027 ― 害獣、顕現(けんげん)せり ―
いつもご高覧いただきありがとうございます。今回は文章表現が過激な箇所がございますので、食事の前後での閲覧は極力お控えくださいますようお願いいたします。
中は洞穴とはいえ、食糧庫というだけあって天井が高く広い。
反面、明かりになるようなモノが無いのかかなり薄暗い。松明の一本くらいは置いといてほしいものだ。
周りには子供が作ったかのような粗雑な作りの棚がいくつも並んでおり、ほとんどの食料はそのままの状態で棚に置き晒しになっている。
これがもし、FPSやステルスアクションゲームのステージならば、奇襲をする側とってはうってつけだ。
私は周りの音に気を配りつつ特殊装甲に内蔵された暗視ビジョンの機能をオンにするとともに、私自身の肉体に備わった能力でもある熱源探知器官にも意識を集中させる。
これによって死角からの奇襲はほぼ無効化されたといっていい。
さらにダメ押しとばかりに特殊装甲の機能である『能動的疑似光学迷彩』も起動する。
これは『向こう側の世界』において、『海の忍者』とも言われるタコが持つ『周囲の色や凹凸すら模倣する擬態能力』と、一部のカエルが持つ『体温に相当する赤外線の放射を抑制する能力』の二つを同時に発揮することができる。
光量が少ない場所で作動させるために通常よりもエネルギー消費が激しい。これについてはこの際目をつぶるしかないか。
とはいえ、怯懦や杜撰、慢心は即、死につながる。
石橋を叩いて渡るほど慎重に……。そう、臆病とも思えるほどに慎重に行動するのだ。
出入口から入って一つ目の角を曲がると、確かに特殊装甲に搭載された『生体センサー』の反応した。
入り口の【醜鼻鬼族】が言っていたように複数の生物反応が検出されたのだ。
うん? この反応、前にもどこかで見たことがあるぞ?
(そうだ、確かあれはレアテミス嬢と一緒に洞窟内部を探索していた時だ……)
付かず離れず、背後からつけてきていた百以上の生体反応と同一のものだ。
アレはこいつらの反応だったのか。
私はできるだけ音を立てず注意深く忍び寄ると、クッチャクッチャという咀嚼音が次第に聞こえてくるようになった。
どうやら【死肉喰鼠】は食料を食い荒らすことに夢中なようで、私の存在にまるで気づいていない。
―――シュパッ!
こともなげに【死肉喰鼠】の背後をとった私は、その頭部と胴体とを自身の尻尾を使って遠慮なく切り離してやった。
あまりの呆気なさに、思わずこれは自分達の命を代償にした罠なのではないかと勘繰ってしまったほどだ。
ひとまず今回の斬撃は、本来エネルギー変換器にまわしている熱エネルギーを解放しての切断だ。
出血面は焼灼され、タンパク質等の凝固作用により瞬時に止血される。
これによって、体液にすら含まれていそうな細菌の飛沫感染は最低限防げるはずだ。
そもそも激痛による悲鳴などあげさせるほど私は素人ではない。
しかし――生体電流が残っていたのか――胴体の方が暴れて派手に棚へとぶつかって倒れてしまい大きな破砕音が発生してしまった。
結果、今処理したネズミとは別の生体反応に警戒されてしまったようだ。
全く、これだから害獣駆除は面倒なんだ。
『向こう側の世界』でも、畑の作物を荒らす動物は非常に警戒心の強い生き物がほとんどだった。
猪しかり、猿しかり、アライグマしかり。
その手の動物は一度でも警戒モードに入ってしまうと、その場から一目散に逃走を図るか、緊張状態のままじっと身を潜めて危険がなくなるまで動かなくなってしまう。
彼らが警戒を解除するまでかなりの時間を要し、こちらの体力・精神力に多大な負荷をかけることになる。
つまり、これより私は相手の気が緩むまで木石と同じ、自然と同化するくらいじっと堪え忍ばねばならないのだ。
私はその場を動かず、【死肉喰鼠】の警戒心が薄まるの待つ。
(ったく、早く警戒状態を解いてくれよ……。こっちは入り口に残してきた仕掛けに、後から来る連中が引っ掛からないか気掛かりで仕方ないんだか……お?)
焦れる思いばかりが私の精神にのしかかり始めていたときだ。
今までは奥まった棚から微動だにしていなかった複数の生体反応が、ゆっくりと移動を始めた。
すわ、そのままで入り口に逃走するかと思いきや、こともあろうか複数の生体反応は忍び足でこちらに近寄ってきたではないか。
これは嬉しい誤算だ。ようやく生きた【死肉喰鼠】と対面する機会が巡ってきたのだから。
私はさらに気合いをいれ、呼吸すら最小限に留めて獲物が目の前に来る時を待った。
「ヒ……? ヒヒッ?」
数分もしない内に、なんとも不気味かつ不快な鳴き声を上げながら、【死肉喰鼠】が数匹、暗闇の先から姿を現した。
なるほど。
レアテミス嬢やウォラ達が顔をしかめるほど忌避していたのは姿形はもちろん、この奇怪な動きや鳴き声も全部引っくるめての理由からかもしれないな。
カメレオンの歩行のように数歩進んでは不規則に体を揺らす行為を繰り返し、いちいち「ヒヒッ……」と引き付けを起こしたような鳴き声を漏らす。
『向こう側《人間であった時》の世界』で有名なマウスの足元にも及ばない、醜悪さと不気味さという異彩を放っていた。
さて、ひー、ふー、みー、よー、いつ、むー、なな……。
ふむ、今処理したのも合わせてこの場所に潜んでいる【死肉喰鼠】は全部で八匹か。
一番初めにこちらに姿を晒した【死肉喰鼠】が、突然首を撥ね飛ばされて動かなくなった仲間を揺すったり、ポンポン叩いたりして気遣うような仕草を見せる。
案外仲間思いなのかと一瞬思ったが、現実はそんなに生易しいものではなかった。
「キ、キヒヒ、キヒヒヒヒヒヒッ!」
なんと、一匹の【死肉喰鼠】が同族であるはずの死骸を蹴り飛ばし、地面に叩きつけ、仕舞いには死骸の上に飛び乗って何度も何度も踏みつけた。
呆気にとられている私をよそに、その【死肉喰鼠】はやがて自分の力を誇示するかのような悪行を始め、さらにはその死骸で遊びだしたのだ。
「ヒヒヒィーッ!」
「ヒヒヒャァーッ!」
さらに他の【死肉喰鼠】達もそれに追随するかのように同様の行動を繰り返し、自分達にとっての脅威が近くに潜んでいるのもお構いなしに、回りの棚から食料を引っ付かんでは貪り食い、盛大なバカ騒ぎを始めた。
「ヒャフェ、ヒャヒィフフィフェッ!!」
――ガツガツガツガツ、クッチャ、クッチャ、クッチャ、クッチャ、クッチャ、クッチャ……
「ヒヘ、ヒャヒヒュヘエエエェェッ!」
――ビチャッビチャ、ビチャッビチャ、ムシャムシャムシャムシャ、ビチャッビチャ、ビチャッビチャ、ムシャムシャムシャムシャ……
「「「「ヒヒッ、ヒヒャハハヘ――――ッ!」」」」
【死肉喰鼠】の口に入った食料の殆んどは、彼らが碌に口を閉じずもせず咀嚼しているため、その大半が唾液とともに辺りに四散し、単なる汚物と成り果てている。
ここ数日、逗留させてもらっているウォラ達『鬼族』ですら、食事に関しては彼らなりに食材へ敬意を払っていたにも関わらず、【死肉喰鼠】からはその気持ちが一切感じられない。
まるで、どうせ食い物ならそこらに山ほどあるんだから仮に飲み込めなくても困りゃしないといっているかのような傍若な行動だ。
『こちら側の世界』において、幾多の恒星系に浮かぶ惑星に足を運んだ私ではあるが、ここまで品性下劣な行動をする生物をいまだかつて見たことがない。
―――私は本能的に直感し、理解した。
死者を悼む気持ちが微塵もない彼らとの対話など、いや元より会話という行為自体が不可能であり無意味な行為なのだと。
他者から簒奪したものを糧とし、生き永らえて繁殖し、増殖する。たとえそれが彼らの生存戦略だったとしても、眼前の行動は明らかに生物の行動理念を逸脱している。
ならば導き出される答えはたった一つだ。
彼ら、否、『こいつらは、残すに値しない』。
刹那、私はその場から跳躍。
弓なりの放物線を描いた自由落下ののち、私に背中を向けていた【死肉喰鼠】を、自身の尻尾先端についたブレード外殻で、唐竹割りの要領で頭から真っ二つに両断する。
「……ヒャヘ?」
【死肉喰鼠】からすれば、つい今しがた一緒にバカ騒ぎをしていた仲間の体が、突然頭から左右に切り開かれたように見えたに違いない。
――ブォンッ!
何が起こったのか未だに把握できずにいる【死肉喰鼠】たちを尻目に、私は着地と同時にその場で九〇度だけ四分の一回転した。
私の尻尾はその遠心力と私の動きに追随すると共に、七匹いたうちの四匹の身体を、稲光のように袈裟がけと斬り上げを繰り返し、それぞれジグザグに斬り分けた。
四匹の【死肉喰鼠】の身体は、それぞれがタイミングも切断面もバラバラに滑り落ち、想像を絶する激痛を味わったのか、それとも何が起こったか理解する暇もなかったのか、いとも簡単に事切れた。
もちろん先ほどの一匹目と同様、切断面を焼灼止血したため尻尾先端のブレード状外殻が赤熱化している。
周囲に血抜きのされていない肉の焼ける独特の嫌な臭いが立ち込めたことで、ようやく残り三匹の【死肉喰鼠】は自身の命が危険に晒されているというのを自覚したらしい。
蜘蛛の子を散らすようにそれぞれ別方向に逃走を図る。一匹は私があらかじめ『仕掛け』をしておいた出入り口の方へ。残りの二匹は身を隠すためか食料庫の更なる奥の方へ。
相手に私の存在が知られたのだから、『能動的疑似光学迷彩』の機能をオフにする。
一瞬、紫電が身体中に走ったのち、特殊装甲を装着した状態の私の姿が再び食料庫に現れる。
私は出入り口側に逃走した【死肉喰鼠】には目もくれず、数が多い奥へ逃げた方の【死肉喰鼠】たちに狙いを絞り移動を開始した。
「さっさと駆除させてもらうぞ……害獣」
◆◇◆◇◆
【死肉喰鼠】の一匹は必死の思いで食料庫の中を奥へ奥へと逃げ回っていた。
逃げる際、近くにある食べ物がいくつもおいてある『木でできたなにか』を倒しながら走ることで、追ってきている『何か』の追跡を少しでも遅らせたかったからだ。
しかしそれは無意味な行為だった。
なぜなら、『木でできたなにか』をいくら倒しても、追跡者は一瞬の光とともにかき消してしまうからだ。
あの光は一体何なのか? なぜ『木でできたなにか』がその光とともに消え去ってしまうのか?
【死肉喰鼠】の矮小な脳みそでは到底理解が及ばぬ現象だった。
むしろ、『木でできたなにか』を倒すという行動をしたせいで、自身と追跡者との距離はどんどん狭まってしまっていた。
【死肉喰鼠】には、自分の背後から一体なにが迫ってきているのか皆目見当がつかなかった。
ただあるのは生物が当たり前に持つ『内なる恐怖』のみ。
自身の命など、ちっぽけな存在でしかないということを否が応でも知らしめさせられる程の絶望的な感情。
そしてその絶対的ともいえる絶望が、自分のすぐ後ろを付いてきているという揺るぎない真実。
それが不可視の鎌となって、喉元にひたりと当たるまであとほんの少しという事実が恐怖を助長し、死に物狂いで動かす手足に拍車をかけている。
だが、【死肉喰鼠】には理解できなかった。
なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのか。
自分たちはただ、周囲に無造作に落ちていた食べ物を、腹一杯になるまで食べていただけだ。腹一杯になればぐっすり眠ることだってできるし、より身体が大きくなれば自分の群れを持つことだって夢ではなかったはずなのだ。
そうすれば一緒についてきた他の奴らにも自分のおこぼれを分け与えてやらなくもない、そう考えていた。
だのに、この場所に一番早く着いた今の自分はどうだ。
腹に限界まで収めた食べ物が邪魔でうまく走ることすらできやしない。
たかが図体が自分たちよりデカいだけのノロマたちのいる場所と高を括っていたのは間違いだった。まさか、まさかあんな化け物が奴らの中にいるなど、ここまで来た同族の誰が予想できただろうか。
とにかく。
このままではいずれ、いや確実にあの恐ろしいなにかに他のやつら共々、普通に死ぬことよりも恐ろしい目にあわされるに違いない。
だから自分は逃げる。
願わくはすぐ後ろまで迫ってきている何かが、他の同族に狙いを変えてくれることに万に一つの可能性にかけて……。
「ヒヘ、ヒヘ……ヒヒ?」
不意に、自分に向けられていた殺意が消えていることに気がついた。
もしかして、未来の群れの長となるであろう自分であるがゆえにさっきの願いが通じ、自分への追跡を止め、本当に他の同族のほうへと向かってくれたのか?
【死肉喰鼠】は走ることを止め、恐怖と疲労でガクガクと震える身体に無理やり言うことをきかせながら、周囲の状況を把握すべくその場でキョロキョロと辺りをせわしなく見回す。
あの恐ろしい何かの姿は見る影もない。どうやら本当に逃げ切れたようだ。
やはり自分は特別なのだ! あの群れを率いるのは今の長などではなく願いが聞き届けられる自分こそがふさわしい!
あとはさっき入ってきた壁の穴まで回り込みながら移動すれば、なにも問題なく逃げ切れる。なぜなら自分は次代の群れの長になるべき存在なのだから!
そう【死肉喰鼠】が安堵し、増上慢な考えを抱きつつ顔にニヤついた笑みがはっきりと浮かんだ、その時だった。
――ビュンッ!
突然の風切音とともに、細長い何かが闇の中から【死肉喰鼠】目掛けて飛来した。
それは槍だった。
穂先から石突きまで一直線の、過度な意匠などない実用性のみを重視した武骨な槍。
強いて挙げるとすれば、その特徴は二つ。
一つは、槍の柄には不思議な文様が刻まれており、その紋様が淡い燐光を放っている。そして二つ目は、その柄には一定の間隔で節が存在することだ。
武器に精通した者が長い時間をかけて調査すれば、これが伸縮自在な投擲用の槍であるということを見抜いただろう。
―――尤も、そんな人物はこの食料庫にしている洞穴などには存在していないわけだが。
槍は弓より放たれた矢のようにまっすぐに、そして尋常ではない速度で獲物へと飛翔し、狙いを過たず【死肉喰鼠】の頭蓋へと突き立ち、飛んできた時と同じ速度で【死肉喰鼠】を洞穴の壁面に縫い付けた。
「ヒ、ヒヘ? ヘヒ、ヒギャアアァァ――――――ッ!!!」
あまりの衝撃と自身の身に起こった突然の出来事に【死肉喰鼠】は動けずにいたが、遅れてやってきた想像を絶する痛みに激しくのたうち回った。
痛い、痛い痛い痛い痛いッ!! なんだッ!? いま自分は何をされたッ!? この頭から突き出ているものは何だ!?
耐え難い痛みと泡のように浮かんでは消える疑問が逆巻く中、【死肉喰鼠】はこの頭に生えているモノから逃げようともがき、暴れた。
しかし槍はその名に見合うだけの長さがあり、さらに槍の石突きは地面ではなく天井側を向いているため、簡単には抜け出すことができない。
そうこうしている内に更なる悲劇が【死肉喰鼠】を襲った。
「ヒギギギャア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ガガガガガガッ!?!?」
槍が青白く光ったかと思うと同時に放電を始めたのだ。放電は痛覚神経を直接刺激し、先程の痛みなど児戯にも等しいと思えるような激痛を【死肉喰鼠】へと与え、副次効果で生じた熱がゆっくりと、だが確実に【死肉喰鼠】の脳内のたんぱく質を凝固させてゆく。
それは【死肉喰鼠】にいとも簡単に『死』という考えを想起させた。
い、いやだ。いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ! 死にたくない、まだ自分は死にたくない! 自分はこの場にいる他のマヌケとは違う、最も崇高にして特別な存在なんだ!
そんな自分に相応な番になるメスにすら出会ってもいないのに、こんなところで終わるだなんて……!
誰か、誰でもいい! 次代の長となる自分を助けさせてやるからこの痛い何かを早く! 早グ! バやグ取リ除げエえエぇェェ!
「ギャヘヒャ、ギャヒ、ゲ……ヘ……」
しかし、今度の願いはどこの誰にも通じることもなく、放電が収まるころには【死肉喰鼠】は完全に動かなくなった。その身体からは白煙が上がり、生き物が焦げる嫌なニオイが立ち込め、排泄器官から漏れ出た体液やらなんやらが辺り一面に巻き散らされているのだった。
誤字脱字等があれば、随時受け付けておりますのでよろしくお願いいたします。




