002 ― 黄昏(たそがれ)に、兵(つわもの)どもが夢の…… ―
「ふぅ……」
ここは半年ほど前、世界大会の戦闘があった惑星の上空、静止衛星軌道上に停泊している宇宙船。
この誰もアクセスしていないような場所を待ち合わせ場所に指定された私は、待ち合わせの時間よりも大幅に早くログインして一人の時間を過ごしていた。
その船内艦橋に設置された艦長席に腰を下ろして、短い溜め息をつく。
『マイシップ』と呼ばれるこの個人スペースは、オンラインFPSゲーム『インターセプター』をプレイする上で、重要な個人情報やプレイヤーデータの登録時に『運営』から自動的に譲渡される。
束の間の休息をひとときでも満喫した私は、頭と気持ちを半強制的に切り替える。
「さて……」
あまり気乗りはしないが、こちらから連絡すると言ってしまった手前、連絡しないというのは社会通念上よろしくはない。
私はコントロールパネルを操作して、指定された秘匿回線に通信をつなげる。
すると、画面には『Sound‐Only』の文字が表示され、目的の人物今大会の主催者である『運営会社の開発兼広報担当』である『チーフさん』の声が聞こえてくる。
《お待たせしました。ご連絡下さりありがとうございます、CUZさん》
「いいえ、こちらこそ連絡が遅くなり申し訳ありませんでした、『チーフさん』。それでどうでした? 不正ツールを使っているというプレイヤーは割り出せましたか?」
《はい。CUZさんが打って出てくれたおかげで戦闘が上手いこと長引き、結果としてIPアドレスの逆探知がうまくいきました。今回は作戦に参加してくださり、本当にありがとうございます》
やや興奮気味のチーフさんとは裏腹に、私は少々後ろめたい気持ちであった。
連絡が遅れたのもそれが原因だったからだ。
「……お礼を言われるほどのことはしていません。それに私は、今回の作戦にあまり気乗りしていなかった人物の一人ですし」
《それはそうかもしれませんが……。しかし事実、CUZさんが介入してくださったおかげで、『インターセプター』の脅威は瀬戸際で食い止めることができたんですよ?》
あくまで私ひとりの手柄であるかのような『チーフさん』の言葉尻に、私は細やかな反論を返す。
「であれば、そんな途中参戦した私よりも、『アライアンス』を組織してまでこのゲームの秩序を守ろうとしてくれた有志の方々に言葉をかけてあげてください。自分達の実生活が危険に及ぶかもしれない大会生中継で、顔出しまでしてプレイをしてくれたんですから」
―――昨今騒がれていた『新種の違法遊戯の形』などと取り沙汰され、あたかも犯罪の温床と暗喩されていた『インターセプター』。
クローズドβ版からの付き合いである古参メンバーは、その報道に日々義憤を募らせていた。
そしてある日、無実のプレイヤーが冤罪で捕まったのを皮切りに、彼らは一斉に決起した。
あの全世界を巻き込んで行なわれた大会は、『安住の地にかけられた悪評の払拭』と『犯人の社会的抹殺、および同類行為を行なっていた者たちへの見せしめ』のために開催されたといっても過言ではない。
彼らは綿密な計画を立て、過敏とも思われる作戦の網を幾重にも張り巡らせ、いかにも違法者達が飛び付きそうな謳い文句と報酬を用意し、虎視眈々と獲物が罠に掛かるのを待っていたのである。
だが、そんな世界規模の大会を大々的に盛り上げるためと息巻いていた彼らからすれば、私はさながら大会当日に彼らの獲物を横から掠め取っていったトンビでしかない。
それもそのはず。
いくら食指が動き、私を魅了したといっても、私にとって『インターセプター』はあくまで『ゲーム』。
宇宙という『未知の新天地』を舞台にした、壮大な『ごっこ遊び』の域を出なかったのである。
そういった意味で今回の私の行動は、俗にいう『課金厨』や『廃人プレイヤー』といった、ゲームを愛してやまない熟練者の方々の目には『どっち付かずの半端者』と映ったに違いない。
それでも気の良い彼らの一部はその事を叱責せず、むしろこのゲームが如何に健全かつ秩序ある遊戯であるかの証明に繋がったといって私という存在を暖かく迎え入れてくれた。
だからこそ賞賛されるのは私ではなく彼らの方だと、私は『チーフさん』に切々と語った。
《確かにCUZさんの言う通りですね。分かりました。彼らにもこの後正式に通達を出させていただきましょう》
『チーフさん』も分かってくれたらしく、私の要求を受け入れてくれた。
本当にこの人は話分かる人で大いに助かる。
「ありがとうございます。……ところで、『彼ら』の処遇についてはお訊ねしても?」
どうしても『それ』だけは聞いておかなければならないだろう。
私のいう『彼ら』とは、もちろん『不正行為を働いていたプレイヤー達』だ。
彼らは最後の最後まで自分たちの不正行為を正当化して、現実世界での相当な額の利益を得ていたらしい。
『アライアンス』のメンバーの一人が言うには「日本人の貯蓄平均額くらいは簡単に手に入れてたのでは?」とのことだったが、真実は今のところ闇の中だ。
『チーフさん』は少しだけ押し黙り、如何にも内緒話ですとばかりに声を小さくして分かる範囲の事を私に教えてくれた。
《なにぶん会社の恥部ですので、詳細まではお話しできませんが……。上層部は幹部会を緊急招集、さらに役員会議では満場一致にて相手側に損害賠償を求めて訴訟を起こし徹底的に裁判で争う……ということに決まったようです》
あくまで私が耳にしたところではと付け加えながら、『チーフさん』の声のトーンが少し落ち込んだ。
「そう、ですか」
《ただ、プレイヤーの親御さんに厄介な方がいるらしく、今回の一件はことのほか波乱になりそうだ、と》
それでも国という枠組みを超え、あらゆる人種や宗教の垣根すら超えて今なお成長を続けている、『超巨大多国籍複合企業体』でありこの『インターセプター』を開発・運営している会社、『吉祥者』を余程怒らせたのか、上層部は絶対に妥協も譲歩もしない断固とした対応をとるつもりでいるらしい。
私はその話を聞きながら、社会の厳しさを改めて痛感するとともに『不正行為を働いたプレイヤー達』の今後の人生が気の毒に思えてならなかった。
だってそうだろう?
仮に罪を償ったとしても、道を歩けば、まるで指名手配犯のように周囲から白い目で見られ、後ろ指を指され、尾ひれがついて誇張された噂を立てられる。
そのうえ、科学技術が進歩した現代では『情報』が拡散するスピードは尋常ではない。
『人の噂も七十五日』という諺があるがそんなものはまやかしであり、今の時代となってはもはや骨董品に近い。
インターネットやソーシャル・ネットワーキング・サービス、通称『SNS』と呼ばれるWEB上の社会的ネットワーク等が普及した現代において、『デジタル化された情報』には経年劣化という概念がない。
家族や友人同士の会話から、何気ない噂話。
果ては発言した本人すら会ったことのないどこかの誰かに向けた、精神的に苦しめ、死に至らしめるほどの誹謗や中傷。
そういった日々のあらゆる情報がそのままの形で保存され、広大な電子の海を漂っているのだ。
つまり彼らは今後、人生の大半を影のように付きまとう『情報』を背負って生きていかなかればならなくなったということになる。
一部のサイトや掲示板から該当の情報を消し去ったとしても、再燃を求める者が自分の保持する端末内の過去ログから、再度情報という薪をくべることだろう。
そう考えると、私の行なったことは本当に正しかったのか、彼らをさらに追い詰めたのではないかと自問自答に駆られて、現実世界での生活がおろそかになりがちとなる。
杞憂だと言えばそれまでだが、それでも私にはその一線を超える勇気がなかった。
結局、不正行為を行なっていたプレイヤー達が逃走する兆候を見せたため、かつ事態の早期収束をさせたくて最後は動いてしまったわけだが……。
《ンン……ともかく。CUZさんには今後とも、弊社のゲームを楽しんでいただければ幸いです》
勤務時間が押し迫っているのだろう、『チーフさん』は軽く咳払いすると最後のあいさつを告げてきた。
「もちろんです。ただまぁ、今までのように純粋に、とは言いがたいですが……。それでもこのゲームは、『クローズドβ版』の頃から慣れ親しんでいましたからね。少なからず愛着もわくってものです」
《そう言っていただけるだけでも、このゲームに携わったメンバーの一人としては万感の思いです。……では『アライアンス』の皆さんにもご連絡しようと思いますので、今回はこの辺で失礼いたします》
「はい、それでは」
その言葉を最後に『チーフさん』からの通信は途切れた。
◆◇◆◇◆
「……はぁ。チートプレイヤーの炙り出しと吊し上げ、か。聞いていて心地よい言葉ではないな……」
私は深いため息と共に、揺ったりとした椅子の背もたれに身体を預ける。
極たまにNPC(コンピューター上に存在するプレイヤーが操作が必要ないキャラクター)の宇宙海賊やPK(プレイヤーキラー、他のプレイヤーを対象にした攻撃を仕掛けてくるプレイヤーのこと)といった敵性宇宙船が攻撃を仕掛けてくることもあるが、現在の宙域にはそういった反応は一切ない。
大会が終わった会場に残っていても無意味だというかのように、閑散としていて非常に静かなものだ。
私は艦橋の窓の外に広がる見たことない惑星や天体を眺めながら、少々感傷的になっていた。
この椅子も、この宇宙船も。
そしてありもしない異星を艦橋から眺めるこの身体も。
全ては偽物、『インターセプター』と呼ばれるオンラインゲームの仮想データに過ぎない。
たったそれだけの電子データのやり取りにすぎないという私のような人間もいれば、そのやり取りに人生と情熱を傾ける人間もいる。
―――そしてそれを悪用する人間も。
「『彼ら』には残酷かもしれないが、社会のルールを破って悪いことをしたんだって自覚をしてもらいたい、な……」
その時、手元のアラームから電子音が鳴った。
「あぁ、もうこんな時間か。今回は長時間戦闘だったから流石に目が疲れたなぁ」
私は手元のコントローラーを操作して『インターセプター』からログアウトする。
そのままの流れでヘッドセットを外すと、いつも見慣れた日常の風景が私を現実に引き戻す。
ここが、私の現実世界における住居。
園田が視界の端から端まで広がるような場所にある築九十年の木造家屋の平屋建て。
滑りの悪い雨戸を全て開け広げた状態の居間には初夏の涼やかな風が通り抜けている。
大都会の喧騒に疲れた私は東北の片田舎にある祖父母の家を終の住処とし、ある程度の利便性を持たせることで、デジタル世代の私でも暮らしていけるようにさせてもらったのだ。
そんな古民家ともいえる家屋の居間に置かれたミスマッチなデジタル家電を前に、シパシパする目をまぶたの上から優しくマッサージをしていると家のインターホンが鳴る。
「こんにぢはー! 『ハカセさん』いますがー!」
若干訛りが入っているが、ハツラツとした声が家屋に響く。
「あ、はーい! ちょっと待っててねー!」
返事を返しながら立ち上がると、無意識によっこらしょっという言葉が口から漏れでる。
流石に三十後半を過ぎたオッサンの身体には、夜更かしをしてのゲームは堪えるものがあったということだ。
トントンと廊下を歩きながら玄関まで移動すると、年若い女性が上がり框に座って待っていた。
彼女の名前は『男鹿 こまち』。
再来年、都市部の高校へ入学しようとしている中学生だ。
「お待たせー。暑かったでしょ、外」
そう言いながら、冷蔵庫から持ってきた麦茶を入れたカップを彼女に手渡す。
「そんたごどはねぁです。それよりも、『ハカセさん』はまだ夜通しピコピコですが?」
彼女の言う『ピコピコ』とはもちろん、ゲームの事だ。
彼女の家は祖父母の代からゲーム世代であるにもかかわらず、皆が皆『ゲーム = ピコピコと音のする機械』で統一がなされている。
いまさら修正を図るのも煩わしいだろうし、意味や言葉が通じないよりはずっといい。
「あはは、見られていたとはお恥ずかしい」
私が無意識に首の後ろに手を回してさすっている様子を見ながら、彼女は手にしていたコップの中の麦茶を嚥下していた。
「んぐんぐ……はぁっ。別にしょしくはねぁで思います。それに今の世の中、なにがしらそういった趣味を持つ人の方が当だり前んだんて」
「そう、いうものかな?」
「んだよ。それに、『ハカセさん』がピコピコ好ぎだってごどはみぃんな知ってらがら……」
「ははは、私も変な意味で有名になったものだなぁ。それで? 今日はなんのご用向きかな? それともまた何かの機械の故障かな?」
愛想笑いを浮かべながら、私は彼女に尋ねた。
なぜ私がこんな質問をしたかというと、私が先程から『ハカセさん』と呼ばれていること。
そして私自身の『経歴』に理由があった。
そもそも、この村に在住の方々は大抵、機械の故障に対する対処が『叩く』の一択である。
言い方が悪いかもしれないが、そんな『ド』がつくほどの田舎に『技術屋』として生きてきた人間が、突如ひょっこりやって来たのだ。
彼らからしてみれば、まさに天からの恵みだったのだろう(実際、耕運機をどうにかこうにか直した際には手を合わせて拝まれてしまった)。
それゆえ『あれ? 故障かな?』と少しでも疑いがあれば、すぐ私の家の電話が鳴って呼び出されるか、小さいものなら持参してくるようになってしまった。
完全な自業自得である。
確かに私にも至らぬ点があったことは、私自身、重々承知であった。
なまじ機械修理や保守点検に必要な資格をいくつか保持している――というか会社勤めの頃に強制的に取らせられた(全部自腹で)。取れなかった同僚は次々と解雇されていった――からといって、「なんとか努力はしてみましょう」と安請け合いした挙句、何でもかんでも直そうとしてしまい、その殆んどを直してしまったのが問題だった。
それが、皆が私を本名の『松本』ではなく、『ハカセさん』と呼ぶ由縁であった。
そして目の前にいる彼女、こまちちゃんも以前ヘアドライヤーの調子が悪いと言って持ってきたことがある。
そのため、今日来たのもそれに準じた事なのだろうと、この時の私は軽く思っていた。
しかし、事態はそれ以上に重大な案件だったのをすぐに思い知ることになる。
「なに言ってらんだが、『ハカセさん』。今日は大っぎな街のスーパーさ連れでいってぐれるって約束してだじゃねぁですが?」
「え……?」
「……もしかして忘れでしまった、んだが?」
秋田美人の素養満載のこまちちゃんが、この世の終わりのような顔をする。
(まずい、まずいまずいまずい! この微妙な空気は非常にまずい!!)
なにか答えようと灰色の脳細胞をフル回転させるが、無情にも単なる空回りで終わってしまった。
「そ、んだよね。私みだいな田舎娘じゃ『ハカセさん』に釣り合うはずねぁのに、一人で勝手さ舞い上がって……バカみだい」
愛想笑いしていた表情がみるみる陰り、瞳の端にじんわりと涙が溜まり始め、そのまま俯いてしまった。
女性の泣き顔ほど心に突き刺さる凶器はない。
なにせ肉体的防御が完全に無意味だからである。
いわんや自分が泣かせてしまった少女をや。
「い、いやいや! いやいやいやいや! そんなことないよ! いつもと違うよそ行きの格好だったから、なにか別の用事でも出来てそれに何かが必要になったからなんじゃないかって思っただけだから!」
これ以上の罪悪感に耐えられなかった私はとにかく言い繕った。
「でも……」
うつ向いたままスンスンと鼻をすする音が、さらに私の心というサンドバッグを袋叩きにする。
「それにホラ! こまちちゃんにはいつも助けてもらっているし、その恩返しも兼ねようかなって思っていたから丁度いいよ」
まったくダメな大人の典型である。
ここは素直に謝るが正当だろうに。
「恩返しって……でもハカセさん、さっきまでピコピコしてだじゃねぁですか? 邪魔してしまったんじゃ……」
「うぐっ!? それは、その……」
ここでさらに隠し通すのは得策でないと判断した私は、真実を包み隠さず正直に話すことにした。
「実をいうと、昨日の会合のあと、帰ってきてから布団に潜り込んだんだけど。今日のことを考えているうちに眠れなくなっちゃって……」
「……?」
ようやく顔をあげてくれた彼女の目には、私の今の姿はどう映っているのだろうか?
約束を平気ですっぽかす軽薄な大人だろうか?
それとも自分の趣味にしか興味のない利己的な男だろうか?
「今日の買い出しに付き合ってくれるとはいえ、プライベートで女性と外出するっていう人生初の出来事に興奮というか、動揺というか。とにかくなにか普段通りの事をしていないと落ち着かなくなってしまって……。それでその、ネットゲームをしだしたら気付いたら朝になってて……」
もはや何を言っても言い訳にしかならないのは理解していたが、私は尻すぼみになりつつある言葉をどうにか絞り出すことに腐心していた。
その時である。
「……ふふっ」
「へ?」
突然吹き出した彼女の様子に対し、私はまるで鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をして間の抜けた声をあげていた。
「なんだが、それ。まるで遠足待ぢぎれねぁでいだ弟みだい。ふふっ、ふふふふっ!」
「そ、そうかい? そんなにおかしい、いやおかしいことだよなコレは」
そう言いながら、再び私は手を首の後ろに持っていき、延髄の辺りを手のひらでさすりながら居心地の悪さを表す。
「んだよ。それも『大人のハカセさん』が弟どおんなじ事するんだっていうのが、ふふ、もう可笑しぐって……!」
目尻の涙からは既に哀愁は消え去り、こまちちゃんは泣きながら笑うというなんとも高等なリアクションをしていた。
「……っはぁ、分がった! そう言うごどなら、今回は多目にみます」
ひとしきり笑った彼女から沙汰が言い渡された。
「ありがとうござ……」
「ただし、今日の買い物終わったら私の行ぎだいどごろさ連れでいってぐださい。それが条件です!」
「お、お手柔らかにね……」
「そんたに心配しねでも大丈夫です。まずは見だい映画があるがら映画館です。それがら学校で使う文房具やノートも補充したいだし。あ、あど読みだい本もあるがら本屋さんも追加だ!」
「はい、承りました。……じゃあもうちょっと待っててね! 四十秒で支度するから!」
彼女の機嫌が戻ったことに内心ホッとしつつ、彼女の手から先程のカップを回収。
すぐさま奥に引っ込んだ私は、昨日の段階で揃えていた外出着に手早く着替える。
レディーをこれ以上待たせるわけにはいかない。
携帯や財布等の入ったバックを装備しつつ、最低限の栄養補給補助食品である『ウダー』を複数一気飲みする。
眠気覚ましのタブレットを複数個まとめて口に放り込み、こまちちゃんが待つ玄関へと急ぐ。
が、残念。
流石に四十秒は切れなかった。
年齢が年齢のため多少息が上がっている。
これでは空賊にジョブチェンジするハメになったら、女船長に叱られていたことだろう。
戸板で出来た雨戸をすべて閉め、火の元やパソコンの電源の確認をする。
一人暮らしの身としては、帰ってきたときに『家なき子』になることだけは避けねばならない。
最後に玄関を施錠して、私は隣でしきりに髪の毛の端を弄っているこまちちゃんに向き直る。
「それじゃあ改めて、今日一日よろしくね」
「はい。こぢらごそ、よろしくお願いします!」
爽やかな風が薫る中で見た彼女の微笑みは、私が見たどんなものよりも眩しく感じられた。
―――そしてそれが、私の心に残った『最後の光景』となったのであった。
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2020/09/30…誤字報告による誤字の修正