041 ― 万能にあらぬがゆえに…… ―
「リーパー、もう一度言ってくれ。あむりたが父上に効かないとはどういうことじゃ?」
真正面から私を見据えるレアテミス嬢の目を、私はまっすぐ見ることができず思わず目を伏せる。
「言葉通りの意味だ。より正しく言うのであれば、お父上の体力回復に対してはある程度の効力があっても、発症している病気そのものを駆逐することはできない」
私の言葉を聞いたレアテミス嬢が、膝の上のこぶしをキュッと握るのが見えた。
「なぜじゃ? お主の霊薬は妾の怪我を綺麗さっぱり完治せしめたではないか」
様々な感情を圧し殺しているがゆえの震える声で、折れたハズの腕を捲って見せながらレアテミス嬢が私に尋ねる。
「確かに貴女の裂傷は完治した。骨折し、さらに外部に飛び出した前腕の骨も元通り復元した。しかし、今回のお父上の一件はただのケガとは訳が違う」
「どういうことじゃ?」
私は胸部の装甲からアムリタの入った容器を取り出しつつ、説明を続けた。
「アムリタはあくまで生き物が持つ自ら治ろうとする力を極限まで引き出す薬。だが、この薬に私が先ほど説明した目に見えないほどの微細な粉塵を体内から取り出す力は、ない」
私は特殊装甲に内蔵されているプロジェクター機能で、もう一度彼らに先ほど見せたモノを空中に投影する。
そこには最初、先ほど皇帝の寝室に置かれていたベッドが映り、次にその内部を輪切りにしたものが映し出される。
中身のふっくらとした部分が徐々に拡大され、最終的に電子顕微鏡レベルにまで拡大された石綿が映し出された。
そこには鋭く針のように尖った物体が映し出されていた。
石綿はその名の通り、見た目こそふわふわとした灰色の綿のようだが、れっきとした無機繊維状鉱物、岩石の仲間なのである。
耐火、断熱、防音、絶縁、そして軽量と、かなりの高性能な物質であっため、『向こう側《人間であったとき》の世界』においては前世紀、かなりの建築物の耐火被膜材や、さらさらとした肌触りになることから時にはベビーパウダーの原料などとして大変重宝された。
まぁ、潤沢といえるくらいの地下資源であっため、非常に安価だったことも要因のひとつといえたかもしれない。
しかし、物事は常にメリットばかりではなかった。
石綿は先に述べた通りの鉱物。つまり無機物であるがゆえに、一般的な生命体の体内で分解することはほぼ不可能なのである。
そしてその多くが、二十~五十年の間に肺結核や肺がんといった肺疾患を誘発させるのである。
今回、彼女の父親であるドヴォクザーク皇帝は呼吸と共に長期にわたってそれを吸引し続けていたせいで、石綿は体内で分解される事なく肺の中にある肺胞に蓄積し続け、長きにわたって周囲の細胞を損傷させてきた。
皇帝がいつごろから自身の寝室であのベッドを使っていたのかは今となっては知る由もない。
だがその結果、彼の身体は深刻なダメージを被っているのである。
私の知識と、それをもとにした推測にすぎないが、あれほどの咳と血痰、喘鳴から察するに、じん肺の合併症である肺結核も患っていると見て間違いないだろう。
そして十中八九、石綿の侵食は体内だけにとどまらず、全身の表皮という表皮を今もなお損傷させている。
仮にアムリタを皇帝に投薬したとしよう。
憶測だが、大量の皮膚細胞の交換が全身で行なわれ、もしかするとそれに伴って表皮の石綿は除去できるかもしれない。
だが先にも述べた通り、アムリタは自己治癒能力を極限に高めるためのブースト薬ようなもの。
体外の石綿は除去できても、体内に入り込んだモノまで取り除くことはできない。
つまり、レアテミス嬢が万能薬のように錯覚している効き目などそもそもないのである。
「そんな……」
レアテミス嬢はもはやこれまでといった様子で静かに項垂れてしまった。
「リーパー殿。それではその薬ですら、陛下のお命を救うことはできぬと言うのですか?」
藁にもすがるような思いをしているがごとき面持ちの法医術長が尋ねてくる。
だがその問いかけに対してすら、私は非情な事実を返すしかなかった。
「無理だ。仮にこの薬で元気になったとしても、体内に残ったこの物質が常に皇帝陛下の体内を傷つけ続ける。そしてその都度、今回のような騒動が発生してしまう」
沈痛な空気が部屋のなかに充満するなか、それを誰よりも痛感していたのは、他ならぬ私自身であった。
万能の存在でもなければ、全知全能の神でもない。そのことが『私』という個人にやるせなさや不甲斐なさを痛感させるのだ。
(クソッ。せめて今ここに私の母船があれば、船内の『再生ポッド』で彼の肉体そのものを再構築できるのに……)
そう。自分が乗って来た宇宙船に搭載されている『再生ポッド』であれば、下半身が欠損するほどのケガだろうが数分後に死ぬような末期の病気だろうが、たちどころに治療が可能なのだ。
惜しむらくはヤツがここにいないことだろう。
そうして、室内の会話が途切れかけたその時であった。
「……その方、リーパーと、いうのか」
浅い呼吸をしながら皇帝がこちらに顔を向けていたのだ。
「父上っ!?」
「陛下! お気づきになられましたか!」
驚くレアテミス嬢が皇帝のベッドに駆け寄り、彼の手を握る。
さらに法医術長も他の医療スタッフとともに反対側から近づき、検診のような作業と治癒系の法術らしきものの展開を行なう。
私は皇帝の枕元で片膝をつくと、レアテミス嬢に教わった作法で挨拶をする。
「たしかに、陛下のご息女であらせられるレアテミス様よりそのお名前を賜りました」
「ではリーパーよ。そなたに問う。その薬、余が飲めば、ひとまずは、一時の猶予を得られるのだな?」
猶予? 逝去――この場合は崩御か?――するまでの時間のことをいっているのだろうか?
「左様です。しかしながら、陛下の患っておられる病気までは……」
「よい。どうせ生き物は、いつかは死ぬ定めにある。今回は、たまたまそれが、余の番であったということ。だが余には、まだなさねばならぬことがある」
「というと?」
「ゾフィー……」
皇帝が、普段は親類でなければ呼ぶ事を許されていないとされる、レアテミス嬢の名を呼ぶ。
「はい、父上。妾はここにおりますっ」
皇帝の手を握りながらレアテミス嬢が声を張る。
「余が存命のうちに、余の【退位の儀】と、そなたの【即位の儀】を、執り行なう。臣下の者たちにその、準備をさせよ」
彼の一言に、その場にいた【鉱亜人種】たちが硬直した。
「陛下! それはあまりにも早急すぎますぞ!」
「今さら何が、早すぎるというのか。むしろ、遅すぎたくらいだ。ゾフィーを【特命全権大使】などという、暫定の地位に就かせたがゆえに、あのような、連邦の輩をのさばらせてしまったのだ」
連邦の輩? 誰のことだ?
「しかし……!」
「それに、娘は娘で、何かを成そうとしている、ようであるしな」
「ッ! ち、父上! いつからそれを……!?」
驚愕の表情でレアテミス嬢が長椅子から立ち上がった。
「なに。このような身でも、帝都くらいの範囲で余の十八番を使えばなんとなく想像は付く。大方、西方階層砦に集まってきた、鬼族たちについてであろう?」
「~~~ッ!」
皇帝の言葉を聞いたレアテミス嬢の顔が、一気に赤面する。
(もしかしてこの人、自分が重病人だっていうのに裏でなんか凄いとんでもないことしてたんじゃあ……)
ウォラたちのことは情報として帝都の上層部へ上がってきているとは予測していたが、まさか病床の身でありながらそこまで思慮を巡らせていた皇帝に、私は脱帽の念を禁じ得なかった。
ちなみにこれは後から聞いた話になるが、ドヴォクザーク皇帝はとある土属性の【法術】の応用で『一定の範囲の地面に接している者たちの動向を逐次知ることができた』らしい。それによって戦場では常に相手の二手、三手先を読むことに長け、常勝無敗を誇っていたのだとか。
閑話休題。
「それに、そなたは幼少の頃から、見知った者同士で会話する時だけ、考えていることが顔に出る癖がある。そのくらい見抜けずに、何が親なものか」
「ですが陛下。その御身で式を執り行なうなど不可能ですぞ」
いくつかの検診を終わらせた法医術長が皇帝の言に異を唱える。
「不可能なものか。要はその間だけでも、この身体がもてば良いのだ。しかしそれには、そこにいる者の手助けが、必要不可欠」
不意に、今まで蚊帳の外であった私に皆の視線が集まる。
「リーパーよ。ヘルムート・ドヴォクザーク・ド・ヴェルグたっての、願いだ。その薬を、余に譲ってはくれまいか?」
その言葉に私は目を伏せながら答えた。
「陛下。貴方がこれを欲する理由は大体理解している。だがこの薬に貴方を完治させるほどの力は……」
「構わぬ。この世に生を受け、戦場を駆け、余なりの治世を敷き、共に幾多の日々を、余と共に過ごしてきた自身の身体のことは、他ならぬ余が一番よく知っている。だからこそ、余の人生の幕引きと次代への引き継ぎだけは、自身の手で行ないたい……否、行なわなければならぬのだ」
ふと、皇帝が喋り終わった頃合いに、レアテミス嬢が今まで握っていた父の手を離し、私に向き直る。
「……リーパー。お主は先ほど言っておったな。最悪の状況だけは覚悟しておけ、と。なればこそ、妾はお主に頭も下げよう。どうか陛下の、父上の最後の願い、聞き入れてやってくりゃれ」
彼女はそう言って私に向かって深々と頭を下げると、今まで動かなかった周りの【鉱亜人種】たちに動揺が走る。
「姫様、いけませんぞ! 一国の皇女ともあろう御方が平民に頭を下げるなどっ!」
「妾とリーパーの間に身分の垣根などない。こ奴は妾の友なのじゃ」
「いや、しかしですな!」
私は彼らの言葉を聞きながら、そっと目を閉じた。
現状、私にはいくつかの道が示されている。無論、その中には彼らの願いを断る道も含まれているだろう。
―――しかし、私の心は既に決まっていた。
「…………アムリタ。この薬は、もうこの一つきりしかない。私自身のためにも、これを他者に渡すべきではない」
「リーパー!」
レアテミス嬢が頭を上げ詰め寄ろうとするのを、手をあげて制する。
「だが、貴方がたの瞳の奥に煌めく『決して諦めない命の輝き』と、『最後まで抗おうとする覚悟の大きさ』を私は見た。ならば私は、その決意に報いなければならない」
私はゆっくりと立ち上がると、皇帝の枕元へ近づき、アムリタの入った容器を彼に差し出す。
「ドリュアタイ地下帝国皇帝、ヘルムート・ドヴォクザーク・ド・ヴェルグ。私は貴方の願いを聞き入れよう。これは今より貴方のものだ」
皇帝は私とアムリタの入った容器の間で視線を行ったり来たりさせていたのち、「……感謝する。我が娘の友、リーパーよ」と言いつつ、枯れ枝のように痩せこけた手を伸ばし、恐る恐る円筒状の容器を手に取った。
「詳しい服用の仕方はそこの法医術長殿とともに後ほど貴方にも説明する。それまでは不用意に飲まれないでいただきたい」
「分かった。この薬に関しては、すべてそなたの言葉に、従おう」
皇帝はここまでの会話で気力が尽きたらしく、アムリタの入った容器を手にしながら穏やかな顔でまどろみ始めた。
「リ、リ~パ~ッ!」
「おぅふッ!?」
突如、腹部に強烈な衝撃が加わる。
どうやらレアテミス嬢が私の腹部に頭突きのごとき突撃を加えてきたようだ。
おかしい。かなりの衝撃を緩和するはずの特殊装甲のはずなのに、衝撃がほぼそのまま突き抜けてきたぞ?
「よう妾の願いを聞き入れてくれた。ありがとうなのじゃ! ありがとうなのじゃあ~!」
「……礼を言われることはしていないつもりだ。現にお父上の病気を治すことは……」
「みなまで言うでない! 今この瞬間だけでも、この喜びに浸らせてくりゃれ~!」
そう言ってレアテミス嬢は、涙で顔がグシャグシャになるのも厭わず、気の済むまで私にしがみついたまま泣き続けた。
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