033 ― 其(そ)は道を示す音なり ―
「では単刀直入に問おう、特使殿。今回の招致、貴国はいったい何人の工匠を希望している?」
ドヴォクザークの質問に対して連邦特使は下卑た笑いで口元をほころばせながら答える。
「そうですなぁ……。現在我らが連邦発展に貢献している【鉱亜人種】の人数と合わせてキリよくいきたいものですので……ざっと『七十五』ほどではどうでしょうか?」
「――ふざけるなッッ!!」
「ぃひぁッ!?」
今まで腕組みをしてだんまりを決め込んでいた武官長の堪忍袋の緒がついに切れた。
焼けた鉄のように真っ赤に染まった、【角鬼亜人族】もかくやという顔つきとなり、部屋の空気をビリビリと震わせて吼えたのだ。
「貴様は先程、レアテミス皇女殿下との会談では今回の徴発は二十五人だと公言し、あまつさえ調印まで行なっていたではないか! だのにそれでは飽き足らずその三倍の七十五人だと!? 人をバカにするのも大概にしろッ!!」
「……武官長、それは真の話か?」
肩で息をして今にも特使に食ってかかろうとしている武官長に対しドヴォクザークが尋ねる。
「もちろんです陛下! この大嘘つきめはこともあろうに、我らが帝国の皇帝であらせられるドヴォクザーク陛下を軽んじたのです!」
「武官長であるお主がそこまで言うのだ。確固たる証拠があるのだろうな?」
「ございますとも! それはこちらの調印書にございます!」
武官長が肩にかけていた円柱の筒から羊皮紙で作られたと思しき巻物を取り出すと、ドヴォクザークに恭しく差し出した。
「ふむ……。確かにこの調印書には二十五と書かれている。特使殿よ、これはどういうことか説明願おうか?」
封緘された巻物についた封蝋を壊し、書かれている内容をその目で確かめたドヴォクザークが巻物を武官長に返すと連邦特使をねめつけた。
及び腰になっていた特使がドヴォクザークの視線に気づくと、姿勢を改めながら軽く咳払いをする。
「な、何を言い出すかと思えば……。とんだ過失もあったものですな?」
「過失だと!?」
特使の言葉に武官長が噛み付く。
「確かに私は数日前、皇女殿下と正式に書面を交わしました。ですがこちらの持っている調印書にははっきりと書かれているのですよ。『今回の招致する交渉の人数は七十五とする』、とね」
連邦特使は袖から連邦側のために用意された調印書を取り出すと、それで手のひらをポンポンと叩く。
「なんだと!? 嘘を重ねるのも大概にしろ!」
「嘘だなどと決めつけないでいただきたい! 封蝋こそはされているが紛れもなくこちらに書かれていた内容を私はしっかりと記憶しているのですよ!」
「ならば今ここで確認するがいい!」
武官長はそう言うと、自身の持っていた調印書を連邦特使に押し付けた。
「おお! それは素晴らしい考えですなぁ! では我らが連邦の代表特使であるこの私の狂いなき双眸でしかと確認するしかあるまい! ……しかし、ここでは何分明かりが少ない」
帝国側が保管しておくべき調印書を押し付けられた特使は、連邦側で保管する側の調印書を開封しながら、明るさを求めて部屋の中でいちばん光量がある暖炉のそばへとにじり寄って行く。
「う~んと? ふむふむ。あぁ、確かにこの筆跡はまごうことなき私めの筆跡でありますなぁ。しかしやはり我が事ながらなんと美しい筆跡でしょう。見ていて惚れ惚れとしてしまいます」
「そんなことはどうでもいい! 二十五なのか七十五なのか早くはっきりさせろ」
「まぁまぁ。そう慌てては大事な文面を見落とすかもしれませんからなぁ。いや~しかし。ふむふむ……ほうほう」
武官長は今にも殴りかかりそうな勢いで言葉を発するが、その様子を連邦特使は先ほどとは一変した態度で完全に受け流している。
その後ブツブツと独り言を呟いたり、文面の謳い文句に感嘆の言葉を述べたりしていたが、突然バッと顔を上げて周囲の者たちを見やる。
「おお、ありましたありました! 人数についての文面を見つけましたぞぉ! えーっと、なにな、にぃ……」
―――刹那、その様子を訝しんでいた文官長が叫んだ。
「武官長! その男を暖炉から遠ざけ……!」
しかし、彼の理解と言葉は今一歩のところで遅かったのだった。
「あぁーっと! 手がぁ!」
二枚の調印書をもっていた連邦特使は、あろうことかそれらを赤々と燃える暖炉にわざとらしい言葉とともに投げ入れてしまったではないか。
耐火性に乏しい羊皮紙の巻物は、あっけにとられている【鉱亜人種】達の目の前で瞬く間に灰燼へと帰してしまった。
「いやはや申し訳ない! せっかく調印までこぎつけたというのに、私としたことが大切な巻物を手から滑り落ちてしまうとは……、ハハッ!」
「キッサ、マァァァァ!」
「はひぃ!?」
どこまでもナメくさった態度の連邦特使に対して完全に怒髪天を衝いた武官長は、つい先ほど皇帝へ返上し再び下賜された【法杖】を引き抜くと、その杖頭に【法力】を込めつつ連邦特使へと向けた。
「いかんぞ武官長! ここでその男を傷つけてしまってはならん!」
今度は法医術長が武官長に対して叫ぶ。
「止めるな法医術長! 我ら【鉱亜人種】をどこまでも見下しているこの大馬鹿野郎が死んだとて誰も困らんだろう!」
「よ、よよよ止せぇ! やめろぉ! 私を殺したらどうなるか分かってるんだろうなぁ!?」
「少なくとも小官のこの煮えくりかえったハラワタは幾分か収まるだろうよ!」
「ひひ、ひいいいぃぃ!?」
そう言って武官長の手に持つ【法杖】に更なる【法力】を込められていくのを見ながら、連邦特使はその場でへたり込んで顔を腕でガードする態勢をとった。
無論その程度のことで【法術士】の【法撃】を防ぐことなどできないのだが。
「もう良い! そこまでにせよ……」
しかし武官長の激情に待ったをかけたのは、またしてもドヴォクザークであった。
「へ、陛下!? なぜお止めになるのですか!」
「灰となってしまったものはどうしようもない。たとえお主がその男を手にかけたとしてもその事実は変わらん」
「しかし!」
「それとも何か? お主は連邦領内に入る我らの同胞を召還する機会を余から奪うのか?」
「ッ!」
皇帝の言葉を聞いた武官長は憎々しげに連邦特使を睥睨すると、彼に向けて発射しようとしていた【法撃】の威力を減衰させていき、やがて消滅させた。
「そ、そそそ、その通り! 貴殿らの同胞二百二十五人が我らの連邦領内に入ることを忘れないでいただきたい! もし私を殺したりなどすれば連邦はしかるべき処置をとるだろう! ハハッ! ハハハハハッ!」
「クッ! この外道が……!」
「はんっ! そもそも善意の塊のような私に対してそのような敵意を向けるなど、見当違いも甚だしいものよ!」
特使は引きつった顔で虚勢を張りつつ立ち上がるが、カクカクと笑い続ける膝がその内心の恐怖を体現していた。
「では特使殿。この場は口約束となるが今回こちらから派遣する工匠は七十五人で間違いないのだな?」
「ッ! そう、ですなぁ……」
不意に連邦特使の顔にハッと思いついたかのような表情が浮かんだあと、再びいやらしい笑みを貼り付けながら言葉を続ける。
「ですが、先ほどの陛下の部下が連邦の特使たるこの私に武器を向けたことに対しての落とし前を要求したく思う次第であります」
「ほう……。落とし前とな」
「そうです、落とし前です! 何しろそこの武官長とかいう者は連邦の代表特使たるこの私に杖を抜いた。つまりそれは連邦に対して叛意ありと判断せざるを得ない」
「なッ! こちらが下手に出ていればいい気になりよって!!」
「ひッ!?」
「武官長よ。これは主命である。先の発言を取り消し、以後の発言は余が許した時にだけ発言せよ。それ以外の言動は一切控えるのだ」
「っ……、御意」
「ゴホン……。と、とはいえ私は寛容な性格ですから? ここは示談という形で折り合いをつけたいと思うのですが、いかがでしょう?」
周囲の殺伐とした空気を感じ取ることができないのか、鬼の首を取ったかのような口調の連邦特使がその示談内容を口にしようとしたその時であった。
「きゅ、急報! 急報です!!」
近衛兵の服装をした【鉱亜人種】の若者が転がり込むような勢いで室内へと入ってくるなり片膝をついた。
「何事か、騒々しい!」
「会談中のところ申し訳ございません! しかしながら西方階層砦より『第二種非常事態呼集』を告げる早ウマが到着いたしました」
「なんだと!?」
室内にいた【鉱亜人種】たちは騒然となる。
―――『非常事態呼集』。
それはドリュアタイ地下帝国の軍事用語であり、強力な武装や大多数の兵士でなくては対処が難しいモンスターや自然災害に対してのみ発令されるものであった。
そして第二種とは『戦闘準備を整えつつ、警戒態勢をもって待機せよ』というものである。
本来であれば軍事関連を統括している武官長が発令するものであるが、あいにく当の号令をかけるはずの武官長は、この場で状況がいまいち理解できていない連邦特使と相対しているため発令することができない。おそらくは情報管制部においてきた彼の副官の独自裁量権で発令されたのだろう。
「直答を許す。……呼集目的は何だ?」
克己心を奮い立たせたドヴォクザークが近衛兵に問いただす。
「はッ! 【角鬼亜人族】と【醜鼻鬼族】、それに【上位醜小鬼族】の混成部隊が西方階層砦より接近していると! その数およそ三百!」
「バカな……!」
知らせを聞いた法医術長が思わず手にしていた長杖を取り落とした。
西方階層砦といえば、ちょうど現在レアテミス皇女殿下を探し出すべく秘密裏に編成された捜索部隊が行方不明になった場所だ。
まさか彼らは、自分たちの住処に入り込んできたことによる報復のため、わざわざ地下の階層を経由してまで移動してきているのか?
【鉱亜人種】たちがこの一件に対して、そう誤認してしまったのは当然の帰結といえよう。
そしてこの時になってようやく事の重大さを理解したのか、連邦の特使が近衛兵に喚き散らし始めた。
「な、なぜそんな化け物どもがすぐ近くまで迫っていることを知ることができなかったのだ!? 地面の下はお前たちの領分であろうがっ! 第一、私の身の安全はどうなる!? これだから【普人種】よりも劣った輩は信用できんのだ! 南方のトカゲの商人どもも、【剣呑兎人種】の給仕どもも! どいつもこいつも二本足でヒトと似ているというだけで連邦に取り入りおって、連邦の礼儀も礼節も心得てすらいない! 果ては【鉱亜人種】の目までモグラ以下ときているっ! そもそもなぜこうなるまでに発見できなかったのだ!?」
そこにはもはや、先ほどまでのとってつけたような敬語を使っている姿は影も形もなく、あるのは自らの保身と他種族に対する偏見の混じった罵倒をする、化けの皮が剥がれた【普人種】の男が一人いるだけだった。
「申し訳ございません。なにぶん、先ほどこの付近で爆発音があったため、兵のほとんどを警備のため程度で集中させるべく使いを出したので発見が遅れたのです。現在、西方階層砦に兵達を移動させておりますが、現状では砦には少数の警備兵しかいないものと推測されます」
近衛兵は片膝をついて特使に謝罪しつつも、暗にこの事態は自らの招いた結果であるということを遠回りに仄めかす。
もっとも、パニックを起こしかけている彼が現状を理解できたかは本人にしか分からないのだが……。
さて、真っ赤な顔をして憤慨していた連邦特使は近衛兵の言葉を聞いた途端、一変して青ざめた。
「お、おい!? 西方階層砦の護りは大丈夫なのか!? 砦が落とされたりしないだろうな!?」
ここに来て珍しく、彼が【鉱亜人種】に対して気遣いともとれる発言をする。
突如として他種族への思いやりの心が芽生えたのか?
……いや違う。
彼が嫌に砦の堅牢性を心配するのには理由があった。
なぜなら彼が地下帝国へと足を運ぶために使ったルートは、何を隠そう西方階層砦を経由するルートであったからである。
つまるところ、進軍してきている【角鬼亜人族】達がそのルートに向かおうものなら、結果的にシンビオフスク連邦側で門の開いている都市が壊滅的な被害を被ってしまうことに他ならないのだ。
それすなわち、先ほどの発言は我が身可愛さゆえの行動原理、その延長上のモノでしかなかったのである。
「その点に関してはご安心を。砦の壁はこういった有事に際して分厚く作られております。また砦の門も他とは違い鋼鉄製でありますれば、兵達が到着するまでの時間稼ぎには十分できましょう」
近衛兵の言葉を聞いた特使の顔に若干血の気が戻ってくる。
「そ、そうか。ならば……そうだな。とりあえずは何とかなるということだな?」
「左様にございます」
「で、あるのであれば、今回の一件はそちらに任せようと判断します。見事、彼奴らを撃退できれば、連邦領内における【鉱亜人種】の評価も高まるというも……」
「お待ちください。万が一戦端が開かれた場合には、主戦場は西方階層砦も巻き込んだ戦いとなりますので、砦を経由したルートでの帰還は困難かと……」
「なっ!? そ、それでは私は!? 私はどうやって帰るというのだ!? 戦闘ならば砦の外でいくらでも行なえばよかろう!」
特使が余裕を取り戻し再び不遜な態度をとろうとした時、近衛兵が半ば強引に言葉をねじ込んできた。
せっかく血の気が戻ってきた肌は真っ赤に染まり、先ほどと同じように激昂する。
「特使殿、聞いての通りだ。現在我が国は未曾有の危機に晒されているがゆえに、貴殿には即刻我が国からの退去をしてもらうのが望ましいだろう」
「何を言ってッ……おら、れ、る陛下! 西方階層砦が危ういというのに、陛下はこの私に死地へと赴けと申されるのですか!?」
特使に残された理性の残滓が、危なく激昂したまま紡ぎかけた言葉へ制動をかけることに成功する。
そうだ、いくら相手が【鉱亜人種】とて目の前の人物は――忌々しいことに――この国の王族なのだ。
チクリチクリと刺すような言動は許容の範囲でも、心臓を一突きするような行為は控えなければならない。
「そうではない。……実はこれは連邦から極秘で依頼されたことゆえ今まで貴殿にも黙っていたのだが。我が国から連邦へ至る道は一つではないのだ」
「……へ?」
特使はポカンと呆けた顔で呟く。
「そ、そのようなものが存在するなど評議会からは一言も……」
「本来はそちらの国の中枢を担う人物たちを我が国へ逃がす目的でおられた秘密の俊道だ。いくら貴殿が連邦の代表特使でも、機密を保持するために致し方なかったのであろう。実際、一度使われた俊道は悪用を防ぐため我々の側の【法術】で崩落させる約定となっている」
とはいえ、余の代では一度も使われたことはなかったがなとドヴォクザークは付け加えて少しだけ咳き込む。
「な、ならばすぐにでもその俊道を使わせていただきたい!」
「しかし正規の手続きもなしに使わせては貴国の評議会に合わせる顔が……」
「そんなもの、あとでどうとでもなるでしょう!?」
正規の手続き? 差し迫った現状でこの皇帝は何を言っているのかと糾弾したい思いに駆られる。
「ゴホゴホ……! そうはいかん。こういった状況だからこそキチンとした措置をとらねば、それこそ後々の禍根となりえる。もしその俊道を貴殿に使わせたがために、連邦に何かしらの損害が出てしまったらどうするのだ? 外部への秘密通路の露見、俊道崩落による重要人物の退避手段の減少。それにもしかしたら、そのルートを良からぬ考え持つ者たちが使うという可能性だってある。今の余ですら、いくらでも思い付くぞ? 貴殿はそういったことにも何かしらの権限を持つのか?」
「そ、それは……」
ドヴォクザークからの矢継ぎ早やの質問に特使は口ごもってしまう。
結論から言えば、レアテミスが就いている全権大使とは異なり彼はあくまで連邦と帝国の連絡役。彼にそこまでの権限は与えられていないのである。
そんな彼一人を逃がすために、連邦が秘密裏に作った俊道を使う権利があるかと言えば、答えは自ずと導き出されるだろう。
―――ドォーー…ン。
その時、遠方から聞こえてきた音に戦端が開かれたのかと室内に緊迫した空気が流れる。
しかし帝国にとって、その音こそがこの先の行く末を決める決定打となるのだった。
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