界の住人になったからとはいえ、まさか何もないところから『火球』を喰らわせられるなど思ってもみなかった。
(本当に『アレ』はなんだったんだろう……?)
あの杖自体に火炎放射器のような仕掛けは一切見受けられなかった。
そもそも火炎放射器ならば『ボンッ!』ではなく、『ゴオオッ!』とか『ボオオォッ!』というような音のする『継続的な攻撃方法』のハズである。
だがあの青年の攻撃はそうではなかった。
まるで一瞬のうちに全ての熱と衝撃を一気に放出したかのような、そんな感じであったのだ。
なら、あれは俗にいう『魔法』だったのか?
だがそれならば、呪文や詠唱といった発現に必要な何かしらの『予備動作』が必要なはずである。
まぁその手の知識は、私が『向こう側の世界』で読み漁っていたファンタジー小説の受け売り、その残滓ではあるが……。
結局、その『未知の攻撃』から被害を最小限にするべく、こちらも特殊装甲の機能の一つである〈フォース・フィールド〉を形成。
防御と反撃の両方を兼ね備えた行動をとることに成功した。
それでもなお敵意をむき出しにして向かってこられたため、私はやむなく自身の最後の自衛手段としていた尻尾での反撃に打って出ざるを得なかった。
いくら『こちら側の世界』、いや『異世界』にてまったく別種の生命体として生を受けたからといって、中身は『松本』という別段これといった取り柄もない三十後半の隠遁者である。
そんな自分が『地球人に似た知性体』に対して、これでもかというほどの暴虐の限りを尽くしたせいもあってか、肉体的な面よりも精神的な面の方に大分クるものがあった。
自衛のためとはいえ、最後の『アレ』はやはり行なうべきではなかったのかもしれない。
最終的に私が相手にした数十人規模の部隊は、私の『尻尾による攻撃』と特殊装甲の機能の一つである『光学迷彩機能』を用いた撹乱と奇襲戦法の前に、壊滅的な打撃を受けたことだろう。
そして話は先ほどの作業の終盤へと行きつく。
その部隊、相手の指揮官らしき人物から『決闘』を挑まれたのだ。
まさに勝算皆無、生死をかけただけの文字通りの『殺し合い』、仮に私が勝ったからといって何が得られるでもない。
強いて言うのなら、私という存在がまたひとつ、自らの手で他者の命を奪ったという事実くらいしか残らないだろう。
しかしながら、それは私にとってさして問題にはならなかった。
なぜなら、『こちら側の世界』に新生した私にとって、自らの命を生き長らえさせるのに『弱肉強食』の理念とは絶対不可避、かつ不変な存在であったからだ。
そしてソレは、先の『決闘』にも十分に当てはまる。
無論、自身の身体能力と特殊装甲の全能力をフル活用すれば、逃げおおせる事など造作もなかった。
『向こう側の世界』において『三十六計逃げるに如かず』といった『兵法』があるのも十分理解していた。
ただ、そうなると私は彼の決意に公然とツバを吐いたことになる。
そうなれば彼は仲間を逃がすため、文字通り悪鬼羅刹のごとく必死になって私を追跡してきたであろうことは想像に難くない。
もしかしたら、彼の仲間たちが逃げたように見えたのは一種の戦法で、実際には『釣り野伏せ』の可能性だってあったかもしれないのだ。
それゆえ、彼の不退転の覚悟と、何がなんでも仲間を逃がそうという強い意思を感じた私は、その意を汲んで『決闘』を受諾。
この惑星において初めての戦闘を行なった。
ところで話はだいぶ変わるのだが、『こちら側の世界』で新生した私という知性体にこれといった種族名はなかったため、私は自らの種族を『ヒト型爬虫類=レプティノイド』と仮称している。
『レプティノイド』の社会形態において『戦闘行為』というのは四つに分られる。
『狩猟』、『要撃』、『通過儀礼』、そして『決闘』である。
一つ目の『狩猟』は読んで字のごとく生きるための糧を得るために必要な戦闘行為だ。
私もよく獲物を生け捕るための罠を作らされたものだ。
だが『狩猟』はあくまで数日必要な『食料』を得るための行動であって、過度な殺戮は決して行なわない。
食料となる生き物がいなくなっては元も子もないからだ。
二つ目の『要撃』。
これはその名の通り、『敵を迎え撃つ』ための戦闘行為である。
我々『レプティノイド』の母星は、『向こう側の世界』とは違い、幾多の『外なる侵略者』の脅威に晒されてきた。
それこそ、映像作品の中に登場するような『怪獣』やら『宇宙人』やらが、自慢の能力や高性能な武器を引っ提げて乗り込んでくるのである。
私達はその都度、あらゆる対策を講じながら『外なる侵略者』を要撃、撃滅してきた。
当時の激闘具合がどれだけ過酷であったかというのは、人間であったころ私がハマっていたネットゲーム、『インターセプター』での防衛する側である人類の気持ちが、その時になってはっきりと痛感できたくらいだ。
もっとも、周囲は「またこの時期がやってきたか!」といったようなある種の風物詩のようなノリであったが、正直なところ毎回それに駆り出される身としては勘弁願いたいところだった。
そして三つ目の『通過儀礼』。
これは『レプティノイド』において幼年の個体が『成人』として周囲から認められるために行なわれるもので先に話した『狩猟』に近い。
何より、『私という存在』が『こちら側の世界』に新生することになったのも、この『通過儀礼』の真っ最中であったのだ。
『成人』の年齢に達した幼年の個体が複数名、最低限の備蓄や装備のみを用いて指定された惑星に専用の宇宙船で赴き、自他ともに認めるような戦利品を持って帰ってくるというものであった。
だが、やはりそこは危険がつきもの。
『通過儀礼』を成し遂げられずに残念な結果になった者や悲惨な末路を迎えた者が多数いることを、私は良く知っている。
そういった際には宇宙船が彼らを物質転送にて回収し、自動航行にて母星へと戻ってくるのである……。
さて、最後の戦闘行為である『決闘』。
これに関しては言うまでもなく、先のような『肉体言語』を用いた戦いのほかに、意中の相手を他者に取られないようにする時にも用いられる。
そしてそれは、オスだから、メスだからといったような問題は無関係であった。
異性同士はもちろんのこと、同性同士でも容赦なく相手を肌と肌、拳と拳をぶつけ合って力の優劣を決めるのである。
もちろん自分たちが定めた『約定』に則っているため死人こそ出ないが、大抵の場合、力で屈服させられた相手は力で勝る相手の言うことを受け入れなくてはならなかった。
最悪なのは『繁殖期』にコレが行なわれた際、そのままの勢いで『生涯の伴侶』になることが多い点だ。
当の私はというと、『繁殖期』が近づいてくるのを狙って、戻ってくるのに非ッ常に時間のかかる惑星へ赴き、狩りや『通過儀礼』を控えた人物たちを指導・監督することでことで何とかこれをやり過ごしていた。
それでも『決闘』を強いられた際には、これまで培った『心技体』の全てを以って勝利を収め事なきを得てきた。
閑話休題。
結局、私に『決闘を申し込んできた指揮官らしき男』が最終的に自爆紛いの行動に走った結果、地面が大規模に崩落。
おそらく地形を把握しての計画的な行動だったのだろう。
驚いた私が飛び退こうとするも、両足をあの奇妙な力で形成されたであろう『瓦礫で出来た手』でガッチリ掴まれてしまい、そのまま巻き込まれる形で今に至る、と。
……。
…………。
………………うーん。
打破……出来るだろうか?
確証はないが、崩落した地上からだいぶ落下したように感じる。
もしかしたらこの縦穴はまだ下があって、その途中で詰まってしまっただけではないのか?
そうなると、ほんの些細な行動で更なる被害を被るかもしれない。
「とはいえ、行動しないことには何も変わらない、か……」
私は逸る気持ちを落ち着かせながら、ゆっくりと身体に力を加える。
細心の注意を払いながら腕、脚、尻尾の順に動かす。
幸運なことに、どうやら岩と岩の隙間に滑り込む形で助かったようで身体的な外傷は見受けられなかった。
「次は……周囲の状況把握かな」
意識を集中させることで、装着している外骨格のような特殊装甲に搭載されている機能がいくつか起動し視野に映し出される。
その内の一つである『反響定位モード』を選ぶと、視野にグリッド状となった周囲の地形が新たに見えるようになった。
これは『向こう側の世界』におけるコウモリやイルカのように、超音波を周囲に発してその反響した間隔を視覚化させる機能で、その反響音で地面や壁面の凹凸などを視覚化してくれる。
顔を向けている方向にしか機能しないという点はあるものの、その程度ならデメリットの内に入らないだろう。
さて、辺りをキョロキョロ見回すと、どうやら左側に空洞があるようだ。
ズリズリと横歩きで進んでゆくが、あとちょっとという所で上半身がつっかえてしまった。
尻尾も生えている身体のためにこれ以上進むと根元からポッキリいきかねない。
「うーん。落盤の不安あるけど……しょうがない! 多少の冒険はしますか!」
そういって私は尻尾に意識を集中させる。
まずは振り回すだけのスペースの確保だ。
◆◇◆◇◆
掘る。
……掘る。
…………ただ只管に掘り進む。
左側にあった空洞に無事出る事が出来た私は更なる安息を求めて周囲の岩石をとにかく削岩しまくっていた。
鈍くも青白い色味を帯びた周囲の岩石に対して、自身に生えている尻尾に備わった能力が有効と判明してから既に数えで一万と二五二四カウント。
かつて私が『人間』という種族として生きていた『向こう側の世界』の時間に換算して約四時間弱。
己の尻尾を使って切り裂いて、ガラガラ、ボロボロと砕け散る岩石を無心に削岩しては自分の後ろに掻き出す作業を黙々と続けていた。
始めた当初こそ鼻歌まじりで掘削をしていたのだが、次第にこの行為に『飽き』がきてしまいその後は己が心を無にしての『作業』と成り果てていた。
何度か休憩を挟む間に壁面にいくつかレリーフのようなものを掘ってみたりして可能な限り手を尽くしてはみたものの、結局のところ現状の打破までには至らなかったのである。
もしこの穴堀り作業をする今の私の姿を、私自身が傍から見たらなんと堂に入ったものだろうと感嘆の声を漏らしたことだろうが、実際その作業をやっている側としてはさっさと終わらせたいのが実情であった。
そろそろ悟りさえ開けそうな気配すらしてきた時、私の手に違和感が走る。
それは爪が引っ掛かる感触を伴って、その向こう側にある程度の空間があることを示唆していた。
あぁ、ようやくこの苦行に一筋の希望の光が差した。
私は矢も盾もたまらず、自身の体に備わったもう一つの力も使って、全身全霊、万感の思いを込めて目の前の亀裂が入った岩壁を思いっきり殴り付けた。
じぃーんッという冷たく差すような痛みこそあったものの、脆くなった壁面は粉々に吹き飛び、辺りに砂ぼこりが舞う。
視界不良を改善するため、『尻尾に備わった能力』で灯りの確保と同時に砂ぼこりの除去を行なう。
時間にして数秒、ようやく視界がクリアになった私の目に最初に飛び込んできた光景は、驚くべきものだった。
ここまでご高覧いただきありがとうございます。
誤字脱字ならびにご指摘ご感想等があれば、随時受け付けておりますのでよろしくお願いいたします。
2020/03/15…主人公セリフ一部修正
2020/09/30…誤字報告による誤字の修正
2021/10/27…誤字報告による誤字の修正