028 ― 処分は易(やす)けれど、前途は難(がた)し ―
……しまった。
投擲の際に、うっかり槍の放電回路が起動してしまうとは……。
しかも弱小生物なんかを無傷で捕獲する際に用いていた、神経を麻痺させる『微弱モード』ではなく六、七〇メートルサイズの超巨大生物に用いる超強力な『失神モード』だ。
そんなものが身体中を駆け抜けたならば、放電とともに発生する熱が生物のタンパク質をことごとく凝固させてしまう。
事実、目の前の【死肉喰鼠】は身体中から白煙が上がり、槍が突きたった近くにあった眼球は白く濁ってしまっており、一方が電流の衝撃に耐えきれなかったのか、体外へとまろび出てしまっている。
さらに口や鼻、肛門といった部位からはことごとく体液や内容物が噴出し、果ては【死肉喰鼠】特有のあの『相手を小馬鹿にしたようなニヤついた顔』すら消え去り、まるでこの世の地獄を一度に味わったかのような苦悶の表情がありありと浮かんでいた。
凄惨たる有様、まさにその一言に尽きる。
まさか槍を投擲した本人であるこの私をして、ここまで最悪な状況になるとは思わなんだ。
見る人が見れば私が【死肉喰鼠】を地獄の鬼も真っ青な拷問にかけたと誤解するかもしれない。
だがしかし、弁明の機会を与えさせてくれるのならば、これは放電回路の誤作動による完全な事故であり、私としては木の棚を倒しながら逃げ回る【死肉喰鼠】を短期決戦で仕留めたかっただけなのだ。
ネズミは本来臆病な性格でめったの事では反撃してくることはない。だから奇襲が成功し四匹まとめて屠った段階で、残りの【死肉喰鼠】が逃走を図るのは想定の範囲内だった。
私は当初、ネズミ本来の習性から未踏の場所に足を踏み入れるよりも三匹揃って私が仕掛けをした出入り口に逃げると踏んでいたのだが、この惑星のネズミは違った習性を持っていたのか、コレは当てが外れてしまった。
出入り口に逃走したのは一番サイズの小さいヤツだけだった。おそらくここを強襲した群れの中でも一番の若輩だったのだろう。
ならば、そちらは仕掛けに任せるとしてさらに奥へと逃げ込んだ他の二匹を追いかけようとするのは自明の理であるはずだ。
そもそもあの槍の故障は、おそらくこの惑星に墜落してきた時の衝撃が原因だ。
あの時、武装にも何らかの不具合が起こったのは明白であり、乗ってきた母船との連絡が取れない現状では専用の道具を用いた調整や修復もままならない。
そのため、今回の案件が刑事事件まで発展してしまった暁には、ぜひとも弁護人と裁判員および、陪審員の方々には情状酌量の余地ありという見解と執行猶予、それがダメなら減刑を願い出たい。
まぁとにかく、これでは残る最後の一匹を処理するのがさらに面倒なことになる。
それにこれでは仮にこの場の【死肉喰鼠】を処理できたとしても、この臭気ではとても食料庫として再利用することなどできない。
「まったく。害獣はどこまでいっても害しかもたらさないよなぁ……ホント」
私はため息をつきながら、以前レアテミス嬢からほんの少しだけ拝借した『清水華』の香水を希釈した溶液で最低限の消臭を行ない、一旦外に出ることにした。
あまり時間をかけたままでいると、私が追い抜いた鬼族達が突入を敢行するのではないかと考えたからだ。
もしそうなれば私が仕掛けた『仕掛け』が作動し、燦々たる光景が広がってしまう。
それではウォラに申し訳が立たない。どうにか出入り口まで戻ってくると予通り、武器を手に手に【醜鼻鬼族】や【上位醜小鬼族】達が出入り口で待ち構えていた。
その中には赤い鉱石がヘッド部分についた木の杖を持ったローブ姿の連中までいた。
「ウガァ、りーぱーさま! りーぱーさまガ出テキタゾ!!」
その先頭にいたのは私が鎧を作ってやった、あの『鎧付き【醜鼻鬼族】』がいた。彼が私の姿を確認するなり声を上げると、緊迫していた空気が一気に弛緩するのがわかった。
どうやらここにいる皆は私の言い付けをきちんと守ってくれていたらしい。
「みんな、遅くなってしまってすまない。そっちで怪我をしたやつはいるか?」
私がそう話を切り出すと、この人だかりの中心人物らしきローブ姿をした年配の【上位醜小鬼族】が大まかに説明をしてくれた。
私の予想通り、やはりいつまでたっても食料庫から出てこない私を心配して、ウォラの子分たちは武装で身を固めたそれなりの人員を集めて食料庫へ突入しようとしたのだとか。しかしその時出入り口側に逃げたあの【死肉喰鼠】が、集まった者たちの目の前で出入り口から外に出ようとした瞬間、その身体がサイの目状の肉片となって四散したとのこと。
皆、目の前で起こった光景が信じられず、興味本位で近づいた【醜鼻鬼族】の一体が出入り口に腕を近づけたところ同じようにカッティングされてしまったらしい。
「兄者様、あの出入り口は一体どうなってしまったのでごぜぇますウギ?」
「アレは私が食料庫に入った時に仕掛けた罠だ」
「罠?」
そう。
私の特殊装甲に装備されているのは何も原始的な武装だけではない。今回使った据え置き型トラップ兵装『レーザーグリル』もその一つだ。
これは無機・有機関係なく、ある一定のラインを超えた瞬間、断続的に不可視の高出力レーザーを照射する仕組みになっている。残念ながら一つのトラップが発射できるレーザーは一直線のみなため、万が一、私が取り逃がしても大丈夫なように出入り口で処理できるようレーザー照射のタイミングをズラした状態で二重に設置しておいた。
私が普通に通過できたのは、私の体内を循環しているマイクロマシンの信号をこのトラップがキャッチしたときのみ作動しない仕組みだからである。
つまり、逃走を図った【死肉喰鼠】及び興味本位で近づいた【醜鼻鬼族】の体内にはこのマイクロマシンが無かったがため、トラップが遺憾無く正常起動し生物災害的映画のようなサイコロが生成されてしまったと、こういうわけである。
そんなこんなで、突入しようとした者たちは皆怖じ気づき、結果的に私が出てくるまで出入り口付近で待機することになったらしい。
「そうか。こちらも説明不足だった。申し訳ない」
「いえ、兄者様が謝ることなんぞ何一つありませんよってからに」
「トコロデりーぱーさま。残リノいっぴきハどこダナンダゾ? ソレニソノ大キナつつミノなかみハナンナンダゾ?」
「あぁこれか?」
私が巨大な包みの結び目を開くと中から食料が顔を出した。
「これは食料庫に残っていた食べ物だ。他はみんな【死肉喰鼠】に食い散らかされていたから破棄したが、手をつけていなかったのがあったからそれだけでも回収してきた。それと残り一匹に関してだが、そっちについてはもうそろそろ片が付く頃だ」
「もうそろそろとは?」
「見ていればわかる」
『向こう側の世界』において知られているネズミは、クッソ激烈に燃費の悪い生物であった。
大抵のネズミは一日だけでも体重の約三分の一の食料を摂取しなければ、ものの二、三日で餓死する。また、その特徴的な前歯はネズミが死ぬまで伸び続けるため、ネズミは絶えず何らかの硬い物を齧っていなければならず、少しでも怠れば伸び過ぎた前歯で物が噛めず、それが原因でも餓死する。
つまり何が言いたいのかというと、私が食料庫からもってきたモノ以外の【死肉喰鼠】が手を付けた、あるいは口にした食料はみんな光子変換して消滅させておいたため、食料庫内でのエネルギー補給は絶対に不可能だということだ。
さらに、私と生死をかけた地獄の追いかけっこをしたせいもあって『酸素消費量 = エネルギー消費』は尋常ではないのは明白。
エネルギー補給をしたくても、さっきまであったエネルギーになるモノが何一つない。そんなとき、出入り口の方から私が持ってきた食料の芳しい香りが流れてくる。
空腹と生死の境で意識が朦朧としている【死肉喰鼠】は必ず軽はずみな行動に出る。
まだ私がトラップを解除していないにも拘わらずに、だ。
「ヒヒ――ッ! ヒュヒギョボバァッ!!」
……ホラな?
◆◇◆◇◆
「兄者。あのクソネズミどもを全部ブッ殺してくれたのはありがてぇんだが……。その、もうここの食料庫は使えねぇ」
連絡役で使いにやったホブゴブリンから言伝を聞いてやってきたウォラが、申し訳なさそうな顔でそう私に声を掛けてきた。
「? どういうことだ? ニオイはいくらか消しておいたはずだが?」
「いや、そういう問題じゃねぇんだ。さっき俺様が、ネズミどもが悪いモン持ちだっつたのは覚えてるか」
「あぁ。たしかに聞い……、そういうことか」
「奴らが直接触れなくても辺りを歩いただけで、その悪いモンを振りまいちまうんだ」
私はウォラが何を言いたいのか理解した。
【死肉喰鼠】らの体表は、地肌の色が判別できないほど非常に汚れていた。あれだけの汚れた身体だ。おそらく小さな微粒子のように細い細菌という細菌が体表一面に巣くっているのだろう。
そんな汚物まみれの生き物が触った食料など接触感染の経路元にになるのは当たり前だ。
さらに一部の【死肉喰鼠】はそれ以上に酷い者がおり、壊疽のような皮膚やフジツボ様の丘疹が至る所に生じている、耐性の無い者が見たら嘔吐必須な個体もいた。おそらく『向こう側の世界』における感染症や、『スナノミ』のような寄生生物を宿していたものと考えられる。
それにあのネズミたちは、口内に入ったものを口を開けたまま咀嚼していたため、飛沫感染や空気感染の疑いも十分にありうる。
試しに私が持ってきた食料にスキャニングを行なった結果、残念ながらというべきか、やはりというべきか、そのすべてが既に『生物に害をなすレベルの細菌』の温床と化してしまっており、とても配給できる状態にはなかった。
せっかくだが、中の食糧と同様に私の尻尾で光子変換して滅却するほかあるまい。
「なるほどな。こうなった場合、いつもはどうしていたんだ?」
「昔は悪いモンになるのを覚悟で食い物に手をつけてたが、これほどまで酷いとなると、もう焼き払うしか方法がねぇ。なぁジジイ?」
ウォラは腕組みしながらため息を吐いたのち、いつの間にか隣にやってきたあのローブ姿の【上位醜小鬼族】に目を落とした。
「相変わらず年上のモンへの話し方が悪いウギのぅ。じゃがウォラのいう事が一番の方法でごぜぇますウギ、兄者様」
「分かった。それに関してはそちらのやり方に従おう。何か必要なことがあれば申し出てほしい。微力ながら力を貸そう」
「ありがとうごぜぇますウギ。では儂はこれで」
ローブ姿の【上位醜小鬼族】は一礼すると持ち場に戻っていった。
それを見計らったようにウォラが私に――鬼瓦のように厳めしい――顔を近づけてきた。
「(兄者。この後相談があるんだが、時間あるか?)」
彼には珍しくヒソヒソ声であることに私は疑問を持った。
「もちろんあるが。何かマズイことか?」
「(ああ、だができれば子分たちがいる場所で話せる内容じゃねぇ。それと、できれば、その……)」
「うん? どうした?」
「(あの豆チビにも話に加わってほしいだが、兄者から頼んでもらえねぇか)」
「……分かった。レアテミス嬢には私の方から話をつけよう」
「(悪いな、兄者)」
「なに、構わないさ。それにな……」
「?」
こういう時は『すまない』じゃなくて、素直に『ありがとう』っていうんだぞ? 弟よ。
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