026 ― 陋劣(ろうれつ)よ、汝の名は悪鼠(あくそ)なり ―
「ウォラ、弟よ。【死肉喰鼠】を捕まえたというのは本当か?」
数日後、私にとって彼の子分たちから上がってきた情報は非常に興味深いものだった。なにせ未開の惑星における最重要案件の現物を間近で見る、またとないチャンスだからだ。
「正確には『捕まえてブッ殺した』、だけどな。よりによってあのクソネズミ、頼みの綱だった長持ちさせらるようにしてた食料庫を漁っていやがった。これでまた腹ァ空かしてショボくれた子分たちの顔を見なくちゃならなくなった、クソッたれめッ!」
ウォラがやり場のない怒りの矛先を近くの壁に対して向け拳を叩き込むと、壁には大きな亀裂が一つ生まれてしまった。上階では特別室として用意してもらったレアテミス嬢の部屋があり、そこから『のわあぁっ! 地揺れ!? 地揺れかぇ!?』と、悲鳴にも似た叫び声が聞こえてきたが、まぁ聞かなかったことにしよう。
とはいえ、そこから崩落が始まってしまわないか少し不安になりつつ、私は彼に尋ねる。
「……一応聞くがもう処分してしまったのか?」
「おそらくまだだ。だが、奴らはいくつもの病気を持ってるからな。いつもは兄者と戦った時の崖下の川に投げ込むんだがな、あそこは相当地面が脆くなっちまってるから、なかなか簡単に近づけねぇんだ。だから炎属性の【法術】が使える年寄り連中に悪ぃモンが伝染る前にさっさと燃やしてもらわなきゃならねぇ」
ウォラは壁から引き抜いた手をワキワキと開閉しながら、――面倒事を増やしやがってと文句を垂れつつ――もう一方の手で頭をガリガリと掻いてその煩わしさをあからさまに露わにする。
「『【法術】が使える』?」
気づけば、私は無意識に彼へ聞き返していた。
「ウォラ、もしかして【法術】というのは『【アースフェイル】に生きている者すべてが使える力』だったりするのか?」
「あぁ? ここで数日暮らしてんのに、今さら何言ってやがんだ、兄者?」
「うぐッ!」
そう切り返されてしまうと返す言葉がない。
「それに兄者、いつもメシの時に出される酒に浮かんでいる氷。あれだって水属性の【法術】が使える連中に用意させてたんだぜ?」
「そ、そうだったのか……」
実際、ここで数日世話になってみて驚いたのは、原始的な生活を送っているはずの彼らが食材の保存・調理を行なっていたことだった。
しかも、その中でも特に驚愕したのは冷蔵庫代わりの『氷室』があったことだ。いつも飲み物に浮かんでいる氷は、この地下のどこかに氷の洞窟か何かがあってそこから切り出してきているものだとばかり思っていた。
が、実はまさかの人工的に製氷していたものだとは考えもしなかった。
氷なんて嗜好品を毎回の食事に出せるというのは『向こう側の世界』でも十九世紀の中期以降だったはずだから、それを考えればここでの食事はかなり奮発したものということになる。
「なんというか、知らないうちにずいぶんと贅沢をさせてもらっていたんだな。それに、ウォラの話で私もまた一歩、賢くなることができた。ありがとうな」
「そ、そうか? へ、へへへ……、まぁ俺様も? 子分たちの手前、少しは兄者みたいに出来るところを見せなくっちゃならねぇしな!」
ウォラは鼻の下を指でこすりながら、ガキ大将のような笑みを浮かべているのが何とも微笑ましい。
そういえば、あの一件以降、ウォラは自分の事を様づけで呼ぶようになった。きっと自分を、以前よりもより各上の存在となったことをアピールしたいのだろう。
まぁあの時に私の体液を混ぜた酒に含まれていたマイクロマシンに送った指令の一つ、『対象の脳細胞の段階的な活性化』も一役買っているのかもしれない。
(かくいう私も、一人称を『ぼく』から『俺』に変えていた時期があったわけだし、それについて私がとやかくいう事もあるまい……)
「ところでウォラ。ちょっとだけこの目で【死肉喰鼠】を見てみたいんだが、頼めるか?」
「そりゃあ兄者の頼みだ、聞き入れないわけがねぇ。ただ奴ら、死んでから臭い出すまであまり時間がなくてな。見るなら急いだ方がいい」
「助かる。それで、ネズミの死骸はどこに?」
「ここの通路をまっすぐ行った突き当たりで焼却する用意をしてしてるはずだから、おそらくそこだろう」
「ありがとう」
「あぁ。それと兄者……」
私が踵を返してその場所に向かおうとすると、不意にウォラが背中から声をかけてくる。
「……?」
「奴らの臭いには気ぃつけてくれよ。奴ら、死ぬとすぐ臭くなる。俺たちなんて目じゃないくらいだからな」
「……ご忠告どうも」
自分たちが臭うってのは周知の事実だったということに苦笑しつつ、私はその場を後にした。
◆◇◆◇◆
私が【死肉喰鼠】を焼却する予定の場所までたどり着くと、すでに多くの住民たちが野次馬目的でその場に居合わせていた。
妙な病気を伝染されるかもしれないって分かっていないんじゃないのか?
「すまない、ちょっと通してくれるか」
「ウギ!? あ、あなたは兄者様ぁっ?! へ、へへー! 承りましてございますですウギはいー!!」
私が群衆を掻き分け最前列まで歩を進めると、そこには横たわった【死肉喰鼠】が四肢を投げ出して地面に転がっていた。
体長は目測でも百四十cmはあり、ネズミの着ぐるみと言われた方が納得のいくサイズだ。外見はレアテミス嬢に聞いた通りだが、予想の三割上をゆくほど醜悪な外見をしている。
『ニワトリ』の脚のような鱗の付いた鉤爪を持った細い前足と筋肉質な後ろ足。
『向こう側の世界』における『クマネズミ』のように比較的スリムなボディと、『ハダカデバネズミ』のような体毛の無い体表。
だがその表面は言葉では言い尽くしがたいほど汚く、何より目立つのはその面構えだ。
死してもなお人を小馬鹿にしたようにニヤついた、まるでざまぁみろと言わんばかりの表情を貼り付けている。
「あぁ、ちょっとそこの二人。そうお前さんたちだ」
私は近くにいた、【角鬼亜人族】のウォラや【醜鼻鬼族】とは別の鬼のような生き物、【上位醜小鬼族】に尋ねてみた。
今まで彼らとの会話は片言だったり訳のわからない単語が多く、一回の会話にも悪戦苦闘していたが、ここに長くいるせいもあってか、彼らの話す亜人共通語の独特なアクセント、言い回しにもだいぶ翻訳機が慣れてきたようで、最近は会話の中の単語の聞き取りがかなり楽になってきた。
「こいつは、【死肉喰鼠】は皆が使っているような亜人共通語は喋るのか?」
「い、いいえ兄者様。あ、あっしは、生まれてこの方、何度もこいつと命のやり取りをしていますがね。モ、【死肉喰鼠】があっしらの言葉を喋ったしゅ、しゅしゅ瞬間なんて、ついぞ見たことがねぇですウギ、ハイ」
「そ、それでもオイラたち、何回か話しかけたことはあったんですぜウギ」
「結果は?」
「まったく酷いもんウギでさぁ。喋るどころか、こっちと会話する姿勢すら見せないと来てるウギ。なぁ?」
「おうともさウギ。あ、兄者様。こ、こいつらにあるのは食料をね、根こそぎ食いつぶしてた、ただただ増えることだけウギ。し、しかも自分で取ってくるんじゃなくて、ほ、他の連中が集めて集めてきたのをかすめ取るっていう、ひ、卑怯なやり方で食いブチを稼ぐウギ、んでさ」
「生きるためとはいえ、いくらなんでもそれは酷いな……」
「兄者様……。オイラは昔、こいつ等のせいで乳飲み子だったガキを最後まで育ててやることができなかったウギ。あの時ほどこいつ等を憎たらしく思ったことはなかったウギよ……」
沈痛な面持ちになりつつ語る【上位醜小鬼族】が拳を固く握りしめといるのがわかった。
「……辛いことを思い出させてしまったな。すまない」
私は不躾だった非礼を詫びるため、彼らに対して頭を下げる。
「い、いや! 兄者様が謝ることなんてねぇウギ! 頭をあげてくだせぇウギ!」
「そ、そうですぜウギ! そ、それにその事があったのは大分前の話ウギ! 今はこうして兄貴から見回り役をさせてもらって皆よりちょっとだけ多めに食べモンを分けてもらえるようにもなってガキ共もきちんと育ち始めてるウギ!」
そういって慌てふためく二人の【上位醜小鬼族】。しかし、やはりやりきれない気持ちというのはそう簡単に払拭できるものではなかったのだろう。
「それでも、もしも四大精霊様に願い聞き届けらるなら、こいつらを完全に滅ぼしてもらいてぇってなもんですウギ……」
子持ちの【上位醜小鬼族】から心の声が漏れ出ていた。
「なるほどな……」
「っと、そろそろいいですかい? だんだんと臭いがキツくなってきやがったウギ」
「そうだな。骨も残さずきっちり焼き尽くしてやってやれ」
呪術師のような格好をした老齢の【上位醜小鬼族】達が円陣を組んでなにかを唱え始めると、あらかじめ地面に描いていたのであろう魔方陣のようなマークが光を放ち始め巨大で青白い火柱が発現した。
(凄いな。種火も燃料も要らずにこれほどの高火力を産み出せるだなんて……。この魔方陣、いやこの場合の呼び方は【法術陣】……とかかな? とにかく大したものだ。もしかすると私も使えるようになるのだろうか?)
墜落という事故でではあれ、ファンタジーが横行する星に来てしまい、その星の生命体が当然のように使えているのだから、少し位は私も使ってみたいと思いたくもなるというものだ。
ふと、私がそんなふうに考えていたときだった。
「た、大変だすウギーっ!」
遠くから一人の【上位醜小鬼族】が血相を変えてこちらに走って来るのが目に入る。
息せき切って走ってきたせいか、私達のいる場所に着く頃には大粒の汗と運動後の独特のニオイを纏っていた。
「どうしたウギ、そんなに慌てて!?」
「も、もう一つの食料庫に、まだ数匹潜んでいやがっただすウギ!」
「なんだって?! 全部駄目にされたら今度こそ一巻の終わりウギよ!」
まるでこの世の終わりがきたかのような沈痛な空気に包まれるウォラの子分達。
そんな彼らに私ははっきりとした口調で声を掛けた。
「―――私が行こう」
「ウギ……?」
ウォラは言った。もう子分達がショボくれた顔を見るのは沢山だと。
あれほど力が強い彼でさえも、『飢餓』という理不尽に打ち勝つ術を持たないのだ。
ならばこれは、この星の理不尽や不条理といった『概念の外』の存在である私こそが成さなければならないことだ。
お人好しだと呼ばば呼べ。
しかし、私の弟を慕う者に手を差し伸べずして何が兄者か。
昔の人も『己の欲する所を人に施せ』と言っているではないか。
先ほどの質問に答えてくれた【上位醜小鬼族】の肩を掴み、その目を正面から見据えた。
「お前さん達には厳しくとも、私なら苦もなく辿り着ける。場所を教えてくれ」
「こ、ここと全く反対方向にあるウギ。でも道が入り組んでいるから着く頃には逃げられてるかも」
「その点に関しては問題ない。屋根伝いに進めばいいだけの話だ。場所はここと正反対の方向だな?」
実は、ここ数日ウォラ達の棲みかを歩き回って各区画の3Dマッピング化はほぼ完了している。
ヘルメット内部の機能に意識を集中し、この砦周辺のマップに存在する該当場所にマーカーを落とし込む。するとバイザー上に、そのマーカーまでの距離やルート情報が表示される仕組みだ。
私はさっきの会話内に出てきた場所を再確認をしつつ、その場所に相当するマップにマーカーを設置、さらにルートを障害物を無視しての『極最短距離』に再設定。
するとバイザー内部には、どこをどう通ればいいかの光の軌跡が浮かび上がる。
その軌跡をもとに、『向こう側《人間であった時》の世界』で活躍したとされる『源 義経』の八艘飛びよろしく、石造りの建物の上を跳躍に加え、特殊装甲のとある機能を起動する。
『フォース・フィールド』を作り出す『引斥力光波生成装置』、その装置の機能を『引力光波生成形式』に切り換える。
これは以前、この星に来た時、不運な行き違いに遭遇した時に使った機能の一端で、指定した任意の物体を私の側に引き寄せることができるものだ。
現状の私では成人男性五人分くらいの質量の物体しか動かせないが、本来の力であれば巨大な氷山程度を軽く「そぉい!!」することができる。
さて、私は光波照射と引き寄せ、跳躍を繰り返しながら、私は言われた場所に誰よりも早く到着した。
「これは、ひどいな……」
すでに周辺には【死肉喰鼠】との戦闘を行なった形跡があった。
いたるところに散在している【死肉喰鼠】の死骸が十数匹と、かなりの数の死傷者や地面へと倒れ伏していた。
「大丈夫か?」
【死肉喰鼠】に肩口を大きく食い千切られてしまったのか、出入り口付近で【醜鼻鬼族】が一人、損傷箇所を抑えながら片膝を付いていた。
「こ、こんなのかすり傷ウガ」
「【死肉喰鼠】はここにいるので全部か?」
「まだ食料庫の中に逃げ延びたやつが……」
「逃げたのは何匹だ?」
私の問いかけに【醜鼻鬼族】は首を横に振って眉間にしわを寄せる。
「わからんウガ。突然のことだったから……」
「そうか。ところでココの入り口は他にもあるのか?」
「いや、ここは元々あった洞穴をそのまま使っているから、出入り口はここだけウガ」
「なるほど、貴重な情報をありがとう。後は私に任せて傷が治るまで大人しくしているんだ」
私はすくっと立ち上がると、食料庫へと視線を走らせる。
「それと、後から来る連中にはこの出入口から私が出てくるまで絶対に中に入るなと伝えておいてくれ。もし入ろうとしたら命の保証はない、ともな?」
「そ、それはどういう……?」
困惑している【醜鼻鬼族】を無視し、私は単身、食料庫へとゆっくりと歩を進めた。
ここまでご高覧いただきありがとうございます。
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