018 ― 【蓄法石】の牙城 ―
さて、そんなこんなでついにこの珍道中も今日で四日目に突入しようとしていた時だった。
先頭を歩いていた【醜鼻鬼族】が急に立ち止まり振り返る。
「何じゃ、いきなり立ち止まりおって。危ないではないか」
「ウガガ。オひ、オひめサン! アレ! アレ見テクレ!」
そう言って【醜鼻鬼族】が道の端に少しズレると、後ろにいる私たちに指で指し示して見せた。
その先は今まで通ってきた狭い洞窟の通路と違って、ある程度の広さと明るさがある空間だった。
まるでステージが観客席よりも下に位置しているコンサートホールのようだ。
そして【醜鼻鬼族】が指差す、すり鉢状の中心には巨大な水晶のような六角柱の鉱石が至るところから生えた場所があり、その真ん中には鈍く光る砦のようなものが見えた。
「アレガ、おいらノあにきガ住ンデル場所!」
言うが早いか、【醜鼻鬼族】は頭の上で両腕をブンブンと振りながら、ドスンドスンと音を立てて走り去っていってしまった。
「なんということじゃ……」
【鉱亜人種】の姫、レアテミス嬢がわなわなと震えながらポツリと呟いた。
まぁ、捕虜兼案内人であった【醜鼻鬼族】が走り去ってしまったことに対してでないのは確かだろう。
私は彼女の肩をトントンと叩きつつ、今一番気になっている質問を投げ掛けてみることにした。
「【鉱亜人種】の姫……、あの巨大な鉱石は一体?」
「ぬ? あ、あぁ。あそこに見えるのは【蓄法石】、その巨大結晶じゃ」
またしても聞き慣れないファンタジー用語が飛び出してきたため、例のごとくレアテミス嬢に解説をお願いした。
彼女曰く、【蓄法石】とは読んで字のごとく普通の【法石】と異なり、何らかの理由で周囲へ拡散することが出来なかった【霊子】を、通常の【法石】が気の遠くなるような長い年月をかけて取り込みつつ再結晶化した物を指すのだという。
そして、一度【霊子】を取り込む事が出来るようになった【蓄法石】は、【法術士】が人為的に【霊子】を彼ら自身の【法力】として再封入・再利用する事が可能になる……らしい。
詰まるところ、【向こう側の世界】における『携帯電話』や『EVカー』などに使用されていた蓄電池と同様の原理だろう。
本来であれば地下のマグマ溜まり付近でしか起こり得ない現象らしいが、一定の条件さえ揃えばごく稀に地表に近い場所でも発生するのだとか。
そのため最初から一定の容量しかなく、比較的浅い地層から採掘される【法石】と比べるとその価値は段ちだという。
まさに自然が作り出した賜物といえよう。
しかもそんな珍しい鉱物がそこかしこからニョキニョキ生えているため、かなりのファンタジー感が漂う幻想的な風景である。
「しかもあれほど巨大な【蓄法石】が乱立しておる場所など、お目にするのは妾も初めてじゃ」
「【鉱亜人種】の貴女でも知らないというのなら、この場所は完全に未踏区ということか。よく今まで発見されずに残っていたものだ」
……いや。
この場合は『このような場所だからこそ』、といったほうが正しい。
レアテミス嬢は【醜鼻鬼族】と一緒にいたせいで鼻が麻痺してしまっているためか、はたまた目の前の希少鉱物に目を輝かせているためか。
その辺りは定かではないが、幻想的な風景に反して周囲には微かに腐臭、いや『死臭』が漂っている。
それもこれも、ここに居を構える彼らによって貪り喰われたであろう『食べ残し』が、暗い影の部分に無造作に捨て置かれ、転がっているからだろう。
そこいらに乱立している【蓄法石】は、そういった骸から漏れ出る【霊子】も吸収しているはずだ。
まるで樹木が土に還った者から栄養を吸い上げて見事な大輪の花を咲かせるように……。
レアテミス嬢を『彼ら』の仲間入りさせないためにも、最悪の場合を複数パターン想定しておかねばなるまいと、私の握り拳には自然と力が込もる。
ところで、私たちがそのような会話をしていると、先ほど走って行った【醜鼻鬼族】がまた戻ってきた。
レアテミス嬢の胴回りほどはあろうかという腕をブンブン振ってニコニコしながら駆け寄ってきているのだが、相も変わらず彼の独特な『笑顔』である。
そのため、その表情を顔に張り付けたまま近づいて来られるという状況に慣れるのは、まだまだ時間がかかりそうだ。
だがそれ以上に危機感を感じたのは、彼の後ろから同種族の【醜鼻鬼族】達が彼と一緒に向かってきたことだった。
すわ仲間を連れて報復に来たのか、咄嗟にそう判断した私は思わずレアテミス嬢を早々に私の背後へ匿いつつ、迎撃体勢へと移行した。
しかしこちらに向かってくる彼等から敵意をそれほど感じない。
敵意、というよりは好奇心に近いといったところか。
こんな辺鄙なところに来た奇特なよそ者を一目見ようと集まってきた野次馬に近いのかもしれない。
私の背後にかくまわれたレアテミス嬢は、私という『柱』のかげから顔だけ半分覗かせ、【醜鼻鬼族】達が近づいて来るのを窺っていた。
「ウガ、良カッタ。オひめサン、マダイテクレタ」
「と、とと当然じゃ。お主の兄から【死肉喰鼠】の事を聞くまで手ぶらで帰る訳にはいかんか、からのぅ!」
姫様? 貴女様のご威光を示すのであれば、その様な場所から顔だけ覗かせているのはどうかと思うのですが?
それと若干声が上ずっておられるかと……。
「うう、うるさいわいっ! お主は妾の友なのじゃから、これくらいの事に目を瞑ってくれてもよかろう!」
レアテミス嬢は顔を真っ赤にしながら、可愛らしいサイズの足のつま先で私のふくらはぎをコンコンと蹴ってくる。
いやぁ、そのパワーワードを出されちゃあ敵いませんなぁ。
そんなやりとりをしている間、【醜鼻鬼族】はボケ~ッと突っ立ったまま私達のやり取りを見ていた。
気恥ずかしくなった私は、場の空気を変えるため軽く咳払いして【醜鼻鬼族】達の方を見る。
「それで? お前さんは兄貴とやらから何か言われて戻って来たわけか?」
「ウ? ……ウガァ、ソウダッタ!! あにきガおひめサン達ヲ自分ノ所マデ連レテ来イッテ言ッテタンダッタ!!」
「つまりあの場所の中に入れてくれる、ということか?」
「ウガ、おいらノあとニ着イテ来テクレ。ウガァ! オ前ラ、じゃまダカラどっか行ッテロヨォ!」
私が作ってやった鎧を着た【醜鼻鬼族】が周りの野次馬【醜鼻鬼族】にどけるよう声を上げた。
「ウガァ! ひ、一人ダケ面白ソウナ事ヤロウダナンテ、ズ、ズズ、ずるインダナ!」
「ソウウガ、ソウウガ! ダイタイ、ナンデあにきヨリモかっこうイイもの着テルウガ!?」
「ウガァ! コレハそこニイルりーぱーさまガ、傷ツイタおいらノタメニ作ッテクレタとくべつナモノ! かっこイイノハ当タリ前ダゾ!」
おぉ、おぉ。ずいぶんと気に入ってれちゃってまぁ……(ニコニコほっこり。
でも、何で様付け?
「トイウカ、ソコノちびハナンダ? 食イモノダカ?」
「ひぅッ!?」
【醜鼻鬼族】の一人が腹を鳴らしながらレアテミス嬢に近づいてくれば、彼女は恐怖に顔をひきつらせて――今まで蹴り続けていた――私の脚にしがみついてくる。
道中、【醜鼻鬼族】と一緒にいたとはいえ複数の捕食者に囲まれれば、彼女でなくとも怯えるのは当たり前である。
オゥ、オゥ。私の連れに何ぞ用でもあるんかいのぅ、ワレェ……(ボキボキ指鳴らし。
「ウ、ウガヒィッ!? ナ、ナナナ何フザケタ事言ッテル!? りーぱーさまニ殺サレタイノカ!? コノお方ハちょーぶいあいぴーダゾ!!」
「デ、デモ、ココントコねずみ共ノセイデ食イものガ足リナイカラみんな腹ペコナンダナ!」
「ソウウガ! ソウウガ!」
「ソ、ソンナノあにきガスグニ何トカシテクレルゾ! ダカラサッサト道ヲあけケルンダゾ!」
と、ウゴウゴウーガとなにやら口喧嘩を始めてしまい、結局私達が彼らの住み家に通されたのは三十分後くらいだった。
◆◇◆◇◆
そして現在。
私とレアテミス嬢は鎧つき【醜鼻鬼族】に案内されてコンサートホールのような最下部で異様な雰囲気を醸し出す砦の中へと通されていた。
砦の中はそれまでの闇一色な地下世界と違い、天井の至るところから下向きに生えている様々な色の【蓄法石】が照明の代わりとなっていて結構な明るさを保っていた。
私としては、こんなに明るくて外の光量ゼロの洞窟の移動をどうやっているのだろうと疑問がむくむくと沸き上がる。
まぁ、この砦を利用している人物達が地べたに座って生活することだけはハッキリ理解できた。
なぜかって? そりゃあ今の私とレアテミス嬢が地べたに直に座らせられているからだ。
「てめぇか。俺の子分に妙なモン付けて返してきたヤツは……」
さらに私たちの目の前には、鋼のように発達した筋肉の鎧を身に纏った一際異彩を放つ生き物が、私たちよりも一段上の大岩の上に胡座をかいて私たちを睥睨している。
現在の私たちの措かれている状況、周りに同族のメスとおぼしき者達を侍らせている事から察するに、目の前の彼が【醜鼻鬼族】の言っていた『アニキ』とやらでまず確定だろう。
横に座らせられているレアテミス嬢は小型犬のようにぷるぷる小さく震えていたが、私はいたって冷静だった。
何故なら私は『彼ら』を知っている。
より厳密に言えば、『彼らと似た種族』を知っている。
しかも私という存在が『こちら側の世界』で生を受ける以前の『向こう側の世界』にいた時からだ。
――『鬼』。
古来より日本の民話や絵巻物に登場する、伝説上の存在。
都で人をさらい、金品を略奪する悪者として登場するものもいれば、人間に善行を施し病魔伏滅をなす荒神として崇め奉られているものもいる。
そして私たちの眼前にいるのは『赤鬼』と呼んで差し支えないような人物だ。
嚇嚇たる肌、額から屹立する二本の角、そして巌のような筋肉の衣を纏った身体。
周りには大小様々な鬼と呼ばれていそうな生き物達が、手に手に武器を携えつつこちらの動向を注視している。
当たり前といえば当たり前だ。
なにせ、地下世界の住人ですら来た事のない場所に見たこともないような生き物がノコノコ訪ねてきたばかりでなく、一緒に連れてきた自分達の仲間の一人に珍妙な格好をさせてきたのだから。
こちらとしては善意で渡した物だったのだが、彼らからしたら仲間をバカ扱いしたと思っているのかもしれない。
とはいえ、まずは現状の打開が最優先だ。
幸いにも、目の前の赤鬼はレアテミス嬢から習った亜人共通語を喋っている。
この惑星に落ちてきた当初こそ、最初に出会った『向こう側の世界』における人類に似た生命体との意思疏通ができず不幸な行き違いがあったものの、いまや私の身に纏っている『特殊装甲』の翻訳回路『一二四八七五』がその力を発揮しつつある。
言葉が通じるのならば、――最悪の事態を避けるためにも――いくらでもやりようはある。
が、ここはひとつ穏便に済ませたい面倒くさがりな私は沈黙を維持し、この惑星最初の友人にしてこの世界における先達たる『レアテミス皇女殿下に』是非とも頑張ってもらいたい。
知恵と力の住み分け、これ大事。
「おい、黙ってねぇで何とか言ったらどうなんだ! あ゛ぁッ!?」
私たちが沈黙していることに痺れを切らしたのか、目をカッと見開いた赤鬼が牙を剥いて声を張り上げた。
突然の大声にビクリと体を震わせるレアテミス嬢の横っ腹を、先生出番ですと言わんばかりに肘でチョンチョンと小突く。
一瞬私を見た彼女の目は『後で覚えておれよッ!』と言っているかのようだった。
「ッ、……妾たちはお主らの仲間をここに送り届け、ある事を訊くためにはるばる来たのじゃ」
「ある事?」
「然り。そして、お主の仲間の【醜鼻鬼族】が身に付けておる鎧。あるは妾の代わりに傷付いた彼のため、横にいる妾の友にして地下世界最強の存在、『リーパー』に作らせた特別製……」
おぉ……。
初めは見知らぬ場所に連れてこられたトイプードルかと見紛うほどぷるぷるしていたレアテミス嬢だったが、腹を決めたのか赤鬼の威嚇めいた声量に負けないほど凛としたよく通る声でこちらの意図を主張している。
戸板に水を流すかのように淀みなく朗々と紡がれる言葉には、『人類』から『惑星外生命体』にクラスチェンジしてしまった私でさえも舌を巻くほどであった。
「地下世界最強、だと?」
不意に、その場の空気が一変する。
周囲からの好奇なモノを見るかのような気配はことごとく消し飛び、肌をチリチリと焦がすような殺伐としたものへと様変わりしたのだ。
物理的に状況が激変したわけではない。
ただ目の前であぐらをかいて座っていた赤鬼がゆらりと、おもむろに立ち上がっただけだ。
ふんぞり返っていた時でさえ、巌のような圧迫間を持っていた赤鬼。
立ち上がっただけでも相当な威圧感が肌をビシバシと叩きつける。
刹那、赤鬼の身体がくの字に折れ曲がるが早いか、赤鬼はその巨体に似合わないほど身軽かつ高々と跳躍。
天井スレスレまで跳んだかと思うと、今度はそこから自由落下を開始。
彼はそのまま落下のエネルギーを加えた強烈な右ストレートパンチを繰り出してきた。
――その先には、座ったままでそれを見上げていた『レアテミス嬢』の姿があった。
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