019 ― 舞台は整(そろ)へど、其(そ)は我が本意に非(あら)ず ―
私は瞬時にレアテミス嬢を庇うため、片膝をついた体勢のままその剛腕から繰り出された拳に自身の拳をかち合わせることで、何とか迎撃に成功した。
咄嗟の行動とはいえその衝撃は凄まじく、じいぃぃんッという痺れがかち合わせた腕に広がってゆくのを感じた。
もちろん拳同士がかち合った時の余波は風圧となり、周囲で私達を密集していた鬼たちは、小さい背丈をした奴の大半が放射状にフッ飛んだ。
大柄の【醜鼻鬼族】ですらその場に踏み留まるのに精一杯という状態である。
無論、私や赤鬼よりも体重の軽いレアテミス嬢も他聞に漏れず、「のわあぁっ!?」という声を伴ってコロコロと後ろに転がってしまっていた。
「て、めぇ……っ!」
そう言って唸り声をあげている赤鬼の双眸からは、ありありとした敵意が見てとれた。
ただでさえ彼は私たちと道中行動を共にしてきた【醜鼻鬼族】と同じ身の丈であるため、威圧感が半端ない。
「やれやれ、『燕雀鳳を生まず』というが、まさにお前さんはその典型だな」
「あ゛ぁッ!? なに抜かしてやがるッ!」
「弟分が弟分なら、兄貴分も同じくらい――頭が悪い――という例え話だ」
「スカした面ァしやがってッ! 何が地下で最強だッ!!」
「ぶ、無礼なッ!? いきなり何をするのじゃッ、この【角鬼亜人族】め!」
じたばたしながらも体勢を立て直しつつ、レアテミス嬢が赤鬼に対して毅然と吼える。
「【角鬼亜人族】? コイツが?」
なるほど。これが道中彼女から耳にしていた【角鬼亜人族】という種族だったのか。
初見から下腹が突き出ただらしない体つきの【醜鼻鬼族】とは体型が随分違うと思ってはいたが、完全に別種だったとは。
「だまれ、この豆チビがッ! 俺はな、自分が最強だと名乗る奴が一番気に食わねぇッ! それだけの事だッ!」
あぁ、そうか。
つまりコイツは、『地下世界』という限られた場所において負け知らずなのだったのだろう。
だからこそ、自分を差し置いて最強を名乗る輩がたまらなく許せないに違いない。
実はここだけの話。
レアテミス嬢が私を『地下世界最強の男』と嘯いたのは、何を隠そう私との話し合いによるものであり、私からお願いしたことだった。
あの鎧つき【醜鼻鬼族】が私たちのところに戻ってくる間、交渉の席においての話題についていくつか取り決めをさせてもらったのだ。
一つ、何らかの示威行為をすることで、こちらの武力を相手側に知らしめさせる。
一つ、必要なのはあくまで情報。防具をあつらえてまで仲間を無事送還させたことを誇張ぎみに喧伝して、相手に借りを作らせ話し合いを有利に進ませる(まぁ、相手方がそう判断できるくらいの高等な知能を有していればの話だが……)。
一つ、必要な情報が揃うまでは、私たちから相手方に手を上げることは厳禁。
他にも細かいところはあれど、大まかにはこんな感じだ。
特に、最後の取り決めは特に厳重にレアテミス嬢より言い含められた。
彼女いわく、「妾たち【鉱亜人種】は身体的特徴を揶揄されることなど慣れっこじゃ。友人思いなお主も嫌いではないが、今回ばかりは聞き流すように努めよ」とのこと。
まぁ、せっかくの友人たっての希望だ。
尊重も譲歩もしよう。
しかし、相手側に加害の意思があるならば話は別だ。
私は――自衛の範囲から逸脱しない程度の力で――かち合わせたままの腕に力を込め、【角鬼亜人族】の体をぐんっと押し返してやった。
【角鬼亜人族】の身体は、縄か何かで背中側から急激に引っ張られたかのごとく、彼が座っていた巨岩の前に着地した。
着地した衝撃で辺りに砂ぼこりが舞い上がり、特殊装甲の汚染値計測センサーの機嫌がどんどん悪くなってゆく。
ただでさえ、掃除が行き届いていない閉所でこれだけの粉じんが舞い散っているのだ。
『向こう側の世界』の世界であれば、確実にハウスダストアレルギーを患ってしまうに違いない。
心の片隅に小一時間ほど掃除の概念と重要性について説教をしなくては、と思う自分がいた。
「ッ! この俺を押し戻すたぁ、ちったぁやるじゃねぇか!」
どこぞのアメコミチックな『三点着地』しながらこちらを見据える【角鬼亜人族】が、口角をニヤリと吊り上げる。
彼の口元から猪のように下顎から生えた牙があらわになる。
嗚呼……。
彼の、あの何かを思い付いたと言わんばかりの顔には、とても見覚えがある。
『こちら側の世界』での私の種族『レプティノイド』は、まるで週刊少年誌に登場するバトルもののキャラクターがごとき性格をしている人物が非常に多かった。
特に私がお世話になっていた家『赤の家』には長女、次女、末弟の三人がおり、うち一番上の姉がかなりの負けず嫌いだった。
事あるごとに彼女から難癖をつけられては勝負を吹っ掛けられていた。
その時の彼女の顔に、目の前の【角鬼亜人族】の表情が良く似ているのだ。
嫌な予感がする。
この後の流れが容易に想像できるほどに……。
「いいだろう。てめぇが本当に最強かどうか、この俺自身が確かめてやらぁッ! 表に出ろぉッ!!」
…………。
( ゜Д ゜)
な?
(゜Д゜)
◆◇◆◇◆
……さて。
知性を持った生命体が事を起こすに当たり、重要なことがある。
過去の出来事を思い返し、現状をしっかりと見据え、今後の対策を練るという、古今東西、万国共通の大事なことだ。
中には例外的な考えや独自の思考をもつ人物もいなくはないが、前者は一般的な考えでまず間違いないだろう。
かつて『向こう側の世界』では、14世紀のイタリアから文芸復興が始まったことで文化がより華やかになり、20世紀初頭のアメリカでは世界恐慌からの脱却を図るために大規模な巻き返し政策がとられた。
そこで私も先人たちに倣い、状況の再確認とこれからどう行動すればよいか、今一度考えるべきだと思った次第だ。
まずはこれまでの経緯に関してだ。
運悪くこの未知の惑星に墜ちてしまった私は、道中、『剣と魔法の世界』の代表格たる【鉱亜人種】の女性にして【ドリュアタイ地下帝国】の皇女殿下、『ゾフィー・レアテミス・ド・ヴェルグ』を助けることになった。
彼女を送り届けてくれたことになった矢先、これまたファンタジー世界の住人【醜鼻鬼族】(やや変態気味)と相対することに。
しかしながらこの【醜鼻鬼族】、よりによってこの惑星で初めてできた友人に対して不躾な態度をとってきたではないか。
もちろんそれを看過できなかった私は【醜鼻鬼族】に対して対話(物理)を試みることを決心、どうにか【醜鼻鬼族】の説得(強制)させることができた。
その後、彼から事情を聴いたことによると、【死肉喰鼠】なるネズミに似たモンスターの退治のため、たった一人でここまでの長い遠征を行なってきたのだとか。
聡明なレアテミス嬢は【醜鼻鬼族】の証言から、【死肉喰鼠】頻出を大量発生の兆しと判断。
【醜鼻鬼族】を彼らの棲みかに送還しつつ更なる詳しい情報を入手すべく、私とレアテミス嬢は彼らの居住地へと足を運んだ。
そして私たちが【醜鼻鬼族】の棲みかへと到着早々、彼らを束ねるボス猿的存在である赤鬼のような生き物、【角鬼亜人族】と顔を合わせることになった、と。
うん、ここまではOK。
いくらこの肉体に宿っている精神が、物覚えに不安を感じ始めた40代のオッサンでもここまでは問題ない。(キリッ
さて、お次は現状把握だな。
現在、私と赤鬼、もとい【角鬼亜人族】と呼ばれる生き物は、【蓄法石】の砦の外にあるという開けた場所に目下、移動中である。
表に出ろといっただけあって、彼が暴れまわっても被害を最小限にできる場所があるのだとか。
ちなみにレアテミス嬢は、道中寝食を共にした鎧付き【醜鼻鬼族】が横に立って身辺警護している。
………。
うん。
どうしてこんな事になっているのか、これが解らない。(キリリッ
そもそも、私たちの目的はあくまで『【醜鼻鬼族】の送還』と『【死肉喰鼠】の情報収集』だったはずだ。
だのに、いつの間にかこんな決闘まがいな状況に陥ってしまっている。
なぜだッ!!(某国民的ロボットアニメの総帥風
と、まぁ。
いい加減『現状把握』などと大層なお題目を称した『現実逃避』はここまでにしておこう。
気持ちの切り替え、これ大事。
おそらく先の一件、レアテミス嬢の『リーパーが地下世界最強説』が許せなかったお山の大将こと眼前の【角鬼亜人族】は、私をブチのめすことによって自身の力を誇示して、その地位を不動のものにしようとしているに違いない。
手段はどうあれ、こちら側が決めた『示威行為による交渉時の優位性の確立』からは逸脱していない…………はずだ。
「おい、てめぇ。さっきから何訳の分からねぇ呻き声を上げてやがる」
おっと、どうやら無意識のうちに『レプティノイド』の言語で独り言を呟いてしまっていたらしい。
「あぁ、すまない。うるさかったかな?」
「ウェッヘッヘ。こいつ、キット今ニナッテあにきノつよサガ分カッテこわクナッタニちがイナイウガ」
「「「ソウウガ! ソウウガ! バーカ、バーカ!」」」
私が逃げ出さないように、私を四方から囲んだ【醜鼻鬼族】達が幼稚な罵声を私に浴びせかけてくる。
「はんッ! 今さらブルッても遅ぇんだよ、このマヌケが。そもそも、てめぇみてぇなヤツを思いっきりボコボコにしなけりゃ、俺の腹の虫がおさまらねぇ……」
この【角鬼亜人族】、随分と最強の二文字にご執心なようだが、なんというか少しばかり執着が過ぎるように思えるのは気のせいだろうか?
そんな会話を二、三続けていると、ほどなくして急に視界が開けた。
どうやらここが彼のいう『開けた場所』のようだ。
最初に入ってきた入り口とは別の風景であるため、おそらく砦の反対側なのだろう。
砦の外壁には多数の鬼のような生き物が陣取り、私たち……というより、自分達のリーダーである【角鬼亜人族】の勇姿を目に焼き付けようとしている。
「それで? 私はどうすればいいのだろうか?」
【醜鼻鬼族】達が私から離れたのを機に、【角鬼亜人族】に質問してみた。レアテミス嬢の事もある。
包囲せん滅戦なんてやられた日には、自分の命どころか彼女の身まで危険に晒すことになってしまう。
現状での唯一の理解者を喪失することは何としても避けなければならない。
「どうもこうもねぇ。向こうで俺の子分があのデカい金属の板を叩いて鳴らす。それが始まりの合図だ」
【角鬼亜人族】が顎をしゃくったので、私はその方向に目を向ける。
そこには確かに分厚い金属の戸板のようなものが無造作に立て掛けられていた。
どうやらアレがゴングの代わりになるようだ。
「そうか。で、勝ち負けはどうやって決めるんだ? それも合図する者がいるのか?」
「そんなヤツいるわきゃねぇだろう。相手が降参するまで思いっきりブチのめす、簡単だろうが」
もっとも、今の俺はてめぇが降参しようが関係ねぇけどな、と言ってギラついた眼差しを私に向けてくる。
「とはいえ、ただ単にてめぇをブチのめすだけじゃつまらねぇ……」
「? それはどういう……?」
私が不思議がっていると、不意にガランガランという音が辺りに鳴り響く。
もう始まりなのかと思ったが、どうやら違うらしい。
【醜鼻鬼族】の一体が何やら両手に抱えきれないほどの武器を携えて歩いてきて、それを地面にバラまいたのだ。
「そこにあるのは、俺たちが地上に行ったときに時々出くわすニンゲン共の武器だ。てめぇには特別に使うことを許してやる」
「それは……。お前さんが不利になるかもしれないぞ?」
「はんッ! そんなゴミでキズを付けられるほど柔な生き方はしてねぇ」
じゃあ、何で持ってこさせたの……(困惑。
ま、まぁ、彼からしてみれば、私は実力を見せず言葉だけで最強を名乗って粋がっている存在に過ぎないのだろうから、ここは敢えて彼の思惑に乗るのも悪くはない。
「ならお言葉に甘えさせてもらうか……」
私は地面にバラまかれた武器を拾うかどうか悩んでいる素振りをしながら、周囲の状況を把握するべく思考を素早く巡らせる。
私たちが今いる場所は砦の反対側。
仮にレアテミス嬢を連れて逃走したとしても、まずはあの【蓄法石】の砦を越えなくてはならない。
それに越えようとすれば、今この勝負を見るために外に出てきている鬼のような生き物の殆んどを相手にしなければならなくなるのは目に見えている。
あの鎧付きの【醜鼻鬼族】を膺懲させるにも、マウントポジションからのタコ殴りを何分か続けてようやく、といったところだったのだ。
そうなってしまった場合、『現状の私』では自分の身を守るだけで精一杯だし、いったいどうしたもんか……。
「おぉそうだ。逃げようなんて考えるなよ? てめぇが俺と闘わねぇなら、あそこの豆チビは即、子分達のエサ決定だ。それに、砦と反対の壁の間は断崖で、その下には生きモンをドロドロに溶かす川が流れてる。つまり、てめぇはどう足掻いても俺と闘わねぇといけねぇんだよ」
親切丁寧な説明どうもありがとうッ!
というか、なにそのデスマッチ……。
リスクばっかりで、こっちに何のリターンもないじゃないか。
しかもこの【角鬼亜人族】、よりにもよって自分も同じ条件下にあるっていうのに、ギラついた目をしているクセに口元はものっそい笑顔だ。
一秒でも早く私をブチのめしたくてしょうがない、そんな気持ちがひしひしと伝わってくるようなそんな表情。
もぅ、どれだけ戦闘狂なの、この人……じゃないこの【角鬼亜人族】。
(……はぁ。しょうがない、ここはもう腹を括るしかない、か)
今はとにかく、この窮地をパパパッと打破しつつ、当初の目的である情報収集に重きをおかねば……。
私は適当に、一番近くに転がっていた槍を手にとって、いつもの素振りを行なう。
問題はないみたい、だが……バルサ材みたいに軽い武器だ。
丁寧に扱わないと、すぐさま折れてしまいそうな危うさを感じる。
本来の持ち主はこんなので本当に戦えたんだろうか?
ともかく、素振りを行ないつつ精神を集中させた私は開始の合図に備えるのだった。
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