025 ― 我ら、生まれも育ちも違えども…… ―
―――その二日後。
私たちが酒盛りをしていた大広間に再び集められていた。しかも、今度は【角鬼亜人族】の子分たちという観衆が見ているという状況だ。一体、何事かとざわつく彼らをよそに、わざとらしいほどの大きな咳払いがされる。
「うぉっほん! ではこれより、ここにいるリーパーとこの砦で一番強い【角鬼亜人族】との『義兄弟の儀』を行なう。今回の儀の進行は、立会人兼証人として【鉱亜人種】の妾、ゾフィー・レアテミス・ド・ヴェルグが取り持つ! 異論あるものはこの場で申し立てよ! 申し立てなきものは妾の次の言葉を待つのじゃ!」
数分間の静寂があったのち、レアテミス嬢が再び口を開く。
「……異論はなしということでよいな。では、リーパー、そして【角鬼亜人族】よ。お主らの前に置かれた瓶から盃に酒を満たし、主らの血を混ぜよ」
「分かった。【角鬼亜人族】、お前さん、こういったことは初めてだろう? まずは私がやって見せるから、それを真似してくれればいい」
「お、おぅ。分かったぜ」
どこか落ち着かない雰囲気の佇まいだった【角鬼亜人族】から、射殺さんばかりの視線が私に突き刺さる。私の一挙手一投足を見逃すまいという気概がひしひしと伝わってくるかのようだ。
まぁ、緊張しているのは彼だけじゃない。
何を隠そう、今回の儀礼における進行役兼立会人を頼んだレアテミス嬢もまた、同様の視線を私にチラチラと向けてきているのだ。
彼女は本国における全権大使という職に就いているだけあって、表情にこそ出ていないが、固唾を呑んでことの成り行きを見守っているのが分かる。
彼女が私の指示通りの口上を述べてくれたことに感謝しつつ、私は瓶の口に置かれた柄杓……らしきものを手に取り中の酒を掬って不格好な盃へと注ぐ。
さらに、盃の横に置かれた短刀を使って自らの指の腹に傷をつけると、酒に血液を混ぜたことで乳白色だった酒が鮮やかなライトグリーンへと変わる。
それに合わせて私は体内通信を使い、酒の色を蛍光色へと変化させた修復再生用マイクロマシンに対して『とある指令』を送る。
「ッ……、こう、でいいのか?」
子分達の手前、オドオドした態度はしないものの、相変わらず【角鬼亜人族】の表情は固い。
「大丈夫。問題ないとも」
「そ、そうか……。ならいい、続けようぜ」
多少安堵したかのような表情に戻った【角鬼亜人族】もまた、拙いながらも私の行動を見よう見まねでやってみせる。
「では最後に互いの盃を交換し、それぞれが中の酒を飲み干すのじゃ。そして飲み干して空になった盃を皆に見せよ。それが互いの盃を飲み干した証となる」
レアテミス嬢の言葉を聞いた私たちは彼女のいうとおりに盃を交換し、中の酒を一気にあおった。
相変わらず酒精が弱く酸味が口の中に広がる酒、さらに今回は【角鬼亜人族】の血が混ざっていることで、なんともいえない味となっていた。どうやらそれは向こうも同じなようで厳しい顔が若干歪んでいる。
そして二人で手に持った空の盃を、周囲にいるもの達に見えるように掲げると今回のイベントを見るために集まっていた観衆がわっと沸き立ち歓声が上がった。
「これで名実ともにお主らは義兄弟となった! 互いの行ないによってもう一方の迷惑にならぬよう、心がけるのじゃっ!」
「おぅ! 豆チビに言われなくともッ!」
「んなっ!? じゃからその呼び方は止めいと言っておろうがっ!」
レアテミス嬢と【角鬼亜人族】のやり取りをみながら、私は無言で【角鬼亜人族】に歩み寄った。
「ん? どうした、兄じ……ッ!?」
――バッ! ガシッ!!
彼が不思議がって私の顔を覗き見ようと屈んだ瞬間、私はすべての腕を広げて力強く彼を抱き締めた。
あくまで【死肉喰鼠】の情報を得たいがために行なったこととはいえ、今回の通過儀礼、私自身嬉しくないと言えば嘘になる。
なぜなら、衣食住に限らず移動や通信に至るまでほぼ全てを頼り切っていた宇宙船から遠く離れ、言葉も通じなければ、右も左も分からない状態の惑星にただ一人放り出されたと言っても過言ではない現状の私に、友人だけでなく――義理とはいえ――弟分までできるとは思ってもみなかったからだ。
久しぶりの孤独に、私という人間だった頃の残滓が不安を感じていたのだろう。
あとから思えば、この抱擁は安堵したがゆえの行動だったのかもしれない。
「あ、あんたッ! い、いい、いきなり何を……!?」
彼の戸惑いを無視し私は【角鬼亜人族】に語りかけた。
「我ら、生まれも育ちも違えども、義兄弟の契りを誓うからには、互いに助け、弱きを救い、百邪を退け、万精を駆滅する力とならん。……これで私とお前さんは家族だ」
場の空気に酔ってるのかもしれないな。気づけば、桃園の誓いのようなそうでないような、それでいてそれっぽい言葉が私の口から漏れ出ていた。
「ッ! か、家族……」
前半の言葉の意味がわからなかったのか、彼は一番最後の家族という単語にだけ反応した。
「生まれが違っても、血が繋がってなくても、たとえ別の種族であったとしても、私たちの間に結ばれた縁は誰にも切らせはしない。だからこそ、この縁が結ばれた記念として、私から贈り物をさせてほしい……弟よ」
私は呆けている【角鬼亜人族】からゆっくりと離れると、周囲で歓声を上げている者たちに対して声を張る。
「皆、少しだけ私の話を聞いてほしい! 今日、この日この場をもって、私たちは名実ともに義兄弟となった。そしてそれは皆が目で見た光景、耳で聞いた言葉が証となる」
私の声に鬼たちは再び静けさと冷静さを取り戻してゆく。
「ところで、聞けば彼は皆から『兄貴』と呼ばれてはいても決まった名前を持っていないとか。ならば、彼と義兄弟となった私から、この日の記念に彼へ名前を贈りたい!」
「「「おおおおぉぉぉぉッ!!」」」
その言葉に観衆が先ほど以上に沸き立つ。まぁ、記念というのは建前で本音はまた別なところにあるわけなのだが、そこは彼らに開示する情報ではないためあえて伏せることにした。
というのも、正直なところ私は彼を、「ちょっと」とか「今いいか?」とかといった呼び止めでしか引き留める術を持っていなかったのだ。
私の種族『レプティノイド』であれば、名前の代わりに各々が持っている固有振動数が名前の代わりとなっていたので会話が成立していたが、この世界【アースフェイル】ではそうもいかない。
レアテミス嬢に協力してもらって彼女の固有振動数で私が語りかけても、ただの不快な音にしか聞こえず眉をひそめられてしまったからだ。
さて、本来名付けというからには彼にふさわしい名を寝ずに考えてから付けねばならないが、私の中ではすでに決まっている。
改めて私は【角鬼亜人族】の方を振り向くと高々と声を上げた。
「弟よ。類い稀なその力強さ、仲間思いなその義侠心。そしてその赤々と燃えるような肌の色と髪の色にも負けない熱い魂。それらを踏まえて、私はお前さんに『ウォラ』という名前を贈ろう!」
「ウォラ……。それが、俺の名前……」
「そうだ。かつて私がいた場所における、勇猛果敢な伝説の鬼の名にあやかったものだ。……気に入ってくれると嬉しい」
「あ、あぁ、あぁッ! 気に入ったッ! 気に入ったともッ!! いいか、てめぇら! 今日から俺の名前は『ウォラ』だ! 呼び間違ったらブッ飛ばすぞおおぉッ!」
「「「ウガアアアァァァッ!」」」
「「「ウギイイイィィィッ!」」」
「「「ウォーラッ! ウォーラッ! ウォーラッ! ウォーラッ!」」」
【角鬼亜人族】の、否、ウォラの子分達が口を揃えて彼の名前をシュプレヒコールするなか、レアテミス嬢が彼の足を肘でこづく。
「ほれ、ウォラよ。名付け親となってくれた兄貴分に早よう礼を言わんかい」
「し、知らねぇよ、ンな言葉。何て言やぁいいんだよ……」
「そこは素直にありがとうじゃろうが」
レアテミス嬢の言葉を聞いたウォラは、姿勢を正して私の方を見据える。
「あ、ありがとう。リーパーの兄者……」
「どういたしまして。今後ともよろしくな、ウォラ……」
「あ、あぁ! 兄者からもらった名前、大切にするぜ!」
こうしてウォラと名乗ることになった【角鬼亜人族】は、正式に私の弟分となったのであった。
その後、大広間は情報交換会場とは名ばかりの、単なる宴会の会場と化してしまったのは言うまでもない。
だが、事態は私たちの現状など無視するように、新たな局面を迎えることになる。
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